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  [No.2325] 千匹夜桜 投稿者:紀成   投稿日:2012/03/27(Tue) 10:49:05   72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

以前、シンオウ地方に遊びに行った時の話です。
といっても、仕事のついでに少しソノオタウン方面を見て回ろうかなと思っただけで、時間が無ければ行くこともありませんでした。そして、それを見ることも無かったでしょう。


私は当時、ホウエン地方のカナズミシティにある企業で働いていました。主に研究員として、今で言うイッシュに生息するムシャーナというポケモンが出す、『夢の煙』を使って起動させる、夢を映し出す機械の研究をしていたのです。
ですが思ったようには上手くいかず、時間だけが悪戯に過ぎていきました。
そんな時、ホウエンから遠く離れた地方にそれを可能に出来るかもしれないという鉱物があると聞いたのです。余談ですがそれを調べてくれたのは、社長でした。石集めが趣味の社長らしいといえます。
その場所こそが、シンオウ地方だったのです。私は研究員の中でも一番下っ端、そして女性だったのでそこに行くことになりました。
ハクタイシティに向かい、通称『地下おじさん』と呼ばれている人の元へ行き、『探検セット』という物を貸していただきました。いぶかしげな顔をする私に、彼は茶目っ気たっぷりの顔で、

『これを使えば、珍しい物が普通の物になる。一先ずこの街で使ってみなさい』

最初はその言葉の意味が分かりませんでしたが、使ってみてなるほど、と思いました。
とにかく珍しい石や化石が沢山出るのです。そしてその壁の側には必ず『玉』の存在がありました。白、赤、青、緑。それらが埋まっている壁のすぐ近くで、それらがよく取れました。
そして私は、持って帰るようにと言われている鉱物を掘り当てたのです。

さて、私はそこに二週間近く滞在していたのですが、気温の低さに参っていました。
ホウエン地方は、周りを海に囲まれているせいか比較的桜が咲くのも早いのです。ですがシンオウ地方は北にあり、毎年冬になれば必ず雪が降り積もるような場所です。私が行ったのは四月下旬ですが、まだ雪が残っている場所がありました。いわゆる『根雪』です。
ある夜私は滞在しているホテルに帰る途中、ふと地図で見たソノオタウンのことを思い出しました。植物園こそないものの、暖かくなればその土地全体に花が咲き乱れる、とガイドには書いてあったのです。
まだ早いけど、明日には帰らないといけないし、行ってみようかな。
そう思い、かなり遅い時間でしたがソノオタウンに行ってみることにしました。

ポケモンセンターは開いていましたが、フレンドリィショップは閉まっていました。既に霜が降り、花畑は蕾が付いている状態で固まっていました。その中心に一際大きな木がありました。桜のようです。
これもまだ蕾が付いているだけでした。背景に月と星があり、何処かの絵本の中にいるような気がしました。
かなり冷えていたので戻ろうか……と思い、背を向けました。

その時です。

地面がいやに揺れているように感じました。地震かなと思いましたが、違います。周りを見て、あっと叫びました。
チェリンボが何千匹も、桜の木の周りに集まっていたのです。呆気に取られて動けない私の前で、彼らは次々と木の枝に上って行きました。その中の千匹くらい枝に上がったところで、一斉に光りだしたのです。
それは、紛れもなく進化でした。
木が光に包まれ、辺りを昼間のように照らします。気付いた時、彼らはチェリンボからチェリムへと姿を変えていました。しかも蕾の姿ではなく、花開いた姿で。
千本桜、という言葉があります。彼らのまだ花開くことのない桜の木で進化したその姿は、正にそれでした。
数分すると、彼らは蕾の姿に戻ってしまいましたが私は今までその光景を忘れたことはありません。

あれから何度かシンオウ地方へ行きましたが、二度とその光景を見ることはありませんでした。
カメラを持っていけば良かったな、とも思います。
でも、あの夜桜の美しさは今でも色あせることなく、頭の中に焼きついています。