ふう……。
僕は、額に張り付いた汗を拭った。周りの騒がしさは、今日も変わらない。濃い緑色の同じ型をした服を着た人達が、忙しそうに僕の目の前を行ったり来たりしている。ただ流石に身長と髪形は違った。誰だったか『皆同じに見える』って言っていたけど、毎日毎日終電までここにいて、彼らを観察していれば嫌でも見分けが付くようになるだろう。
たとえば、いくら双子でも性格は違ったり、大きくなればそれぞれ違う趣味を持ったりするわけで。現に僕の上司がそうだ。姿かたちは食玩のダブってしまったフィギュアを並べたくらい似ているのに、使うポケモンと性格は全く違う。あと服装も違うけど、手持ちポケモン関係なしで制服を取り替えれば、きっと誰も気付かないだろう。
「ねーねー、ジャッジさん」
小さな女の子の声で、我に返った。ショートカットの女の子。小学生くらいかな。丁度ポケモン取り扱い免許を持てる年だ。
「なにかな」
「あなたにポケモンを見せれば、どれだけ強いか言ってくれるっておねーちゃんから聞いたんだけど」
僕は心の中でため息をついた。だが表情は変えない。笑顔のままで、彼女の視線に合わせるようにしゃがむ。
「そうだよ」
「じゃあ、このモノズを見て」
そう言って彼女が取り出したモノズを見て、僕はもう一度ため息をついた。もちろん気付かれないように、心の中で。毛艶はいい。ミュージカルや他地方にあるという『コンテスト』に使えば、確実に良い評価をもらえるだろう。
だが僕の仕事は、見せられたポケモンがどのくらいバトルをする能力に長けているかをジャッジすること。いつからこんなことが出来るようになったかは分からない。ただ、幼い時からやけに僕が選ぶポケモンは強かった。野生をゲットしても、他人から貰っても。
僕はそういう『当たりクジ』を引きやすい強運の持ち主だったのかもしれない。中学に入る頃には、人目見ただけでそのポケモンの能力値が手に取るように分かるようになっていった。
そのおかげでこうして仕事をもらえている。僕にしかできない仕事だ。ギアステーションに一日立って、見せられるポケモンの能力値を言うだけで暮らしていける。このご時勢に良い待遇を受けていると言っていいだろう。
「うん、綺麗なモノズだね」
「おねえちゃんのお使いなの。今日ジャッジさんに見せに行こうと思ってたんだけど、怪我しちゃって」
「怪我?」
「学校帰りに変な人に襲われた……って」
最近ライモンシティだけではなく、イッシュ地方全体で問題になっていることがある。社会現象、と言った方がいいだろうか。
『廃人』と呼ばれるポケモントレーナーの増加だ。
彼らはポケモンを扱うトレーナー。それは皆共通していることだ。だが違うのは、より良いポケモン―― 能力値が高いポケモンを得るために様々なことをする。タマゴをひたすらそのポケモンに産ませ、孵ったポケモンの能力値を調べる。望みに合わなかったポケモンは逃がす。
そんなことを続けるうちに、ある一部の種が増加したりして街のゴミが食い荒らされたり、それで住処が無くなったポケモン同士の争いが起こったり、食べ物が無くなったポケモンがその付近の住人を襲ったりするという事件が相次いでいた。
このままではいけないということで、保健所がその街に溢れかえったポケモン達を捕まえているが元々はぐれた能力の持ち主ばかりなので、引き取り手も少なく、引き取られなかった者は……
そして、そんな『廃人』を狩る者達も現れた。数年前に『プラズマ団』と名乗る集団が説いた『ポケモンは自由であるべきである』『ポケモンは人間から解放されるべきである』という信念に基づき、廃人はポケモンを虐待する者と見なし、様々な所で襲うようになった。
いわゆる『廃人狩り』である。中にはタマゴを産ませていたポケモンを助けるため、と称して育て屋を襲い、そこに預けられていた珍しいポケモンを奪っていった盗人もいたらしいが、そこらへんは僕の知るところではない。
そんなわけで、廃人も廃人狩りもポケモンがいなくならない限りおそらく消滅しないだろうという結果が出ている。
「そうだな…… まずまずっていったところかな」
「分かった。ありがとう、ジャッジさん」
「ちょっと待って」
モノズをボールに戻し、去って行こうとする彼女に僕は声をかけた。
「そのモノズ、お姉ちゃんはどうするのか分かるかな」
「……多分逃がしちゃうと思う。私は一匹もらったのがいるし、その他にキバゴもいるから」
「もし逃がしちゃうなら、僕にくれないかな」
モノズを育てるのは難しい。目が見えないため、あらゆる物を体当たり状態で確かめていく。おまけに歯が鋭く、慣れてない人は生傷が絶えない。
だけど僕は、自分がジャッジしたポケモンが『必要ない』と言われて捨てられていくのは耐えられなかった。確かに救えるのは数えるほどしかいないけど――
それでも、僕は彼らに居場所を作ってあげたいのだ。
数日後、僕の隣にモノズが増えた。上司の許可を取り、何か噛んでて飽きない物を持参して噛ませることで連れて来る許可を得た。
今日も彼は、僕の隣で古くて固いタオルを噛んでいる。そのタオルがボロボロになるころには、もしかしたら新しい仲間が増えているかもしれない。
「ジャッジさん、このコはどんな感じ?」
そう言ってイーブイを抱えた少女の目には、微塵の曇りもない。