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  [No.2334] サクライロノヒミツ 投稿者:ラクダ   投稿日:2012/03/31(Sat) 23:06:51   147clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 ねえ知ってる? 桜の花ってね、元々は全部白だったんだよ。大昔に桜の名所で大きな戦いがあってね、そこで流された血を吸って赤く染まってしまったんだって。その木の子供たちが色んな所に散らばったから、今の桜は全部うすーい赤なんだよ。
 それでね、時々、濃い赤の花が咲く木があるらしいんだけど……それはね、新しい血を吸っているからなんだって。根元を掘り返すと、死体がたくさん出てくるんだよ……。

 満開の桜の木の下で、私に囁きかけた女の子は小さく笑った。特別な秘密を教えてあげる、彼女のきらきら光る瞳がそう語っている。有名な“桜の下には死体が埋まっている”という都市伝説、正しくは小説の一文そのままの話だけれど、あんまり楽しそうに話すものだからこちらも素直に乗ってあげる事にした。
「そうなんだ、そんな怖い話知らなかったなあ。それ、どこで聞いたの?」
 問えば、お兄ちゃんがこっそり教えてくれたのだと胸を張る。絶対に秘密だからなって言ってた、だからお姉さんも他の人に言っちゃ駄目だよ。大真面目に語る彼女が可笑しくて可愛らしくて、私は笑いを堪えるのに必死だった。
「分かった、誰にも言わないって約束するよ。でもいいの? そんな大事な秘密、私に話しちゃって。お兄ちゃん怒らないかな?」
 途端に女の子は表情を変えた。頬をハリーセンのように膨らませた彼女の話を要約すると、些細な喧嘩の挙句に自分を公園に置き去りにしたお兄ちゃんの事なんて知らない、とのこと。なるほど、それで一人寂しくベンチに座り込んでいたのか。哀愁漂う姿が不憫で声を掛けてみたらすっかり懐かれてしまった。まあこちらとしても、話し相手が出来ていい退屈しのぎになったけれど。
 しかし、お兄ちゃんは知ってるのかな。今この辺りにはとても危険なものが……うん?
「ひょっとして、あれがお兄ちゃんかな? ほら、あのフェンスの向こうの」
 私が指した方を振り向いて、女の子は小さく声を上げた。公園を囲むフェンスの陰に隠れるようにして(目の粗い網だからほぼ丸見えなんだけど)、少年が一人こちらの様子を窺っている。バツの悪そうな顔でもじもじしている彼に、女の子はなんともいえない視線を向けた。許してやろうか、まだ怒っておこうか。彼女の迷いが手に取るように分かる。
「ね、もうそろそろ日も暮れるし、お兄ちゃんと仲直りしておうちに帰りなよ。暗くなったら野生のポケモンも出てくるかもしれないし」
 実際、夜になって人通りが少なくなると、ポケモン達も大胆に草むらから出てくるようになる。夜行性で闇に目の効くポケモンを相手取るには彼も彼女もまだ幼すぎるし、二人ともトレーナー免許を得ていないなら尚更だ。それに万が一、夜道でアレに出くわしでもしたら大事になる。少しでも明るいうちに帰ってもらいたい。
 野生という言葉に怯んだのか、ううーんと唸った女の子はちらちらと少年を盗み見る。迷いに迷ってから、意を決してベンチから飛び降り少年に向かって歩き始める……前に、彼女はこちらを振り返ってお姉さんはどうするのと尋ねてきた。
「私? うん、ちょっとここで待ち合わせしててね。ちゃんとポケモンは連れてきてるから大丈夫よ。気にかけてくれてありがと」
 ひらひらと手を振ると、女の子は安心したように笑って一直線に少年の元へ駆けて行く。ここからじゃ声は聞こえないけれど、身振り手振りのやりとりで何を話しているかは大体想像できる。おっ、お兄ちゃんが謝った。申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げる少年を前に、女の子がやたら満足気な顔をしているのが可笑しくて、私は今度こそ声をあげて笑った。  
 夕暮れ時を柔らかに吹きゆく春の風。ほんのり赤みを帯びた花弁が、仲良く手を繋いで歩き去る二人を追うように飛んで行った。

 
 
 
 彼女が帰ってきたのは、もうとっぷりと日が暮れた後だった。
 ベンチ後方の草薮から、かさこそと密やかな音が聞こえてくる。続いて、鈴を振るような軽やかな声。
「おかえり。首尾はどうだった? ちょっと顔を見せて」
 振り向いて声を掛けると、彼女は了承の印に体を震わせた。くるりと回転しながらの“日本晴れ”、辺りが一瞬にして明るい日差しで満たされる。と同時に顔を覆っていた蕾を跳ねのけて、彼女は美しい五つの花弁を露わにした。ああ、何度繰り返してもこの変化の瞬間を見飽きることはないだろう。桜色よりもっと濃い、どちらかといえば赤に近い大きな花弁。額の二つの玉飾りと同じ、綺麗な深紅のつぶらな瞳。華やかな姿へと変わった彼女は、つやつやした黄色い丸顔に笑顔を浮かべて囀りかけてくる。
「ふうん、見つけたけど物足りなかった、と。確かにいつもより赤みが少ないね。まだお腹すいてる? そう。じゃあ場所変えようか」
 嬉しそうに体を揺らして同意する。彼女の踊るような足取りに合わせて、私も立ち上がって歩き始める。
 静まり返った公園を出て、人気の無い路地へと入り込む。先ほどの“日本晴れ”の効果はまだ続いている、もうしばらく話をする間は持つはずだ。
「今日、あなたを待っている間に新しい友達が出来てね。小学生くらいかなあ、小さな女の子。懐かしい話を聞かせてくれたよ、ほら『桜の下には』っていう……駄目よ、その子は絶対駄目。子供には手を出さない約束でしょ」
 不満そうに花弁を震わせて口を尖らせる。全く、本当に食欲優先なんだから。ため息を堪えて、上目づかいにじっとりした視線を送る彼女に妥協案を提示する。
「ね、知ってる? この辺りに最近、通り魔が出るんだって。夜道を急ぐ若い女性や塾帰りの女の子を狙って、覆面男が刃物を持って追い回すらしいよ。もう何人も大怪我しててね、皆怖がって夜出歩かなくなってるみたい」
 深紅の瞳が怪しく輝き始める。私の意図をすっかり理解しているらしい。興奮して体を揺らし、きゃあきゃあと笑い声を立てて跳ね回る。ひどく嬉しそうなその様子に、見ているこちらの頬も自然と緩んできた。
 そう、それでいい。なるべく無邪気に、愛らしく、か弱く振舞えばきっとそいつは引っかかる。傷付けられる獲物が減って飢えているはず、そこへ私たちが無防備に通りかかれば――――。
 これで決定ね、と問えば、彼女は大きく頷いた。期待に満ちた表情に、私もとびっきりの笑みを返した。

「それじゃ、食事に行きましょう! 沢山食べて、もっと綺麗にならなきゃね」





 
 ふっ、と眩い光が消えた。真昼から真夜中への転落に、しかし女とポケモンは動じなかった。広がる闇に怖じもせず、僅かな月明かりだけを頼りに動き始める。
 新鮮な「食料」を求めて、若い女と血色のチェリムは夜を往く。公園の桜の古木だけが、妖美な一組を静かに見送っていた。






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 お題、「桜」。見た瞬間に『桜の木の下には死体が埋まっている』『血吸いの桜』という件の話を思い出し、思いつくままに書いた結果が「人食いチェリム」。……なぜこうなった。
 とりあえず、チェリム好きの皆様に全力で土下座。ごめんなさい、しかし後悔はしていない!!
 
【読了いただきありがとうございました】
【何をしてもいいのよ】


  [No.2336] Re: サクライロノヒミツ 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/04/01(Sun) 00:19:11   101clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ああ! そのネタ使いたかったのにwww
先超されたかwwww

やっぱこの一節は魅力ありますよねー。


  [No.2354] どひゃー 投稿者:ラクダ   投稿日:2012/04/03(Tue) 19:58:39   101clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

> ああ! そのネタ使いたかったのにwww
> 先超されたかwwww

まさかのネタ被りwww ごめんなさい、でも似たようなこと考える方がいてちょっと嬉しいですwww
先越し云々はお気になさらず、ぜひとも書いてください。お願いいたします orz(土下座)

> やっぱこの一節は魅力ありますよねー。

ありますねー。むしろこのインパクトが強すぎて、桜と聞けばこれしか思い浮かびませんでした。
正当な美も妖艶な美も兼ね備える桜、好きです。
読了いただき、ありがとうございました!