前書き:非常にカップリング色の濃い話です。
あのロクデナシ、いつか潰す
【Just You Wait!〜今に見てろ!】
ポケモンのフラッシュが明るく洞窟を照らしてる。ムロタウンの人によれば、一方通行だから迷うことはないよって言ってた。でも歩いても歩いてもそれらしい人とはすれ違わない。そもそも名前だけで解るものなのか心配になってきた。
中は広くて私もポケモンも疲れて来てた。どこか休める安全なところを探そう。岩が重なっただけの階段を登ると、その先に光が見えた。太陽の光か、私はとりあえずそこを目指した。
そこには人がいた。後ろ姿だけだったのに、私は声をかけられなかった。凄くきれいで、優しい雰囲気のお兄さん。生まれて初めてこんなに美しい人がいることを知った。
「君は…?」
みとれていたら、向こうが気付いた。ふんわりとした大人の声だった。こちらを見てる。私はしばらく話しかけられたことも忘れていた。
「あ、私、デボンの社長さんから石の洞窟にいるダイゴさんに手紙を渡すよう言われていて…」
緊張で声が出にくい。だめだ、第一印象を良くしたいのに。
「ああ、僕がダイゴだよ。わざわざこんな洞窟の奥までありがとうね」
にっこりと笑った顔はもう素敵とかかっこいいとか、そんな言葉じゃ表せない。けど初対面の相手にこんなことを思っているなんてバレたらなんか嫌。バレないように封筒をダイゴさんに渡した。
受け取るとダイゴさんは封筒を一通り見た。何かおかしいのかな。何も落としてはないはずだけど。
「ふうん…」
ダイゴさんはそれだけ言うと手紙を懐にしまった。内容解ったのかな。もしかしてエスパーとか? だとしたら私の心の中とかも、もう読まれちゃってる!? やだー!
「ああそうだ君にお礼しなきゃね」
え、そんな…ダイゴさんが私にくれる? ちょっと待って、それってあの俗に言う…でも私の年じゃまだ早いっていうかっ!
「君はトレーナーみたいだし、僕の好きな技マシンをあげよう」
なんだ技マシンか。それでもダイゴさんの直接手渡しでもらっちゃったよ! なんて人なんだろう、ダイゴさんって凄く他の人と違う!
「あ、それポケナビじゃないか!」
舞い上がってた私は見事に無視され、ダイゴさんは腰についてたポケナビに興味を示した。まぁ男の人って機械好きって言うし!
「僕もトレーナーなんだけど、ここで会ったのも何かの縁だし、登録していいかな?」
ま じ っ す か !
落ち着け、落ち着け私。ここでバレたら二度と会えないかもしれないぞ。ここは慎重にコトを進めなければ!
「は、は、はいっ!」
ダイゴさんとナビ友! ダメだ電話しすぎてうざがられたら終わりだ、電話は週に多くて2回だ。メールも長文じゃなくて短文を心がけて、絵文字も…
「ハルカちゃんね…さっきから顔が赤いけど、暑いの?」
「そんなことないです! です!」
「君おもしろいね。ハルカちゃんはどこから来たの?」
私のこと聞いて来る! もしかしてもしかして、脈あるかも! こんなに出来すぎた人が私を見てるなんて!
「私はジョウトからミシロタウンに引っ越して来ました!」
「ふーん、なんで?」
「お父さんがこの度ジムリーダーに昇進したので、あ、お父さんはトウカシティのジムリーダーなんです! 私、お父さんみたいに強いジムリーダーになりたくて、ポケモンと一緒に旅に出ましたっ!」
私のお父さんの話をして感心しない人はいなかった。ダイゴさんだってきっと感心してくれて、そこから始まる
「あ、そう。ま、ジムリーダーなんて名前だけでしょ」
は?
もう一回いってみろタコ
「ジムリーダーやエリートトレーナー、チャンピオンなんて名前だけに、君はなりたいの? まぁ君はまだ子供だから目指すのは悪くないけどね。全く、子供は形から入りたがるから嫌なんだ」
仕事あるから、とタコは出ていった。私は上手く言い返せず、やつの背中を見送った。
「くやしー!!」
ムロタウンに戻って、さらに怒りがこみ上げる。ダイゴに言われたことの意味、そして少しでも感じてしまったときめき。
「ダイゴめ…いつか見てろ。チャンピオンになって、お前をボコボコにしてやる!」
私の目標は変わった。強くなってダイゴをボコす。それ以外の何ものでもない。
【向き合い方】
「ハルカどうした」
ハルカの友達のユウキは言った。110番道路で会って勝負したはいいが、ハルカのポケモンから溢れるボコすオーラにユウキのポケモンはすっかりおされてしまった。
「前はお父さんみたいになりたいって言ってたのに」
別人のように変わってしまったハルカに、ユウキはおそるおそる聞いてみた。
「目標が変わった。打倒ダイゴ! イヤミなトサカ頭をボコボコにする」
「ダイゴ? え、ダイゴって」
「だからイヤミなトサカ頭! 初対面の人間にも余裕のイヤミっぷり! もう信じられない!」
初めて会った時は温厚で控えめな子だとユウキは思った。ここまで怒らせるにはどんなにイヤミ言ったらなるのだろう。ユウキの疑問は解けない。それに彼女の怒りの矛先は、どこかで聞いたことがあった。
けどユウキが疑問を挟む余地はない。ハルカの怒号のトサカ頭コールに、ユウキはひたすら押し流されていた。激流に飲まれたかのごとく、黙るしかない。
「ハルカ」
「何?」
「おごるから何か食べて落ち着こうよ」
激流を連れて、カイナシティのレストランに行く。その間、ハルカは黙っていたが、怒りのオーラだけは隠しきれていない。ユウキはなるべく彼女の方を見ないように、おいしそうなレストランを探す。
ユウキの心配をよそに、海の幸を前にしてハルカもさっきまでの怒りが嘘のよう。ユウキはホッと胸をなで下ろす。
「でさぁ、そいつマジで」
「ハルカ、あのさ」
「うん」
「さっきからその人のことしか話してないけど、本当は好きなの?」
ユウキは地雷に飛び込んだことを後悔した。いくら後悔しても後の祭り。立ち上がったハルカを、ユウキはじっと見る。
「そんなことあるわけないでしょ! 私はあいつ嫌いなの!」
にっこりと言う。それがユウキにとって怖かった。
ユウキと別れてからかなり経つ。ハルカはフエンタウンの温泉の一室で思いっきり寝転がった。
ポケナビをいじる。目に止まったのは登録してから一度も使われてないダイゴの連絡先。ハルカは舌打ちする。
「チャンピオンになって、それからあいつのポケモンを手持ち全員ボコボコにして、土下座して謝らせて、それから…」
ハルカの空想は止まらない。頭の中でダイゴを虐げても虐げても足りない。
それは天気の悪い日だった。海の波は高く、せっかく覚えたなみのりも生かせない。ハルカはブラブラと118番道路を歩いていた。
「やぁ!」
ハルカは身構えた。段差から人影が飛び降りて来る。その人影を確認するが早いが回れ右。
「ちょっと待ちなって」
ダイゴの身のこなしも早く、まわりこんでハルカの進路を塞ぐ。それと同時にハルカはダイゴから目を思いっきりそらす。体の向きまで反対を向きそうだ。
「いやいいですこんなところで会うなんて悪運の間違いですさようなら」
「ふーん、そう。残念だなあ。じゃ」
ダイゴの手にはモンスターボールが握られていて、中から金属がこすれ合う羽音を出すポケモンが現れる。エアームドという固い鳥ポケモン。ハルカは目をそらしてても、ポケモントレーナーとしてエアームドに目がいってしまう。そのエアームドとハルカの間に怖い顔したダイゴが立つ。
「なに人のポケモンをじろじろ見てるの。悪運が乗り移ったら大変だからね」
「なんですかその言い方! 人のことを疫病神みたいに!」
「君が言ったんだろう? 全く、自分の発言をすぐに忘れて他人ばかり攻撃するから」
ダイゴは言うのをやめる。ハルカが今にも泣きそうな顔をしてダイゴを睨んでいたからだ。攻撃するには少し年下すぎたかな、と心の中で反省する。しばらく無言の時間が流れる。その間もハルカはじっとダイゴを睨んでる。
「ぜったい、ぜええっったいボコボコにしてやる!!」
エアームドがハルカの大声に一瞬ひるんだ。
「チャンピオンになって、あんたなんかぼこぼこにして後悔させてやる!!!!!」
突然の宣戦布告にエアームドは思わず金属の翼を広げてハルカを威嚇する。ダイゴは何の動揺もなく、エアームドを制止する。
「あ、そう。がんばっ」
「なんでそういう態度なんですか! 少しは怖がったらどうなんですか!」
「はぁ?」
「だから、ダイゴさんなんてフルボッコにしてやるって宣言してるんだから、少しは」
「とりあえず落ち着きなよ。泣きながら宣戦布告したって意味がないだろう」
「泣いてなんかないです! 私が子供だからってバカにして!」
「バカにしてなんかないだろう。君が勝手に言ってるんじゃないか」
ハルカが何か叫んでいるがダイゴの耳には聞き取れない。ダイゴにはなぜこうなったのか理解などできず、目の前の女の子が泣いてるのをただ眺めるしかない。そして通り過ぎるトレーナーたちの怪訝な視線に気付いた。まわりからみたら、どう考えてもダイゴが意図的に泣かしたとしか見えない。こんな年の差があって、しかもこの状況だったら犯罪者にだって間違われかねない。
つまり、ダイゴは今とても焦っている。それを表情にこそ出さないが、通り過ぎるトレーナーがダイゴを白い眼差しで見ていることには気付いている。目の前のハルカは睨んでいる。エアームドはどうしたらいいという顔をしてダイゴをみていた。
「いきません! いやです! いきませんったら!!」
ここまで引っ張ってくるのにだってダイゴは相当な労力を要した。何か食べに行こうと誘ってもそれなのだから。ようやく、一番近いキンセツシティまで連れてくることが出来たのだ。
冷たいものが食べたいからとダイゴはアイスをハルカに渡した。無難なバニラ味のアイスクリーム。ダイゴの方を見ようとせず、口も聞いてくれないのだから渡すのにだって苦労した。ダイゴだって犯罪者を見るような目つきで他のトレーナーから見られてなかったらとっくに放置している。
そんなダイゴの心も知らず、彼の隣でハルカはバニラのアイスを口に含んでいる。心の中でため息をつきながら、ダイゴはハルカを見た。
その顔はさっきとうってかわって笑顔。嬉しそうに食べる彼女を見て、温厚なダイゴも怒りをぶちまける寸前だ。なぜこんなねじ曲がった性格の子に会ってしまったんだろうと。ダイゴの手の中のチョコレートアイスが溶けかけだ。
ため息まじりにダイゴがチョコレートアイスを食べる。その視線が下に向いた。
「ついてくんなよ!」
甘い味覚を吹き飛ばす怒鳴り声がしてる。その方向に周囲の人たちの視線が集まっていた。フライゴンをつれたトレーナーが、足元にいる小さなナックラーを怒鳴りつけている。
ダイゴはすぐに視線を戻す。ありふれた光景だったから。あれは要らないあまりもの。そして天のいたずらか、捨てられたナックラーがトレーナーに再会したのだろう。そして怒鳴り散らしているのだ。
強さを求めるあまり、ポケモンの命などないがしろにするトレーナーは後を絶たない。けれどある意味それは正論だ。努力で越えられない才能を持つ個体を求めることは間違いではないはずだ。なにせ人間がそうなのであるのだから。
「ナックラーがかわいそう」
ハルカがつぶやくように言った。それがダイゴにとって今までの常識から考えられない答えだった。
「なぜ?なぜそう思うの?能力を持たないものは、自然では生きていけないのに?」
「えっ、えっ?だってナックラーはあの人のポケモンじゃないですか。それなのに弱いからって勝手すぎます!」
ハルカの頬を、砂のつぶてが通過する。それどころか目の前のアイスは全て砂まみれ。ポケモンの技だった。怒鳴ってる男のフライゴンが砂掛けで威嚇していたのだ。もちろん、命令で。
目に砂が入ったのか、ハルカは下を向く。そんな周囲の様子もかまわず、男は怒鳴り続けている。
「ちょっと、君!」
思わずダイゴは立ち上がる。そして怒鳴り散らしてる男の肩に手をかけた。
「喧嘩するのは構わないが、何の関係もない女の子に砂かけて、それで謝らないってどういうこと?」
「あ? うるせえよてめえ」
男の拳がダイゴの顔を狙う。頭に血がのぼってなければ、気付いていただろう。その行為が無駄なこと。ダイゴの近くにいるのは鉄壁を誇るエアームドがいた。主人であるダイゴを守るために、エアームドは威嚇ではなくその鋭い嘴を男に突き出す。
「うがああああ!!!」
「君のフライゴンじゃエアームドは倒せないだろう。今もっているのは他に孵化してないタマゴってところか。それでもやるかい?」
ダイゴの言葉など入っていないようだ。ただエアームドの嘴にささった手をかばっている。警察に訴えようにも、自分からエアームドの嘴に突っ込んだのだから出来るわけがない。
「最初から謝ればいいんだよ。そうしなきゃ僕の」
まわりは騒然となっている。手が血まみれの男と、その男を見下してるダイゴと。
「あ、あの」
周囲の誰かが声をかける。ダイゴが振り返ると、トレーナーらしき人が申し訳無さそうに立っていた。
「もしかして、あの、貴方は……」
「多分違う人じゃないかな」
言葉を遮って、砂まみれのハルカの前に立つ。彼女は小さなナックラーを抱いていた。フライゴンにやられた傷を治すために。
「静かなところ行こう」
ハルカの手を掴んで、引っぱるように歩く。その歩みが速すぎて、ハルカは引きずられてるように感じた。
しばらくダイゴは無言だった。そして思い出したように振り返る。
「ハルカちゃん」
「なんですか」
「この広い世界には様々なポケモンがいる。それぞれ様々なタイプを持っている。いろんなタイプのポケモンを育てるか、それとも好きなタイプのポケモンばかり育てるか……君はポケモントレーナーとしてどう考えてる?」
「え、なんですかいきなり」
「僕が気にすることないけどね。それよりかなり砂まみれだ。はい」
胸のポケットから、柔らかそうなタオルを差し出す。まさかのことに、ハルカは何をしていいか解らない。タオルとダイゴを交互に見て、おそるおそる右手をのばした。いつも使ってるタオルとは全然違う。触った瞬間に解る手触りの違い。高級な毛皮を触ってるようなふんわりとした感触が、ハルカの手の中に握られている。
「じゃあまた会えるといいね」
ダイゴはエアームドと共に空へと舞い上がる。風の中に消えていく姿を、いつまでも見つめていた。
【ユウキの仕事とハルカの戦い方】
ハルカは絶対認めない。何の事って、俺がそいつのこと好きなんだろって指摘したこと。
ハルカの話によると、嫌味を言うトサカ頭の年上の男がいるらしい。そいつ嫌い! なんてハルカはいつも言ってるけどさ。気付いてないだけかもしれないけど、俺との話題の9割はそいつの話なんだけど。
名前もこの前雑誌で出てた人と同じで、もしかしたら有名人かもしれないのになあ。まあ、今のハルカはそんなのゴミ以下の価値だろうけど。
俺も会ってみたいなーってこの前言ってみたんだ。そしたら、物凄い剣幕でもう会いたくない! っていうんだよ。うーん、ハルカの話からは、どう聞いてもいつも会っちゃうみたいなニュアンスなんだけどなあ。
「えー、あたし会いたくない」
ヒワマキシティのポケモンセンターで、ビブラーバの背をなでながらハルカは言った。ビブラーバは気持ち良さそうに二枚の羽を動かしていた。今、かわいがってるこのビブラーバ、実は最初はハルカに懐いてなかった。ナックラーだったときはその顎で手をいつも噛み付いてた。それなのに今はメロメロに近いほど懐いてる。
「会いたくないとかいってて、この前も会ったんじゃないの?」
「知らない! 会いたく無い時に向こうからくるんだもん」
そういうハルカの顔は嬉しそうだ。ビブラーバを撫でてるからじゃない。その人の話をする時はいつもこう。俺には好きだって言ってるようにしか見えない。
「だってそのハンカチ返さなくていいの?」
最もハルカが嬉しそうに話してきたのはそのこと。喧嘩ふっかけてそれで拭いて返してねっていったらしい。返して欲しいってことは、また会うんじゃないかなー。
「でしょー。全く、人に返せっていっておきながら取りに来ないのはどうなんだろうね!」
一貫性がないこと、気付いてるかなハルカ。それに気付いてないからこんなこと言ってるんだろうなあ。ダイゴさんに会えること、待ち遠しくて仕方ない感じしかしない。
そうしてヒワマキシティで別れた。俺は120番道路に用があったから。バクーダが何やらふんふんと地面の匂いを嗅いでいる。いいポケモンでもいるのかな、と顔をあげるとなぜかハルカがいた。
「あれ、どうしたの? ジム挑戦するんじゃないの?」
「それがさあ、なんか見えない壁で通れないから、ユウキの仕事を観察しにきた!」
「見えない? それって」
「やあハルカちゃん! 久しぶりだね」
バクーダが一瞬おびえた。目の前の人間に。その影を確認したハルカの表情が一瞬にして明るくなる。こいつか!
「げ、ダイゴさん」
ねえハルカ。表情と言動が一致してないよ。気付いてるかな。
「と、ハルカちゃんのお友達かな?」
「あ、はい。ユウキです」
「ユウキ君ね」
あー、うん、ハルカが好きになるのも解るなあ。爽やかなオーラでイケメンだし優しそうだし。ただ、その髪型は申し訳ないけどハルカの表現が的確すぎる。そしてやはり雑誌で見た事がある人だ。
「ハルカから聞いてます。ダイゴさんですよね?」
「あれ、どうして解ったのかな」
ハルカの態度の変わり方なんて言えない。ダイゴさん気付かないのかな。
そういえば、ハルカはダイゴさんに会えてすっごく嬉しそうだけど、ダイゴさんの方は表情が変わらないし、嬉しそうでもない。つまり、ハルカがものすごく勝てない勝負を仕掛けてる気がする。
「ところで、二人とも何してるの?」
「別に。ユウキの仕事みにきただけで」
ハルカ、なにその態度の変わりかた、すんげえ。なんでそんな突き放したように言うんだよ。好きなのにそんなこと言っちゃダメだろ!
「あ、俺はどんなポケモンが生息してるか調べにきたんです。あと生態系も」
「へえ。なるほど。ユウキ君は普通のトレーナーとはまた違って面白いね」
なんでほめられてるのか解らないけど。そしてダイゴさんの視線が俺じゃなくてハルカに行ってるような気がする。あれ、もしかして?
「どうせ私はただのトレーナーです」
「そんなこと誰も言ってないだろう」
俺ここにいていいのかなあ。ハルカ怖いし、ダイゴさんはハルカに呆れてるし。
「まあまあ。見えないポケモンがいるんだから仕方ないよ」
俺まで噛み付きそうなハルカの機嫌をとりあえず取らないと。
「見えないポケモン?」
それに食いついたのはダイゴさんの方。ハルカの方は何で言うのと言わんばかりに俺に実力行使だ。遠慮なくなぐってくるから痛い!
「ちょっとおいで、二人とも」
ダイゴさんが背を向ける。ハルカは俺のことなんてさっさとおいて行った。ハルカは俺より強いからもう手の施しようがない!
「ここに見えない何かがいるよね?」
橋の上で止まってる。直前でそういってたのに気付かず、俺はそのまま突進してしまった。そして見事にぶつかって弾き跳ばされる。ハルカが大丈夫?と心配してくれた。こういう時は優しいんだよなハルカは。
「見えない何かに向かってこの道具を使うと……違うな。説明するよりも実際に使った方が楽しそうだ。ハルカちゃん、君のポケモン戦う準備は出来ているのかい?」
「えっ?」
「君のトレーナーとしての実力見せてもらうよ!」
映し出される透明な壁。紫のギザギザ模様、緑色のウロコ。カクレオンというポケモンだ。普通は木の枝や石の側で隠れてることが多い。こんな道の真ん中で見えるとは思わなかった。
見えてることを知ったカクレオンが襲いかかる。俺よりも早く、ハルカはボールを投げた。出てくるのはラグラージだ。ってかまた進化したのかよ。早いなあ、おい。
「なげおとせ」
えっ?
えっ?
ハルカ、それ技の指示じゃないじゃん。ラグラージも向かってくるカクレオンをしっかりと持ち上げて、池に突き落とすなよ! あーあ……仕方ないから、俺のホエルコで助けてやると、カクレオンは必死になって這い上がって来た。
「なるほど 君の戦い方面白いね」
ダイゴさん、そこ感心するところじゃないってば!
「初めてムロで出会った時よりもポケモンも育っているし……そうだね。このデボンスコープは君にあげよう 他にも姿を隠しているポケモンはいるかもしれないから」
「え、別にいいです」
「見えないポケモンに困ってるんじゃないの?」
ダイゴさんがにっこり笑ったら、ハルカも受け取らずにはいられなかったみたいで。びしょびしょのカクレオンをボールに入れている側で、二人はなんだかどちらともつかないオーラで話してる。
「ハルカちゃん。僕は頑張っているトレーナーとポケモンが好きだから君のこと、いいと思うよ。じゃあまたどこかで会おう!」
普通のトレーナーはそんなことしないからね、と付け足した。エアームドで空を飛ぶダイゴさんに向かって、ハルカは犬みたいに吠えていた。
【いつか追い越される】
人間関係というのはとても面倒だ。だから、人間と関わらなくていい職業を選んだ。それがポケモントレーナーだ。ポケモンたちは僕を信じてくれるし、期待に応えてくれる。裏切ることもないからね。
家には僕が見つけた宝物が飾ってある。珍しい石だ。昔、博物館で展示されていた石を見て、いつか石をたくさん並べておきたいと思ったものだ。今、それはかないつつある。
今日もそのコレクションを眺めながら新しい学会の発表を読む。一日はかかりそうだから、休みをとった。
そのはずだった。今日は誰も尋ねてくる予定なんてなかったのにそれは来た。
「なんでダイゴさんがいるんですか」
「人の家にずけずけと入り込んで言う言葉かなハルカちゃん」
僕の座ってるソファの背後から、どうしてこうも高圧的な態度に出られるんだろう。それにコロコロかわりすぎて、判断がつきにくすぎる。
「ちっ、ダイゴさんちだったか。お邪魔しました」
舌打ちが聞こえたのは僕の気のせいにしておこう。元々かわいくないのが、さらにかわいくなくなるからね。
「まあ待ちなよ。せっかく来たんだ、お茶でもどう?」
少し罠をかけてみる。これで少しは解るんじゃないか。別に僕としてはどちらでもいいけどね。
「え、そんな暇はないんですけど」
「あ、そう。残念だね」
なんかとても焦ってる感じがするのは気のせいかな。ま、僕には関係ないけどね。
「人が困ってるのに聞いてくれないんですか!?」
突き放すと途端によってくる。一体君は何がしたいんだ。全く。
「じゃあ最初から素直に困ってるって言えばいいじゃない。何で困ってるの?」
僕はハルカちゃんの先生ではない。トレーナーとしては先輩かもしれないけど、なんで僕がここまで面倒みなきゃいけないんだろう。懐かないポケモンなんて、一緒にいても楽しくないのと同じ。
「実は、潜水艦を奪ったやつらが海底洞窟に行くって、それで古代のポケモンを目覚めさせるって」
「で?」
「で、って?」
「君はどうしたい?」
「私、それを止めたい」
強い意志だ。最初に会った時に一瞬見えたその目。気のせいかと思っていたけど、そうじゃないみたいだ。
そしてこういう目をする人間は決まってる。僕と同じくらいの力を持つ。僕を苦しめる。
彼女はまだ子供だ。今のうちにそんな危険因子をつぶしてしまおうか。ここで叩きつぶせば僕の地位は守られる。
何を考えてるんだ。違う。
「君はポケモントレーナーだ。ポケモンと力を合わせてどんなところへも行ける。君のラグラージはこの技を使えるはずだ」
もう使わない古い秘伝マシンを取り出す。深い海に潜る技、ダイビングが収録されている秘伝マシン。
「ありがとうございます!」
初めて見るハルカちゃんの深いお辞儀。困り果てていたんだろう。受け取るが早い、玄関のドアを壊す勢いで出ていった。
素直に言えばいいのに。
カップの中の紅茶はすでになかった。
暗雲が立ちこめ、雷が聞こえる。天気予報では晴れるって言ってたはずだ。かと思えばいきなり焼けるような太陽が顔をのぞかせる。天気がおかしい。
「エアームド、南だ」
なぜさっき気付かなかった。ニュースで見たばかりだというのに、なぜつながらなかった。ルネシティの近くの海で見つかった海底遺跡と、ハルカちゃんが言っていた古代のポケモン。つながりがあってもなんらおかしく無い。
彼女の強い意志に押されたか。いや彼女のせいじゃないな。僕が忘れていただけだ。
エアームドは金属の翼で風を切り、ただ南へと飛ぶ。落雷が怖いけれど、そんなこと言ってられない。
暗黒の海の中に目立つ赤色。エアームドに降下の指示を出す。
「ハルカちゃん!」
海の中の浅瀬で空をぼーっと見ていた彼女を見つける。会ってから間もないというのに、その顔はひどく疲れていた。
「ダイゴさん? ダイゴさん!!」
降りるなり彼女は僕に抱きついて泣き出した。大雨に涙が攫われて見えないけど、何かがあったことだけは解る。
「どうしよう、空が、2匹が、どっか行っちゃって」
「大丈夫だったかい?」
波に濡れた体に太陽が熱線を浴びせてくる。彼女の体には、どこでつけたか解らないけど小さな傷が何カ所かあった。
空が光る。その数秒後に轟音。その方向は、ルネシティの方だった。黒い雲に覆われて、ルネシティは見えてない。
「この雨を降らせている雲はルネの上空を中心に広がっているのか……一体あそこで何が起きている!?ここであれこれ考えるよりルネに行けば分かるか……」
エアームドが鳴く。太陽が顔を出してる今が安全に空を飛べるチャンスだ。
「ハルカちゃん……無理だけはするなよ……じゃあ僕はルネに行くから」
「ダイゴさん!」
君がそんなに取り乱してるのは初めて見たよ。それほど緊急事態なんだろう。
「ミクリ、無事か?」
黒い雲を抜け、ルネシティへと降り立つ。僕は古くからの友人を訪ねる。おそらく今いるのは目覚めのほこらだろう。僕はミクリからよく話を聞いていた。何かあったらここにくるように、言われていたと。
「ダイゴか、よく来た。危ないというのに」
「この天気は何があった? 海底洞窟と何か」
「私にも正直解らない。けど、一つだけ言える。目覚めのほこらの奥で古代のポケモンが力を蓄えている。今はこれで済んでるが」
ほこらの奥からは大きな体格のポケモンの鳴き声が聞こえる。それも2体。もしかしてハルカちゃんはこんなのを相手していたのか。
「この中に入って止められないのか?」
「入ってみるかい? 入れないけどね」
僕がめざめのほこらに一歩でも入ろうとすれば、電流が走ったような痛みがくる。
「邪魔をするな、というメッセージさ。止められるのは藍色の珠、そして紅色の珠。それらが合わさり、力を中和するんだ」
「見てろというのか? 原因が解っているのに」
「今のルネシティに、二つの珠を持って来れる人間がいると思うかい? 並以上のトレーナーじゃなければ不可能だ。そしてルネシティからは出られない」
ルネシティの空は蓋をされたかのようだった。入ってこれるけど出ていけない。どうしようもできないのだ。
「ダイゴさん!」
轟音の中から呼ばれた。振り向く。僕は正直驚いた。ほとんど僕と変わらない時間で今のルネに到着したのだ。
「ハルカちゃん?」
びしょぬれた彼女は肩で息をしながら走ってくる。
「ハルカちゃん、君も来たのか。こんなひどい天気なのに……」
「ダイゴの知りあいか?」
ミクリは驚いたように見ている。外の人間が二人も今のルネシティに入ってきたこと。僕はともかく、ハルカちゃんの方をとても不思議そうに。
ミクリの顔をみて、僕は思い浮かぶ。海底遺跡のこと、そして海の真ん中でハルカちゃんが泣いてたこと。
「そうだ!ハルカちゃん。彼の話を聞いてくれ。君なら理解できるはずだ」
「えっ?」
ミクリは少し悩んでいたようだ。雷鳴の合間をぬってミクリは話しだす。
「私はミクリ。この町のジムリーダーそして目覚めの祠を守る者。この大雨は目覚めの祠からの力によって起こされています。貴方は何があったかもうご存知ですね?」
「は、はい。それで、これを」
彼女が差し出したのは二つの珠だった。こんな偶然ってあるものなのかな。いや、奇跡に近いんじゃないか。
「怖くなったといって、私に渡してどこかへと消えました」
「それは藍色の珠と紅色の珠ですね。分かりました。貴方に託します。この先が目覚めの祠。私達ルネの人間はこの目覚めの祠の中に入ることを許されていません。ですが、君は行かなければならない。その藍色の玉と共に。祠の中で何があろうとも 何が待っていようとも」
こんな小さな子に任せていいのだろうか。そんな僕の心を見たかのように、ハルカちゃんと目が合った。
ああ、大丈夫だ。この子はそういう目を持ってる子。僕よりも強くなる素質のある子。
「ハルカちゃん 君が藍色の玉を持っていたとはね。大丈夫!君と君のポケモンなら何が起きても上手くやれる。僕はそう信じている」
ハルカちゃんの頭を撫でる。不安の入り交じった笑顔を見せた。そして背を向けて目覚めのほこらへと走っていく。
人が……ポケモンが……生きていくのに必要な水や光なのに
どうして僕達を不安な気持ちにさせるんだ……
ルネの真上に集まった雨雲はさらに大きく広がり ホウエン全てを覆うだろう……このままでは……
【名前だけのチャンピオン】
ルネシティの空は、綺麗に晴れていた。空の向こうに虹が見えて、あんだけ酷かった天気が嘘のようだった。
ああ、私はやったんだ。できたんだ。グラードン、そしてカイオーガをボコボコにすることが出来たんだ。
「ハルカちゃん」
そして、ダイゴさんにまた会うことが出来たんだ。ダイゴさんに。手を差し伸べてくれるダイゴさんを掴んで、そのまま体にしがみついた。突き放されるかと思ったけど、受け止めてくれてた。
「君のおかげなんだね。ルネの空が元通りになった。ミクリも感謝していたよ」
他の誰の言葉なんて関係ない。ダイゴさんがほめてくれればそれでいい。
ずっと考えてた。2匹を見てからずっと。
ダイゴさんのことしか考えてなかった。生きてダイゴさんに会いたい。それだけでがんばることが出来た。
私、ダイゴさんが好きなんだ。悪口いわれても嫌味言われても、ダイゴさんが好きで仕方ないんだ。
「びしょぬれのままだと風邪ひくよ。帰って乾かさないとね」
うなずく。ダイゴさんが触れたところが熱い。
「ハルカちゃん? 大丈夫?」
頭はぼーっとする。ダイゴさんが話しかけてるけど、はっきりと喋るには力がない。なんだか
風邪だと言われた。熱はあるし、鼻水が止まらない。薬を貰って、しばらく寝てることにした。ダイゴさんにミシロタウンの家まで送ってもらった。ひたすら寝てる。旅に出てからこんな長い休息があったのは初めてだった。
今頃ダイゴさん何してるんだろ。家にいるのかな、それともあのエアームドで飛んでるのかな。熱さがったらまた行っちゃおうかな
いや迷惑に決まってる。あんなにダイゴさんに悪態ついといて、私のこと好きになってなんてムシが良すぎる話だ。
なんであんな態度とってしまったんだろう。布団の中でじたばたしても、過去は変えられない。今さら態度を改めたところで、ダイゴさんが振り向くわけないじゃないか。
大人だし、かっこいいし、トサカ頭のくせにやたらと髪型がきまってるし。私以外にもいくらだって目を輝かせてた人はいた。たくさんいた。そのとき、そんなダイゴさんを困らせて、気をひこうとしてた。
でもそもそもむかついたのは、ダイゴさんがジムリーダーとかチャンピオンなんて名前だけとかバカにしてきたからだよね。うん、そこはダイゴさんが悪い。そしたら私はやっぱりチャンピオンになってやる。
そして、ダイゴさんに今まで思ってたこと全部いってやる!
熱も下がって来た。もう行こう。私はチャンピオンになる。
チャンピオンロードを抜けて、私ははポケモンリーグ前にいた。目の前の建物に息をのむ。ここまでやっときた。自分の足で、サイユウシティのリーグに来た。
最近はダイゴさんに全く会わないけど、連絡先は握ってあるし、家だって知ってる。チャンピオンになったら、その証明と共に絶対に乗り込んでみせる。
何人戦っただろう。カゲツさん、フヨウさん、プリムさん。そして今目の前にいるのはゲンジさん。最後の一匹、ボーマンダがフーディンの放ったサイコキネシスに悲鳴をあげた。ボールに戻っていくボーマンダを見て、私は勝ったのだと確信した。
「これは、いいところまで行くかな、久しぶりに」
ゲンジさんはそう言っていた。チャンピオンは手強いからとも言ってもらった。そんなのゲンジさんたちと戦ってれば解る。普通のトレーナーとは違う。そんな風格があるからこそ、四天王って呼ばれてるんだと思った。
ダイゴさんは名前だけだと言うけど、実力があるからこそ名前があるんだと思う。
まだ浮かれちゃいけない。チャンピオンを倒すまではダイゴさんのこと考えたら危ない。ダイゴさんのこと思い出すだけで考えがどっか行っちゃうから。
一歩一歩、踏み出すたびに作戦を練る。先発は中間の速さのライボルト。それから倒れたらつなぐのはラグラージかフーディン。タイプによってはチルタリスもありだよね。いやプクリンから出して、眠らせてからフーディンで瞑想して力をためる? あ、みんなの状態は万全にしないと。万が一でもあったらきっと取り返しなんて
「ようこそハルカちゃん」
チャンピオンの待つ部屋に入る。聞き覚えのある声だった。私は目をこする。
「いつ君がここまでくるのか楽しみにしていたよ」
「え、なんで、ダイゴさん? なんでダイゴさんがいるんですか!?」
「こういうことさ。前にも言ったじゃない、チャンピオンなど名前だけだと。その時、どう思ったんだい?君は……ポケモンと旅をして何を見てきた?たくさんのトレーナーと出会って何を感じた?君の中に芽生えた何か、その全てを僕にぶつけてほしい!さぁ 始めよう!!」
私の疑問に答える様子はなかった。ダイゴさんがモンスターボールを投げる。それが始まりの合図。
「なんで、言ってくれなかったんですか!?」
「遠慮することはないエアームド。目の前にいるのは敵だよ」
ダイゴさんは私を見ていない。見ているのはこの戦いの流れ。こんなに真剣で深い読みをするような視線は見た事が無い。
チャンピオンなんて名前だけ。やっぱり嘘だよダイゴさん。
チャンピオンだって黙ってたのは許せないし、悔しいし、信じたくないけれど、普通のトレーナーと、覚悟が全然違うじゃない。
それなのに名前だけなんて。やっぱり私の方が正しい。
ダイゴさん、悪いけどこの勝負は私がもらう。そして私の方が正しいって言わせてもらうから!
「いけ、ライボルトでんじは!」
ライボルトはエアームドより速い。麻痺させてしまえばさらに有利になる。それからフーディンに交代して……
「足元にまきびしだ」
エアームドの翼の間から、松ぼっくりのようなものが飛んだ。交代を封じてきた。ライボルトの足元には踏んだら痛そうなまきびしがまかれている。高速スピンでもあれば吹き飛ばせるけど、私のポケモンは誰も覚えてない。ならば空を飛ぶポケモンか、交代を極力さける戦い方にしなくてはならない。作戦が全部練り直し。
でもそれが勝負だ。一刻一刻事態は変わる。それに対応できるように、私はライボルトに命令する。
「吠えろ!」
出来るだけ電磁波をばらまく方向にチェンジ。エアームドはその間際、毒々しい液体を吐いていった。ライボルトに降り掛かり、具合が悪そうな顔をしている。
「ネンドール、きみか」
かわりに引きずり出されたのがネンドールというポケモン。私は見た事無い。戦ったこともない。つまり、ネンドールがどんなタイプを持っているのか解らないし、どんな技がくるかも予想がつかない。
目がたくさんついているように見える。閉じてるのもあるし、ひらいているのも。なんだか気味の悪いポケモンだなと思った。
「作戦はかわらない。でんじは!」
「サイコキネシス」
電磁波は弾き跳ばされた。あの飛ばされ方は地面タイプが入ってる。そのことに気付いた時には、ライボルトは吹き飛ばされていた。
「次のポケモンは何でくるんだい?」
ダイゴさんは余裕だ。タイプなんて解らずに突っ込んでくるからか。それがまたすっごくむかつく。怒っても仕方ないんだ。むしろ怒ることで冷静さを欠く。そこがダイゴさんの狙いだとしたら、焦るだけ損。
「ラグラージ! 濁流!」
まきびしを踏んづけていたそうな顔をしてる。ネンドールが全ての目を見開き、サイコキネシスを打ってくる。ラグラージに精神攻撃をすると同時に、目が一部だけ閉じた。ラグラージは優秀だ。開いてる目を狙い、濁った大量の水をぶつける。
「ふうん、やるね」
「ダイゴさん、余裕ぶっこいてると後悔しますよ」
勝負は始まったばかりだ。ネンドールが倒れ、ボールへと戻っていく。そして出て来たのはさっきのエアームドだった。
始まる時は思わなかったけど、勝負が進むに連れて楽しくなってきた。
大好きなダイゴさんと、真剣勝負。他人が誰も入れない二人だけの時間なのだ。邪魔するものがいたとしたら、それは強制的に排除されるだけ。
こっちも残りは少ない。フライゴンもフーディンもよくやった。いつも以上の力で攻撃しているのが解る。ボスゴドラの攻撃にプクリンが倒れ、ラグラージの波乗りがボスゴドラにトドメを刺す。
「ここまで追い詰められたのは、初めてだね」
「そりゃ光栄です。じゃあ、最後の勝負にしましょうよ」
ダイゴさんが投げたボールから出て来たのは、やはり見た事が無いポケモンだった。メタグロスとダイゴさんは呼んでいた。その重そうな体は金属だろうか。鋼タイプなのかもしれないが、それにしては関節の動きがスムーズで、それだけではないかもしれない。
「始めよう、最後の勝負だ」
「負けるか。ラグラージ、地震!」
ラグラージが速かった。メタグロスに食らわせることができた。けれど目視では半分も減ってないみたいだけどね。こりゃ相当固いポケモンだ。
「コメットパンチ」
聞いたことのない技が飛ぶ。メタグロスの腕が彗星のように残像を残して軌道を描いた。ラグラージの体に思いっきり食い込むそれは、やはり体感したこともないダメージだ。痛いとラグラージが鳴くくらいだ。何発も食らえない。
「じしん!」
濁流で命中率を下げるのもありだと思ったが、そこまでは時間がない。威力のある技で攻める。
メタグロスとラグラージの力の一騎打ち。素早い分だけ、ラグラージが勝てる。急所なんかに当たらなければ。それだけは願い下げ。頭のヒレとか、手の先とか。
ラグラージも解ってるようで、どこかいつもより姿勢が引き気味だ。そのおかげなのか、地震のダメージが普通より少ないと感じるのは。でも今はそれでいい。ラグラージが倒れたら、私はダイゴさんに負ける。
「あと一発、ってところだね」
ラグラージの息が上がってる。特性の激流が発動しているんだ。そしたらおそらく、コメットパンチを食らったら終わり。けど向こうのメタグロスも出たばかりの時よりは動きが遅くなってる。もしかしたら。
「ラグラージ、いけるよ。落ち着いて」
声をかける。一瞬だけ、ラグラージがこっちを見た。任せろと言わんばかりに、力を込める。
「いっけえ!!」
ラグラージが特大の水流を放った。命中は不安定だけど、これしかない。もうメタグロスに一度だって攻撃のチャンスを渡したく無い。水タイプ最強の技ハイドロポンプがメタグロスを襲う。重そうなメタグロスの体が1、2メートル後ろへと飛んだ。そしてそのままメタグロスは反撃する気配がなかった。
しばらく沈黙が流れた。
無言でダイゴさんがメタグロスをボールに戻している。今までの勝負がなかったかのように、いつものダイゴさんに戻っていた。
「チャンピオンである僕が負けるとはね……さすがだハルカちゃん!君は本当に素晴らしいポケモントレーナーだよ!」
「ダイゴさんこそ……名前だけのチャンピオンなんかじゃなかった」
「そういってもらえて光栄」
「それよりも私に謝ってください! チャンピオンだったこと隠してそうやって名前だけとか……」
「それは君がもっと大人になってからかな」
「そうやってはぐらかすのやめてください!」
ダイゴさんは背を向けた。そしてそのまま手を振った。私を見ずに。
「今日はハルカちゃんがチャンピオンになれたおめでたい日なんだ。ゆっくり家に帰って、ジムリーダーであるおとうさんに話してあげなよ。それから話を聞こう」
むかつく! そうやって自分の話は高度だから理解できないみたいな言い方して。そうやって自分はさっさと帰ってさ!
追いかけようとしたら、取材陣に囲まれてしまった。チャンピオンを打ち破ったトレーナーが現れたなんて、格好のネタなんだ。
囲まれていたら、すっかりダイゴさんを見失ってしまった。
【どこにも行かないで】
私はホウエンのチャンピオンになった。名前だけだってバカにしてたダイゴさんに文句と全て話すために、ダイゴさんの家に行く。
トクサネシティの目立たない民家。そこがダイゴさんの家。
最初、迷ったフリして入っていった。知らないフリをしていた。ダイゴさんがいるかどうかだけは解らなかったけど、そうすれば会ってしまっても偶然を装えるから。
「ダイゴさん!」
玄関をあけてダイゴさんを呼ぶ。まだ何から言っていいか決心がつかないけど、絶対に今こそ言うんだ。だからこそ。
「ダイゴさん?」
留守なのかな。返事がない。入って行くと、テーブルにモンスターボールが一個乗っている。そしてその傍らには白い封筒があった。凄い嫌な予感がする。緊張で上手く封筒が開けられない。封筒の端がやぶれて、そして中の便せんを取り出した。
ハルカちゃんへ
僕は思うことがあって、しばらく修業を続ける
当分家に帰らない。
そこでお願いだ
机の上にあるモンスターボールを受け取ってほしい
中にいるのはダンバルといって僕のお気に入りのポケモンだからよろしく頼むよ
では、またいつか会おう!
ツワブキダイゴより
なん、で? しばらくってどのくらい? いつまで?
なんで何も言わずにダイゴさんそんなこといつ決めたの?
なんで、なんで、どうして!?
もっと早く、素直になっていればよかった。
もっと早く、好きだと言っていればよかった。
もっと素直にダイゴさんに甘えていれば、こんなことには……
モンスターボールの中にいるダンバルは私の気持ちなんて解るわけがない。楽しそうにこちらを見て、よろしくねといってるようだった。
そんなの何のなぐさめにもならない。ダイゴさんがいなくなった。もう反抗することも甘えることも、好きだと伝えることもできない。
涙がとまらない。止めようにも止まることなんてない。
「ダイゴ、さん……」
ダイゴさん、ダイゴさん。大好き、大好きで誰よりも大好き。
早く、帰って来てよ。
ダイゴさん……
「なーんちゃって」
背後からふざけた声がする。。振り返らなくても解る。だってその声は間違えるわけがない。
「見事に引っかかったね! 説教しようと思ってる子供や、素直にならない子供にはお仕置きだ。大人を甘くみないでね」
イタズラ大成功、とばかりに笑ってるダイゴさんがいる。あれ、ダイゴさんがいる。目の前のはダイゴさんだよね。
え、つまり、その、私は、えーっと
騙された!?
「そんなに泣いちゃって、よっぽど悲しかったのかい?」
「ち、違います! ダンバルくれたのが嬉しくて泣いてるんです!」
悔しい。くやしー!!! あんなばっちり小細工しておいて、イタズラだなんて酷すぎる!
「ふーん、そう。じゃあ、予定通りちゃんと出かけようかな」
「どこにでもでかければいいじゃないですかっ!!」
騙された。すっごいむかつく。もうダイゴさんなんて嫌い!!!
「チャンピオンの任も降りたし、自由に旅するからその間よろしく。じゃ」
そっぽ向いてる私に構わず、ダイゴさんは玄関から出て行こうとする。思わず先回りして、ダイゴさんの進路を塞ぐ。
「ちょっと待ってくださいよ!!」
「え、なに?」
「なんでどっか行っちゃうんですか! これから私はどうしたらいいんですか!」
「そんなの自分で考えてよ。そこまで僕が言うことじゃない」
「……じゃあ、私の話きいてくれますか?」
「何?」
あれ、なんかすっごく言えない。
好きだとか好きだとか、言いたいのに言えない。でも、言わなければダイゴさんこのままどっか行っちゃう。
どうしたら、引き止める言葉が好き以外で言える? そうだ!
「ダイゴさん、もっとポケモン教えてください!」
「え、なんで僕より強い人に教えなきゃいけないの?」
「だってダイゴさん知らないポケモン多いし、なんかいっぱい……」
「なんだ、やっぱりね……いいよ。暇だから、いつでもおいで」
ありがとうダイゴさん。
私はいじっぱりだから好きだって言えない。だから、もっと一緒にいたい。
大好き、ダイゴさん
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カップリング、ダイゴさんとハルカちゃん。
ウィズハートでも書いたように、この二人は別れる方が多くてたまには違う方向にしてみようということで、嘘をテーマに書きました。
恋の始まりはイラっとすること。出典不明ですが、体験的に最も説得力がありました。
タイトルは「今に見てろ!」マイフェアレディというミュージカルで、主人公がスパルタ教育に不満をぶちまけるシーンで出てくる。
王様に認められた時に、お前を銃殺にしてやるうううって空想をするんですよ。
まあ、それでも午前3時まで練習に付き合ってるヒギンズ教授は物凄くいい人だと思います。
最後、ダイゴさんは負けた時にやっぱりって思いつつ後からじわじわ悔しくなってきて、何かしらハルカに仕返ししたかったのですよきっと。
チャンピオンなんて名前だけ、ってよくダイゴさんを書く時に使うけど本当にそう思ってると思ってる。
王者の印をくれるNPCは、ダイゴさんからもらったと言うのよ。ダイゴさんには印とか形は無意味だと思ってるんだと思うよ。それがあのシンプルな家だよ!
王者の印のくだりは入らなかった。
ダイゴさんは完全にハルカの方に気付いているけど、こんな素直に自分の気持ちを出せない子のままだったらつけあがるから言わないで手のひらで転がしてる。
ハルカはバレてないと思ってるけどね!バレバレだけどね!特にダンバルのところは!
【何してもいいのよ】
【恋の始まりはイラっとすること】【異論は認める】
【同じ話を二回も書くほど暇じゃないのよ】