タンバシティのとある海辺で、セツカは空を仰いでいた。傍らには一匹のアブソル。
「この天気なら、無事うずまき島に行けそうだね〜」
「まさか晴れるとは……やっぱり、やめといた方がいいんじゃないか?」
「何言ってんの。ご飯は熱いうちに頂かないと!」
「命がけの旅が、お前にとっては飯と同じなのか?」
「まさに、朝飯前ってことだね」
一人はしゃぐ主人を尻目に、シルクは項垂れた。確かにこの天気ならば、うずまき島を取り巻く渦も小さくなっているだろう。絶好の機会と言えなくもない。一年のほとんどが曇天に見舞われるうずまき島の周りには、その名の通り、タンバの漁船をも飲み込んでしまう大きく激しい渦が点々と混在し、うまい具合に島の入り口を閉じてしまっているのだ。
本来ならば島に入ることすら出来ないはずだったのだが、運が良いのか悪いのか、その一行を晴天が向かえていた。暖かな光を止めどなく届ける太陽が、シルクには冷ややかに映る。シルクの三日月を描く漆黒の鎌が、黒く光っている。
──今回の目的はうずまき島に行き、海の神にあることを伝えることだった。
不満をおしみなく口にするシルクと地図を広げるセツカを乗せて、一匹のラプラスが海を泳いでいた。
「へぇ。ポジティブって泳げたんだな」
まるで初めて知ったかのように、わざとらしく感心した様子を見せるシルク。
「泳ぐため以外に、このヒレを何に使うんだい?」
「フカヒレとか?」
「それはサメだろ」
「馬鹿か。フカマルだろ」
「そうだった」
「メタ発言はほどほどにな」
「その発言がメタなんだよ」
「てか、ポジティブって名前、由来は何なんだよ?」
不意にセツカに問いかけたシルク。うん? と、地図から顔をあげてセツカは聞き直す。
「だから、ポジティブの名前の由来だって」
「え〜分かんないの? 少しは自分で考えないと、脳細胞増えないよ?」
「やる気の起きない理由だな」
「ふふふ。降参かね? それでは正解はっぴょー」
仰々しく両手を広げたかと思うと、強くパァンと合掌するように打ちならした。
「まず、ラプラスをラとプラスの二つに分解します」
「ふむ?」
「ここで着目するべきは『プラス』です。お二人方もお気づきになりましたか? そう! なんと私はこの『プラス』をプラス思考というキーワードへと発展させ、なおかつ! それを応用し、ポジティブへと変換させたのです! イッツミラクル!」
あきれ果てて首を振る気も起きず、シルクもポジティブも、ため息をついた。
「下らねえ……。『ラ』も仲間に入れてやれよ」
ん〜、と頭を傾げるセツカ。
「ポジティ・ラブ?」
「なんでポジティが好きってことを主張すんだよ。意味分かんねえよ」
「名前は五文字までだったっけ」
「そんなことは言ってない」
「空が青い!」
「論点をずらすな」
突っ込むのにも疲れたと、ポジティブの甲羅の棘のようなものにシルクは寄りかかる。あたしの頭はボケてないと、セツカ。
「そういえば」
「なんだ? また下らない話か?」
「上がる話だよ。空の話」
「へえ。そういえばセツカは風景を見るのが好きなんだっけ?」
「うん。どこで知ったかは忘れたけどね。こういう空の色のことを、天藍っていうんだって」
青く透き通った、けれどどこか黒ずんだ色もしているような空を、シルクとポジティブが見上げる。
「確かに、それっぽい感じはするな」
「漢字的にもね」
「それは誤字なのか!? どうなんだ!?」
シルクの声が、海に響きわたった。