桜が散る時期になった。
風に吹かれて飛んでいく淡い花びらをぼんやりと眺める。
踏みつぶされたアスファルトにばらばらと張り付いた花弁を見ると、どうも美しいという感情よりも汚らしいと思ってしまう。
朝日に透ける姿や夜の月明かりを帯びる花明り、何より風の気まぐれで飛ばされること事態は綺麗に見える。しかし、散り終ったそのあとは人にポケモンに踏みにじられる。
これを風流と見るべきか、自然の摂理だと割り切るべきか。
まぁ、どっちでも良いんだけど。
ぶらりと遅い花見に出かけた。
一人だともの寂しいのだが、春も麗といった陽気な時間帯にゴーストタイプなこいつを起こすのは少し酷かとも思い、ボールだけ連れて足の向く方へ歩く。
流石にシーズンを少し過ぎたからか、シートを広げて場所取りするような輩もいなければ、酒臭い宴会独特の空気もどこにもない。
ただ残りの花を振るい落とし夏に向かって芽を出しかけている桜ばかり。春の飾り付けはもういらないのか、すこし揺れただけでも桜の雨が起こるだろう。
ありきたり。
桜の名所でもなんでも無いが、少しばかり固まっている公園をぐるりと一周した。
不意にざっと雨が降る。時雨か何かだろうと思うが、天気予報を確認しなかったことを別段悔やむ必要はなかった。
数十分の雨をしのごうと入りこんだ木の下は思いのほか広くて、脇道に誘うかのように枝を突き出していた。
何故かそこだけ淡く濡れておらず、先へどうぞと促すようであったので別段逆らわずに進んでいった。
そしてほんのわずかな傾斜を踏みしめた先にあったのは、少し古ぼけた屋台だった。
花見がピークの時に立ち食い客のためにアメリカンドッグやらポテトやらでるのはまぁ、分かる。
祭り騒ぎだから。
しかしこんな人が訪れるかどうかわからないような場所にぽつんと寂れた店に誰か来るのか。穴場限定とかそういうのか。
時雨はわずかに降り続いている。気にはならないほどに頬を濡らす。すこし肌寒いかなと思った。
近づいてみるとかすれた看板にはどうにか『紅茶』と書かれているのだけ読みとれた。また妙なもん売ってんだなと眺める。
簡単なコンロの様なうえに茶色い鉄瓶が乗っかっている。その横で乳白色のポットがぽつんとほったらかされていた。
店主がいないってことは打ち捨てられているのか、その割には埃も何もかぶっていない商売道具。
ひょいとその先を見ると、でかい枝垂れ桜が目に入った。
残花ばかりを目にしてきたせいか、そいつはわずかな雨に降られていていても少しだって散ろうともせずただゆらゆらと桜色をしていた。
その下にはただ佇んでいるだけの蟻喰いがいた。
花守のよう、とまではいかないがただずっとその枝垂れ桜を見上げていた。
不意にそいつと視線があった。クイタランは振り返りもせずじろりとただこちらを見た。どこかふてぶてしそうな表情にも見える。
そしてぐるりとこちらに向き直った。首からは木のプレートをぶら下げている。のしのしとこちらに歩いてやってくれば、そこに書いてある文字が読めた。
『本日のお勧め ダージリン 桜フレーバー』
こんこん、と白いポットをつついて、不満足なのかそいつはかぱりとふたを開ける。
爪の先に張り付いた桜を一枚ふわりと投げ込み、ぶっちょうずらのままふたを閉めた。
そのまましばらく蒸らすのだろうか、また枝垂れ桜を見上げに離れる。
確かにこいつは結構見事だ。雨は静かに止んでいたので、ふとボールからあいつを出してみた。
丸くなっていたゴビットはしばらく外の寒さに震え、気がついたようにぐぐっと手と足をのばし俺を見る。
「見ろよ」
垂れ下がる花に興味があるのか、思いのほか小走りでアリクイの横へと走る。
クイタランは特に眺めるだけなのか、恐る恐るといった様子で手を伸ばすゴーレムに一瞥くれたのみでなにもしない。
そうしてどれほどたっだだろうか、特に長い時間というわけではないだろうに。
気がつけば見上げるのは俺とゴビットばかりで、クイタランはいつの間にやら屋台に戻って作業に没頭していた。
きろりと視線がこちらに刺さった。
爪で屋台を叩く。早くこちらに来いと急かすように。
横柄な態度にいらつく前に、その仕草があまりにも浮かべている空気と似合っていてそちらに足を向ける。
そこには白いポットから丁寧に注がれた、淡い琥珀色した紅茶が注がれていた。
紙コップに。
これは一杯いくらなんだろうかと飲みながらようやく頭が思考する。
胸に広がる温もりは確かで、ほのかに香るこれは桜なんだろうか。
風に乗って散るばかりのあれにも香りらしいものがあったのか。
飲みほしてから息をつく。小銭入れがあったかどうかポケットを探った。
相変わらずゴビットはずっと枝垂れ桜を見上げている。
ちらりとアリクイをみると、俺が並べた小銭を勘定しているらしかった。
数枚の10円玉が押し返される。余分だったらしい。
「ごちそうさま」
一声かけてゴビットをボールに収める。
不思議な穴場を見つけたものだと思った。
後日、その場所にもう一度足を向けてみたのだが、探し方が悪いのか横道は上手く見つからなかった。
いわゆる春限定であろうあの紅茶を、もう一度堪能したいものだ。
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余談 御題『桜』ということで。
あるお方からいただいた絵からヒートアップ。捧げます。
【好きにしていいのよ」