ここのところ、ずっと天気が悪い。男は、窓から外を見ながらため息をついた。
梅雨でもないというのに、空には灰色の雲がかかり地面や人、建物を濡らしている。一度止んだと思えばまた雨が振り、太陽が顔を出すことはない。そんな日がもう何日も続いていた。当然、そんな毎日ばかりだと自然と気分が沈み、気持ちが憂鬱になってくる。
一体いつになったら晴れるのだろう。テレビで天気予報を確認してみても、明日も雨、その次の日も雨。晴れになるのは、最低でも一週間は先だと告げている。思わず男は、ため息をついてしまった。同時に困っていた。
男は明日外出する予定なのだ。彼には、遠く離れた土地に恋人がいた。その大事な恋人が明日、自分が住む家に遊びに来てくれるのだ。実に一ヶ月ぶりになる。その恋人と、近くの遊園地に出かける約束をしていた。無情にも、雨は止む気配どころか勢いが増している気がした。もし明日もこんな調子だとしたら遊園地どころか、どこにも出かけることができないだろう。全く、特別な日になんと運が悪い。
なんとかならないだろうか。頭を抱え家の外を眺めていると、あるポケモンが通りかかった。
てるてる坊主のような外見、くりっとした大きな瞳、雨水を模した頭に、雲のような胴体。存在そのものが雨を表しているみたいだった。
あれはポワルン。てんきポケモンという二つ名があり、確か天気に応じて体が変化する一風変わったポケモンだ。しかも、ポワルンは天候を変える技を覚えることができる。
天気を変える。こうしてはいられない。男は直ぐに家から出てそのポワルンの元へ急いだ。
いきなり現れた人間にポワルンは驚き逃げようとするが、男はそれを制止した。
「待ってくれ、話を聞いてくれ」
男の必死な様子にポワルンは逃げるのを止める。濡れるのも構わず、男はポワルンに志願した。
「実は君にお願いがあるんだ。明日、ここの地域の天気を晴れにしてくれないか」
「明日の天気ですか?」
ポワルンは首を傾げる。
「明日、僕は大切な人と出かける約束をしているんだ。でも明日が雨だと、家から出られなくなってしまう。お願いだ、明日だけで良いから、天気を晴れにしてくれないか?」
「どうしましょう。私、天気をある程度自由に変えることができるでしょう。だからそういう話をよく持ちかけられるんですよ。明日は運動会が嫌だから雨にしてくれだとか、片や明日は大事な試合があるから快晴にしてくれだとか、そんなことを言われるこっちの身にもなってくださいよ。ポケモンが技を使うのだって、結構疲れるんですよ」
「そんな、お願いだよ。僕にできるお礼なら、なんでもするからさ」
「本当でしょうか。実際に私が天気を変えると、もうお前は用済みだとお払い箱にされることがよくあるんです。お礼をするとか言っておいて卑怯です。あなたも同じことを考えているかもしれない」
「そんなことはない。私はしっかり働き、恋人と真剣に交際する真面目な人間だよ。恩を仇で返すなんてできる人間に育てられていない。誓えるよ」
男は必死なようで、ついにはポワルンに土下座をし始めた。今までそんなことをされたことがないポワルンは、流石にためらってしまう。男の方もここまで来たら引くことはできない。今我慢をすれば、素晴らしい明日が待っている。こう思えば、こんな行為安いものだ。
雨に濡れ、恥を捨てて頼み込んでくる人間を見捨てることは、ポワルンにはできなかった。
暫くした後、ポワルンは頷いた。
「分かりました。あなたの頼みを引き受けましょう」
「本当か、ありがとう。で、君は何が望みだ?」
「あなたの家でしっかりとした夕食をご馳走してください。それと、一晩泊まらせてください。それで結構です」
「そんなことなら、お安い御用だ」
男はポワルンを抱きかかえ、自分の家の中へ戻っていく。
その日の夜は、ポワルンにとって幸せな一晩になった。男が殆ど手作りした手料理をお腹いっぱいに食べ、汚れていた体を風呂で洗うことができ、そして布団で寝ることができた。与えられた布団はここ最近の天気が悪いので干したてではないが、外で寝ることと比べたらずっと快適だった。ポワルンにとって、満足いく時間を過ごすことができたのは確かだった。
次の日。天気は、予報通り雨だった。相変わらず雲は空を隠し、冷たい雨を地面に叩きつけている。外出するのも億劫な程、雨量は多い。
すっかり満足したポワルンは、男の家の玄関先にいた。
「昨晩はありがとうございました。いくらあなたの望みのためとはいえ、あんなに良くして貰えるなんて思いませんでした。お陰でとてもぐっすり眠ることができましたし、腹も満たされて満足です」
「それは良かった。で、約束なんだが」
「はい。もちろん私は約束を守ります。本日の天気を晴れにしてあげましょう」
男は心から喜んだ。これで、彼女と堂々と出かけることができる。
「ああ本当にありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方です。では早速」
ポワルンは曇る空を睨みつけ、全神経を集中させていく。その様子を、男は後ろから黙って見守った。
ポワルンの横顔は真剣そのものだった。技を使うのが疲れるというのはあながち間違いではないようだった。小さく唸りつつ、祈り続けている。男も、思わず生唾を飲み込んだ。
すると、天気に変化が訪れる。先程まで勢いよく降り注いでいた雨が止んでしまう。どう見ても裂けることがないと思われた厚い雲に亀裂が入り、太陽の光が漏れてくる。邪魔な雲が自分から退いているみたいだ。しかし、これは目の前の小さなポケモンの力なのだ。
やがて灰色の雲が全て消え、辺りは快晴になった。同時にポワルンの形も太陽のように変わり、顔全体が赤く染まった。
「ふう、終わりましたよ。これで借りは返しましたからね」
「凄い、まるで魔法使いだな。改めてありがとう」
「魔法使いだなんてそんな大層なものではありませんよ。私にできることをしただけですから」
「いや、人間にはどう頑張ってもできないことだからな。尊敬するよ。じゃあ今から外出する準備をするよ」
「そうですか。では私も当てもなくうろつくことにしましょう」
「毎日は無理だが、時々なら家に来ても良いよ。またご馳走しよう」
「それはありがたい。食事に困ったらまた訪問します」
男とポワルンは仲を深め、そしてそれぞれの生活に戻っていった。今日は素晴らしい一日になることを互いに信じて。
同時刻、男が住んでいた地域から少し離れた近隣の町。
この地方では、今日雨が降ることはないと予報されていたが、突然空に雲がかかり雨が降ってきてしまった。予想もしていなかった出来事に住民達は慌て、雨がしのげる場所へと駆けていく。
とある老人も、天気予報を信じて傘を持ち歩いていなかったので、服や髪の毛は濡れ、酷い格好になっていた。
「やれやれ天気予報が外れるなんて。今日はついていない」
老人は誰に話しかける訳でもなくそう呟いた。その老人の横にはポワルンがいる。このポワルンは男と仲良くなったポワルンではなく、老人と長年一緒に暮らしている家族、全く別のポケモンだった。突然の雨のせいで、ポワルンの体は青色へと変化している。
「困ったな、これでは家に帰れない。ポワルン、ちょっとにほんばれをしてくれないか?」
「もちろん、お安い御用です」
老人のポワルンは空に向かって念じだす。するとまた雲が動き始め・・・
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今回初めてお題に挑戦してみました。
ちゃんと、お題を生かせていると信じています。
フミん
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】