僕の主人の名前はルセア、ポケモンリーグのチャンピオンだ。
全てのポケモントレーナーの高みに上り詰め、僕も共にその栄光と祝福を受けた。
殿堂入りしたあの日から2年の時間が過ぎた今でも、主人はスタジアムに立ち続けた。
「チャンピオンのルセア。これで68連勝です!」
今日もスタジアムの実況が、僕の主人の勝利を伝えている。
しかし、今は僕達がスタジアムで戦うことは無くなっていた。
今の彼女がスタメンに使うポケモンは、殿堂入りした日とは全く違うからだ。
海の神と呼ばれるルギア、超古代ポケモンのカイオーガ、夢幻のラティオス、
天空の神と言われるレックウザ、北風の化身スイクン、時渡りポケモンのセレビィ、
そう、全て伝説のポケモンとか幻のポケモンが、今の主人の戦力だ。
今の僕達は控え席に座る、単なる傍観者でしかなかった。
「連勝記録を重ね続けるルセアさんが、今や観客に向けて手を振っています」
多くの観客の前で手を振る主人は、表向きでは喜びの表情を見せるが、
僕は心の中ではそのような気持ちがあるように見えなかった。
試合が終わった後、僕はチャンピオンに与えられる豪華な控え室で、同じくベンチに座って観戦していた仲間達に、今の主人に対する不満を告げる。
「今の主人は楽しそうに見えない。それに奴らも調子に乗っているよ」
「でも俺達がここまで来られたのは、ルセアのお陰だぜ」
「野生ポケモンでしかなかった私達を、ここまで強くしてくれたのはルセアさんだもん」
僕の不満を聞いた、最初の一匹であるリザードン先輩と、後輩のサーナイトは主人に対する不満は無かった。
主人が勝ち続けるのなら、傍観者でもいいという立場に甘んじている。
「僕も主人に感謝しているのだが、今の主人には昔の主人にあったものが見えない」
「それはお前の気のせいだろう」
「ひょっとして、奴らに対する嫉妬?それもとスタメンの椅子取られて悔しいのか?」
初めて殿堂入りした仲間、ドサイドンやアブソルも、僕の不満を違う意味で取っている。
もちろん、僕は今のスタメンの奴らばかり出るという不満もあるが、それが本当にいいのか、今の主人が道を間違えていないのかというのが僕の不満だ。
「もういい。お前達より奴らに話をした方が早い」
「ちょっと待ってよ」
僕はベンチ入りした仲間達に話しても無駄だと思って、この場を立ち去る。
そんな僕の姿を見たピカチュウが、後ろを追ってくる。
「お前達が来てから主人が変わったんだ!」
「お、落ち着いて!」
僕は感情をむき出しにして、主人が変わった原因が奴らにあるとして強い口調で迫る。
ピカチュウは冷静さを失った僕を必死に止めるが、怒りに任せて静止を振り切る。
「俺達はルセア様に忠誠を誓っている」
「ルセア様を思う気持ちは我々も同じ。我々が信じることが出来た唯一の人間だ」
「だったら、お前達が本当に主人のことを思って戦っているのか?」
僕は主人に忠誠心を示すカイオーガとスイクンに、その言葉の意味に対して苛立つ。
奴らの忠誠心は伝説のポケモンである故の傲慢さが見えてくる。
彼らの言葉が信頼の意味があるとしても、今の僕には聴く耳は一切持たない。
「我々が居なければ、今でも勝ち残ることは無かった」
「ひょっとして、スタメンを外されたことでの不満ですか?
僕達より実力が無いポケモンの嫉妬が一番見苦しいことですよ」
レックウサの言うことも事実だし、悪意の無い子供のように振舞うルギアの言葉も一理ある。僕は奴らと比べても実力も能力も差がある。
僕の感情や不満は嫉妬だけではないことは、奴らには全く伝わっていない。
「お前達に僕の何が分かる!?お前達新参者が本当に主人を理解しているか!?」
「新参も古参も関係ない!それにお前が主人の心境を理解していないだけだろう!」
「仲間同士、ケンカはやめようよ。落ち着いて」
もう奴らの話を冷静に聴く耳を持たない僕は、ラティオスを強く睨みつける。
仲間割れの危機を避けるため、ピカチュウはお互いに宥めるのだが、この状況をとめることは出来ない。
「仲間同士でやめなさい!」
一触即発の危機に陥ったその時、主人が大声で僕達を一斉に制止させる。
彼女の声で、ハイパーボールにトレーナー登録されているポケモンの条件反射に従い、
人知を超える伝説のポケモンであっても一気に大人しくなる。
「一体何が原因でこうなったの?」
控え室にいるポケモンの誰もが、僕に原因があるとして一斉に指を刺す。
この騒ぎの原因が僕なのは確かだが、こんな事態にするつもりは無かった。
「あなたが何に不満があってこういうことをしたの?」
僕は主人に対する不満を声のトーンを変えつつ、身振り手振りで必死に伝える。
主人に言葉が通じるなら、僕もジェスチャーという回りくどい遣り方はしない。
人間とポケモンの間で言葉が通じないのは不便だ。
それに、気持ちというものは伝わりそうで、すれ違う厄介なものだから、共通言語があるというのは偉大なことだと思う。
僕は昔のように旅をしていた頃が一番楽しかった。
常に主人と共に苦楽を共にして、競争とか勝利数とか関係なく、ゆっくり高みを目指す。
ポケモンリーグも世界一のポケモントレーナーになるという通過点の一つで、
主人が世界一のポケモントレーナーになれるなら、僕達は全力に走ることが出来た。
でも、今の主人はポケモンリーグチャンピオンとして、戦っているだけだ。
旅の中で仲間になった伝説のポケモン達も、最初は同じ志を持つ仲間だったが、
今はチャンピオンとして勝ち続けるために必要不可欠な力となった。
強いポケモンと弱いポケモンがいるのは、弱肉強食の世界である限りは必然的。
旅をしていた頃の主人は、そんな道理は一切関係なく僕達と接してきた。
今の主人を見ていると、ポケモンリーグチャンピオンであり続けることが目標となり、
強いポケモンと弱いポケモンの関係でしか、僕達を見ていないのかと疑うようになった。
僕は表現できるあらゆる手段で、今の主人に対する不満や疑問を投げ続ける。
これで通じるのなら、僕の気持ちを分かってくれるはず。
僕は主人を信じてメッセージを放ち続ける。
「あなたが言いたいことは分かった。私は目的のために今を頑張っているの。
でも、私はみんなのことを平等に愛しているつもりよ。
私は旅していた頃と同じ気持ちを持って、チャンピオンであり続けたい。
私は・・・目標のために強いポケモンの強いトレーナーとして強くならなきゃいけない」
僕は主人の放つ言葉に強い絶望感を抱いた。
主人は表面上では楽しくポケモンバトルというスポーツをしても、内面ではチャンピオンとして勝ち続ける義務と重圧が、戦うことを強いられている。
「私は勝ち続けなければいけないの!
勝たなければみんなに認められない。負けたら何もかも失うのよ!
だから私はチャンピオンとして、戦い続けるの!それが分からないの!?」
そんなこと僕は分かりたくも無いし、理解したくも無い。
それでも主人は負けること、戦いをやめることが怖いことだけは分かった。
勝利の美酒という快楽と、それを享受できなくなる日を恐れるジレンマ、敗北が喪失と同じ意味になって、ウィナーホーリクともいう依存に完全に陥っている。
主人にとっての勝利は、薬物やギャンブルと同じ嗜癖を齎してしまった。
僕のウィナーホーリクに苦しむ主人を見たくないという想いが、伝わっていない。
伝わったとしてもチャンピオンとしての責務から拒絶する姿を見せる。
主人に対する苛立ちが募ったことで、僕の中の何かがキレた。
僕は主人に対して反抗の意志を示すように、技を放った。
「何するの!あなたは私の気持ちが分からないの!」
僕の気持ちが分からない癖に、自分の気持ちを分かれというのはおかしい。
今まで溜めてきた不満が、主人への力づくの反抗という形として表に出た。
もうこれ以上は、僕は主人の言葉を聞きたくなかった。
些細な考え方の僅かなすれ違いが、大きな想いのすれ違いとして変質する。
主人も僕もお互いの言葉や意志に、耳も心も傾ける気は無くなっていた。
手持ちのポケモンとしてやってはいけないこと、主人に対する反抗を行った僕は、
制御できない危険なポケモンとして、処分されることになったが、主人の最後の温情からか、野生のポケモンとして野に放たれた。
手持ちの仲間が反抗したことで、野生に帰してから半月も経たない中、私はポケモンリーグチャンピオンとして再びスタジアムに立っていた。
「四天王を破って、ポケモンリーグチャンピオンを目指すチャレンジャーの前に、
ポケモンリーグチャンピオンのルセアが姿を見せる!
彼女は王座を守りきることが出来るか!?」
会場全体に響くアナウンスと観客の声に、私は落ち着いた素振りを見せて、チャレンジャーの目の前に立つ。
《ルセア様、我々の力で愚かな挑戦者を退けましょう》
《この程度の相手、ルセア様と私の敵ではない》
《僕が最初に戦いたいな。ルセアさん、早く出してよ》
伝説のポケモンと呼ばれる手持ちポケモン達は、中で控えているハイパーボールを振動させる。これは自分達が戦いたいという合図だ。
「私の最初の相手はこれよ」
私は強い意思表示を示す一匹が納められたハイパーボールを選び、宙で円弧を描くようにスタジアムの中央に放った。
私は戦う意志を強く示したものを戦わせ、私は今日も勝ち続けなければならない。
負けたら全てを失い、彼らも弱いトレーナーと見なして離れていくだろう。
だから私はチャンピオンであり続けなければならない。
「ねえお父さん。ルセアさんカッコいいよね」
「ああ、カッコいいな」
子供と一緒にポケモンリーグを観戦して、運良くチャンピオン戦を見ることが出来た。
子供はルセアと手持ちポケモンに、目を輝かせて強者に対する憧れを見せたが、
私は彼女が伝説のポケモンによって、戦わされているようにしか見えなかった。
私のように周囲の熱気に呑み込まれず、彼女を冷静に見つめるものは少ないだろう。
「僕もルセアさんのようなトレーナーになれるかな?」
「お前も本気でポケモントレーナーを目指す日が来れば、その時に分かるよ」
今の私の子供にはルセアがヒーローに見えるのだが、彼がポケモントレーナーになったとき、彼女がどのような想いで戦っていたのか分かる日が来るだろう。
あの事件から主人と袂を分かち、野生に還った僕はさ迷い続ける。
ポケモンリーグチャンピオンのポケモンだったから、大抵の野性ポケモンには負けない。
僕は野生ポケモンという不安定な道を歩み、主人もまた勝ち続けるという綱渡りの日々を送っているだろう。
僕もまた負けたら死という生存競争という綱渡りを通して、あのときの主人の気持ちが少しは分かってきた。
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