ああやはりワタクシの不安は的中してしまいました。
伝説の再現がしたいとNが言い出した時からそんな不安はありましたが、レシラムが負けるなど微塵も思っていませんでした。それにしてもあの子供の仲間たちがこの奥までやってくるとは。
事前の小細工もあって、なんとかNのイメージは保たれているようですが、時間の問題です。
「それでもワタクシと同じハルモニアの名前をもつ人間なのか? ふがいない息子め」
Nの後ろにはレシラムがいます。子供の後ろにはゼクロムがいます。もうプラズマ団の敗北は濃厚なのです。それならば最後のあがきです。
Nの顔が驚きに満ちていました。そうですね、アナタにはこんなことを言ったことすらありません。むしろ言うわけがありません。けれどもう背に腹は変えられないのです。
「もともとワタクシがNに真実を追い求めさせ伝説のポケモンを現代によみがえらせたのは『ワタクシの』プラズマ団に権威をつけるため! 恐れおののいた民衆を操るため!」
その場はシーンとしています。Nはもう反論できないでしょう。負けたショックとワタクシの言葉のショックで。それでいいのです。ワタクシに喋らせなさい。
「その点はよくやってくれました……だが伝説のポケモンを従えたもの同士が信念を懸けて闘い自分が本物の英雄なのか
確かめたい……と、のたまったあげくただのトレーナーに敗れるとは愚かにもほどがある! 詰まるところポケモンと育った歪な不完全な人間か……まさかアナタのようなトレーナーが伝説のポケモンに選ばれるとは完全に計算外でしたよ!」
ゆっくりとその場にいる全員に聞こえるように言います。いいのです、Nに届いてください。Nの心に届いてください。
「ですがワタクシの目的はなにも変わらない! 揺るがない! ワタクシが世界を完全に支配するため! なにも知らない人間の心を操るため! Nにはプラズマ団の王様でいてもらいます」
隠れた右目は見えません。けれど左目で見た光景は曇ります。
子供の敵意はNから完全にワタクシに移っています。ゼクロムと共に睨んできます。ゼクロムほどのポケモンに攻撃されたらさすがのワタクシも蒸発してしまうでしょうか。ああそれでもいいですね。
「だがそのために事実を知るアナタ……ジャマなものは排除しましょう」
一歩踏み出します。ゼクロムが庇うように子供の前に出ました。そしてその子供の友達……チェレンとか言う強さを求める子供が鋭い目つきでワタクシを見ます。ひるんだら負けです。終わりです。
「……支配だって? プラズマ団の目的はポケモンを解放することじゃ……」
その通りですよ。プラズマ団はその為に集めた組織。プラズマは高音の炎と高い電圧の電気で発生する綺麗な現象です。ああ話がずれましたね。
「あれはプラズマ団をつくりあげるための方便。ポケモンなんて便利なモノを解き放ってどうするというのです?」
そうです、ワタクシのポケモンたちを解き放ってどうするのですか。そんなことをしたら、ワタクシに頼って生きて来たこの子たちを見殺しにするというのですか。全くおかしな子供です。
「確かにポケモンを操ることで人間の可能性はひろがる。それは認めましょうだからこそ! ワタクシだけがポケモンを使えればいいんです」
「……きさま! そんなくだらぬ考えで!」
チャンピオンが激昂します。殴り掛かる勢いですね。しかし、今ワタクシが殴られて気絶するわけには行きません。
「なんとでも」
マントの中でワタクシはボールを取りました。
「さて神と呼ばれようと所詮はポケモン。そいつが認めたところでアナタなど恐るるに足らん。さあ、かかってきなさい! ワタクシはアナタの絶望する瞬間の顔がみたいのだ!」
誰が何をしようと! ワタクシをとめることはできない! ここで止まることなどできない!
さあ行きなさいデスカーン。あの子供の足止めをするのです。
N、何をやっているのです。
ぼーっとワタクシをみていないで
ぼーっと子供の方をみていないで
そのレシラムと共に逃げなさい。ワタクシがこんなアナタを道具扱いした親になりきっているのです。
アナタがプラズマ団の首謀者として裁かれても、ワタクシに洗脳された子供として罪がかなり軽くなるのですよ!
逃げてください。逃げなさい。そしてワタクシをとんでもない親だと訴えなさい。アナタだけでも逃げるのです!
なにを、しているのですか! どうしてワタクシが戦っているのか解らないのですか!
「それぐらい計算済みですとも!」
この子供は強いです。バッフロンもガマゲロゲもキリキザンもシビルドンもあっという間に倒されてしまいます。残るはサザンドラのみです。ワタクシの持つ一番強いポケモンです。
サザンドラが倒れる前に逃げなさい。なぜそこで見ているのです!? 早く逃げなさい。アナタはプラズマ団の王様なのですよ!
「ワタクシの目論みが!」
倒れるサザンドラは、ワタクシにごめんなさいと言いました。ああすみません、アナタ方にまで悟られて。いえ解っていたのですね、最初から捨て駒になること。全てNのために、プラズマ団の王様のために。
「……どういうことだ? このワタクシはプラズマ団をつくりあげた完全な男なんだぞ! 世界を変える完全な支配者だぞッ!?」
サザンドラはもういいよと言いました。よくありませんサザンドラ。確かにアナタから見ればワタクシが悪者になるのは面白くないでしょうが、そうじゃないとならないのです。誰かが首謀者としての責任をとらなければならないのです。
そしてそれはNではなくワタクシの役目なのですよ。昔からいるでしょう、影武者というのが。本当に上に立つべき人間を守るためには、そうするしか方法がないのです。
「さてNよ……今もポケモンと人は別れるべきだと考えるか?」
チャンピオンはNに話しかけます。Nは話しかけられてやっと気付いたようです。
ああもう遅いのです……今からでも逃げられるところに逃げてください。
「……ふはは!」
ボールにサザンドラを戻しました。サザンドラはゲーチスが嫌われるのを見たく無いと言ってくれました。ありがとうございます。ワタクシもサザンドラたちに嫌われたくありません。サザンドラたちに真実を知っていてもらえればワタクシは満足です。
「英雄になれぬワタクシが伝説のポケモンを手にする……そのためだけに用意したのがそのN!! 言ってみれば人の心を持たぬバケモノです」
その場にいる人間全てがワタクシをバケモノとしてみる目に変わりました。
「そんな、いびつで不完全な人間に話が通じると思うのですか」
「アデクさん。こいつの話を聞いてもメンドーなだけです。こいつにこそ心がないよ!」
チェレンという子供はワタクシを指差して言います。犯罪者を見るような哀れみの目をしています。
「そうだな……本当に哀れなものよ」
ワタクシの手に手錠がかかります。チャンピオンはワタクシを連れて行こうとします。
最後にワタクシは振り返りました。
ああ、最後までアナタは逃げなかったのですね。ワタクシが連行される姿を見たかったのですか? アナタを虐待した酷い親の無様な最後を見たい気持ちはよくわかります。
けれどアナタにはやる事があるのですよ。何をぼーっとしているのですか。
N、逃げてください。遠くに逃げてください。本当の名前を知られないうちに。
しかるのち、ワタクシは警察から逃げましょう。しかしアナタがいなければ意味がないのですよ!
N、逃げないならワタクシを精神的虐待をした親と訴えなさい。その親に異常に育てられたと訴えなさい。
「Nというのは、ナチュラルのイニシャルです。プラズマ団の王様なので、本当の名前を知られることは不利益となります。今日からアナタはNと名乗りなさい」
「解ったよ。でもゲーチスはゲーチスのままなの?」
「ワタクシは王様の摂政ですので、このままでいいのです。影から支えるものは、本当の名前があろうとなかろうと変わりはありません」
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ゲーチスがあそこで本性をつらつら語り始めた意味はこうでもあってると思う。
間違ってはいないと思う。
たくさんある説の一つとして。
【好きにしてください】
【異論、反論大歓迎なのよ】