真っ白で塗りたくられた場所に僕はいた。
自慢の尻尾で大好きな色を使って絵を描き続けている。
だけどね、いつも僕が描いているのはただの絵だけじゃないんだ……おや、ウワサをすればなんとやら。お客さんが来たよ。
僕の目の前に現れたのは一つのまーるい光。
ぽわぽわと淡い光を漂わせながら、ふよふよと浮いている。
やぁ、いらっしゃい。どのようなご要望で?
ふむふむ、まずは体を黄色にして欲しいと。
耳は長い方がいい? それとも短い方がいい? 聞こえやすさはまたオプションでつけておくよ。
それと、赤いほっぺたね、分かった。
あぁ、尻尾はつけるかい? 今のところ、キミの話を聞いていると、尻尾はつけておいた方が似合うと思うなぁ……オッケー、つけておくよ。
さてと、後はオプションとかだけど……能力はどうする? ほう、電気を出せる能力ね。中々かっこいいのを選ぶじゃないか……え、そんなの可能だって? 任させておいてよ。今のところ、僕に不可能なことはないからさ、多分ね。
この後も色々と僕は丸い光のお客さんに質問を投げかけていく。
涙とか汗とか出せた方がいい?
丸い光のお客さんはお願いした――涙を流したときとか、汗をかくときとか、その一瞬で生きているという感じが好きだと答えた。
言葉はどうする?
丸い光のお客さんは返事した――言葉は欲しいけど、ニンゲンの言葉以外がいい。自分がこれから産まれる姿にきっとその言葉は似合わないだろうからと答えた。
確かにそうだねと僕は相づちを打った。
それに見世物にされたら大変だしねと僕が言うと、丸い光は苦笑いしながらそれだけは勘弁と返事をした。
こんな感じで全部の質問が終わると、僕はいよいよ絵を描く作業に移し出す。
ひたすら、丸い光のお客さんの望む姿を造り出していくのさ。
まずは丸い光のお客さんが望んでいる姿を線描きで、だいたいの形を造る。これが土台になる作業なんだ……って言わなくても分かるか。
線描きが終盤にさしかかるところで、丸い光にこれでいいかどうかを答えてもらう。オッケーならこのまま本線を描き、駄目なら気になったところを指摘してもらってそこを直していくっていう感じ。
こんな感じでいいかな? 僕は丸い光に尋ねた
丸い光のお客さんは感心したような声を上げた――うん、これでいいよと。
一発オッケーをもらった僕は本線を描き始める。要らない線は消して、必要な線をしっかりと残しての繰り返し。ここで一つでもずれると、ほら、耳が大きくなっちゃったぁ……なんてことはないと思うけど。まぁ、ずれないようには意識して描いていく。
無事、本線を描き終えると、ここから色塗りである。
自慢の尻尾を使って、お客さんの希望通りに色を線だけの姿に乗せていく。
僕の尻尾は便利でね、多種多様な色を使えるんだ。
色って不思議だよね、一色一色が相手に違う世界を見せていくんだから。
簡単な例えだけど、赤だったら……熱血とか、こうやる気が湧いてきそうな感じがしない? あぁ、逆に怖いというイメージとかもありそうだよね。
後は青はなんとなく落ち着く感じかな……暗そうなイメージもあるけど。
黄色は明るくなれる感じ?
ほらね、適当に挙げていくだけでも、こんなに相手を分岐させていくでしょ?
だから、色はいわば入り口なんだ。
そして、僕はここで命の入り口を作っているんだ。
おまたせしました、できあがりましたよ。
ようやく僕が完成させた姿に丸い光のお客さんは満足したようだった――とても可愛くて自分好みと。
ほめられた僕は尻尾を左右に揺らしながら、丸い光にその姿に向かうように促した。さぁ、どうぞと左手を完成させた姿に向けて。
それから、丸い光はふよふよと相変わらずゆっくりと漂いながらその姿に入っていき、やがて、その姿は動き出した。
黄色の体に、先端が真っ黒な長い耳、そして顔に浮かぶ赤いほっぺた、そしてイナズマ形の尻尾。
目の前にいるその子は両手を胸に寄せ付けて力を込めてみる。すると、赤いほぺったから青い光の線がピリピリという音をたてながらほとばしった。
どうやら希望通り、電気は使えていそうでなによりなにより。
その子も電気が使えることを認識すると、また満足そうな笑顔を浮かべ、ぴかと鳴き声を上げる。
僕はその鳴き声に応えるようにベレー帽の形をした頭に右手を置いて、告げた。
いってらっしゃい、お気をつけて。
その言葉に背中を押されたかのように、その子は鳴き声をもう一つあげると、まっすぐ歩いていった。
何歩か歩いたところでその子が振り返ると、手を振っている。
僕が応えて、手を振ると、その子はもう一度前を向き、そのまま今度は振り返ることもしないで、そして、その小さな背中は徐々にぼんやりとなっていき、やがて僕の視界から消えていった。
これでまた、僕に一匹だけの時間が訪れる。
とりあえず僕は尻尾を再び握って、適当におもむくままに絵を描き始める。
まぁ、絵を描ければそれでいいし、この一匹だけの時間なんてあんまり気にしてない……と言ったら嘘になるかな。
いや、もちろん最初はそうだったよ? 気がついたらここにいて、絵を描いてて、ときどきさっきの丸い光のお客さんから依頼を受けたり、なんとなく過ごしていたんだよ。
でもね、ここで過ごしている内に僕は思うようになったんだ。
僕はどこから来たのだろう。
それから僕はどこへも行くことはできないのかなって。
だってさ、あの丸い光のお客さんだって、どこから来たのかが分かっていて、そして、どこかへと向かっていくんだよ?
僕にもそれは可能なんじゃないかなと思ったりするわけなんだよ。
……なんだろうね、丸い光のお客さんと接している度に、僕の中で何かを求める気持ちが強くなっていくんだ。あの丸い光のお客さんが話していたことはとても面白そうなことばかりでね、そりゃあ話したらキリがないくらいさ。それは旅路の思い出話だったり、それは不器用で素直になれない恋話だったり、それはおなかが痛くなるほどの笑い話だったり。
その話とともに僕の心の中に浮かんでくるのは様々な色。
初々しい感じは桃色、涙を流した気分は水色、手に汗を握る赤色。
僕には新鮮だったんだよ。
色を作ることはあっても、そんな風に色と出逢うことなんて、少なくともここにはなかった。
だからさ、会いに行きたくなったんだよ。
ここから旅立ってみたくなったんだよ。
それがどういう意味を示しているのかは今の僕には分かる。
伊達にここで絵を描き続けていないしね。
そんなことを考えていたら、また丸い光のお客さんがやってきた。
ちなみに丸い光のお客さんは毎回、別の方でね。それだけに絵の依頼も色々と分かれていくわけなんだけど。
僕は右手を上げてこんにちはと告げると、丸い光のお客さんは早速お願いしたいことがあると答えた。
さて、なんでしょう?
丸い光のお客さんが声をあげた――自分を神様にして欲しい、神様になって、世界を色々と覗きたいと。
これはまたすごいお願いが来たもんだと、僕は驚いた。なんかの冗談かなと一瞬思ったりしたけど、丸い光のお客さんから漂う真剣な空気にそれはないかと苦笑を漏らした。
なんで笑ったかって? そりゃあ、あんなことを考えていた矢先にこんな依頼が来たからさ。なんてタイミングがいいんだろう。もしかして、これが旅立ちの合図なのかなって思いながら、僕は今度は微笑みを浮かべて、丸い光のお客さんに告げた――おやすいごようと。
姿形はご自由にと任されたので、とにかく描いてみることから始めてみる。
大きな四肢の体、そしてその背中に浮かぶのは宝石をはめ込んだ神秘的な金具か何か――なんか威厳がありそうな顔つきにして、一回、丸い光のお客さんに見せた。結果はこれまた運よく一発オッケー。後は色を塗るだけ。
大きな四肢の体は殆ど白に染まり、顔の部分は黒、例の金具には金色を塗り、宝石には深緑を溶けさせて、瞳には赤を込めた。
こうして出来上がった、姿に丸い光のお客さんはうんうんと満足そうな声をあげた。
後は丸い光のお客さんがその絵に飛び込むだけになったとき、僕はちょっと待つようにと声をかけた。
神様になろうというキミに僕から贈り物。
そう言って、僕は自分の尻尾の先を引きちぎった。
不思議と痛みはなく、尻尾の切れ間からは血が流れることもなかった。
丸い光のお客さんが驚いた様子を見せるなか、僕はこの尻尾にはなんでもできる力を持っていることを告げた。
姿を作るだけではなく、その姿に色々なもの――力といったようなものをつけてあげられることも教えてあげた。神様になるキミにはピッタリの品物だよと僕が言うと、僕の尻尾を受け取った丸い光のお客さんが心配そうに尋ねてきた――そんなことをしてお前は大丈夫なのかと。
もちろん、力を失くした僕にもうここに留まることは許されないのか、僕の体は足から少しずつ消えていく。
一か八か賭けみたいなものだったけど、通用して良かった。
この先、僕は丸い光のお客さんみたいにどこかへと向かうんだろうなと思いながら、僕は右手をベレー帽の頭に乗せて笑顔で言う。
生まれ変わるんだ、僕もキミも。
新しい色になって、たくさんの色と出逢って、この先の世界を描いていくんだ。
それぞれの場所で。
それぞれの体で。
それぞれの命で。
【書いてみました】
とある曲を聴いていたら書いてみたくなった今回の物語……ようやく書けました。
多分、お分かりだと思いますが、語り部はドーブル君です。
ハハゴモリさんで命を編むとかも素敵かなと思ったのですが、やはり、ドーブル君の持つスケッチの力とかも考えると、ドーブル君の方がいいかと思いまして、このようになりました。
ドーブル君のスケッチって本当に不思議だよなぁ、一体どういう原理で技を会得する流れになるんだろう……と思ったり(
ありがとうございました。
【何をしてもいいですよ】