「いらっしゃい、よく来たね」
「こんにちは、おじさん」
都心から少し離れた高級住宅街、少年は親戚のおじさんの家に遊びに来ていた。
少年にとって、おじさんは父親の兄にあたる。住んでいる家も近所のため、少年はよくおじさんの家に訪れていた。
その理由はただ一つ。おじさんが集めている物に興味があるからである。
おじさんは、いわゆるコレクターの一人だった。何を集めているかというと、ポケモンに関連する道具である。
例えば、ポケモンを捕まえるモンスターボールの初期型。他にも、ポケモンを進化させる石や、特別な進化を手助けする特殊な道具等、種類は様々である。特に、今の時代出回っていない物を収集するのが趣味だった。
少年は、どこにでもいるポケモン好きである。だからこそ、普通に生活していたらお目にかかれない道具が沢山見られるおじさんの家は魅力的だった。
彼の腕の中には、コラッタが抱きかかえられている。
「お父さんから聞いたよ。珍しい物を手に入れたんだって?」
「おお、そうなんだよ。お前は私の話を熱心に聞いてくれるからな、どうしても見せておきたかったんだ」
少年が案内されたのは、立派な家の奥にある倉庫。そこは特に丈夫に作られており、万が一泥棒が入らないようにするためにセキュリティも高い。指紋認識はもちろん、目や声帯を認証しなければ中には入れない。今のところ、その中に入れるのはおじさんと少年、それに少年の父親だけだった。
次に軽い霧のようなものをふりかけられる。それは、中に入る人につく細菌を除去するものだった。おじさんの方は平然としているが、少年は顔をしかめて目を瞑っている。少年のポケモンのコラッタも、小さなくしゃみをした。
漸く入り口を通ると、涼しい空気が肌を撫でる。収集している貴重品が極力傷まないように、中の湿度と温度も保たれているのだった。
この場所は、二人にとって天国と言っても過言ではない。ここに来ると何時間も外に出ないのは当たり前のことだった。
おじさんは、迷わず倉庫の奥へと歩いていく。少年は大人の歩調に必死に着いていく。
二人が足を止めた場所は、わざマシンを並べている棚だった。
わざマシンと言えば、ポケモンに技を覚えさせる道具のことである。本来ポケモンはバトルをしたり鍛えたりと、経験を積まなければ新しいわざを覚えることはない。しかしこの道具を使えば、あっという間にわざを習得することができる。それがポケモンにとって役立つかはともかく、昔から活用されてきた道具の一つだった。
少年は、ここにはよくお世話になっていた。なぜなら、わざマシンはとても高価だからである。
モンスターボールはとても安い。この世界では必需品なので子どものお小遣いでも充分購入可能なのだが、わざマシンに関してはそう簡単にはいかない。物によっては値段や生産される数等の障害によって、大の大人でも入手困難な物もある。
おじさんは、古い物もそうだが最近の道具も集めている。そのため、少年はここに来ればポケモンを強化することができた。周囲の友人からも差をつけられる。まだまだ世間が狭い彼にとって、これ程嬉しいことはない。
「そういえば、おじさんこの前はありがとう。また僕、ポケモンバトルで友達に勝てたよ」
「おお、そうかそうか。ギガインパクトはとても強力な技だからな」
おじさんは皺を寄せて嬉しそうに笑い、少年の頭を撫でる。
「ここに、見せてくれる物があるの?」
「そうだ。これだな」
おじさんは、わざわざ手袋をはめて棚に手を伸ばす。その様子から少年は、いかに貴重な物なのかを察することができた。
紙でできた長方形の箱。その中の円盤は倉庫の照明を反射し、少年の目を軽く刺激する。箱も随分と黄ばんでおり、外には手書きで描かれたような文字で『わざマシン』と書かれていた。
「これがわざマシンなの? 大きな箱だね」
少年の頭をすっぽり覆うことができる大きさである。
「そうだよ。これは発明家がわざマシンというものを開発した時、つまり、本当に一番最初の頃作られたわざマシンの一つだ」
「そうなんだ、どうりで古いと思った」
「今でもわざマシンはそれなりに高価だろう? 当時はもっと高かったんだよ」
「もっと高かったって、どれくらい?」
「そうだなあ、今お店で発売されているわざマシンを、五個はいっぺんに買えるだろうね」
「そんなに高かったんだね。でもそんなに高かったら、誰も買わないんじゃない?」
「そうでもないよ。買う人が本当に必要ならば、高い金を出しても手に入れたいと思うものさ。お前だって、欲しいゲームがあったらお小遣いを使うのを我慢するし、誕生日やクリスマスにお父さんやお母さんにおねだりするだろう。大人だって同じさ」
「大人もおねだりするの?」
「ああ、そういうことじゃなくてね。要するに、大人も子どもも、欲しい物に向かって努力するってこと」
少年は首を傾げたが、何となく分かるかもと呟いた。
「おじさん、これを買うのに幾ら使ったの?」
彼は、少年の耳で購入した値段を教える。
「もしおじさんが結婚していたら、お嫁さんに怒られちゃうね」
「本当だな」
手が届かない訳ではないが、一人の労働者が何ヶ月も働いてやっと受け取れる程のお金を使ったことに少年は驚きつつも、いつものことだなと思っていた。それだけこのおじさんが裕福なのは知っているからだ。
「ねえおじさん、これって何のわざマシンなの?」
少年が尋ねる。わざマシンが何故価値あるものなのか、それはわざマシンがわざのデータを収録してあるからだ。使う人が必要なわざが記録されていなければ、そのわざマシンを所持していても意味がない。
時代によって変化はするものの、どんなわざが収録されているかは、番号によって区別されている。おじさんが大事に持つ大きな箱には、その番号が書かれていなかった。
「これか。高い値段で買っておいてなんだが、実はこのわざマシンはポケモンに使うものとしてはそんなに価値がないんだ。当時としては、どうしてこんなわざマシンがあったのかよく分からないと言うコレクターもいるからね。このわざマシンは何十年も前の物だがちゃんと役目を果たすことができる。だからこそ、価値が跳ね上がっているんだ」
「だからおじさん。中身はどんな技が入っているの?」
焦らすおじさんに、少年は答えを促す。
「これはね、当時カントー地方で発売されたわざマシンじゅう・・・」
ここまで言った瞬間、倉庫に大きな音が響く。音はおじさんのズボンから聞こえてくる。わざマシンを元の場所に戻し、少年から少し離れた場所で携帯電話の着信に出た。
「もしもし。はい、ええ―――――分かりました。直ぐに確認します」
そう言い残すと、おじさんは電話を止め少年の頭を撫でながら言う。
「悪い。ちょっと仕事の資料を確認してくる。直ぐに戻ってくるから、倉庫で好きな物を見ていてくれ。手に取る時は、ビニール手袋をして触ってくれな」
いそいそと倉庫を出て行くおじさん。どうやら本当に急いでいるらしい。こういうことは今までにも何度か経験しているので、少年はタイミングが悪かった程度しか感じていなかった。
広い倉庫の中、少年とコラッタが取り残される。話す相手がいなければ、この場所はとても静かな所だった。ここだけ時間が止まっていると言っても誰も疑わないだろう。
自由に見ていてくれても良い。そう言われても、少年の心は先程のわざマシンに釘付けだった。
このわざマシンには、どんな技が記録されているのだろう。
おじさんはそんなに価値がないものと言っていた。けれど、あんなに大事に扱っていたのだから、物としての価値は高いことは少年にも理解できる。ポケモンのわざとして価値がないと言っていたが、それはバトルをする上での意味だろうか。それとも、日常生活をする上? いずれにしても興味がある。
少年はコラッタを下ろし言われた通り使い捨てのビニール手袋をはめる。慎重に、壊さないようにそのわざマシンを手にとった。
近くで見ると、いかに古い物なのかを再認識する。少し力を入れてしまえば箱が歪んでしまいそうだし、古い本のような匂いがした。
箱を開けると、ディスクと共にボタンがあった。ゆっくりと赤いボタンを押す。
ピピッ と大きな音が鳴り箱を落としそうになるが、きちんと箱に力を入れた。
『わざマシン起動――――――が収録されています。ポケモンにわざを覚えさせる場合、ディスクを取り外しポケモンに当ててください』
百貨店でアナウンスされるような、女性の聴き取りやすい声が備え付けのスピーカーから流れてくる。おじさんの言っていた通り、まだちゃんと使えるらしい。しかし、何の技がインプットされているか分からない。
でもどうせ、ポケモンが覚えるわざなんて直ぐ忘れさせることができる。おじさんが言っていた通り本当に使えない技なら、直ぐに別のわざを覚えさせれば良い。少年は好奇心に負けてディスクを取り外し、コラッタの額に当てた。
『確認しています――――コラッタ、ねずみポケモン。わざを覚えられます。わざのインプットを開始します』
コラッタはわざマシンを使われることに慣れているからか、少年がわざマシンを当ててきてもじっとしている。少年の手の中にある箱は、カリカリと擦れるような音を立てながらコラッタに情報を送っていく。
自分は、同級生は誰も手にすることができない貴重なわざマシンを使っているのだ。そう思うだけで優越感に浸ることができる。これでまた仲間に差をつけることができるかもしれない。考えるだけで、少年の胸は高鳴った。
やがて倉庫に響いていた音が鳴り止んだ。終わったらしい。コラッタからディスクを外し、静かになったわざマシンを丁寧に棚へ戻したと同時におじさんが戻ってきた。
「いやあ、ごめんね。ちょっと仕事でトラブルが起きたみたいで」
穏やかな笑顔を少年に向ける。少年は思わず目を逸らす。おじさんの方は、少年のそのほんの少しの変化を見逃さなかった。
おじさんは先程自分で戻したわざマシンを見つめ、その後少年に視線を当てる。
「使ったのかい?」
クリスマスプレゼントもお年玉も、そして誕生日プレゼントも欲しい物をくれる。いつも優しいおじさん。そんな彼が怒っている。そのことに気づいた少年は、俯いたまま動けなくなった。
「本当のことを言いなさい」
更なる圧力。ついに観念して、顔を下げたまま謝る。
「ごめんなさい。勝手に使っちゃったんだ、あのわざマシン」
おじさんがため息をつく。
「良かったね、君が本当の息子なら怒鳴り散らしているよ」
おじさんは屈み、少年と目線を合わせた。
「なんでおじさんが怒っているか分かるかい? 人の断りなしにその人の物を使ったからだ。そういうのは卑怯っていうんだよ」
「ごめんなさい」
「今度そういうことしたら、二度とここには来ちゃいけないよ」
少年は涙目になるが、男が簡単に泣くなと更に喝を入れる。彼は素直に頷いた。
おじさんは頭をかく。
「参ったなあ。まあ壊されるよりはマシだったか・・・」
少年は、彼が言っている意味が分からなかった。
「実はね、昔のわざマシンというのは使い捨てだったんだ。一度ポケモンにわざを教えたら、そのわざマシンは二度と使えないんだよ」
もうこのわざマシンは使えない。その事実を知った瞬間少年は自分がとんでもない過ちを犯したことに気がついた。
「それは本当に初期型だからね、メーカーも復刻していないしリサイクルもできないんだ」
「ごめん、なさい」
「済んでしまったことは仕方ない。次に同じことをしなければ良いんだ」
コラッタは事態が飲み込めず少年の足に寄り添っている。
「ほら、コラッタもいつまでもくよくよするなってさ」
「うん、おじさん本当にごめんなさい」
「反省しているなら良い。同じことはしないことだ」
はい と返事を返して、少年はコラッタを抱き上げて頭を撫でる。コラッタは嬉しそうに喉を鳴らしている。
「でも本当にそのわざマシンを使ってしまったのか。きっと、直ぐにわざを忘れさせたくなるよ」
「とっても貴重なわざマシンを使ったもの。忘れさせないよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだがなあ、いつまでその志が持つことやら」
「どうして? そんなにそのわざマシンは使えないの?」
「ああ、そのわざマシンの番号は12。当時は、みずでっぽうというわざが記録されていたんだ」
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何故わざマシンにみずでっぽうがあったのか。初代ポケモンを知っているなら同じ疑問を持った人がいると思います。
因みに私は、みずでっぽうはいつもコラッタに覚えさせていました。
フミん
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】