毎年こうだが、目の前は人、人、人。浴衣を着た少女が数人のグループで歩いていたり、家族らしき数人が固まって歩いていたり。年齢層は若い顔が多い。そりゃあ、老人がこんなところに来れば人混みで大層疲れるのは目に見えているけれど。
両脇に並ぶ屋台も、たこ焼きや綿飴、かき氷といった定番のものから、ハクリューポテトなる謎の食べ物まで多種多様だ。そしてその店の脇には、必ず一本の笹が立ててある。
今日はタマムシシティ大七夕祭り。老若男女ポケモンを問わず、誰彼もが星に願いをかける日だ。
『ただいま会場が大変混み合っております。モンスターボールの誤開や盗難を防ぐため、ポケモントレーナーの皆様はボールの管理に十分お気をつけください……』
そうアナウンスが聞こえる合間にも、きゃ、と短い女の叫び声がして、モンスターボールの開閉光が夜店の明かりに負けじとばかりに輝く。そちらの方を見れば、出てきたヒメグマが他の客に体当たりしそうになっている。
これが進化後でなくてよかったな、と心中で独りごちる。流石にこの混雑の中に大型ポケモンを持ち込むような非常識なトレーナーがいるのは困る。
隣を行くルージュラくらいが、常識的に受け入れられる最大サイズだろう。これでも道行く人の中には、たまに怪訝そうな視線を投げてくる人もいるけれど。
「とりあえず、一通り店回ってみようか。どっかの店でペン貸して貰って、それも書こう」
そう問いかけると、僕のシャツの裾を掴んでいるルージュラはこくこくと嬉しそうに頷いた。その手には、スターミーとピィの形をした紙が一枚ずつ。
入り口で配っていたもので、もう形からして短冊と言えるのかはよくわからない。配っていたのを見た限りでは、ヒトデマンやスターミーにピィとピッピ、それに三つの願い事を書けるジラーチのものなんかもあった。
三つも願うと欲張りすぎて逆に叶えてもらえないような気がする、と思って、僕らは一枚ずつ、一つの願いを書く短冊をもらった。
出店横に笹がありますので、と言われたが、もうどの笹も短冊でいっぱいだ。今まさに短冊を笹にかけていく人の姿も見える。
それを見ながら人波に流されるように歩いて行って、まずは気になった「ハクリューポテト」と大書された屋台の前で立ち止まる。ご丁寧に直筆らしいハクリューの絵もセットだ。
「いらっしゃい! どうだいお兄さん、そっちのルージュラと一緒に食べてかないかい? うちはポケモン向けの味付けもやってるよ!」
言いながら店主が示したのは、ジャガイモを厚くスライスして、原型を残したまま串に刺して揚げたような食べ物だった。フライドポテトの一種だろうか。
しかし何故これがハクリューなのか、僕にはちょっとよくわからなかった。ジャガイモがそれらしいというわけでもないし、フレーバーにそんなイメージのものがあるわけでもない。
「これ、なんでハクリューって言うんです?」
「ああ、これな。ちょっと切り方に工夫がしてあって……」
店主は刺してあった一本を手に取ると、僕とルージュラの前でくるくると回して見せた。輪切りだと思っていたそれはよく見れば螺旋状で、相当心を広く持って見ればなるほど、長いハクリューの体に見えなくもない、気がする。
「こうやって全部一繋がりにしてあってな、ほら、ハクリューが使うだろ?『たつまき』。形が似てると思ってな!」
「……そっちなんですか? てっきり、ハクリューの体が長いのに似てるからかと」
「いやー、最初はそのまま『たつまき揚げ』とかにしようと思ったんだが恰好がつかなくて」
がはは、と豪快に口を開けて笑う店主に、僕もつられて笑いを返す。ルージュラはじっと興味深そうにポテトを見ている。
「おじさーん、ケチャップ味とポケモン用の苦いのに渋いの、一本ずつちょうだい!」
「人間用一本とポケモン用二本で千円だよ!」
Tシャツ姿の少年が、隣から千円札を突き出している。僕はスペースを作るために、少し脇へ寄った。少年はお金と引き替えにポテトを三本受け取ると、手に持ったジラーチ型の短冊を店横の笹にかけて、後ろの人混みの中に消えていく。
少し内容が気になって、その中身をこっそり横目で覗いてみた。
『チャンピオンになる! トモキ』
真ん中の短冊に力強く大きな、でもお世辞にも読みやすいとは言えなさそうな字が書いてある。両脇の短冊には、「ガウ」「ポポー」の名前と一緒に、ポケモンの足跡。前者の方は短冊からはみ出して、ジラーチの顔に被っている。
なるほどこういう使い方もあったか、と感心した。一人が三つ願い事を書くのは欲張りかもしれないが、三人で一つの大きな願い事を書くなら、叶う確率はもしかしたら上がるかもしれない。
そう思っていたら、シャツの裾がぐいぐい引っ張られた。そちらを見れば、種族に特有の不思議な言葉を発しながら、ルージュラがポテトを指差し何事か訴えている。見ているうちに食べたくなってきたのだろう。
「わかったわかった。……おじさん、ガーリック味とポケモン用の辛いの一本ずつ下さい」
「はいよ! ……ん? 辛いのでいいのかい? ルージュラっちゃあ氷ポケモンだろ? 苦手なんじゃないのかい?」
「あ、いいんです。こいつ、氷ポケモンなのに辛い味が大好きで」
「ほー、見かけによらないモンだねぇ……人間用とポケモン用一本ずつで六五〇円だよ!」
小銭入れから七〇〇円出して、釣りの五〇円とポテトを受け取る。一本はすぐルージュラに渡しておいた。代わりに手の空いた僕が、ルージュラの持つ短冊を受け取った。
トゲトゲしたスターミーと、それよりは丸みを帯びて文字を書くスペースの取り易そうなピィの形をした短冊には、まだ何も書かれていない。
どこか空いたところを探さないとな、と思った。列を作っていた人が後ろから来ているのでは、願い事を書くために店の前を占領してはいられない。
『迷子ポケモンのお呼び出しをいたします。トレーナーID61963、タカノコウキ様。運営本部にてルリリをお預かりしております、至急運営本部までお越し下さい……』
そんなアナウンスが聞こえた頃に、僕らは通りの交差点へと差し掛かった。角に、ひときわ大きな人だかりができている。子どもたちとその手持ちの小さなポケモンが多い。
店の垂れ幕に大書されているのは、「あめ」の二文字のみ。店の隣に座って悠々としているのは、一匹のポニータだ。店主の男は棒の先につけた飴の塊をその体の炎で熱し、へらで細工してひとつの形に仕上げていく。
飴の塊は、既に頭の部分が大きく、尾にかけて細くなる流線型を描いていた。別の、本体に比べれば小さな塊をつけたへらによって、その尾に尾びれがつけられる。男が、集まった子どもたちに向かって問いかけた。
「おじさんは今、何のポケモンを作ってるかなー?」
子どもたちはまだ答えが出せないようで、隣の子どもと相談し合ったり、首を傾げている。その間に飴細工には胸びれがつけられ、頭に小さなツノがついていく。
その様子を見ながら、ピンときたらしい一人の子どもが叫んだ。
「ジュゴンだ!」
「正解! それじゃあここから顔を描くところを見せてあげよう」
外形の完成し終わったジュゴンは、食紅のついた筆で顔を書き加えられてますます本物に近づいていく。目と鼻、それに口を書き加えた飴細工は、最後に袋に収められて他の飴細工と一緒に並んだ。
子どもたちがわあわあと歓声を上げ、そこを見計らって店主が声をかける。
「すごーい!」
「そっくりー!」
「本物みたい!」
「飴ってメタモンみたいだな!」
「この飴細工一個九〇〇円! だ・け・ど、飴風船チャレンジに成功したら、この飴細工をタダであげちゃうぞー!」
目を輝かせて、やるやる、と殺到する子どもたちが受け取っているのは、何の細工もされていないただの飴の塊だ。子どもたちはまるで風船を膨らませるように、ぷうぷうと懸命にその塊を吹いている。
なるほど、これを大きく膨らませることができればOKというしくみらしい。しかし大半の飴は吹いている途中で薄くなって固まり、破れてしまう。
そうした子どもたちが悔しがって再挑戦をし出す間に、男は加工用の飴をまた熱し始めた。
「今度は何のポケモンを作ってみようかなー?」
「ヒトカゲ!」
「バタフリーがいい!」
「カイリュー作ってー!」
そのうちの一つを聞き届けたのか、それともそのどれでもないポケモンを題材としているのか。ひのうまポケモンの熱で暖められた飴は、ただの丸い塊から一つの目的へ向けて姿を変えていく。さながら、ポケモンが進化するように。
それを熱っぽく眺める子どもたちの、その大半の手にはもう短冊はない。もうどこかの笹にかけてきてしまったのだろう。
まだ願うべき夢を持っている年代だからだろうか、などと言うと、まだ若いのにと言われるのだろうか。見飽きてきたらしいルージュラが急かすのに合わせて、僕はその人だかりの前から歩き出した。
「現在、タマムシシティ大七夕祭り会場から生中継しております! 見て下さいこの人出、今年の夏も大賑わいです!」
浴衣姿のレポーターがカメラへ向けてそんな台詞を言っているのを後目に、その人だかりのそばを通り過ぎる。ピチューを頭に載せたあのレポーターは、名前は覚えていないがお天気コーナーか何かの顔だったはずだ。
そんなことを考えていると、不意に前に進もうとしていた体がぐっと後ろへ引っ張られる。裾を引きながら後ろを歩いていたルージュラが、急に立ち止まったのだ。
何だよ、とぼやきながら振り返ると、ルージュラの視線はこちらを見ていなかった。
その視線の先にあったのは、「氷」の垂れ幕と、店のテントの内側に貼られた「罰ゲーム用!? 激辛マトマシロップ」の張り紙。僕はそれへ向けて指を指して、ルージュラに聞いてみた。出てきた声は、自然と、なんとなく諦めたような声だった。
「……欲しいんだな?」
ルージュラはこの日一番じゃないかと思うくらいの笑顔で、大きく頷いた。
人混みをかき分けて屋台へ向かうと、丁度それらしき真っ赤なかき氷が、一人の青年の手に渡されていくところだった。連れらしいもう一人の青年にそれを突き出して、何やら揉めている。
「バトルで負けたら食うって言っただろーが! 俺覚えてんぞ!」
「やっぱ食えねえよこんなモン! どう見ても辛いの好きなポケモン用じゃねえか!」
本来の罰ゲーム用途に使うとああなるらしい、という図から目を背け、改めてかき氷を注文し直す。人間の食べられそうな味も売っているから、そのメニューにも一通り目を通して。
「あの激辛を一つと、メロン味一つ」
「はいよ。七〇〇円ね」
ルージュラが隣ですぐにでも小躍りを始めそうな様子で、氷が削られていくのを見ている。こいつにしてみれば好きな温度である冷たいものと、好きな味である辛いものが合わさった食べ物が食える機会なんてそうそうないから、楽しみにするのも分からない話ではない。
紙コップに山盛りの氷が盛りつけられ、その上に見るからに辛そうな真っ赤なシロップがかけられていく。この赤さはイチゴ味と間違わないためなのか、いや違うな。
最後にストローで作ったスプーンが刺さって、差し出された紙コップをルージュラが受け取る。続いて削られ始めた氷は僕の分だ。
その音を聞きながら、僕は店先のペンを取る。書くことがはっきり決まったというわけではないけれど、なんとなく、今のルージュラの様子を見ていたら書きたくなったのだ。他よりも少しだけ、待ち時間が長いというのもある。
スターミー型の短冊の上を、ペンの頭がこつこつと叩く。もやもやとした願い事は、うまく固まってくれない。
「はいよお兄さん、メロン味置いとくよ」
「ああ、ありがとうございます」
ことんと音がして、側に出来上がったかき氷が置かれる。短冊は真っ白なままだ。んー、と唸りながら悩んでいたら、ルージュラが置いてあった短冊のもう片方、ピィ型のものを取っていった。スプーンに頼らず飲んだんじゃないかと思うくらいの速さだ。氷ポケモンだしできてしまうのかも知れない。
何を書くのだろう、とその様子をしばらく見ていたら、ルージュラがペンで書き始めたのは、その口から出るのと同じ、人間にはよくわからない言葉だった。テレビの字幕で見たアラビア語を見ているような感じがする。
ルージュラはそのまま迷いなくさらさらと謎の文字を書き終えて、ペンを元あった場所に戻すと、満足そうに短冊を顔の前に掲げてみせた。何を書いたのかは分からないが、おそらくは心からの願いなんだろう。
そんな表情を見ていると、自然にこちらの筆も動いた。スターミー型の中心、本物ならコアのある部分に、小さな文字で詰め込むように。
『ルージュラの嬉しそうな顔が、もっと見られますように』
書き上げて隣を見てみると、頬を抱えたルージュラが真っ赤になっていた。そりゃあ、僕がルージュラのを見たんだから見られるだろうとは思っていたんだけど。
その様子を見咎めた屋台のおばちゃんが、にんまりとした顔でこちらを見ている。
「あらお兄さん、こんなに女の子真っ赤にしちゃって。まったく色男なんだから」
「は、はあ……えっと、ちょっと失礼します」
周囲からの注目もなんとなく集まっている。僕はかき氷の入った紙コップを取ると、さっと店の脇にある笹に、二人分の短冊をかけた。
トゲのある形の真ん中だけが黒いスターミーと、落書きされたみたいにぐちゃぐちゃの文字が並ぶピィが、他の短冊に混じって揺れる。
それを見届けると、視線から逃れるように、そそくさと僕らはかき氷屋台の前を後にした。
「……にしてもお前、何書いたんだ? まさか、あのかき氷がもっといっぱい食べられますように、とかじゃないよなあ」
道すがら聞いてみると、ルージュラは相当に驚いた顔でこちらを見返してきた。どうして分かった、とでも言いたげに。
図星か、と問えば、黙って頷いていた。
「わかったわかった、今度作るよ。タバスコとかだから、ああいう店で見たのみたいじゃないかもしれないけどさ」
言うが早いか、僕の頬を強烈な吸い付き攻撃……いや、ルージュラのキスが襲った。愛情表現は嬉しいけれど、正直毎回痛いと思っている。
ついでに今日は祭り会場の人の視線もプラスだ。ルージュラを引き剥がして、ふう、と少し溜息をついてみせる。
「そーいうのは家でやって、家で!」
……ただ正直、ここまで愛されるの、まんざらでもない。
――――
七夕と(私の)ノスタルジアとバカップル。
飴細工の屋台を全く見ないんですよ。地元限定だったのだろうか。
他にも屋台にしたら面白そうなのあったんですが、時間と息切れの関係上書けませんでした。
【お題:ポケモンのいる生活(ポケライフ)】
【スペシャルサンクス:#ポケライフ(Twitter)】
【描いてもいいのよ】
【書いてもいいのよ】
【10分弱オーバー】