夜空にきらきらと流れるは天の川。
そこに一匹の黒い翼を持っており、金色の飾りを携えたポケモンが泳いでいました。
ゆっくりゆっくりと泳いでいる、そのポケモンの上には一匹のポケモンと一人の人間が隣同士で座っています。
一匹は白い二本の角の生やし、悪魔のような尻尾を生やしたポケモン――ヘルガーで、その隣にいる人間は白い髪を肩まで垂らした少女でした。
少女は眼前に広がる星々を指で示しながらきゃっきゃっと楽しそうに笑い、ヘルガーはその姿に微笑みながら頷きます。
「ねぇねぇ、ヘルガーいっぱいお星さまがあってきれいだよね! なんか海みたいだなぁ、泳げないのかなぁ」
そんなことを言いながら飛び込もうとする少女の脚に、ヘルガーが前足を置いて一つ鳴きました。その顔は悲しそうなもので、天の川を泳ぐポケモンも少女の方へと顔を向け、その目つきを鋭く当てていました。少女は残念そうに肩を落とし、再びヘルガーの横に座ると、そのまましばらく無言が一人と一匹の間に流れます。先ほどの楽しげな雰囲気はどこへやらで、水を打ったかのように沈黙の時間は流れていきます。
その時間がいくぶん流れた後、少女が口を開きました。
「ねぇ、ヘルガー。わたしね、おねがいしたんだ。ヘルガーとずっといっしょにいられるようにって。もっといっしょにあそべるようにって。ねぇ、ヘルガー。わたしたちずっといっしょなんだよね? そうなんだよね? ねぇ、ねぇってば!!」
気がつけば、少女の喉からはおえつが漏れ出ており、やがて我慢が切れた少女はヘルガーを抱きしめ、わんわんと泣き始めます。少女のほっぺたにつたう感情がヘルガーの首元へと溶けていき、ヘルガーはただ、目をつぶることしかできませんでした。少女の気持ちが痛いほど、ヘルガーの心の中に入り込んできて、その痛みでまぶたが重くなって――。
ぱぁんぱぁん。
何かが弾ける音がしました。
その音に目を覚まされたかのようにヘルガーの瞳がぱっと開きます。続けて、同様にその音に呼ばれたかのように少女もなんだろうと、音がした方に泣きじゃくりながらも向きます。
ぱぁんぱぁん。
天の川を泳ぐポケモンの下で、広がっては消える赤い花、青い花の光、黄色い花。
少女とヘルガーの瞳の中に何度も咲いては散ってを繰り返していきます。
「わぁ……! あれって花火かなっ!?」
そうだと言わんばかりにヘルガーがばうと鳴きます。少女の瞳からはもう涙は止まっており、ヘルガーも楽しそうに尻尾を揺らしており、そのまま、少女とヘルガーはしばらく花火を眺め続けていました。
耳の中を揺らす花が咲く音。
瞳の中に飛び込む花が咲く姿。
少女がゆっくりと口を開きました。
「もう、わたし、ヘルガーとバイバイ、しなきゃ、いけないのかな」
少女の問いかけにヘルガーが静かにうなずきました。
その応えに少女はまた泣きそうにながらも、ヘルガーをぎゅっと抱きしめ、また口を開きます。
「もっと、もっと、いたかったよぉ、もっと、もっと、あそびたかったよぉ」
我慢し切れなかった涙の粒がぽろぽろと少女の瞳からこぼれ落ちていきます。
昼間が暑いから、夜に散歩した夏の日々。
川辺で蛍火を追いかけ回った日々。
その追いかけっこの中で見つけた夜空に咲く綺麗な花。
また一緒に見ようねとあの夏に植えた約束の種。
秋風の中を一緒に通り過ぎ、冬の雪をくぐって、それから春の桜をかぶって――。
やがて、ヘルガーが少女から離れると、天の川を泳ぎ続けるポケモンの背中の端まで歩み寄り、少女の方に向きます。
ばう、と涙をこぼしながらも微笑みながら鳴いて、天の川の中に落ちました。
星の川に落としたその体はやがて光の粒になって消えていってしまいました。
「バイバイ……ヘルガー」
天の川を泳ぐポケモンの背中に涙をこぼしながら、少女はヘルガーが消えていってしまった方をずっと見続けますと、やがて、少女は自分がいつのまにか一個の黒いタマゴらしいものを抱いているのに気がつきました。
もしかしてヘルガーがくれたのかなと思ったのと同時に、急に眠くなってきた少女はやがてばたりと倒れ、そのまま重くなったまぶたを閉じました。
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「白穂(しらほ)、白穂」
「……うーん、お、おかあさん?」
「おはよう、どう? 今日は学校に行けそう? まだ無理だったら休んでもいいのよ?」
「あ、う、うん。ちょっとまって……あれ?」
「あら、そのタマゴどうしたの?」
「…………」
「白穂?」
「……ううん、なんでもない、ねぇ、おかあさん。このタマゴ育ててもいい?」
「ちゃんと、育てるならいいけど……大丈夫なの?」
「うん、大丈夫!」
その少女――白穂はまんべんな笑みを見せて答えました。
「だって、このタマゴにはヘルガーとの思い出がいっぱいつまってるんだもん!」