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こちらの話を事前に読んでおくとより楽しめると思います。
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「社長、お話があります」
ここはシフルカンパニーの社長室。そこには中年をとっくに過ぎた社長と、側近のルカリオ。そして立派な机を挟んだ向こう側には、四十代中程の役員の男。彼は多忙な社長に言いたいことがあると、社長室に押しかけてきたところだった。
「話は聞いたよ。何か、私に言いたいことがあるらしいな」
「はい。早速本題に入らせて頂きます」
こほんと一息ついて、男は続けた。
「社長。なぜマスターボールを普及させないのですか?」
男は言う。
「我が社の売り上げは安定しています。沢山の種類があるボールをきちんと店に並べ、在庫を切らすことなく供給し、消費者からの評価も高いです。しかしこれだけは理解できないのです。マスターボールは、もう多数の量を販売できる程安定して製造できると聞いています。しかし、世間に僅かに出回っているだけで、今まできちんと販売することはありませんでした。あのボールを大量生産すれば、更に我が社は大きくなるでしょう。是非、社長もご検討ください」
言い切った顔をする男。彼の表情は満足感に浸っていた。
気を抜く青年の様子に、社長は怒りを見せることなく反論する。
「君が言うことはもっともだ。確かにマスターボールはもう販売しても問題ないくらいまで品質は上げた。しかし、これからも全国に売る予定はないよ。時々、消費者へサービスとしてプレゼントする程度にしようと思っている」
「それはどうしてですか?」
「簡単じゃないか。他のボールが売れなくなってしまうだろう」
社長は、机を軽く叩きながら言う。
「市場に大量に普及するということは、値段をそれなりに安くしないといけない。例えばモンスターボールは200円だが、マスターボールは、そうだな、3000円で売ったとしよう。君ならどっちを買う?」
「悩みますが、確実に一つでポケモンが捕まりますし、3000円のマスターボールを買います。200円のモンスターボールを複数無駄にする可能性があるくらいなら多少高くても我慢するかと」
「仮に皆がそうだとしよう。皆マスターボールを買う。消費者は満足する。なんて良い買い物をしたのか、とね。しかし次第にこんな不満が産まれ始めるだろう。『もっと安くならないか』という不満だ。どんな分野の商品にも言えることだ。その商品が側にあるのが当たり前になり、改良を重ねた結果企業がすることと言えば、後は値段を下げるしかないんだ。するとどうなる、3000円で売っていたものが2500円でないと売れなくなる。2500円で売っていたものが2000円になり――――そのうち、モンスターボールと同じ値段で売らなければならなくなるかもしれない。それに、あまりに普及し過ぎると他の企業がマスターボールを真似て作るかもしれない。品質が多少落ちていてもきちんと機能していれば、皆そちらを買うようになるかもしれない。するとどうだ、他のボールが売れなくなる。そうなっては一大事だ」
「しかし、技術を抱えて売り出さないというのは…」
「現に少数だが、世の中に出しているのは間違いない。君は他のボールが売れなくなったとき、代替案を提案できるのかな?」
「――――いえ、ありません」
男は、明らかに落ち込んでいた。
「私は君の意見に怒っている訳ではない。しかし我が社は大きくなり過ぎた。新しいモノを売るのは企業の義務だ。だが、半永久的に企業を続けようとするのもまた義務だ。だから主力であるボールの価値をみすみす下げたくないのだよ」
「そう、ですね。むやみに売り出しすぎて、シルフカンパニーの経営が傾くことになったら…」
「ああ、私だけでは責任を負うことができない。分かってくれ」
「はい。私は愚かでした。先程までの無礼をお許しください。失礼します」
男は深くお辞儀をして出て行くのを確認すると、社長はため息をついて椅子に深く腰かけた。
直ぐに側近のルカリオは近寄り、用意していた冷たい麦茶を社長に差し出した。
「社長、お疲れ様です」
ルカリオは、自然に人間の言葉で話しかけてきた。
「ああ、ありがとう」
社長も、驚くことなくルカリオにお礼を言う。
「猪突猛進というか、恐れを知らないと言うべきか。まあ私が彼の立場だったら、同じことを言っていたかもしれないな」
「商品の寿命というのは本来短いものですからね、いつかはモノの価値は下がる時は来る。それを何十年と維持できていることが素晴らしいと思いますよ」
「はは、言うようになったな、ルカリオ」
「でしゃばりました、申し訳ありません」
「良いんだ、お前は私の恋人だからな。少しくらい言い過ぎてくれるくらいが丁度良い」
飲み干したコップを机に置き、隣に立つルカリオの手を握る。彼女は皺が多い自分より大きな人間の手を握り返した。
「社長、本日の仕事はあと午後の会議だけですが、それまでいかがいたしましょうか」
「そうだな、私の膝に座りなさい」
「―――仕事場ですが、宜しいのですか?」
「構わないさ、どうせここには私達だけしかいないのだから」
そう言われると、ルカリオは躊躇しながらも言われた通りにする。社長はルカリオの重みを感じつつ頭を撫でた。彼女はゆっくりと、社長に背中を密着させる。
「重くありませんか?」
「大丈夫だ。いつもお疲れ様」
「気を遣ってくれてありがとうございます」
ルカリオは、先程までの強張った表情を緩めて笑顔を見せた。
「本当、あの新しく雇った研究者は良い仕事をしてくれる。まさかポケモンと話せるように戻すボールまで開発してくれるなんて思わなかったな。今まで一度も、元に戻せたことはなかったのに、彼はそれを成功させてしまった。良い宝石を拾ったものだ」
「私も、あなたとこうして話せる日が来るとは思いませんでした。あの方は本当に優秀ですね」
「彼にはたっぷりと謝礼を送らないといけないな、会議中に彼の口座に一部を振り込んでおいてくれ」
はい と膝の上のルカリオは返事を返す。
「でもこの技術は、世に広まることはないのでしょうね」
「ああ、関連する資料も全て破棄させたし、彼がデータのバックアップを取っていないかは確認済みだし言い逃れもできない筈だ。それに、彼には巨額の報酬をきちんと支払うんだ。不満は出ないだろう」
「彼は私達の仲を更に深めてくれました。やはり言葉というのは重要ですね」
「そうだな。やはり、これからもボールは役目を果たして貰わないといけないな」
「私達だけの、特権ですね」
「ああ、モンスターボールが普及した今、他の人はどんなに頑張っても真似できないよ。お前とだけは、ずっと仲良くしたいからな」
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ふと思いついたので投稿させて貰います。
無意識に楽しんでくれれば幸いです。
フミん
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】