※グロ注意
ある夏の暑い日のこと。Aという男が友人達にこう言った。
「夏の暑い盛り、背筋の冷えるようなこわい話はいかがですか」
連日の熱帯夜に辟易している友人達にささやかなイベントを。その考えは2人の友人……BとCを寮の部屋に集めることとなった。
3人でちゃぶ台を囲み、夕食も終えて冷えた麦茶を並べた頃に「さて」とAは動き出す。
部屋の灯りを消し、代わりにランプラーをちゃぶ台の上に浮かべる。その青紫の弱い灯りは独身向けの狭い部屋でさえ隅々まで照らすには至らず、しかし「こわい話」をするにはふさわしい雰囲気を作り出した。
「今更ながら、ようこそ俺の部屋へ。その麦茶はサービスだから、まず飲んで落ち着いてほしい」
あぐらをかいて不遜に笑うA。その「前置き」にBもCもニヤリと笑い、麦茶をすする。
「じゃあ、こわい話を聞いてもらおうか。やはりここは言い出しっぺの俺から」
「固くなったご飯の話じゃないだろうな」
「おー、こわい。そんな“お約束”は誰も期待してねぇだろ」
Bに茶化され、Aは鼻で笑った。見え透いたギャグほどあほらしいものはない。
咳払いをひとつ。気を取り直してAは口を開く。
「鳥肌モノの話があるんだ。俺のジュペッタに起きたことなんだがな……」
* * *
盆の休みで田舎に帰った時のことだ。
両親の住む田舎は山の方だが、それでもウンザリするぐらいに暑かった。俺は親に家事を任せて上げ膳据え膳とだらけていたよ。
せっかくの休みと、自然にあふれた田舎だ。これはもったいないと思って、ポケモンたちも好きに遊んでこいって全員ボールから出してたんだ。
しかしジュペッタがな。暑いの、眩しいのはてんでダメ。なもんで、扇風機のそばで俺と一緒にゴロ寝と決め込んでいたんだよ。
……甘かったんだ、俺が。
隙間が多けりゃ虫も多い。俺が手足を蚊に食われてかゆい目にあってる時だ。
寝ぼけてるのか、ジュペッタが寝ながら脇をボリボリ掻いてて、どこのオッサンだよ、と笑ったもんだが、そこにな。
ジュペッタの脇の下にシラミがびっしりいたんだ。
血の気が引いたね。すぐにジュペッタを叩き起こして、風呂で洗ったよ。嫌がってたが、あんまりだったんだ。
思えば俺のジュペッタは、出不精な上に風呂にも入ってなかった。ぬいぐるみを虫干しもせず、洗いもしなければどうなるか……思い知らされた日だったよ。
* * *
「世話になったな」
「じゃ、俺らはこの辺で」
「待てぇ。まだ俺しか話してないぞ」
話が終わるや腰を上げる友人たち。その薄情ぶりにAはズボンの裾をつかんだ。
「放せぇ! こんなシラミだらけの部屋にいられるか!」
「俺らは自分の部屋に戻る! シャワーと洗濯、今すぐだ!」
「友情の浅さに涙が出らぁね! 洗ったって言ったろうが!」
「殺虫剤は!?」
「撒いたよ、煙の出るヤツ!」
「ここでカ!?」
「ここでダ!!」
引きつ引かれつの問答をここまで言い合って、ようやくBとCは足を止めた。
「……とりあえずは、信じてやる」
そう言って腰を下ろし、しかし2人とも落ち着き無く首筋や背中を掻いている。
なかなか信用しきれないところだが、この場にジュペッタがいないことがせめてもの救いだった。もしボールから出ていたならば問答無用で逃げ出していたことだろう。
そんな友人達を前に、話は以上、とAは苦い顔で麦茶をすすった。こわい話にはパニックがつきものだが、ここまでとは思ってなかった。
「あたま冷やせよ。わめくのは結構だが、それで熱くなってちゃ元も子もねぇから」
「近所迷惑だしな」
「冷えたのは友情だけか」
「背筋はむしろかゆくなったしな」
「言ってろ。次はB、お前の番だぞ」
帰りたかったら早く済ませろ、との意味を込めてAは促す。それがうまく伝わったかは知れないが、Bはお茶で唇を湿らせ、待ってましたと語り始めた。
「よぅし。んじゃ、俺なりに背筋の寒くなるお話って奴を聞かせてやりましょうかね。
これは、つい先日の話だ……」
* * *
昼前ぐらいのことだ。どっかで飯を食おうと外を歩いてたら、道ばたでニャルマーが横たわってたんだ。
見た目小さかったし、まだ子供だったな。まぁ、ニャルマーぐらいは珍しいと思わなかったさ。近所でも野良猫をしばしば見かけるし。
最初は寝てるのかと思った。だがこんな暑い中、昼間から猫が表で寝てるかな。こりゃ不自然じゃないか。
なんだこいつ、って気になったんだよ。
俺、あんまり視力良い方じゃないから、パッと見じゃよくわかんない。ちょっと顔を近づけて、尻尾から頭まで見てみたんだ。
するとどうだ。顔の方が、なんかおかしいんだ。口開けてるし、目を閉じてるようにも見えなかった。なんだろー、ってよく見たら。
目ん玉、飛び出してんだ。
死んでるんだよ。
閉じた目蓋の隙間から神経が伸びてて、その先に濁ったビー玉みたいなものが付いてる。これが眼球な。少なくとも、生きてるってツラじゃなかったよ。
改めて見直したら、泡吹いた後なのか口元はなんか湿ってて、眼球もまだツヤが残ってた。特に腐臭もしなかったから、わりと新しい死体だったんだろうな。
目立った外傷は、お腹に小さな傷が見えた程度。内蔵がはみ出てるとか血みどろとか、そんなことはなくて、こりゃぁ毒の餌でも食ったか、あるいは腹を蹴られたか。素人判断だが毒殺か撲殺とみたね。
聞いたことあるか? 人間でも胴体にデカい衝撃受けると目ん玉飛び出すらしいぜ。交通事故とかでな。
まぁ、ニャルマーとかの小さい生き物なら車の下を通り抜けるだろうし、ぶつかるならタイヤだろう。そうだったら粗挽きのミンチになってたんじゃないかな。
あれは、顔以外はまぁまぁキレイだったよ。それこそ、目の悪いヤツには子猫が寝てるように見えるぐらいに。
野良猫駆除の毒餌なら、まー仕方ないとは思うが、誰かに撲殺されたってんなら、悪いヤツがいたもんだと思うね。
可哀想にとは思ったが、寮住まいの俺には庭に埋めて供養することもできない。ただ両手をあわせて、南無阿弥陀物。それが精一杯だったよ。
* * *
「……グロいな」
「そんなじっくり観察して、細かく伝えなくてもいいじゃないか……」
話を終えて麦茶で喉を潤すが、しかしBの話は友人達に不評だった。
「背筋は寒くならなかったか?」
「胃の奥が熱くなったよ」
「飯の後には聞きたくない話題だったな」
AもCもげんなりした様子で胃の辺りをさすっている。状況を想像してしまったらしい。
そして何故か、Bも同じように腹を押さえていた。
「で、なんでお前まで腹押さえてんだ? 気分悪くなるなら話さなきゃいいじゃねぇかよ」
「ん、やー、これは吐きそうってわけじゃないんだ。なんかね、ここ最近、夜になって冷えてくると変に腹が痛くなって。出すモノもないのにジワジワ痛いんだ」
「……病気か? 悪いもんでも食ったとか」
「時期が時期だからなぁ。心当たり結構ある」
苦笑しつつ言うB。油断したとしか言いようが無いが、夏という季節はそれだけ早く食べ物を腐らせる。
だが、それとは別の心当たりをBは口にする。
「ところで聞いたことないかな。猫は祟る、って。たとえ殺した相手でなくても、死に際に居合わせた人間に祟りをまき散らす、って」
「…………」
友人たちの返事はない。
「ちょうど、あの死体を見た頃からなんだよね、腹痛」
「お前……ここ最近、身の回りで超常現象が起きてないか?」
「そんなことないよ? ただ、相棒のゴチミルが急に俺を避けるようになったぐらいかな、おかしなことは」
AとCが顔を見合わせた。お互いに真顔。まさか、でもひょっとしたら。それはBと同じ思いだった。
「……まぁ、万が一の時は、な」
「えーと、俺たちからは、お払いしてもらえ、と」
「いや、ね。俺は大丈夫よ? 今更ペットが増えたようなもんだし、夢があるし、ね」
気楽に、というかどこか楽しそうに言うB。友人にしてみれば、むしろヤバいように見えるのだが、本人がこうなら乾いた笑いしか出てこなかった。
この話題を続けてはいけない。それがAとCの共通見解だった。
「じゃぁ、そろそろCに。シメぐらいせめてまともな話で頼む」
「あー、期待には答えられそうもないな。
まぁ、軽い話だから、さ……」
* * *
先週末のことだな。
リオルと一緒に夕食の用意してるときだ。急に電話がかかってきたんだよ。お前たちとは別の友人から。
なんでも合コンで男が1人ドタキャンしたそうでな。数合わせに来てくれ、と。あとポケモン同士のお見合い会も兼ねてるって話だった。
まぁ、うまいものが食えるチャンスだし、リオルにも異性と会話する機会を与えられるみたいだから、参加したんだよ。飯の用意は途中だったけど、明日にでも作り直せるかな、ってのん気にな。
合コン自体は特に問題なく終わった。正直俺はいるだけの、本当に数合わせというか、美形連中の引き立て役って立場だったけどさ。その分、話に夢中になってるヤツらを後目に飯を食えたんで満足だったよ。
ポケモンのお見合いも……リオルは、ほどほどだった。緊張して頭が真っ白になったのか、すっかり黙っちゃって。良い経験にはなったんじゃないかな。家に帰ってからもずっと無言だったし。
それで神経すり減らしちゃってな。俺たちは大事なことを忘れてしまったんだ。
もちろん夕食の食材は忘れなかったさ。次の朝にはスパゲッティに使って、まぁ、大丈夫だと落ち着いたよ。
で、今日のことだ。
寮に戻って片づけも済んで、さてAの部屋に行くかって時に、ふと、変な臭いを感じたんだ。
なんというか、ゴミを出しそびれているとするような臭いだった。といっても、最近のゴミ出しは忘れてなかったし、臭いの心当たりはない。
だが臭いは確かにあった。この辺りかな、って何気なく台所を調べたとき、俺は、思い出したんだ。
炊飯器にセットした米、今日まで放置していた。
合コンで疲れてたとか、あの日から外食や麺類ですませてたから、炊飯器を使うことが無くって。全然気にかけてなかったんだよ。
炊飯器からは、酸っぱい臭いがしていた。
* * *
「……こわいっちゃ、こわいな」
「むしろ恐ろしいか」
AB共に、沈痛な面持ちでそう評した。こわいことはこわいが方向性が違う。反応に困る話だった。
「その、炊飯器は後で処理するんだよな?」
「そのつもりだ。で、これがその現物」
「なにっ!?」
「持ってきて……!!」
突然、Cが炊飯器を取り出した。
蒸気の噴き出し口にセロハンテープが貼ってあり、臭いが出ないように今まで隠していたのだろう。それをいきなりちゃぶ台の上に置かれ、友人たち……特にAは自室に持ち込まれた事に戦慄した。
「現物が目の前にあった方がより恐ろしいと思って」
「だからって人の部屋に持ち込むな、そんなおっかないモノ!」
「度胸試しじゃないんだからさー!」
「まぁ、試しにお一つ」
「あ、待て……!」
テープが取り去られた。
「……ぁあああああああ!!」
「ぐっ、こりゃ危ない……!」
「臭いが染み着いたら、お前恨むぞぉ」
窓際の扇風機の風に煽られ、すえた臭いが部屋に広がる。その恐ろしさに3人は唸り、天井のランプラーも耐えかねて扇風機の後ろに避難した。
「消臭スプレーは、あとでおごるから」
「当然だッ!」
「まぁ、1番の山場はこれのフタを開けることなんだがね」
「てめぇ、やる気か?」
Aが拳を作った。殴り合いの喧嘩などするような年齢ではないが、もしそうなったときは殴らずにはいられないだろう。
「……やりません」
言って、Cはテープを貼り直して穴をふさいだ。悪ふざけが過ぎたのだ。これ以上やっては友情が壊れる。最悪の場合、寮から追い出されることも有り得る。
「とりあえず、ここにあっても迷惑だし、今は外に出しておくよ」
「どこにあっても迷惑だと思うけどな」
「玄関先にそんなもんがあったらなんの嫌がらせかと思うわな。知らずに開けちゃったらとんだ悲劇だ」
「今だけだよ。終わったら回収するから。じゃ、ちょっと行ってくる」
友人たちからの恨めしげな言葉を受け止めながら、炊飯器を手にCは腰を上げた。
しかし歩くには部屋が暗い。電灯を消している上に天井にいたランプラーは窓際まで移動している。
「あー、ちょっと電気つけるわ」
「足下気をつけろ?」
ガッ。
「あっ!」
「あ?」
『……ぁぁあああああああ!!』
翌日、友人の集まりでAたちはその夜のことを聞かれても、
「筆舌に尽くしがたい」
「ひどい有様だった」
「俺の口からは何とも」
と明確な内容を伝えることはせず、ただ二言目には「もう二度とやらない」と口をそろえるのみ。
後に残ったのは、夜中の騒音に対する厳重注意と、秘密裏に処理された異臭騒動。その顛末を予想する噂だけであった。
* * * * *
「背筋の寒くなるお話を」
それを聞いて自分の頭に浮かんだのは、上記の内容でした。ここでやる意味があるのか、という疑問を抱えたままでしたが、浮かんだ以上は形にして放出する次第となりました。
すでにツイッタでちょっと流した通り、ホラーというよりもグロしか出ない自分が情けないです。
ちなみに、猫の死体を見ちゃったのは自分の体験談。腹痛もマジですが、原因はたぶん冷房ですよ、タブンネ。
しかしコメディのノリで軽くしているとはいえ、少年少女もいるマサポケでこんなネタ流しても良かったんだろうか。今も不安に思う次第であり、ヤバいようなら消します。
以上、MAXでした。
【批評、感想、再利用 何でもよろしくてよ】【でも申し訳ないのよ】