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  [No.2556] 不眠 投稿者:フミん   投稿日:2012/08/05(Sun) 21:39:10   51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ある森の中に、一匹のスリープが住んでいた。
 
彼は今までの人生の中で眠ったことがなかった。それは、スリープのとくせいである“ふみん”のせいである。
生物は眠るというのは基本的な欲求の一つであり、必要不可欠である。どんなに強くて大きなポケモンも、潰してしまいそうな程小さなポケモンも、そして人間も、生き物は皆、眠らなければ体を休めることができずに死んでしまうのである。
 
だが、このスリープは違った。生まれてから一度も、眠いという感情を経験したことがないのだった。
彼は、昔は別に寝ないでも良いと思っていた。それは、同じふみんのとくせいを持つ家族とずっと雑談を楽しむことができたからだ。
しかし、歳を取り家族と離れると、周囲と違うことがいかに辛いか身を持って知ることになった。
皆が寝ている間に、何もすることがないのだ。夜は暗く危険がどこに潜んでいるか分からないのであまり遠出はできない。けれど周りに住んでいるポケモン達はじっくり疲れを癒している。家族といた時には、一晩中話ができて暇なんてなかった。しかし、今は独りきりで日の出が上がるのを待ち続ける毎日。試しに横になっても全く眠くない。目を閉じて一生懸命寝ようと努力するのだが、どんなに頑張っても、種族のとくせいに打ち勝つことはできなかった。
 
世の中を知るまでは、夜が大好きだった。しかし今は、夜がとても嫌いになっていた。
 
次第にスリープは不安と心の乱れのせいで疲れを感じやすくなっていく。
友人に無理せず休むように言われ渋々寝床にいても、結局眠ることはできなかった。本能に阻まれてしまうのだ。
 
スリープの心はどんどん麻痺していった。体の疲労から性格も歪み始め、彼は自然と友人達と疎遠になっていった。何故自分はスリープとして生まれたのだとも考えてしまうまでになった。
今日も彼は木に寄りかかり、ぼんやりと一つのことを思う。
 
一度で良いから眠ってみたい。

しかし、いくら彼がエスパーポケモンでも無理なことはある。
どんなに努力しても叶わない夢を思い浮かべながら、スリープはため息をついた。

ぼんやりと夜空を見上げていると、何かが浮んでいる。彼は自然とそれに目線を移す。風船のようなその物体は、空中をゆっくりと漂いながら、スリープの目の前まで降りてくる。
紫色の球体だった。頭に白い雲のようなものを乗せ、生き物の口辺りには黄色いバツ印がついている。球体の下からは、紐の様なものがぶら下がっていた。
その球体はフワンテというポケモンだった。スリープはそのポケモンを初めてみたので、目の前の生き物がポケモンだと認識するまで時間がかかった。


「初めまして、君はこんなところで何をしているの?」

 甲高い声でフワンテは言う。

「君は一体誰?」

「僕はフワンテ。あなたは、ポケモンかな?」

「うん。僕はスリープって言うんだ。宜しく」

「スリープ君ね。宜しく」
 
スリープが挨拶をすると、フワンテは愛想よく笑い返す。彼は、まだよく分からない目の前のポケモンは悪い奴ではないかと疑ったが、疲れ切った彼は直ぐに考えるのを止めてしまった。

「疲れているのかい?」
 
突然の質問に間を開けながらも、スリープはああ と返す。

「僕は、スリープはというポケモンは眠ることが出来ないんだ。ふみんというとくせいを持っていてね、さいみんじゅつにかからなくなるバトルを優位に進められる便利な能力なんだけど、僕はバトルなんかしないから困っているんだ。周りのポケモンみたいに、ゆっくり休もうと思っても体が拒否しちゃうんだ。昔は当たり前のことだと思っていた、でも普通なのは周りの友達で僕は普通じゃなかったんだよ」
 
その後も淡々と吐かれるスリープの愚痴を、フワンテは黙々と聞いている。彼の友人はスリープの悩みを真剣に聞いてくれる者はいなかった。寧ろ仕方ないことだと言い聞かせるものばかりで、口だけ言って自分はぐっすりと寝てしまうのだ。それが悪いこととは思わなかった。彼はただ聞いて欲しいだけだったのだ。
目の前で浮んでいるフワンテは、長々とこぼす不平不満を全て聞いてくれる。迷惑なのは分かっていたが、こんなに有難いことはない。
 
全て言いきってしまうと、幾分か疲れが取れた気がした。


「今まで辛かったんだろうね」
 
そして言われたこの一言。何か解決する訳じゃない。でも同情してくれることがとても嬉しかった。

「聞いてくれてありがとう。とても気持ちが楽になったよ」

「それは良かった。じゃあついでなんだだけど、君を眠らせてあげようか?」
 
スリープは顔をしかめる。当然だった、突然訳が分からないことを言い出したのだから。
フワンテは言う。

「僕はね、スキルスワップという技を覚えているんだ」

「スキルスワップ?」

「簡単に言うとね、僕のとくせいとある対象のとくせいを入れ替えることができるんだよ」
 
スリープは、自分の体に生気が戻っていくのを感じた。

「それって、僕のとくせいと、君のとくせいを入れ替えることもできるんだよね?」

「そうさ。だから、君を眠らせて上げると言ったんだ。僕のとくせいはかるわざと言って、道具を持っていない時に早く動けるようになる能力だから、君には悪影響はない筈さ」
 
スリープには、たまたま出会ったフワンテに感謝した。自分のとくせいを取り替えることができる技があるなんて今まで知らなかったし、それを好意的にしてくれるポケモンと出会えるなんて幸運なことなのは彼にも分かっていた。


「ただし、ずっとふみんのままでいると僕も困ってしまうから、ほんの一日だけだよ。それでも良いかな?」

「うん。僕は一日だけでも、眠ってみたいんだ」

「分かった。じゃあ、暫くじっとしていてね」
 
彼は言われた通りにする。フワンテはぶつぶつと呟きだす。何をされるのか期待に胸を膨らませながら待っていると、フワンテの体からは、丸くて光る球体が浮き出てくる。見とれていて直前まで気付かなかったが、彼の胸からも同じ球体が浮かび上がってきた。白く光る互いの球体がそれぞれ違う方へ向かい、フワンテはスリープの球体を、スリープはフワンテの球体を受け入れた。胸に違和感があったが、直ぐに治まる。

「これで、今日はぐっすりと眠れる筈だよ」
 
フワンテが嬉しそうに言う。スリープは直ぐに自分の異変に気付いた。
 
瞼が重い。体が鉛のように重たくて、どこでも良いから寝転がりたいという気持ちが湧きあがってくる。頭の中は眠りたいという感情だけでいっぱいになり、座っているだけでも辛い。自分の意識を保っているだけで精一杯だった。
これが眠いという感情なのか。

「凄く眠たそうだね」
 
フワンテが言う。相変わらず、笑顔のままだった。

「ああ、これが眠たいって気持ちなんだね。なんだか、頭くらくらしてきたよ」

「逆に僕は目が冴えちゃった。ふみんってとくせいは凄いね。実はさっきまで少し眠たかったんだけど、今はずっと起きていたいよ」

「気に入ってくれたみたいで良かったよ。今日は、もう寝ようかな」
 
スリープは、まさか寝ようという言葉を使う日が来るとは思ってもいなかった。嬉しいのだが、今はこの襲い来る睡魔を消してしまいたい。もう話すだけでも億劫だった。

「分かった。じゃあ明日、またここに来てね。その時はとくせいを返して貰うからね」

「うん、分かった。絶対返すから、もう…」

「おやすみ」
 
フワンテはこれ以上会話が出来ないと判断し、再び空高く昇っていく。
スリープは少々危険だと分かっていても、歩いて寝床まで戻る体力が残っていなかった。それほどまでに、彼の体は疲労を蓄積していたのだ。
木の根元でスリープは仰向けになった。直ぐに意識が遠退いていく。



次の日、スリープは半日程熟睡したところで目を覚ました。
 
起き上がるとまず気付くのは、体が軽いということ。そして、とても気分が晴れやかだった。もう既に太陽は高い位置にある。日光を浴びながらこれまで感じたことがない解放感に浸る。
これが眠るということか。
なんて素晴らしいのだろう。
思わずスキップしてしまう。フワンテと交換したかるわざというとくせいのお陰で早く動くことができるのも、体が軽い要因の一つだった。
 
ああ、自分のとくせいはなんて不便なものだったのか。今までの自分は、確実に損していたのだとスリープは感じる。約束の時間までこの気持ちをじっくり味わうために、彼は寝床に戻ると昼間にも関わらずベッドに倒れた。殆ど必要がなかった寝床が漸く日の目を浴びた瞬間だった。
 確かに疲れはとれたけれど、いくらでも眠れそうだった。今の彼は、新しい玩具を手にした子どもの様に、眠ることを楽しみたいのだった。



しかし、約束は果たさないといけない。
 
フワンテに自分の元の特性を押し付けて一生過ごそうと考えない訳ではなかったが、彼の良心が踏み止めた。スリープは本当に良い両親に育てられたのだ。
その日の夜、彼はきちんとフワンテにとくせいを返した。ふみんのとくせいが自分の体に帰ってくると、自分の中から眠気が消えるのをしっかりと感じ取ることができた。

「ふーやっぱり生まれ持ったとくせいが一番落ち着くね。僕の方も、貴重な体験ができたよ。ありがとう」
 
邪気はないのは分かっていたが、スリープにはフワンテが何故か憎らしく思えた。しかし、ぐっとこらえる。フワンテは何も悪くないのだ。

「ねえ、お願いがあるんだ」
 
スリープが言う。

「どうしたの?」

「毎日とは言わないから、一週間に一度だけで良い、今日みたいにとくせいを入れ替えさせてくれないかな」
 
心からの願望だった。彼は、普通に生活していたら味わうことのない果実を味わってしまったのだ。一度美味しいと感じたものはもう一度かじりたいと思うのが当然だった。
フワンテは、眉間にしわを寄せて考えている。スリープは、緊張したまま返答を待つ。

「分かった。週に一度だけだからね?」
 
やがてフワンテから放たれた一言は、スリープが望んでいるものだった。

「ありがとう。お礼に、毎週木の実を持ってくるよ」

「ありがたいね。でもそんなに沢山食べられないから、少しだけで良いからね」

「うん。本当に感謝している。僕はなんて良いポケモンに巡り合えたんだ」

「そこまで褒めてくれるのは君が初めてだよ」
 
二人は、夜の森の中で笑い合った。


 
こうして、二匹の奇妙な取引は始まった。
毎週同じ時間にスリープとフワンテは出会う。スリープの手には、その日のうちにもいだ新鮮な木の実。フワンテに会ったらそれを渡す。木の実を渡されたフワンテはその場で直ぐに食べてしまう。そして、お礼としてスキルスワップでとくせいを交換し、スリープは心地よい眠りに誘われる。翌日の夕方に再び彼らは出会い、互いのとくせいを元に戻す。そんな生活が何週間、何ヶ月と、長い間続いた。この取引のお陰で、内向的だったスリープは徐々に元気を取り戻しつつあった。友人との仲も元に戻り、以前よりも性格が明るくなった。週に一度、必ず寝ることができるのだ。睡眠の快楽を知った彼にとって、それだけでもありがたかった。

しかし、欲は膨らんでしまう。
週に一度だけの睡眠だけでは、足りなくなってきてしまったのだ。

眠ることが出来ない彼の体が休むことを覚えてしまったため、本来不必要だった寝る行為が必須になってくる。何かの用事でフワンテが会えない時は大変だった。いつも寝られる時間に眠れないのだから、体が寝ようとしているのにとくせいのせいで目が冴えてしまう。これは、眠ることを覚える前よりずっと苦痛だった。とても喉が渇いている時、目の前に冷たい水があるのに飲めない、例えるならばそんな状況だった。
寝床から離れ、声を上げてもがく日もあった。全身をかきむしり、悶えることでなんとか疼きを押さえるのだ。しかし、ふつふつとわきあがってくる苦しみを消しさることはできなかった。ふみんというとくせいがある限り、彼にはどうしようもないことだった。

必死にお願いして、二日間とくせいを交換して貰うこともあった。その時は、素晴らしい解放感に浸ることができるのだが、元に戻ると再び猛烈な倦怠感に襲わることになった。
何度もとくせいを交換したままフワンテから逃げ出そうと思った。そのたびに、彼の良心がそれを踏み留めた。
だがそれも限界が近づいていた。最早、彼の体は睡眠なしでは生きられないのだった。




フワンテと会う予定の日。彼はフワンテに、自分の悩みを全て打ち明けた。二匹は頻繁に会っているのは、取引だけが要因ではない。スリープは、無茶を聞いてくれるフワンテのことを特に信用していた。彼の中では、五本の指に入る程の友人になっていた。
フワンテは、いつものように親身になって話を聞いてくれる。その素振りが、スリープにとってはとても嬉しいことだった。
話が終わると、フワンテは言う。


「困っているのはよく分かったよ。でも僕のとくせいをずっと渡しておく訳にもいかないものね。何か良い解決方法はないかなあ。かなり衰弱している君をずっと見ているのも辛い」
 
フワンテは、他人のことなのに本気で解決案がないか考えてくれているみたいだった。その振る舞いが、スリープの高感度を更に上げる。
 
そうだ と不意にフワンテは言う。


「良い方法がある」

「良い方法?」

「うん。僕についておいでよ」
 
フワンテは、千鳥足のスリープの腕に自分の紐を巻きつけ、ゆっくりと深い森の中に誘導していく。彼は、フワンテのことを信頼していたので、どこに行くかはあえて尋ねなかった。というよりも、尋ねる気力すらなかったと言った方が正しいかもしれない。
 
普段は、他のポケモンが決して入らない森の深い部分。そこは昼間でも薄暗く、食糧があまり取れないので生き物が住むには適していない場所だった。特別何かある訳でもないので、ポケモンも、ましてや人間も入ろうとはしない。
そんな中を歩かされるスリープ。足取りは重かったが、これを乗り越えればまた安らぎが待っている。そう自分に言い聞かせ、弱り切った自分の体に鞭を打つ。

辺りは暗闇に包まれていた。空気が綺麗だったので星がよく見えるが、今日は月が輝いていないので、辺りはよく見えない。自分の手を目元に近付けても認識するのに時間がかかってしまう程の暗闇を歩き続ける。正常なポケモンならば、例え誰かと一緒にいても恐怖に襲われるだろうが、彼は寧ろ安心していた。フワンテが行き先を導いてくれるからだ。一度も木にぶつからず、根っこや段差にもつまずかずに歩けるのはフワンテのお陰だった。
 
そういえば、彼はゴーストタイプだったことをスリープは思い出す。夜に慣れているのだろう。こうして正確な誘導ができているのが何よりの証拠だった。
 

ゆっくりと、奥へ奥へと入り込んでいく。
進めば進む程、夜の闇は濃さを増していく。
何分、何十分、どのくらい歩いたかは分からない。急に森がなくなり、闇が薄くなった。
 
そこは森全体を上から見渡せる崖だった。スリープは、知らぬ間に山を登らされたらしい。それにも関わらず息が切れていないことを不思議に思ったが、彼はあまり気にしていなかった。
普段自分が暮らしている森を上から見下ろすというのは、なかなか不思議な体験だった。そして闇と同化している森は静かで、尚且つ不気味だった。昼間の穏やかな様子とは違う、ひたすら朝を待ち静寂に包まれている。なぜだか分からないが、スリープは身ぶるいした。もしフワンテが連れてきてくれなければ、こんな場所は自分から来ないだろう。
風も吹かない夜。夜空で光る星だけがスリープ達を見ていた。


「ここなの?」

スリープが言う。

「ここだよ。もう少しこっちにおいで」
 
正直もう歩きたくなかったが、スリープはフワンテの後についていく。自分が地面を踏みしめる音だけが辺りに響く。
フワンテが空中で止まる。彼も慌てて足を止めた。
その時、一瞬だけ風吹いた。それはスリープに対する警告のように思えたが、もちろん本人はそれには気付かない。ただほんの少し驚いた程度だったし、直ぐにまた風は吹かなくなった。

スリープは、フワンテが言っていた良い方法が何なのか、ここに来て漸く察することとなった。けれどあまり嫌だとも思わなかった。


「こっちにおいでよ」

フワンテに促されて言う。彼はいつものように無邪気な笑みを見せた。
 
確かに、これでふみんの悪夢から逃れることができる。嬉しさと悲しさが混じった複雑な心境になったが、スリープは深く考えないようにした。
 
スリープは、崖の端から空中へと一歩踏み出した。






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いつかつけたかったタイトルです。フミんだけに。

ついでに、プチ宣伝をさせて下さい。
近日東京で開催されるコミックマーケット82 1日目 東ス-23b(8月10日) にてお手伝いしていたりします。私が作った本も置いてあるので行く予定がある方はどうぞ。


フミん


【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】