僕の喫茶店は、通称「冥土喫茶」と呼ばれている。
別に雰囲気がおどろおどろしいとか、入ったら呪われるとか、ましてや本当にあの世にあるとか、そういうことじゃない。もちろんメイドさんがいるわけでもない。 赤レンガの壁にアルコールランプの明かりの内装はお客さんたちにも落ち着くって評判だし、庭では奥さんが手入れしている花壇を眺めながらお茶を楽しめる席も用意してある。メニューだって自信がある。コーヒーは自家焙煎だし、甘味も軽食も手作りだ。
ただちょっと、集まるのだ。ゴーストポケモンが。
それというのも、僕がこの喫茶店を開いたばっかりの頃だ。 昔からのささやかな夢で、街の片隅で小さな喫茶店でもやりたいな、って思ってた。 で、とある町で店舗を借りたものの、喫茶店としてやっていくにはちょっと狭すぎて、しょうがないからもうちょっと広い場所に移ることを夢見ながら数年間、自家焙煎のコーヒー豆を売っていた。 その頃に後々僕の弟子となる子と会ったんだけど、その時その子が連れていたのがヨマワルだったんだよね。
しばらくして資金もたまって、長年お付き合いしてた奥さんとも結婚して、晴れて郊外の一軒家に移り住んだわけだ。 ちょうどその直後、例の弟子が「迷子のヨマワル拾ったんですが育てません?」とか言ってきて。 まー僕もそれなりにポケモンを育てることには興味を持ってたし? 弟子の様子見てヨマワルかわいいなーとか思ってたし? じゃあせっかくだからってことでもらいうけたわけだ。
最初は僕と奥さんの2人で喫茶店をやってたんだけど、しばらくして奥さんが妊娠したから、僕ひとりで店をやることになっちゃったんだよね。 そんなに大きな店じゃないけど、ひとりで注文聞いてコーヒー淹れてお菓子用意して運んで掃除して片付けて、って結構大変なんだよね。自分がまだ慣れてなかったのもあるけど。時期的にもお店を開いてまだそんなに経ってない。常連さんが出来て、お客さんが入るようになって、これからが大事って時だから。
で、僕は気がついたらヨマワルに「手伝ってくれない?」って聞いてた。ヨマワルの手も借りたいという慣用句はなかったと思うけど、そんな気持ち。 そしたら意外とあっさり言うこと聞いてくれて、まずは店の掃除を手伝ってくれるようになった。 教えたら食器を洗ったり、注文されたものを席まで届けたり、注文を取ったり、何かいろいろ出来るようになった。 しばらくしたらサマヨールに進化して、細かい作業ができるようになって、ケーキをよそったり、ケーキを作ったり、クッキー焼いたり、紅茶を淹れたり、豆を量ったり、豆を挽いたり、コーヒー淹れたり、コーヒー飲んだり、僕のブレンドに文句を言ってきたりした。
まあ良く働いてくれるもんだから、だんだんお店の評判が広がって、お客さんがたくさん来るようになった。 で、相方はいつの間にかお客さんたちから「副店長」って呼ばれるようになってた。 まー確かにそう呼ばれてもしょうがないよね。僕より働いてるような気がしないでもないしね。 ヨノワールに進化してからというもの、来る人来る人に「店長より副店長の方が威厳ありますよね」とか言われるのが僕としてはちょっと不満だ。
うん、まあ、ずっと僕と副店長の2人(1人と1匹)体制でお店をやってたんだけど。
いつの間にか、増えてた。
いや、僕が新しいポケモン捕まえたとかそういうわけじゃない。 そもそものきっかけは、副店長が外出した先で、野生のカゲボウズを拾ってきたことだ。 言葉は話せないし表情も基本ポーカーフェイスだから、身振り手振りで強引に解釈した結果、「何か知らないけどついてきた」……ということらしい。 まあ別に困るわけじゃないし、暇だったし、せっかくだからとコーヒーを出した。
そしたら懐かれた。
いやまあ考えたら野生のポケモンに餌付けするようなものなのかもしれないけど、それを言うならまずは連れて帰ってきた副店長に文句を言ってください。 ちなみにそのカゲボウズ、進化した今でも常連と化して、よくカウンターに寝転がって新聞読んでます。
で、それをきっかけに、色んな野生のポケモンがうちに来るようになったんだよね。主にゴーストタイプが。多分副店長が副店長だから。 勝手に人の店にたむろしてるわけだけど、たまにお店を手伝ってくれることもあるから何とも言えない。 ゴーストやゲンガーは注文を取りに行ってくれるし、ヤミラミは注文のものを運んでくれる。 ムウマとムウマージはよくお店の掃除をしてくれる。イトマルやバチュル辺りとは巣の存亡をめぐって仁義なき争いを繰り広げているようだ。 ユキメノコとその子供のユキワラシは氷が切れた時に用意してくれる。この親子が来るようになってから、夏のメニューにかき氷が増えた。 ヒトモシの集団は、たまにサイフォンの熱源の代わりになっている。燃料代を節約できるかと思ったら、コーヒーが何だか生気の抜けたような味になったからやめた。 フワンテはよく、お店に飾る花を摘んでくる。でもこの前店に行ったら花瓶にキマワリが刺さってた。本人(本花?)がまんざらでもない顔だったからそのままにしておいたけど。でも次の日にはいなくなった……と思ったら代わりにチェリムが刺さってた。 その辺にいっぱいいるカゲボウズやらヨマワルやらゴースやらは……うん、まあ、遊びに来てるんだろうな。気まぐれに手伝ってくれたりするけど、基本的にお客さんにちょっかい出したり、僕にちょっかい出したり、副店長にちょっかい出して追い払われたりしている。 副店長は副店長で、マイペースかつ確実に仕事をやってくれる。僕はまあ、遊べとせがんでくるちびっこたちを適当にあしらいつつ、適当に仕事をしている。げに頼もしきは副店長だ。全く。
まあおかげさまで、喫茶店はお客さんたちに「冥土喫茶」とあだ名をつけられ、その筋ではそこそこ有名になっているらしい。 イーブイやエネコやミミロルみたいな、かわいくて癒されるポケモンと触れ合えるカフェなんかはよく聞くけど、うちはあだ名からして何だか禍々しい気がしてならない。 話に聞くと、例の弟子の店も僕の店以上にゴーストのたまり場と化しているらしいので、師弟そろってろくでもない店を経営する運命だったようだ。
さて、と。 今日は珍しくお客さんが来ないし、ここのところの暑さでだるいし、眠いし、副店長は本読んでるし、相変わらずポケモンたちがいっぱいだし。
ドアベルが鳴るまで、ちょっと寝かせてもらうとするかね。
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「ますたーおきろー」 「ますたーおきゃくさんきちゃうぞー」 「どうしたますたー? たいちょうわるいのかー?」 「どうせ夏バテでしょ。副店長、どうする?」 「……放っとけ」
こっそりイラコンに紛れ込ませていただいた1枚。 塗ろうと思ったところで灰色の色鉛筆が消失していて、別色で無理やり塗った思い出。
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