生家から遠く離れた、ホウエンでもっとも宇宙に近い場所。そう呼ばれる場所にダイゴは住処を持っていた。
家とは呼べないだろう。家というのは生活空間のことである。棚の大半が鉱石が鎮座し、冷蔵庫もないような場所は生活には適さない。辛うじてあるベッドもマットレスを敷いただけの固いものでお世辞にも寝たいとは思わない代物である。
そんな場所だから、というわけではないがダイゴがこの家を訪れることが少ない。鉱石コレクションを眺めたくなった時、コレクションに加える新たな鉱石をここに置きにくる時がほとんどで、それ以外の例外がいくつか。
その例外がここ最近増えてきている。
招く相手が、いや訪ねてくるというほうが正しいか。まぁ、そんな相手ができたのだ。彼女の要望で多少は内装に手を入れたので、家と呼べなくも、ないか。
この場所にただひとつだけあるテーブルに対面の形になるようにこの家にある二つきりの椅子に座り、この家ににひとつだけある型落ちのテレビ。今映している番組は宝石を題材をしていた。
ダイゴの好きな鉱石を削り、研磨し輝かせる。その技術を持つ職人はもちろんのこと、宝石以外のリングの法にも宝石を美しく魅せる技術があるらしい。大きい宝石の価値は当然計り知れないがそれを生かす技術も同じく値千金と言える。
そんな趣旨で展開される番組は宝石という華やかな題材を使いながらもその裏で働く職人にスポットライトを当てたなかなか泥臭いものだった。
わりに面白い番組を見ている最中にこう言われた。
「ダイゴさんって宝石とか嫌いなんだと思ってました」
ぽつりと漏らされたその言葉に、ダイゴは思わずテレビから目を離し、客人であるハルカの方へと向ける。
そんなダイゴに気付いているのかいないのかそもそも先の言葉も聞かせるつもりはなかったのかもしれない。
彼女は特に補足を加えるわけでもなく、テレビをそのままぼんやりと見続けた。
本当にぼんやりという表現が相応しい様子で、視線自体はテレビの方へと向いているのだが、手は落ち着きなく、髪をいじっていたり、頬杖をついたりしている。番組の内容にも注意を払っていないようでナレーションの解説にも右から左に聞き流しているようだ。
退屈させたかなと思いながら、番組を変えるという選択肢はダイゴにはない。この番組をダイゴは楽しんでいたからだ。しかし、この客人を退屈させるのはダイゴにとって本意ではなかった。だから、先の言葉に返事をすることにした。
「なんでそう思ったの?」
ダイゴの言葉にハルカはあっ、という音を漏らした。言葉になっていないそれは先の言葉はただの独り言であったのだろう。年相応かどうかは分からないが女の子らしい可愛い反応にダイゴは口の端を少しだけ上げる。自覚なしだった彼女はこちらに視線を向けると目が合うと、逃げるようにテレビへと視線を戻した。心なしか頬が赤い。やはり可愛い。
「聞いていたんですか?」
照れ隠しに紡がれた言葉は質問への答えではなく、また質問だった。悪くない。いやむしろ面白かった。
「まぁ、あれだけ大きな声を出されれば、ね?」
実際にはそんなことなどなかったのだけど、そちらの方が面白い反応が見られそうだったので、そう答える。我ながら子供らしいと思うが、楽しいからいいだろうと胸の内で言い訳をしておく。
案の定彼女はそんな大きな声は出してないですと言いながら、マグカップに口をつける。可愛くデフォルメされたアチャモが描かれた女の子らしいマグカップである。関係ないが中の紅茶はアールグレイである。
「でも、そんなに変かな。宝石が好きなのって」
「人がいるのにテレビ番組に夢中になるのは変だとは思います」
なるほど、そうなのか。誰かと一緒にテレビを見る経験などほとんどなかったので、次からは気を付けよう。
ごめんねと謝りながらも、ハルカからの言葉はダイゴの疑問の正確な答えになっていないことに気付いた。その気付きに応えるようにハルカは続けた。
「ダイゴさんは鉱石が好きであって、宝石はそうでもないのかなって思ってたので」
なるほど、たしかにそう言われれば鉱石好きのほうが自分の人生の中で長いし、そもそも宝石自体はそこまで好き、と言われると悩むところである。
嫌いではない、と答えるのがもっとも正しいだろうか。
いや、違うか。ただ収集欲が働かないだけという方が正しい。集めるなら鉱石なのである。
そんなダイゴの曖昧な心情を察しているかはまったくわからなかったけれど、ハルカのその言葉を面白いと思い、先を促した。
「ダイゴさんの好みってただあるがままの石であって、加工されたいじられてるのって好きそうじゃないなぁと思っただけです」
あぁ鋭いところを見ているなと思いながら、ダイゴは答えた。
「長く生きていれば、価値観が変わることなんてたくさんある。それだけのことだよ」
「誤魔化そうとしてません?」
「そうとも言うね」
しかし、誰が言えるだろうか。自分を変えたのが目の前の人であると。「だいごさ
「ダイゴさんは、ズルいです」
「かもしれない。言ってないことは多いしね」
「デボンコーポレーションの息子。ポケナビの番号。あとは石が好きということぐらいしか知りません」
不満そうに頬を膨らませている。本当にコドモっぽい。それは言わず、ただ一言だけ素直な宣誓をした。
「いつか、言うさ」
そう、いつかダイゴは言うのだろう。彼女に言えなかったことを。言いたかったことを。
でも、それは今じゃない。
彼女が旅をすればするほどに強くなっていく。困難に遭えば遭うほどに彼女の瞳は力強くなっていく。それはさながら鉱石が研磨され宝石へと姿を変えるかのように鮮やかに、はっとさせられるほどの魅力を持っている。
今でさえ、そうなのだから、この先、ホウエンチャンピオンであるダイゴの前にたどり着けるほどの実力を兼ね備えたときにはいったいどれだけ輝いているのか。今から楽しみである。
最高の舞台で最高の挑戦者と。
それは遠くない内に実現するのだろう。だから、そのときまではこの気持ちをダイゴは言わないのだろう。言えるようにもなっていない。彼女にこの胸の内を告げることができるその時を思いながら、ダイゴはティーカップに口をつけた。
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ムウコンに出そうと思ったけど、あきらめたネタである。