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  [No.2793] ねがいぼし 投稿者:ピッチ   投稿日:2012/12/22(Sat) 00:54:17   91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 「それ」は、ずいぶん久方ぶりに起き出しました。つぶらな瞳をぱっちりと開けると、夕間暮れの紫がかった空が見えました。
 「それ」に、朝や夕方といった、そんな起きる時間帯のことは関係ありませんでした。「それ」は千年の間眠り続け、それが終わった後の七日間だけ目を覚ます、そういう生き物でした。
 だから「それ」は、今の時間のことも考えやしませんでした。「それ」にとっては、朝起きれば七日後の朝に眠るし、今のように夕暮れに起きれば七日後の夕暮れに眠る。それくらいの違いしかないのですから。
 「それ」は黄色い小さな小さな羽を広げると、ばっと一目散に夕闇の中に飛び立ちました。
 ずっとずっと、人々の気配のする方へ。

 「それ」は千年間の眠りと七日間の目覚めを繰り返す生き物であり、同時に人々の願いを叶える不思議な力を持った生き物でもありました。そして、人々の願いを叶えたいと心から思う生き物でもありました。
 それが何故なのかは、「それ」自身にも分かりませんでした。もし理由がつけられるのだとしたら、そういう風にできている生き物だからとしか、言いようがありませんでした。
 けれど、今目覚めた場所には、人間はひとりもいませんでした。ただ、四角く切り出したたくさんの石でできた、大きな大きな建物が残っているだけです。
 「それ」はその建物に見覚えはありましたが、建物はどれもこれも見るも無残に叩き壊されていて、表面を彩っていたたくさんの模様や浮き彫りも、崩れて、あるいは年月に削られて、ほとんど見えなくなってしまっていました。
 「それ」の知る限り、そこにはたくさんの人間たちがいたはずでした。「それ」が以前目覚めたとき、彼らはたいそう驚き、そして「それ」の目覚めを歓迎しました。
 「それ」は大いに歓迎され、そして彼らの願いをたくさんたくさん叶えました。人間たちは「それ」へと感謝を捧げ、そして、「それ」が眠る間この場所をずっと守っていくと、千年の後にまた「それ」を歓迎すると約束してくれたはずでした。
 しかし彼らは、もう影も形もありません。「それ」が分かる限り、そこには人々の気配は何も感じられませんでした。ただ暑く湿った空気だけが、ここが眠りにつく前の場所と同じであることを示していました。
 だから、「それ」は飛びました。自分に願ってくれる人間を探すために。
 どんどん小さくなっていく石の建物たちと一緒に、そこで得た思い出までも失われてしまう気がして、「それ」は少しだけ迷ったけれど。
 一度振り返り、その光景を目に焼き付けるようにしてから、前を向いた「それ」は、ぐうんと速度を上げました。


 千年ぶりに見た人間の街は、「それ」が知るものとはすっかりかけ離れてしまっていました。
 何しろ、街に着く前からそれがどこにあるか分かるほどのけばげばしい明かりが街中をくまなく照らし出しているのです。その中にいれば、星など少しも見えません。
 居並ぶ建物も「それ」の知るものとはまったく違っていて、眠りにつく前に見た石の建物など比べものにならないほど高い、天をつくような細長い建物がずらずらと建ち並び、その壁にはさまざまな色使いの文字や絵が躍っています。
 人々は密で色とりどりの布でできた、見たことのない形の服を着ていて、皆その腰に赤色と白に塗り分けられた玉をつけています。
 獣たちとの関係のあり方も随分変わってしまったようで、町中で堂々と人が獣を使役し、獣同士を戦わせていました。戦わせはせずとも獣を着飾り、およそその本来の動作ができるとは思えないほどにしてしまっている人間もいます。
 「それ」は、とても困惑していました。千年の眠りの間に人間たちの様子が変わってしまっているのはいつものことなのですが、こんなに大きな変化を見たのは今が初めてです。
 「それ」の知る明かりは炎のものでしたし、知る服は草の葉や皮から取った繊維で作ったもので、それも人間だけが着るものでした。獣は大切にされ敬われていて、中には人間に協力し、ともに生きるものもいましたが、それは獣の中ではずいぶんな変わり者でした。
 今までなら、目覚めたときでも昔の面影が少しくらいは残っていたのです。明かりや料理のための火を得る方法が雷から獣による恵みに変わっても、火を使うこと自体には変化がなかったように。
 けれども、今はそれすらも残っていないのです。「それ」の知る頃の面影など、少しもありません。
 「それ」はとても不安になりました。自分は眠り続ける間に、どこかおかしなところに運ばれてしまったんじゃないだろうか。それとも、起きる時を間違えて、一万年ほども眠ってしまったんだろうか。
 「それ」は、帰りたいと強く願いました。自分の知っている頃に、眠りにつく前の、自分の知るものに溢れている頃に戻りたいと、涙を流すほど強く思いました。
 でも、「それ」には他人の願いを叶える力はあっても、「それ」自身の願いを叶える力はないのでした。
 「それ」は涙を拭いて、もはやどこかも分からない街の中を行き交う人々の姿を眺める他ありませんでした。

 けれども、「それ」はやはり、人々の願いを叶えなければと強く思いました。どこかも分からない中でも、やはり「それ」ができるのは、そのことしかありませんでした。
 どんなに様変わりしてしまっていても、人々が願いを持たないはずはありません。そしてどんな願いだって、「それ」は叶えることができるのです。
 とはいえ、こんなに変わってしまった世界で、人々が何を願うのかは「それ」には見当がつきませんでした。
 以前は畑に作物がたくさん実ることなど、食べ物がたくさん取れるようにしてほしいという願いが一番に多かったのですが、この街は行っても行っても一枚の石がずっと敷いてあるような平らな地面ばかりで、畑はどこにもありませんでした。
 それに、人々はもう食べ物になど困っていないように見えました。見る人見る人、「それ」の知るよりもずっと太っていたり、顔色がよかったりするのです。
 道を行く人々は箱から、これまた見たことのない食べ物らしいものを取り出して食べていたり、片手で食べ物を持って建物から出てきています。
 きっとこの人々は食べ物のことなど願わないだろうと、「それ」は考えました。
 ならばと「それ」は記憶を掘り起こします。病気になった家族を抱える人々に、病気を治して欲しいと言われたことも、かつては多かったのでした。
 しかし家々を覗いてみても、病気の人などほとんどいません。少なくとも、「それ」の知るのよりはずっと、伏せっている人は少なかったのです。
 食べ物に困らなくなったから、病気にならなくなったのだろうと「それ」は考えました。
 ずっと晴れているから雨を降らせてほしいとか、ずっと雨だから太陽が見たいとか、昔はそう願われたこともありました。でもこの街は夜でも昼間のように明るいし、雨漏りなど万一にも考えられないような頑丈な屋根がついた建物だらけです。
 それに、天気を操ってほしい一番の理由である畑は、この街にはないようです。だから「それ」は、そんな願いもされることはないだろうと思いました。
 そうしたら、何を叶えればいいのでしょう。
 いよいよ分からなくなった「それ」は、人々の話に耳を傾けてみることにしました。
 人々はお互いに歩きながら話す者もいれば、何やら四角い、手のひらに収まるくらいの大きさのものを耳に当てて、誰もいないところに喋っている者もいました。
 建物の中で次々いろいろなものが映る箱を見ながら何かをぼやいている人も、その箱に似たものに平たい板のようなものを線でつなげ、かたかたとひっきりなしに音を立てている人もいました。
 そうしてこっそりと話を聞いていくうち、「それ」は、人々があることについて、ずっと話していることに気がつきました。

「……結局世界滅亡しなかったねえ」
「滅んじゃう、キャーッ! て思ってたのに」
「世界滅びないじゃねえか! お陰で明日も仕事だよ、こん畜生!」
「うん、この通り滅びてないし、僕もちゃんと生きてるから。じゃあ、夕飯の準備よろしくね」

 みんなみんな、世界が滅ぶ「はずだった」と、ずっと言っているのです。
 安堵するような口振りで言う人など、ほとんどいません。みんな、悔しがったり、面白がったり、残念がったりしているのです。
 まるで、世界が滅んでほしかったかのように。

 「それ」は、何が起きているのかわかりませんでした。人々がこんなことを願ったことは、これまでは一度たりともありませんでした。
 当然です。だから、今までこうして人々はずっと生活しているのですから。
 でも、今や「それ」には、人々が世界を滅ぼしてほしがっているとしか思えませんでした。それくらい、人々の話題はその一色で染まっているのです。
 それに、それ以外に何を人々が望むのか、「それ」には分かりませんでした。自分の知るものとこんなにも違う世界に生きる人々は、きっと今まで受けてきたどんな願いとも違う願いをするだろうと、「それ」はどこかで思っていました。
 だから、「それ」は、その願いを叶えることにしました。
 「それ」の腹にあるまぶたが、ゆっくりと開いていきました。


 その始まりに見えたのは、きらりと小さく夜空に光る星でした。
 といっても人々は空などてんで気にしていませんでしたから、それに気付いた人など誰もいませんでした。
 人々が騒ぎ出したのは、その星がもっともっと近づき大きくなって、太陽のように辺りを照らし始めた時でした。道端で輝いていた街灯も、空にある大きな光に比べればずっと小さなものでした。
 夜にも関わらず明るくなっていく空を指して、人々は不思議そうに、あるいは呑気に声を交わし合いました。

「日食みたいに昼間に暗くなるなら分かるけど、こんな夜中に明るくなるってどういうことだ」
「何、いよいよ世界が滅ぶのか。こんな真夜中まで引っ張って」
「こういうのって周期が予測できるんじゃなかったっけ?」
「でも、そんな発表聞いたことないよ。それこそ、世界が滅ぶってのなら今日ずっと言ってるけど」

 珍しがって写真を撮る者も、ビデオカメラを回し始める者もいました。
 けれども少し経てば、たちまちそんなものは忘れ去られ、通りは半狂乱になった人々で溢れかえりました。
 光の中心に、星が見えたからです。
 時間が経てば経つほどに大きくなる、明らかにこちらに近づきつつある星が。


 「それ」はすべての力を、その星を引き寄せることに注ぎ込んでいました。
 「それ」の力は、言ってしまえば超能力です。未来を見てそこに手を加えることもできますし、ものを一瞬で別の場所に動かすこともできます。
 その力自体は、そういう種別の獣ならば持っているものと何ら変わりありません。ただ、その力が途方もなく強いだけなのです。
 それをもってしても、巨大な星は一瞬で動かしてくるには大きすぎました。じりじりと、じりじりと、こちら側に引き寄せることしかできませんでした。
 視線を下に向ければ、街の中を逃げ惑う人々が見えました。火の馬に乗り建物の上を飛び移る者も、鳥の翼を頼って空へと逃れて行く者も見えました。
 しかし、「それ」は知っていました。今自身が引き寄せている星が、どこにも逃げようがないほどの被害を地上にもたらすことを。
 だから、「それ」は泣いていました。
 自分に願ってくれる人々がいなくなることを悲しんで、ぼろぼろと涙をこぼしていました。
 願ってくれる人がいなければ、「それ」は願いを叶えたいという、唯一自分に叶えられる自分の願いを叶えることはできないのです。
 だからこれが、「それ」の叶える最後の願いでした。
 そのために、「それ」はありったけの力を、引き寄せるべき星へと使っていました。

 星が近づくにつれ、「それ」の身体がぐらりと傾きます。もう自分を浮かせるだけの力も、保つことができないのです。
 しかし「それ」は、例え自分が死んでしまったとしても、なんとしてでもこの最後の願いを叶えるつもりでした。
 願う人々がいなくなれば、もう自分は何もすることなどないのです。もう、この力を使う必要もないのです。
 近づく星の放つ熱が、「それ」の身体を焼いていきます。「それ」はあまり、熱に強い身体ではありませんでした。
 やがてふっと、その身体から力が抜けました。
 十分に引き寄せられ、後は引力でぶつかっていくのみとなった星と、地上との衝突点めがけて、「それ」の小さな身体は吸い込まれていきました。


――――
なんだかどうも滅んで欲しそうに見えたので考えてみました。

大丈夫ですって、マヤ歴時代から眠ってたジラーチがいれば世界滅びますって。

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