はじまりは、あの日。
――ねえきみ。ちょっと、大丈夫?――
柔らかな風がそよぐ度、草花はくすぐったそうにその身を揺らめかせ、木漏れ日がきらきらと光り輝きます。空を仰げば美しい夕焼け空。きっと明日も晴れるのでしょう、とても美しい茜色をしています。
そんな平穏な時の流れるこの世界で、ある家族が幸せに暮らしていました。
肩にかけたかばんを揺らしながら、一匹のポケモンが元気いっぱいに駆けていきます。まだ幼い盛りの、小さな小さなポケモンです。
「おかあさぁぁん!」
その子は家に帰ってくるなり大声で叫ぶと、ちょうど夕食の支度をしていたお母さんの胸に飛び込みました。
「ただいまぁっ! おつかい、ちゃんとできたよっ」
「あらあら。おかえりなさい。よく一匹で行けたわね。おかげで助かっちゃった」
「えへへ……あのね、お店のおじちゃんにもほめられたんだよ! えらいねって!」
ポケモンの子は誇らしげに胸を張って、頼まれていたオレンの実をお母さんに渡します。お母さんはありがとうという言葉と引き換えに紺色の木の実を受け取りました。
「ねえねえ、おとうさんは?」
「お父さんはまだよ。今日のお仕事、結構遠くの方まで行くんですって」
お母さんは小さな頭を撫でながら、優しく言いました。
しかし、早くお父さんに会いたかったポケモンの子は、残念でなりません。その子はぷうっと頬をふくらませ、あからさまにつまらなそうな顔をしました。
「そんなあ! だって、今日はパーティなんでしょ? なんでまだ帰ってこないの」
お母さんは少し困ったような顔をしましたが、すぐににっこり笑ってこう言いました。
「でもね。お父さんのお仕事は、とってもとっても大事なものなの。毎日みんなのために、すごくがんばって働いているのよ」
「分かってるけどさあ……」
ポケモンの子はふくれっ面のまま、もごもごと口を動かしました。本当はまた何か文句を言おうとしたのですが、うまく言葉が出てきません。お母さんの話を聞いているうちに、お父さんの一生けんめい働いている姿が頭に浮かんできたのです。それなのに、自分はだだをこねてお母さんを困らせてしまっています。何だか急に恥ずかしくなって、その子はうつむいてしまいました。
そんな子供を、お母さんはそっと抱き寄せます。
「ね、大きくなったら、何になりたいんだっけ?」
赤ん坊をあやすように、胸に抱いた小さな体をゆっくりと揺らしながら、お母さんはささやきました。
「……あのね。おとうさんみたいに、なりたい」
ポケモンの子は顔を上げました。うるんだ瞳をきらきらと輝かせながら、それでも少しだけ照れくさそうに、自分のあこがれを口にします。
「それでね、おとうさんみたいに、いろんなところを冒険したり、困っているポケモンをたくさん助けるの」
「ふふっ、素敵な夢ね。お父さんが聞いたらきっと喜ぶわよ」
それを聞いたポケモンの子は、ぱあっと花が咲いたみたいに笑顔になりました。
お母さんは子供の頭を優しく撫でながら、こう続けます。
「それに、大丈夫よ。お父さんは絶対に来るから」
「本当?」
「ええ。だって、今日は特別な日だもの」
そう言ったお母さんの顔は、本当に嬉しそうに、にこにこと笑っていました。
ポケモンの子は不思議に思いました。今日、家族でパーティをすることは知っていましたが、何のパーティなのかは聞かされていなかったのです。食卓に並ぶ料理の数々も、普段はめったに食べられない手間のかかったごちそうばかり。朝からていねいに煮詰めたオレンスープや、完熟して苦味の抜けたチーゴの身のソテー、それからあまいミツをたっぷりかけて焼き上げたモモンタルトなど、どれもこれも綺麗に盛りつけられていて、とてもおいしそうです。お母さんがこんなに張り切って準備をするなんて、いったい何のパーティなのでしょうか。
「おかあさん。とくべつな日って何なの?」
ポケモンの子がたずねると、お母さんはいたずらっぽく笑いながら、「何だと思う?」と聞き返すだけで、教えてくれませんでした。
ポケモンの子は小さな頭をひねって一生けんめい考えます。
「だれかのおたんじょうび?」
「ぶーっ。残念」
「うーん……それじゃ、何かのお祭り?」
「それも違う」
「あっ。分かった、けっこんきねんびだっ!」
「んー。おしいっ! でも、やっぱり違うんだなぁ」
「えー!何それ。分かんないよう」
お母さんはふふっと笑い、こう言いました。
「今日はね、お父さんとお母さんがはじめて出会った日。はじまりの日なのよ」
「はじまりの日?」
「そう。すべての、はじまりの日。あの日があったから、わたしは今、ここにいるの。あの日があったから、世界は今、ここにあるの」
言いながら、お母さんはどこか遠いところを見つめているようでした。
ポケモンの子には、お母さんの言っていることがよく分かりませんでした。しかし、お母さんがその“はじまりの日”をとても大事に思っていることは、何となく分かりました。
「ねえおかあさん。おかあさんは、どうやっておとうさんと出会ったの?」
ポケモンの子がたずねると、お母さんは少しだけ目を丸くしましたが、すぐににっこり笑って言いました。
「そうねえ。あなたがもう少し大きくなったら話してあげてもいいのだけれど……」
とたんに顔を曇らせる子供を見て、お母さんは優しくその頭を撫でました。
「せっかくだし、少しだけ教えちゃおうかな。お母さんはね、行き倒れになっていたところをお父さんに助けてもらったの」
「えっ。おかあさんもおとうさんに助けられたの?」
「そう。お父さんね、昔から誰かが困っていると放っておくことのできない、優しいポケモンだったのよ。ちょっとドジなところもあったけど。でも、真面目で、素直で、優しくて、どんなことがあってもまっすぐに前を見すえていて。本当、そういうところは今も変わらないわね」
「あれっ……でも、カクレオンおじちゃんが言ってたよ? おかあさんはこの世界をすくったキュウセイシュなんだって!」
「あら。カクレオンさんそんなこと言ってたの?」
お母さんはくすくすと笑いました。
「でもね、やっぱりそれも、お父さんのおかげなの。
あの日……お父さんとはじめて出会った日は、ちょうど今日みたいな、よく晴れたいいお天気だった。お母さんはどうしてそこに倒れていたのか分からなくてね。これからどうしたらいいのかも、何もかもさっぱりで、途方に暮れていたところに、道を照らし出してくれたのが――」
「あっ、おとうさぁぁん!」
玄関からの物音を聞きつけた子供は、お母さんの元から抜け出して、一目散に駆けていきます。彼女ははじめ、あっけにとられた様子でその後ろ姿を見送っていましたが、すぐに満面の笑顔に戻ります。
「そう――人間からポケモンになって、この世界を救ったのはわたしだったけれど。いつだってそばにいて、何度も不安に押しつぶされそうになったわたしを救ってくれたのは、まぎれもなくあなただった。あの日、あなたとわたしが出会えたことが、すべての奇跡のはじまりなのよ」
次の日。
いいお天気に誘われてポケモンの子が遊びに出かけると、道ばたに誰かが倒れているのを見つけました。ポケモンの子はあわてて駆け寄り、呼び起こそうとします。
「ねえきみ! どうしたの、大丈夫?」
子供が声をかけると、倒れていたポケモンはうっすらと目を開きました。最初はぼんやりとしていたポケモンは、二、三度まばたきを繰り返し、やがてまじまじと食い入るように、子供の顔を見つめます。
そして――
「ポ……ポケモンが、しゃべってるっ!」
新たな冒険が、はじまります。
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あけましておめでとうございます。
ってなわけで(←?)、正月にまったく関係ないネタ放り込みました。
救助隊探検隊マグナゲート、どれにも当てはめられるようには書いた、つもり、です。多分ね。
とりあえず誰かマグナのサザンドラが活躍する話書けいや書いてくださいお願いします。