一匹のワルビアルが、突っ立っていた。
砂嵐のひどい、この4番道路のど真ん中で
傷だらけの体に何も手当てをせず、誰かをずっと待っていた。
その傍らには、1つのポケモンのタマゴがあった。
孵るとしたら、おそらく、メグロコ……。
このワルビアルの子が生まれるのだろうと、大体の検討がつく。
「……まだ待つつもりか?」
「がう。」
「お前のトレーナーは……ヤツはもう死んだんだぜ?
お前はもう野生だろう。ヤツの言葉に従うことはねぇだろうが。」
そう。コイツのトレーナーは、相棒であったあの男は死んだ。
コイツの目の前で、幼い少女と、傍らのタマゴを守ろうとして、死んだ。
ヤツが死んだことで、唯一の手持ちであったコイツは野生となった。
だがコイツは、今でも死んだヤツの、最後の言葉を聞いて、今まさに、それが果たされようとしている。
ザッ、ザッ、と、砂を踏む小さな足音が聞こえた。
吹き上げる砂煙の向こう側から現れたのは、12、3才くらいの少年だった。
砂嵐から身を守るための防護用コートで身を包んでいるため確認できなかったが
確実に、わかったことがある。
あの少年は、死んだヤツの子どもだ。
ワルビアルはタマゴを持ち上げると、無言で少年に近寄る。
少年は、ワルビアルとタマゴを交互に見やり、こちらも無言で受け取った。
「……父さんのこと、悔しかったろ。」
「…………。」
「ありがとう、父さんの傍にずっといてくれて。
……本当に、ありがとう。幸せだったと思うよ、きっと。」
少年は、自分より背の高いワルビアルに、臆せず話しかける。
普通のガキなら、そのいかつい見た目を怖がるっつーのに
ヤツの子である少年からは、微塵もその様子はなかった。
「よう、少年。」
「……だれ。」
「てめえの親父を撃った……って、言ったら?」
少年は眉を顰めて、ポケモンが入ったボールを
無言で突き出すように構えた。
ギロリ、と睨みつける目は、ヤツにそっくりだった。
「冗談だ。……俺はヤツの同僚だよ。」
「…………。」
「くくっ……親父そっくりだ……お前、名前は?」
「……『仁科シュロ』。」
「シュロ、な……お前、刑事になる気は無いか?」
その言葉で、シュロと名乗った少年は驚いた表情をする。
隣では、ヤツのワルビアルが、事の成り行きを見守っていた。
「素質はあるぜ、充分にな。」
「……試したの。」
「あたり。……お前なら、コイツと、ヤツの意志を継げるってな。刑事のヤマ勘信じろ。」
「へぇ……子どもに賭け事させるわけ?」
「刑事とその辺のペテン師を一緒にすんなよ。」
この生意気な口調も、親父譲りのようだ。
警戒心はもう解いたのか、ボールは既にしまっており
タマゴを改めて抱え直していた。
「刑事になれ、ね……考えとく。」
「おー、来るの、楽しみにしてるぜ。」
「……それじゃあ。」
シュロはコートをはためかせて、来た道をまた戻っていった。
砂煙の中に消えたシュロを見届けて、隣にいたワルビアルが
ついに事切れたように倒れ込んだ。
「なんだ……てめえも死期が近ぇのかよ。」
「ぐぅ……。」
「は、笑えってか?……そうだな、盛大に嘲笑って見送ってやる。」
にやり、と笑って、倒れ込んだワルビアルを見る。
コイツもにやり、と笑い返した。
「じゃあな、『ヴィッグ』。『仁科レン』の、良き相棒。」
最後まで笑みを浮かべたまま、コイツはその生涯を終えた。
*
-11年後-
「あ"ー!もう!雑務押し付けてどこ行きやがった、あの飲んだ暮れーーッ!!」
人の行き交うヒウンシティに、俺の主の声が響いた。
その横で、穏和な顔付きの、主の先輩にあたる緑の髪の男が笑う。
「あはははは、本当だよねぇ。班長ってば、俺たちほったらかして
昼間っから飲み明かすもんねぇ。……この前なんか、100万もするロマネコンティ飲んでたし。」
「ヒースさん、他人事のように笑わないでください!
俺は、事件のときだけマジメに取り組む
あのおっさんの鼻を明かさないと気が済まないんですッ!!」
「ねぇ『シュロ』君。新作スイーツ販売の度に
班長と同じようなことを仕出かすキミが言えた義理かい?」
「……………。」
主にとっては思いもよらない反撃だったらしく
つい押し黙った主を見て、隣の男がにへら、と
力の無い笑みを浮かべる。
「キミも大変だねぇ、『ヴィッグ』。似た者同士の義理の親子に付き合わされて。」
「ヒースさん、冗談でもそれ以上言わないでください。
有り得ないですから。マジで本当に、無いですから。」
「あーじゃあ…あれだ。キミの亡くなったお父さんと班長が似た者同士で
キミがお父さんの血を濃く引きすぎたから、親子に見えるんだ。」
「ヒースさん……言ってることが半分くらい無茶苦茶ですよ……。」
「そう?的を得てると思うけど。」
適当すぎる推理に突っ込みを入れている主を横目に
ずっと抱きかかえている、俺の子どもがいるタマゴを見つめる。
時々動く程度で、まだ生まれる気配は無い。
……やはり、信頼できるトレーナーに任せた方がいいだろうか。
「あー……何であの人の誘いに乗っちゃったかなぁ……。」
「誘われたんだっけ、子どもの時に。」
「そうですよ、『お前なら、親父と、親父の相棒の意志を継げる。刑事のヤマ勘信じろ。』……と。」
「へぇ、刑事のヤマ勘ねぇ……。」
「あの人のギャンブル運、半端無いっすからね。」
「そうだよねー、それはまあ、あの人のお子さんにも言えることだけど。」
「『あいつら』とあのおっさん、血ぃ繋がってないっすよ?」
「え、そうなの?」
主の言うあいつらとは、2人の上司にあたり、今現在をもって
行方を眩ませている人の元に、養子に入った双子の姉弟のことで
このヒウンシティで、『Jack Pot』という捕獲屋を営んでいる友人だ。
今俺が抱えているこのタマゴも、普段はそこに預けているが
ここ最近は平和なため、俺が親として責任持って抱えている。
「しかし、どこ行ったんだあの飲んだ暮れ……!!」
「何時も行くカフェにも、カジノバーにも居なかったもんね……。」
本格的に頭を悩ませる2人だったが、プライムピアの方が
やけに騒がしいことに気付いた。
何か事件でも起きたのだろうか。
よくよく見るとなんとこの街のジムリーダーがいた。
慌てて彼の近くに寄ると、ベレー帽の女の子がわんわん泣きながら、ポニーテールの女の子と
浅黒い肌の、元気そうな女の子に慰められていた。
「どうした、アーティ。」
「んうん……心強い刑事さんのご登場だ。
シュロ、ヒースさん、ちょっと力を貸してよ。」
「何かあったの?」
「聞いてよ!このお姉ちゃん、プラズマ団にポケモンを奪われたんだって!!」
「「……!!」」
プラズマ団、この状況で一番聞きたくなかった名前だ。
主の表情が、一気に険しいものに変わる。
「ちっ……またヤツらか……。」
「まずは、詳しく話を聞こうかな。キミたち、名前は?」
「私はトウコ。カノコタウンから来ました。この子は幼馴染のベル。」
「私はアイリス!」
聞くと、このベルという少女のムンナが、1人のプラズマ団によって奪われたらしい。
追いかけたが、この辺りで見失い、途方に暮れて泣き喚いていたそうだ。
ふと、こちらを見張るような視線に気付いた。
振り向いた先には、奇天烈な服を着た男。
間違いない。プラズマ団……!!
「ぎゃうっ!!」
「げ、バレた……!!」
「!待てッ!!」
脱兎の如く逃げ出したプラズマ団を、主とジムリーダー
そしてトウコと名乗った少女が追いかけて行った。
向かった先は、ジムの方向のようだった。
「ヴィッグ、タマゴは僕が預かるよ。
キミはシュロ君の相棒でしょ?
彼が無茶しないようにしなきゃ。ね?」
何かがあっては困ると、ココに残ることにしたらしい
ヒースさんにタマゴを預けて、俺は主の後を追いかけた。
*
カノコタウンを旅立った時から、度々目立つ集団がいた。
プラズマ団。ポケモン解放を訴える、奇妙な服装の謎の集団。
けど、実際はポケモンを道具としか見てないヤツらばかりだった。
このヒウンシティに来る数日前も、ジムと共同で動いている
シッポウシティの博物館の、展示品の盗難事件に携わったばかりだ。
あのときは追い詰めた先で、丁寧にも盗んだものを返してくれたが
今回は、物じゃなくてポケモンだ。しかも、幼馴染の、ベルのポケモン。
「絶対に、取り返してやる……!」
「ぎゃう!」
「!」
気付いたら、刑事さんのワルビアルが追い付いていて
私を諭すような目で見ていた。
危ないから下がっていなさい。そう言わんばかりの痛い視線だった。
しかし、その目線に何故だか懐かしさを感じた。
なぜだろう。私はあの刑事さんにも、ワルビアルに会うのも初めてなのに。
「……私、引き下がる気はないから。
このまま指を加えて見てるって云うのは嫌なの。
ましてや被害者は、私の幼馴染だから、余計に。」
「……がう。」
「どうしてもって言ってる?……もちろんよ。」
挑発的な目線を送れば、諦めてくれたのか
これ以上、咎めることはしてこなかった。
「……ありがとう。行こう!」
私の掛け声に彼が応えてくれた。
それが嬉しかったけど、ジムのすぐ近くのビルの前で
プラズマ団とバトルを繰り広げている刑事さんとアーティさんを見つけた。
「全員、携帯獣愛護法違反、強盗、窃盗!
その他諸々の罪で現行犯逮捕だ!!」
「ぎゃうん!!」
「!!」
「!トウコちゃん!!」
「私も戦います。ベルを泣かせた上に
彼女の大切なポケモンを奪ったんです。
絶対許さない……!!行くよ、ジャノビー!!」
*
あれから少しして、ビルの中に入ることが出来た私たちの前に
カラクサタウンで演説をしていた、壮年の男の人がいた。
ゲーチスと名乗った男の話の前に、目を泣きはらしたベルが
アイリスちゃんと、もう1人の刑事さんに隠れながらもやってきた。
彼は何を思ったのか、ベルにムンナを返すように指示し
そのまま煙玉を使い、結局は逃げられてしまった。
ワルビアルのトレーナーである黒髪の刑事さんは
悔しそうな顔で外に出ると、ぐしゃぐしゃに頭を掻き始めた。
それをもう1人の刑事さんが宥めている。
「くそ……また逃げられた……!」
「まぁまぁ。根気良く行こうよ。」
「……そうっすね。」
ハァ……と、ため息を吐く黒髪の刑事さんを見ていると
何だかずっと昔に会ったことがあるような気がした。
黒髪に……ワルビアルを連れたトレーナー……。
「……ぁ。」
「トウコ?どうしたの?」
「ベル……11年前、私が遭遇した事件のこと……覚えてる?」
「え……っと、確か、トウコを守ろうとして
亡くなった人がいるって言ってた、あの?」
「うん……あの黒髪の刑事さん……
たぶんその亡くなった人の、子どもさんだと思う。」
「ぇ……?」
「おー、じゃあキミがあの時の女の子か。」
ぽん、と頭に、男の人の手が置かれた。
……あれ?この人、どこかであったような……。
「あ。ギリア班長ー、どこ行ってたんですか?」
「……墓参りだ。あぁ、そうだ……アーティさんよぉ。」
「んうん?何でしょ?」
「どっか一室、貸してくれねえかなァ。
……11年前のこと、きちんと話してやろうと思ってさ。」
アーティさんは、突然の申し出ながらも
笑顔で承諾してくれた。
「…あの!…私も、お邪魔していいですか?」
「ベル……?」
「トウコを助けた人の話だもん……幼馴染として聞かなきゃ。」
「……ありがとう、ベル。」
「気にしないで!……あ、チェレンも呼ぶ?」
「……うん。」
「わかった。ちょっと待ってて!」
ベルが、ライブキャスターでチェレンを呼んでくれた。
今からジムに挑戦しようと思っていたらしく
すぐに駆け付けてきてくれた。
「んじゃ、話すか。……1999年、6月13日。
20世紀最後の、凶悪事件が発生した日のことを。」
*
-1999年6月13日・イッシュ地方ヒウンシティ-
「いやー、やっぱ向こうと違って、こっちは晴れの日が多いね!」
窓から外を眺める、長身の、黒髪の東洋人の男。
見た目だけなら、まだ人種差別も残っていた当時のイッシュ地方では
ソイツは異質な存在だった。
「そうかー?普通だと思うけど。」
当たり前のように返していたが、俺はこの男―…。
仁科レンが、少し苦手だった。
「ギリアは知らねえだろうけど、俺の故郷の
ホウエン地方はこの季節、どっこも雨ばっか何だよ。
晴れの日なんてホント稀!!」
「へェ……興味ねぇや……つーか声、うるさい。」
「おま……また二日酔いか?いい加減控えろよ……。」
「お前が甘いもん控えたら止めるかもな。」
「………。」
皮肉を込めて返したら押し黙った。ざまぁみろ。
ペットボトルの中の水を飲んで、息をつく。……やっぱ昨日、飲みすぎた……。
「……あ、お前、今日なんかあるんじゃなかったっけ?」
「あ"ぁー!!」
「だからうるさい……。」
「あ、すまん……。」
うるさくなったり静かになったり……。テンションの幅が本当にうざったい……。
このホウエン人の気質である、能天気なとこが苦手だ。
「少し出てくる。」
「おー…そのまま帰れ。」
「ひどっ。」
そしてげらげらと笑うレン。ギロリと睨みつけると
おどけた表情の笑みを浮かべて出て行った。
これが、事件発生1時間前の
俺とヤツの、最後のやり取りだった。
*
始めてこの地方に来たとき、目にする物全てが新鮮だった。
ホウエンの大自然の中で育った身としては、空を貫くような高いビルも
モノクロのタイルのようなレンガ道も、食べる物も、住んでいるポケモンも
何もかも、全てが違う場所。
生まれ故郷のホウエンを離れたのが18才のとき。
……あれから17年が経った。
今は守るべき家族がいて、良き友人がいて、ライバルがいる。
片手間に、途中で買ってきたミックスオレを持ち
ポケモンセンターへと入って行った。
「仁科さん。」
入ってすぐに、ここを取り仕切るジョーイさんが
タブンネと共に話しかけて来た。
「やぁ、ジョーイさん。……アイツは?」
「今日はお元気ですよ。相棒さん。」
「そうか、良かった……会えるかな?」
「わかりました。少しお待ち下さい。」