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  [No.2879] Banette 投稿者:ねここ   《URL》   投稿日:2013/02/05(Tue) 15:11:18   152clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

※うっすらホラーです。本当うっすらです。



 俺は最近様々なメディアから注目を集めている、株式会社空飛宅急便で働いている。仕事内容としては会社名の通り、運び屋だ。空を飛ぶ、を覚えているポケモンを持ち、力仕事のできる人物なら十中八九社員になれるだろう。俺自身も体育会系だ。時には荷物だけでなく、その人自身を乗せる空飛タクシーなるものも行っている。空飛宅急便のポケモンたちは普段から重い荷物を運んでいるため、いまさら人を乗せるくらいは問題ない。アクロバット飛行、高速飛行などはそれと別料金だが、ライブキャスターで呼べる遊園地として人気が出ている。

 相棒のネイティオ、トルネロスと共に日夜問わず様々な地方を縦横無尽に飛び回る日々が続いていたが、ある日私用のライブキャスターに連絡が入った。ヒワダタウンに住んでいる祖父からだった。倉庫の荷物を片付けたいから手伝いに来て欲しい、とのこと。祖父は腰が悪く祖母より小柄なため、力仕事は孫であり、俺担当の業務だ。185ある身長は伊達じゃない。忙しいんだったらいいんだ、と遠慮を口にする祖父に、俺は笑って快諾した。俺は自他共に認めるおじいちゃんっ子なのだ。最近休みなしで出勤していたため、溜まっていた休みを一週間もらって泊まり込みで手伝いに行くことにした。

「久しぶり、元気だったかい?」
「元気だよ。ほら、こいつもネイティオになったんだ」
「おお、この子はネイティなのかい。大きくなったね」
「小鳥みたいだったもんね」
「もう私と同じくらいあるじゃないか……おや、こっちのポケモンは?」
「こいつはトルネロスっていうんだ。珍しいやつなんだよ」
「へえー。ミヤノはすごいポケモンと友達なんだ」
「じいちゃんのカビゴンには負けるよ」

 俺のアパート総面積2つ分くらいの、厳粛な雰囲気漂う木造の屋敷。木の実がぶら下がる木々の並ぶ庭には、カビゴンがグースカいびきをかきながら眠っていて、モンスターボール型の瓦が敷き詰められた屋根の上ではポッポやオニスズメが遊び回っている。何度来ても身分不相応だと感じてしまう。祖父はネイティオとトルネロスに、見たこともない高級そうなポケモンフーズを差し出すと俺に向き直って、上がりなさいと口元に皺を作り、柔和に笑った。

「それで、ばあちゃんは?」
「老人会でね。カントーに旅行に行っちゃったんだよ」
「カントーのどこ?」
「うーん。たしかタマムシシティに泊まって、それからいろんなところに行くとか言っていたかな」
「バスツアーみたいなものなの?」
「いや、フリープランみたいだけど」
「老人会ってアクティブなんだな……」

 よく仕事やプライベートでタマムシに行くが、一日いると俺でも相当疲れる。精神的にも肉体的にも、だ。祖母は祖父と違って社交的で、タフネスな人だから心配はしなくても大丈夫だろうが。若い頃はトレーナーとして名を馳せていたらしい。祖父・祖母談なので信用に足るかはちょっと微妙だ。
 12畳くらいの広い応接間に足を踏み入れると、テーブルには既にアイスティーが用意されていた。ふかふかソファの脇に荷物を置いてグラスに手を伸ばすと、祖父がそれをひらりと取って代わりについでくれる。いつまで経っても俺は孫のまま、優しくされるがまま。だからたまにはこうして、孝行をしなければならない。透明薄茶色の溶け込んたグラスを受け取り、口をつけた。

「ミヤノ、実は、あのね。――謝らなければいけないことがあるんだ」
「え?」
「……倉庫は、カイリキーが片付けてくれてね。ミヤノを呼んだのは、また別のことなんだけど……」
「なんだ。うん、できることがあるなら何でもいいよ」
「ありがとう。すまないね」
「いえいえ。それで、何をすればいいの?」
「これなんだけど。読んでみて」

 エンテイ・ライコウ・スイクンのレリーフが入ったサイドボードから出てきたのは、ぼろぼろであること以外は何の変哲もないキャンパスノート。ぺらりとページをめくると、そこにはジョウトオカルト研究部なる見るからに怪しい文字が違和感を覚えるくらい堂々と並んでいた。祖父に視線をやる。何だか心なしか顔が青ざめているように見えた。ノートに意識を戻し、もう一枚破れないようにゆっくりページをめくった。


  1月9日(水) 今日の会議で、とある企画を始めることに決定した。

  1月10日(木) 買ってきた白うさぎのぬいぐるみにシロと名をつけた。

  1月11日(金) シロを研究部の入口に置いた。研究員は一日2回話しかけるという制約を設けた。

  1月13日(日) どのくらいかかるだろう。

  1月24日(木) シロに服を縫った。

  2月10日(日) シロを捨てた。回収日は明後日だ。

  2月11日(月) ゴミ捨て場にシロがあった。汚れていた。

  2月12日(火) 朝、散歩がてらゴミ捨て場を見に行く。シロがいない。服だけが落ちている。


「……なにこれ?」

 さらっと読むと、ただの悪趣味な日記だ。オカルト研究部、というくらいだからそれくらいはそういうものだと割り切れる。しかし、何だか薄気味悪い内容だ。ぬいぐるみを可愛がって、捨てる。矛盾した行動だが、俺はどこかでそんな話を聞いたことがあるような気がした。何であったかはよく覚えていない。祖父はいつの間にか、部屋から出て行ってしまっていた。
 一つの行に一文、そして一行空けた書き方が守られているが、2月12日を機に一切の文章がない。この不気味な日記は左側で終わってしまっている。さりげなくぱらぱらとページをめくると、ちょうどノートの縫い目の真ん中のページで止まった。昔のノートはこういう粗いタイプが多い。あったな、と笑っていると、左の一番上の欄に文字が入っているのに気付いた。


  シロが来た。


 ぞっと背中が凍り付いた。どういうことか、俺は理解してしまった。この研究部は、もしかして――。
 ふと、俺の足に何かが触れた。自然的な動作のまま、そちらを見る。エジプシャンブルーの何かが、俺の前に立っている。寒くもないのに、全身に冷気が迸った。見たことがある。ミナモシティの近くで。ゆっくりと頭を上げ、俺はそれが何なのか見ようとした。見てはダメだと思いながらも、なぜか勝手に目線があがる。

「……!」

 キイ、と鳴いた。赤い双眸が俺のそれを掴んで、離さない。唇の代わりについたジッパーのようなものがキチキチと開いて、もわりとそこから出たどす黒い湯気のようなものが息を吸おうとする俺の鼻腔にするすると入り込んでくる。不思議とさっきまで抱いていた焦りや恐れはなくなっていた。ダークブルーのジュペッタ。色違いというやつだろうか。錆び付いた車輪のように鳴いて、俺を視ている。鼻の中がくすぐったい。

「――っくしょん!」

 キイ、と鳴いた。くしゃみの音にびっくりしたのか、ジュペッタはばっと音がするくらい飛び退いた。口から暗い湯気が逃げていく。何だか気持ち悪くて、空気を手で扇いだ。さっきまで重量を持った霧で覆われていたような空気が、柔らかいものに戻る。すると、祖父がこそりと扉を開けて部屋に入ってきた。俺がジュペッタと――多少の距離感はあるが――対しているのを見るなり、微妙で曖昧な笑みを浮かべる。手には、モンスターボール。祖父が出したジュペッタ、と思うと安堵が増す。いつからジュペッタがいたか、と考えを巡らすも答えはない。

「じいちゃん、こいつは?」
「それを読んだろう……こいつはシロだよ」
「……あ、こいつが、」
「ミヤノを驚かすつもりはなかったんだ。ボールから勝手に出てしまって、」
「ああ、いや別に。大丈夫だよ」
「それはよかった。……シロ、固まってるけどどうしたんだい」
「あー、くしゃみしたらびっくりしたみたいで。で、このジュペッタ……どうしたの?」
「ヒロサのポケモンだよ」

 ヒロサ、というのは祖母の名前だ。俺はてっきり祖父がこれに関わったオカルト人間なのだと思っていた。たしかに言われてみれば、祖母の手持ちはゴーストタイプやら毒タイプやら悪タイプやらが主だ。それでもオカルト好き、とまではいかないし、そういう風には見えない。ということは――祖母が研究員だったのか。言われてみれば、とやけに納得していると、祖父は真剣な顔で話を始めた。ジュペッタもその傍に寄り添って、祖父の動きを真似ている。

「実は、研究部のリーダーだった方がついこの前亡くなったんだ」
「……それで、ばあちゃんに……ついてきたってわけ?」
「一番の先輩で、クシロさんというのだったかな。遺言に、ヒロサにそのノートとシロを預けるようにあったんだって」
「……」
「死因は老衰だったから、シロのせいじゃない。シロも、とても悲しんでいたんだ」
「そっか……」
「……ミヤノ、シロと遊んであげてくれないかな」
「え?」
「悪ふざけでポケモンが生んだことは――悪いことだよ。でも、シロは純粋な子だ」

 いろいろな人がいるように、ジュペッタだっていろんなタイプの子がいるんだよ。世界を巡ってきたトレーナーの言葉は、すっと俺の胸で轟いていた靄を溶かした。リーダーだった人も、シロを可愛がっていたのだろう。シロの尾っぽには白いチェックのリボンが蝶々に結ばれていた。シロの紅蓮の瞳には、少しの寂しさとたくさんの愛らしさが詰まっている。元より俺はシロを生み出したことに対して、怒りも悲しみも持っていない。淡白な性格なのだ。だから、シロを嫌うなんてとんでもないと、そう思う。

 ノートを床に置いて、そっと右手を差し出した。

「俺、ミヤノ。よろしくな、シロ」






 あれから、一ヶ月。シロは俺の新しい仕事仲間として、あらゆる地方を飛び回っている。



ねここです。
ジュペッタかわいいけど、かわいそうです。シロは今日もアクロバット飛行のチケットを切っています。ちなみに言えば、ミナモシティの近くにいるのはカゲボウズです。