[掲示板へもどる]
一括表示

  [No.2911] 僕、もう二度と恋なんてしない。 投稿者:スズメ   投稿日:2013/03/24(Sun) 20:38:47   127clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





「さて、今日もはりきって頑張ろうね!」
「チルッ」

 励ましあうような会話のすぐ後に聞こえてきたのは、歌。
誰もが一度は聞いた事があるようなありふれた歌。

歌っているのは、僕の飼い主の女の子と、僕と同じ立場のチルット。
今日は公民館の合唱クラブで行われる練習に参加するそうだ。
前回の合同練習から二週間、ほとんど毎日二人は楽しそうにこの歌を練習していた。

……僕?
僕は聞くのは好きだけど、歌うのはそうでもないんだ。
眠たそうにしていれば放っておいてくれる。夜行性の特権だね。

それはともかくいいのだろうか。
もう出発しなければいけない時間なのに。

その証拠にむずむずとなんともいえぬ衝動が襲ってくる。
僕は衝動に逆らう事はせずに、思いのままピョンッとひと跳ね
続いて眠たそうな半目にしていた目はきりっとさせて、尻尾をピンと伸ばし
まんまるな胸を張ったら準備は完了!

「ホーホー(9時だよ)」

 ふう、なんだかやりきった感じがする。
種族的にも、僕の体内時計は信用していいはずだし。
練習も良いけれどもうそろそろ出発した方がいいんじゃないの?
遅れちゃうよ。

 ぎょっと振り返った女の子の顔が焦りを伝えるのと、
チルットが帽子みたいに女の子の頭に乗っかるのはほとんど同時だった。
傍に置いてあったかばんを引っつかんだ女の子の一言。

「早く行かなきゃ!」

 向けられたボールと、赤い光に包まれたのは一瞬。
遅れて聞こえたのは「ボールに戻っててね」だった。
……チルット頭に乗っけたままだけれど、そっちはいいの?







 「はあっ、はあ、間に合った……」

 たどり着いたのは大きな建物。通称公民館。
ポンッと音と共に、僕はボールから飛び出した。
朝の少しひんやりとした空気が気持ちいい。びよーんと背伸びをしてみる。

「チルッ?(時間は大丈夫?)」
「ホーホー(今日は何とか間に合いそうだよ、よかった)」

「ずるいや、ポケモンだけで会話しちゃって。私にも教えてよー」

 そんな事を言いながら早歩きで歩いていく女の子に低空飛行でお供する。
いいなチルット。 頭の上に乗ってるから飛ばなくていいもんね。
ボールはあんまり好きじゃないけれど、全速力で走る女の子についていくのもつらい僕。
かといってチルットのように女の子につかまっている事もできない。
まるい体形の僕には肩に乗せてもらう事ができないし。
頭にだって僕が乗っかろうとすると、あっという間にバランスを崩して滑って落ちてしまうんだ。





 ガチャっと音と共に扉が開く。
扉の横には「音楽室」というプレートがかかっていた。
明るい室内に入ると、そこには合唱クラブの人たちがすでに集まっている。

「おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます」

 挨拶が飛び交う部屋の中で、僕は何時もの定位置に移動した。
この音楽室には、小学校の音楽室のようなぽつぽつと穴の開いた壁に大きな窓。
壁の一部にホワイトボードが掛かっていてそのすぐ近くに大きなグランドピアノがある。
基本的に合唱クラブの人たちはグランドピアノの周りで練習をするから
僕は邪魔にならないようになるべく離れた場所にある窓の傍で日光浴をする事に決めているんだ。
……チルット?
チルットなら、定位置の頭の上に乗っかったまま発声練習に参加してる。
チルットだけじゃない、合唱クラブの人もちらほろポケモンを連れてきていたりするから
おばさん達に混ざってプリンとかニョロトノとかいたりする。


 定位置でまんまるな体を膨らませてもっとまんまるにして目を閉じる。
春の日差しが暖かい、至福のひと時だね。
女の子に捕まえられて初めてこれをやったとき「メタボリックシンドローム」と間違われて
病院に検査へ連れて行かれそうになった。
しかも、その事件が原因で僕につけられたニックネームが「ぷくろう」
僕ホーホーなんだから、丸いのは当たり前だよそんなニックネーム認めるもんかと
意地を張っていたはずなのに、最近は「ぷくろう」と呼ばれると反応してしまう自分がいる。
それにしても、今日もいい天気だあたたかい。


 ぽん、ぽん。


 すぐ近くで、歌声やピアノの音とは違う音が聞こえた。

 ……だれかがガラスを叩いているのかな?  

 そっと目を開けて、窓の外を見ると。




 
 僕は、一目ぼれって奴をはじめて知った。




 ふっくらとしているけれど僕のようにまんまるではないうらやましい体形に
点のようなかわいらしい目、黒くつややかな嘴にハートのようにも見える胸のふわふわな羽。

そう、最近外来種がきたとかで元からいた国有種との交配が進んでしまい国有種の保護が
叫ばれていたり、昔公園でも専用の餌が売られていたりしたのに鳥インフルエンザを理由に
公園で餌を販売する事が禁止されていきなりご飯をもらえなくなり数を減らしてしまったり
しているあの有名な。


 マメパト


 点のような瞳と、僕の目が合った。
なんて、愛らしいんだろう可愛らしいのだろう!




「ホーホー、クルック、ホー!(お嬢さん、結婚してください!)」

「?」




 驚いてこっちを見たポケモンたちに釣られて人間たちもこちらを見た。
音楽が、止まった。




「あらー、メタモンちゃんお散歩から帰って来たのね」
















 ……今なんと?


 
 声の主は合唱クラブの教師を勤めている女の先生。
近づいてきたけれどそのまま通り過ぎた足音と同時に、愛しのマメパトちゃんが形を崩し、訳の分からぬピンク色に

 なんだこれ、どうなっているんだ
そういえば、マメパトって黄色くてもっと大きな目をしていたような気がする
 
 遠ざかる音と真っ暗になる視界。
なんてことをしたんだろう。
あの可愛らしいマメパトちゃんはメタモンだったなんて、信じられない。
一生の不覚、混乱する頭と心に絶望がふつふつと湧き出て来た。




 僕、もう二度と恋なんてしない。




 薄れる意識の中でそう決心。
うにょーんと、心配そうな声が聞こえた気がした。




___________________________________________


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
楽しく読んでいただけたなら幸いです。