眠らない子供達。それが普通になったのは、いつの頃からだろう。
最初に向かったのは、郊外にある一軒家だった。周りには木々しかなく、寂しい印象を植え付ける。
月が煌煌と辺りを照らし、星が瞬いている。
俺は二階の、まだ明かりが付いている部屋を覗いた。大量の本が床に積まれている。明かりはスタンドのみ。
壁に体を預け、ベッドに座っている子供の顔は、少々青白く見えた。
「眠らないのか」
そう言って窓を開けると、子供は少し驚いた顔をした。だが、それも一瞬。
すぐに、今読んでいる本に視線を戻す。
叫び声の一つでも上げるかと思った俺は、少し心外な顔で子供に話しかけた。
「知ってるか。眠らない子は、ゴーストタイプに連れて行かれるんだぞ」
「連れていくなら、連れていけば?」
ドライな答えが返って来た。擦れた声だ。
子供は全てに諦めた顔をしていた。傍にあった水差しを取り、ストローから少しずつ飲む。
飲み干しても、まだ顔色はよくならない。
「僕が自由になれるのは、この本の中だけ。これを読んでいる間は、どんな苦しいことも耐えられる。それが、次の冒険に繋がると分かっているから。
……君は、僕を死後の世界へ連れていけるのかい?」
この子供は死を望んでいた。俺は自分の立場を話すわけにもいかず、首を横に振った。
そう、と子供は再び冷めた声で話し出す。
「そう。じゃあ帰ってよ。読書の邪魔だから」
次に来たのは、都心から少々離れた場所にあるマンションだった。
五階、南側に面する小さな子供部屋。
深夜十一時を回っているというのに、机の明りはまだ消されていない。
「眠らないのか」
その子供は眼鏡をかけていた。俺の声が聞こえないのか、彼は必死に机に齧りついている。
壁には、『絶対合格』『目指せ、○○中学』の書初め。
床には、散らばった大量の参考書やノートたち。
「つまり、この食塩の量がxなんだから、水の量は……」
「おい」
「……誰?新しい家庭教師?ママにどれだけ怒られてもいいなら、雇ってもいいけど」
机の上の参考書から、顔も上げずに答える子供。無言になった俺の耳に聞こえるのは、カリカリという無機質なシャープペンの音。
しばらくして、部屋のドアを叩く音がした。
「マーくん?お夜食持って来たわよ」
ドアを開けてきたのは、少し痩せた女だった。おそらく母親だろうその女は、お湯を入れたカップ麺を持って来ていた。
子供が少しだけ微笑んだ。
「どう?進んでる?」
「うん、ママ。あと少しで終わるよ」
「そう。それは良かった」
そこで、ふと気配に気付いたのか、母親が俺のいる場所を見た。
だが、大人には俺の姿は見えない。
「どうしたの?」
「気のせいかしら……。うん、気のせいね」
俺は既に外に出ていた。星は見えないが、月は相変わらず街に降り注いでいる。
最後に来たのは、とある繁華街だった。眠らない町、と言えば聞こえはいいが、実態はパチンコ店や風俗が集まる不法地帯だ。
派手な女が、羽振りの良さそうな男と連れ立ってホテルへ入っていく。
パチンコ店の前で、一人の少女がホットドックを齧っていた。話しかける前に、向こうがこちらに気付いてやってくる。
「何やってるの?」
「眠らない子供を探しているんだ」
「それって、私みたいな子?」
「まあそうだな」
否定はしなかった。する必要もない。少女はパチンコ店を振り返って見た。
少しずつ吐き出される、様々な顔色の人間たち。
「パパがあそこにいるの。勝ったら機嫌がいいけど、負けたら最悪」
「家で待つことはできないのか」
「無理。お母さんがいないから。私は家にいたら、ご飯も食べられない」
しばらくして、一人の男が出て来た。今日は勝ったらしい。顔が紅潮している。
少女が駆けていくのを見届けた後、俺もその場を去った。
もう、今の子供達は幽霊など信じない。人さらいの幽霊など、ただの『話』として片づけられる。
月が、明るい。