しゃらりきゃらりと風鈴が鳴る。
山麓の町に風が吹き、あちこちで風鈴が鳴っていた。
複数の金属片を束ねて作られた風鈴。町の特産品であるそれは、山に入る時の虫除けに必要なのだと町の人は言う。
そしてその風鈴は、エアームドの羽根を集めて作られていた。
町に近い山々には、人里近くでありながら毒を持つ虫ポケモンが多数生息している。そのため一般人はおろかポケモントレーナーであっても無闇に立ち入っては危険と言われ、町の人々は古くから毒虫への対策を考えていた。
そして、毒虫たちには天敵がいた。それがエアームドであり、羽音を聞くと虫はたちまち逃げるという。
町で作られる虫除けの風鈴は、つまりそのエアームドの羽音に似た音を鳴らすものだった。事実、風鈴を持って山に入りながら毒虫に襲われたという人はいない。
そんな山の事情が世に知れるや、エアームドを求めるポケモントレーナーが何人も山へ入っていった。彼らは風鈴を携えて山を歩き、そして毒虫に襲われることなく町に帰ってきた。
しかし彼らは口をそろえて言う。
「エアームドなんて、あの山には生息していない」
それは事実だった。
町にも山にも、エアームドは生息していない。それどころか町で作られる風鈴にも、本物のエアームドの羽根を使った物はひとつとしてなかった。皆、集めた金物を加工して作った羽根の紛い物だった。
ただひとつ、山の廃村から移設された神社にのみ、本物のエアームドの風鈴が残されていた。
昔、毒虫が現代ほど多くはなかった頃のこと。
山には、落人の一族が残党狩りを逃れて作ったという、小さな里があった。
その里の一角には祠がひとつ。この祠は、里を作るにあたって農具に作り替えられた刀や鎧が納められ供養されているのだが、不思議な逸話があった。
かつて残党狩りが里を襲った時、この祠から刀のような羽根を持つ鋼の鳥が現れ、里を守ったというのだ。
現代ならば不自然な話と切り捨てられるところだが、当時の里に住む人々はそれを不思議な話と言いつつも笑う者はいなかった。
なにせ、逸話にあるような鋼の鳥が実際に山に生息しているのだから。
山の毒虫は命を悉く脅かす猛毒を持つ。虫を食べる鳥は多いが、山の毒虫を狙う鳥はいなかった。ただ鋼の鳥という例外を除いては。
鋼の身体を持つ鳥は虫の毒をものともせずに捕って食うことができた。山で唯一にして絶対優位の捕食者を毒虫たちは天敵とみなし、その羽音が聞こえるや食われまいと逃げ惑った。
里の人はそれを知ると、鋼の鳥の羽音を頼ろうと考えた。抜け落ちた羽根を山から拾い、集めて毒虫除けの風鈴を作ったのだ。鋼の鳥の風鈴はしゃらりきゃらりと鳴り、人々の期待通りに毒虫を寄せ付けなかった。
それからは里の人々を守るために重用され、同じように羽根を集めて風鈴は作られた。しかし素材の羽根は刃物のように鋭く、集め加工するのは大人の仕事だった。
ある時、山に出かけた地主の跡取り息子が煌めく白刃の如き羽根を見つけた。
危ないとは知っていたが、欠けや折れの無い状態と顔が映るほどの光沢は跡取りの心を強く惹きつけ、年若い跡取りは強がって素手で羽根を摘んで持ち帰った。
「どうだ、おっかさん。こんなきれいな羽根が落ちてたぞ」
と母親に見せびらかす跡取り。しかし羽根を掲げた拍子に指が滑って取り落としてしまった。
つるり、すらりと掌は切り裂かれ、手を広げて見ればぱっくりと開いた傷口から骨まで見えていた。
やがてじわりと流れ出す血潮に親子は大慌て。泣いてわめいた末に医者にかかって傷は塞がれたものの、跡取りは「強がるとああなる」という悪い見本となり、跡取りを猫かわいがりしていた母親は「なんて危ない化け物鳥だ」と怒り狂って鳥を激しく憎んだ。
母親はそれから鋼の鳥を討たんと用意を進め、止めるよう説得する者にも「しかし息子が恥をかかされたんだ」と耳を貸さなかった。
そして用意は整った。雷を呼ぶ獣、油の染みた布、鋭い槍。やがて訪れた雨の日に、それは行われた。
獣を引き連れ母親は山林に出かけると、鋼の鳥を見つけるや獣の力で雷をあびせて打ち落としてしまった。続けて松明のように燃える槍を鳥の腹に、止めとばかりに突き立てた。
腹を中から焼かれて苦しみ悶える鳥に、母親は背を向けて走り去る。
「いい気味だ。そのまま死んで獣の餌になってしまえ。もっとも、あんなおっかない鳥、食べる獣なんていやしないがね」
しかし、その次の日から山に出る毒虫の数が急に増えていった。
風鈴があれば襲われはしないものの、風に乗って飛んでくる毒の粉は風鈴を鳴らしながら人々を苦しめた。里の人たちは一人また一人と倒れ、口々に「腹が焼けるように痛い」と呻く。
ここに至って母親は「まさかあの鳥の呪いか」と思った。そして鋼の鳥の死体を確かめに再び山林に入ると、見ればその死体から毒虫たちが次々と這い出していた。
鳥の呪いが毒虫になった。そう信じた母親は恐ろしくなり、油を持ってくると鋼の鳥にかけて虫ごと焼き払った。
「鳥の呪いも、毒虫ごと焼けて無くなっちまえばいい」
一安心だ、と里へ戻ろうとする母親。
すると炎の中から、死んだと思っていた鋼の鳥が悲鳴を上げながら飛び出してきた。
燃えながら鳥は里のある方角へと飛び去った。それを見た母親は「大変だ、鳥が里へ復讐に来る」と慌てて里へ引き返す。
しかし母親が戻ったところ、里には鳥に荒らされた跡などまるで見られなかった。
ただ里の一角にある古い祠が燃え崩れ、辺りに焦げた刃物たちが散らばるのみだった。
以来、鋼の鳥が人目に付くことは無くなり、羽根が落ちていることも無くなった。そして毒虫ばかりが天敵が消えたことを幸いと数を増やし続ける。
毒に苦しんだ人々の多くは助からず、生き残った者たちも毒虫に耐えかねて里を捨て、山の麓に新たな集落を作るに至った。
そして逸話の残る祠を集落に移し、鳥の祟りを恐れて祠を神社へと作り替えた。
現代に至り、毒の粉こそ風に乗ってはこなくなったものの、毒虫たちは変わらず山に跋扈する。
人の手にエアームドの羽根はもはや無い。しかし毒虫たちは変わらず天敵を恐れ、人々は紛い物の羽根を作り虫除けの風鈴とする。
山麓の町に風が吹き、あちこちで風鈴が鳴る。
鋼の鳥の威を借りながら、しゃらりきゃらりと風鈴が鳴っていた。