「送りの泉」という場所が、シンオウ地方にはある。トバリシティから南に二百十四番道路を進んでいくと、その泉はあると聞いた。隠れ泉の道を進み、森の奥深くに入っていく。そして森の一番奥に来ると、そこには草むらと、崖が見えてくる。その崖は、ポケモンの力を借りなくては登ることはできない。ロッククライムと呼ばれる技を使い、崖を登る。その先にあるのは、霧に包まれたシンオウの第四の湖、「送りの泉」だ。
この送りの泉は、人やポケモンの死と繋がっている場所だ。送りの泉にある、途中で途切れた橋。それは、シンオウ昔話その一で語られている「送りの儀式」を行っていた場所だろう。ポケモンを食した後に、その骨を綺麗にして、水の中に送る。そうすると、魂があちら側に行きそれから、再びこちらに戻ってくることが出来ると考えられている。
送りの泉の奥には、洞窟がある。だが、その洞窟に普通は近づくことはできない。ヨノワールと呼ばれるポケモンが、生きている人間が、あちら側に入らないように、洞窟の入り口を見張っているのだ。だが、ヨノワールの目を掻い潜って洞窟に入った探検家がいるらしい。そこにあったのは、空間のねじれた場所だった、と語ったそうだ。「戻りの洞窟」そう名付けた彼はその洞窟が、命輝くもの、命失ったもの、二つの世界が混じる場所、と書き残している。
彼の言葉の意味はきっと、戻りの洞窟があちら側、死後の世界と繋がっている場所ということではないだろうか。少なくても、僕はそう思っている。戻りの洞窟の奥には、僕たちのいる世界とは、すべてが逆の世界がある。そこで死後の魂は、生前と同じように暮らしている。そこで暮らしながら、元の世界に戻る時を待っている。そんな言い伝えが、本に載っていた。
僕にとって死というものは、ものすごく遠いものではない。僕は、いわゆる病弱という部類に入る。小さい頃から発作などをよく起して、病院にお世話になっている。そして、この体質のせいで随分と生活は制限されている。だから、この話の書いてある本を読んだとき真っ先に、すべてが逆の世界に強く惹かれた。すべてが逆ということは、病もあちらでは消えているんじゃないか。そんなことを思った。
僕の住んでいるのはカロス一の都会、スタイリッシュの街、僕の家は、ジョージ広場の路地にある。いつも、家で本を読むことしかしていない僕だが、今日は違った。一週間前から風邪をひいて寝込んでいた僕は、医者から貰っていた薬が無くなってしまった。それを貰いに行くために、市内に出ていた。
春の肌寒い街を、僕は歩いていた。ちょうどジョージ広場に差し掛かった時に、フリーマーケットが開かれているのが分かった。
「色々なお店があるんですね……」
少しくらい見ても構わないであろうと思い、足を広場の中心に向ける。カラフルなシートが引かれ、その上に様々な人が小さなお店を開いていた。人々は活気に溢れていて、自然と笑みが浮かんでいた。
「坊ちゃん、ちょいと待ちなよ」
広場をふらふらと歩いていた僕に、一人の男が声をかけた。
「そんな靴じゃ、幸運が逃げてっちまうぜ。新しくしてみないか?」
いきなりそんなことを言われ、訝しげに男を見る。男は、人の良さそうな笑みを自分に向けている。
「あの……結構です」
小さい声でそう返し、立ち去ろうとする。男はちょっと待てと、僕の腕を掴んだ。僕が驚いていると、彼はニコリと笑みを見せて続ける。
「カロスにはさ、いい靴を履くと靴が素敵なところへ連れて行ってくれるっていう言い伝えがあるんだよ。なんか坊ちゃん、幸薄そうな顔してるからさ、この靴やるよ。ちょうど在庫処分考えてたし」
僕は自分の靴をちらりと見る。言われて見れば、この靴は前に泥をかぶったことがあり、洗ったものの少し汚れている。
「えっと……、いいんですか?」
彼に聞くと、子供用の小さめの靴を差し出してくる。
「かなり昔からうちの店にあってさ、履いてみろよ」
そう言われ、靴を受け取り履いてみる。その靴はびっくりするほど足に合っていた。
「あ……すごく履きやすいです」
「あ、似合ってるぜ。靴には幸運を宿す役割があんだ。だから、大切にしろよ?」
ぽんと頭に手を置かれ、僕は顔が赤くなるのを感じた。
「坊ちゃんに幸運が訪れるように! オ・ルヴォワール!」
靴を貰い、薬局に向かった後。ブランタンアベニューで、一人の少年が困った顔をしているのを見つけた。
「やばいな、迷ったよな……。確実に迷ったよ。ぐるぐるぐるぐる、何回もまわってるよ」
彼がそう呟いているのを聞いて、僕はなるほどと気づく。このミアレシティは放射状になっている街で、多くの通りが存在する。そのため、地図がないと初めて来る人は、高確率で迷ってしまう。
「声……かけてみましょうか……」
僕は、彼にそっと近づいていく。うんうんと唸っている彼に、声をかけた。
「あの……、大丈夫、ですか?」
「え?」
僕の言葉に驚いたように、こちらを見る、
「あの、迷ってしまわれましたか?」
きょとんとしていたが、僕の言葉に彼は笑った。
「そうそう、なんか迷っちゃってさ。すごいね、ここ。自分がどこにいるのかすらわかんないよ」
困ったように言う彼を見て、助けてあげたいと思った僕は、こう提案した。
「もしよければ、どこか案内しましょうか?」
彼は少し考える素振りをみせると、僕に尋ねた。
「君さ、なんかこのミアレで、現実離れした場所知ってない?」
「現実離れした場所……?」
彼の問いに少し考え込む。美しい街のこのミアレだが、現実離れした場所などあるだろうか。近代的なビルと、可愛らしいお店が独特の雰囲気を出しているミアレに、そんな場所は。
「あ……、スワンナの小径、とかはどうでしょう?」
「あ、なんかいい場所、知ってるみたいだね」
案内してほしいと頼まれ、僕は戸惑いながら頷いた。
彼は僕の横を歩いている。歩きながら、過ぎゆく景色をもの珍しそうに見ている。僕は彼、キョウヘイさんに、話しかける。
「キョウヘイさんは、ポケモントレーナー……ですよね?」
「うん、そうだよ。イッシュ地方を旅してたんだ」
イッシュ地方、カロスとは遠く離れている外国だ。
「カロスにはどうして、来たんですか?」
「俺はね。ここに、思いを届けに来たんだ」
キョウヘイと名乗った彼は、僕にそう伝える。
「思いですか?」
僕が聞き返すと、彼は頷く。
「そ、先輩たちから受け継いだ、思いってやつを、届ける子を探してんの」
彼はそう言って、モンスターボールを僕に見せてくれた。
「モンスターボール……あ」
ボールの中に、ポケモンが入ってるのが見えた。
「こいつは、俺の相棒のルカリオ。ほかにも、五体のポケモンを届けんだけどな」
彼はそう言い、手でボールを手で弄ぶ。
「かっこいいですね、ルカリオ」
僕の言葉に、彼は笑みを浮かべる。そしてありがとうと、言った。
そしてしばらく歩き、僕は立ち止まる。
「ここが、スワンナの小径です」
僕らの前に広がる、スワンナの小径。ここは川沿いに作られている、散歩道だ。もともとは、二百年ほど前に作られた堤防だった。約一キロの細い水上の遊歩道で、朝はトリミアンとジョギングする人の姿が多くみられる。このスワンナの小径の西の端には、自由の女神像が立っている。ミアレに住むイッシュの人が、制作したものだと聞いている。昼間は人通りも少なく、不思議な静けさが残るミアレのエリアだ。
「おー、いいな。すごく時が止まってる感じがするわー」
キョウヘイさんは嬉しそうに、辺りを見渡している。
「でもどうして、現実離れしてるとこなんて来たかったんですか?」
僕が問いかけると、彼はそうだなと言い、答えてくれた。
「俺が渡された時が、そうだったから、かな」
彼の言葉に、疑問符を浮かべていると、教えてくれる。
「物語の始まりっていうのは、平凡なところから始まる。そして、継承は神秘的なとこで起きるみたいな」
「けいしょう?」
思わず聞き返してしまうと、彼は頷き、空を仰いだ。
「ほら、鐘の音が聞こえる。始まったみたいだ」
教会の鐘が鳴っている。その音がいつも聞いている音とはどこか違うように聞こえた。僕はキョウヘイさんを見上げる。
「よろしくね、彼にこの子たちを届けて。君はきっと、彼と出会う気がするからさ」
ニコリと笑って、彼は僕に六つのモンスターボールを渡す。彼はくるりと踵を返して、その場を立ち去っていった。
「あ……」
驚いてその場を動けなかった。僕に渡されたモンスターボールは、不思議と暖かく感じていた。
「ど、どうしたらいいんでしょう?」
モンスターボールを見て動揺していると、風に持って何かが聞こえてきた。
《奇跡の出会いが始まる。あなたはこれから、奇跡に満ちた世界に出会う。彼らに出会って》
優しい声だった。僕が顔を上げると、花を持ったポケモンが微笑んでいた。見たこともない美しい花を持って、その笑みを僕に向けてくれる。
《あなたは、きっと、大きい物語をみることになる……》
僕にそう告げると、そのポケモンはふわりと風に乗って飛んで行ってしまった。
一つの靴から始まり、僕は今ここにいる。あの靴が僕をここに連れて来てくれたのかと思いながら。僕はまだ夢を見ているように、スワンナ小径に佇んでいた。
そして、時は経った。僕の病弱だった体は、驚くほど強くなった。ポケモンを持って、毎日トレーニングをして。そしてついに、プラターヌ博士からポケモン図鑑を渡されることになった。すごくうれしかった。僕以外にも、四人の子供が選ばれることも知った。そして、そのうちの一人が今度アサメタウンに引っ越してくる男の子だと。それを知って、なぜか僕はその彼が、キョウヘイさんの探していた人なのではと、勝手に考えていた。
そしてその考えが間違っていなかったと、彼、カルムさんと出会った時にそう感じた。
「あのっ……カルムさん」
みんなと別れ、もう一度アサメタウンに戻ろうとする彼を、僕は呼びとめる。
「ん? トロバ、何?」
僕よりも幾分か大きい背を見上げる形で、彼に話しかける。
「君に、僕からこれを……」
僕はあの時のモンスターボールを彼に渡した。
「え? モンスターボール……。こんなに?」
いきなり押し付けられて、驚いた顔の彼。
「君に、ある人から昔、渡されたんです。きっとこれ、君が受け取るものです」
僕が差し出したモンスターボールが、カタリと動いた気がした。彼らも、きっとカルムさんに会うのを待っていたのだろうと思うと、何故か僕はうれしくなっていた。
「い、いきなりだな。これ、しかもポケモン入ってるけど、いいのか?」
彼に聞かれ、僕は頷く。
「この子たちは、あなたに届けられた思いです。だから、大丈夫です」
僕がそう笑顔を返すと、彼は少々戸惑ってはいたけれど、受け取ってくれた。
「なんか、このポケモンすごいな。ピカチュウにとか、後は見たことの無いポケモンだけど、威圧感を感じる」
笑いながらそう言った彼に、僕はそれもそうだと思う。彼の持っているポケモンの一体は、イッシュ地方の伝説のポケモンなのだから。
「カルムさん、そのポケモンたちを、大事にしてあげてください。多くの思いが詰まっているって聞きました。だから……」
僕がそう言うと、彼は僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「あぁ、大丈夫。なんか、すっげー感じる。こいつらが大事にされてたってこと」
笑みを見せた彼に、僕はほっとしていた。じゃあなと、手を振って走って行った彼を見送り、僕は自分のモンスターボールにそっと手を触れた。
「僕も、彼と一緒に僕の物語を、作ります。一緒にお願いしますね、ピカチュウ、フラベベ」
カタリと動き、二人が僕の言葉に答えてくれる。僕は顔を上げ、二番道路へ歩き出した。
トロバ君って、ショタですよね?小さくて、敬語キャラ……。スペック高いです。
あんなに女の子みたいなら、絶対に小さいころは体が弱かったに違いない!!
と思って書き始めて、なぜかキョウヘイ君と出会って、カルム君への贈り物を渡される話に変わりました。
とりあえず、トロバ君のかわいさについて、誰か一緒に語りませんか?