レヴォントゥリはまだこぎつねだった。
レヴォントゥリはおとなたちが羨ましかった。
なぜって、おとなたちは火を空に打ち上げるからだった。
針葉樹の並ぶタイガの森が途切れた向こう。太陽が瞬きする間に去っていき、月が十回膨らんで九回萎むまで雪と氷が大地と海を覆うような寒いところに、レヴォントゥリたちは住んでいた。
夜になると、おとなたちはタイガの森からもらってきた枝をしっぽでシュッと擦る。そうしたら火が着くので、その火を指先で丸めて、ぽんと空へ打ち上げる。空に着いた火はぱあっと広がって、赤や青や緑の火の帯を空一面にはためかせるのだ。
それは、おとなたちにとってはただの遊びだったけれど、レヴォントゥリにはそうでなかった。
レヴォントゥリは、火が空に着いて帯を広げるたび、ため息をついた。火が空に着かなかった時も、ため息をついた。レヴォントゥリの心は火に囚われていた。
レヴォントゥリは、自分で火を空に打ち上げたくて、たまらなかった。火のことを考えると、太陽が明るい内から身震いするほどだった。
レヴォントゥリは、一刻もはやく火を作りたかった――けれど、まだ四つ足でよちよち歩いているレヴォントゥリには、おとなたちのように上手に枝を振ることも、腕を回してそれをしっぽで擦ることも、むりだった。
レヴォントゥリはまだこぎつねだった。
しかし、レヴォントゥリは火を空に打ち上げたくてたまらなかった。
レヴォントゥリは考えた。
しっぽを擦ればいいのではないか。枝がなくとも、しっぽを擦るだけなら、レヴォントゥリでもできる。
レヴォントゥリはしっぽを大地に着けたまま、走りだした。走って、走って、振り向いたら、しっぽの先に鼻先ほどの火が着いていた。
レヴォントゥリは喜んだ。
くしゃみひとつで消えそうなほどの火だったけれど、これならレヴォントゥリでも火を生み出せる。おとなたちは枝を使うけれど、レヴォントゥリは走ればよい。
レヴォントゥリは走って、走って、走った。しっぽに鼻先ほどの火が、それから爪先ほどの火が生まれ、ふたつくっついて大きくなった。大きな火がいくつも生まれ、くっついて、レヴォントゥリのしっぽを包んだ。レヴォントゥリは大きな火を空に打ち上げた。そして、大きな火が空に着き、今まで誰も見たことのないような、赤、青、緑、紫、火の帯が幾重にも重なって空で踊るのをレヴォントゥリは見た。
レヴォントゥリは息も忘れて、まぶしいくらいに光りかがやく火を見つめていた。しかし、それもつかの間。レヴォントゥリは息を吐いて、何重の火の帯につぶされそうな目を細めると、ふたたび走りだした。
もっと美しく。
もっと火の帯を。
もっと大きな火を。
もっと、もっと、もっと!
レヴォントゥリは走った。走って、走って、しっぽに火を着けては空に打ち上げて、いくつもの火の帯を作った。夜は昼のように輝いた。大地が焦げつき、しっぽがけずれてもレヴォントゥリは止まらなかった。もっと大きく、もっと美しく! レヴォントゥリはしっぽに火を灯すだけでは飽きたらず、ついにその体丸ごと火に捧げた。レヴォントゥリはその火を空に打ち上げた。空は火の帯で埋め尽くされ、もう一分の隙もないほどだった。足は焼けこげ、爪は真っ黒に崩れ落ちたが、それでもレヴォントゥリは止まらなかった。もっとはやく、もっと美しく! レヴォントゥリは大きな大きな火を、いくつも空に打ち上げた。空に着いた火で、大地が燃えそうなほどだった。火の帯は集まってひだのようになって、まるでひとつのいきもののように脈を打ち、赤く、青く、緑に、紫にかがやいた。
レヴォントゥリは喜んだ。
かつてなく光る空に、それを自分が生み出したのだという誇りに。
レヴォントゥリは走らなかった。走れなかった。
レヴォントゥリの体は、火を作るのにほとんど使ってしまっていた。
レヴォントゥリは黒く焦げた頭を上げて、光りかがやく空を見ると、満足げに笑って、そして、目を閉じた。
空に着いた火が消えた後。おとなたちはレヴォントゥリを探していた。レヴォントゥリの走った後には黒い焦げ跡がついていたので、レヴォントゥリはすぐに見つかった。
真っ黒になったレヴォントゥリを見て、おとなたちは悲しんだ。
空に打つ火を、それが生み出す火の帯を愛したこぎつね。おとなになれば、いくらだって火を空に打ち上げられたのに。
おとなたちはレヴォントゥリを哀れに思った。だから、いちばんえらいおとながレヴォントゥリを空に上げて、星にした。レヴォントゥリが火を好きなだけ作れるように。火の帯をすぐそばで見られるように。
レヴォントゥリは星になった。
おとなたちは、もう火を空に打ち上げることはしなくなった。
それでも、タイガの森の向こう、太陽が瞬きする間に去っていき、月が十巡るまで雪と氷が大地と海を覆うような寒いところでは、夜空にときどき火の帯があらわれる。
レヴォントゥリは今でも空を走り回って、空に火を着けているのだ。