熱で弾けそうな右足を引く。重心を落として対象物を睨めつけて、地面を蹴ってダッシュ。今にも溶けそうな皮膚ごと体ごと相手にぶつかっていく。
あと、何万回これをやれば、目的地まで辿り着けるんだろうか。
あたしたちは。
振り返れば、もう前の町は遠い。
「エン、もう行こう」
冷淡な口調のレイに、あたしは「はーい」と間延びした返事をする。
レイは、その口調と儚そうな白っぽい見た目通りのクールな女の子。肌は透き通るように白くて、髪の色素も薄い。旅装の長袖長ズボンも、小さな鞄も、頭に被せた大きなキャスケットも、全部青もしくは白と徹底していてクールを貫いている。赤毛で地黒で派手な服が好みの、何もかも暑苦しいあたしとは真逆の、運命共同体。
けど彼女はクール過ぎて、さっきもあたしが町を振り返っていたらバッサリ哀愁を斬り捨てるようなことを言うし、付いてけないと思うこともある。一ヶ月間もお世話になった町なのに、もう行こうだなんて。もっとも、それはあたしが悪いんだけど。
「エン、帽子ずれてる」
「ありがと」
言うことは基本、必要最小限。もう長いこと二人っきりで旅してるし、改めて話すことなんてないんだけど、それでもちょっと、寂しい。なんか、倦怠期みたい。
おや。
「レイ、あれ」
「無視」
「できないよっ」
あたしの目が捉えたのは、銀の鎧鳥に脅かされる人。レイも同じものを見てるだろうけど、レイにあたしと同じ気持ちは期待できないから。
「あたし、ちょっとあの人助けに行ってくる」
レイが止めるのも聞かず、あたしは飛び出した。
「後で冷湿布お願いね、レイ」
そう言って、一目散に、駆ける。ホップステップジャンプで、銀の鎧鳥エアームドとそれに襲われる人は目の前だ。伊達にこんな体してないもの。
人――男で旅の途中、ぽい人があたしを見た。「手持ちに陸で戦えるやつがいないんだ、助けてくれ!」言われなくとも。
あたしは手足に力を込めた。人体を容易に炭化させる程度の熱量が、あたしの筋肉を刺激する。熱くなったそのテンションでエアームドにニトロチャージ。鋼の鳥は熱が嫌いだ。しゃしゃり出られて嫌気が差したのか、さっさと退散してってくれた。
「ありがとう、お嬢ちゃん」
お礼を言って近付いてくる男を躱す。ひょいっと。男はそこではじめてあたしの異変に気付いたみたいで、目を剥いた。
「エン」
レイの細い白い腕が、あたしの体を抱いた。その腕に触れる、あたしの手は真っ赤。赤熱しているのだ。手だけじゃない。足もお腹も全部全部、真っ赤。
「君は」
男が口をパクパクさせる。やっぱり驚くよなあ、こんなの見ると。あたしがニトロチャージした時点で、驚いてたかもしれないけど。レイの白い呼気をうなじに感じた。すぐそこに冷凍庫みたいな冷たさが、ホッとする。あたしの赤くなった皮膚が、どんどん元の色に戻っていく。男はまだ口をパクパクさせていた。酸欠の魚みたい。
肌の色が完全に元に戻ったところで、レイに背中をバシリと叩かれた。気持ちよかったから、もうちょっとくっついてたかったなあ、なんて。
「冷湿布ありがとね、レイ」
あたしは笑う。レイは、怖い顔をした。
「エン、帽子」
言われて、あたしは自分の頭に手をやった。あちゃー、と声を出す。長い橙の耳が頭から垂れている。明らかに、人間のパーツではない。
「君は、もしや、合成獣(キメラ)」
酸欠が治ったらしい男がそう言った。
「キメラでも関係ない、命の恩人だ」
男がそう言ってくれたのは、正直予想外だった。
それから、行く当てのない旅をしていると言ったら、自分も同じようなものだし、旅に同行させてくれと言い出した。
「キメラの女の子たちだけじゃ、困ることもあるだろう。そういう時、俺がなんとかするよ。こう見えて、交渉事には自信があるんだ。お金だって君たちよりは持ってると思うよ」
そこまで言ってから、慌てて
「君たちを襲おうなんて夢にも思わないよ」
と付け足した。男の視線の先を見ると、レイが怖い顔をしていた。
「じゃあさ、せっかくだし、一緒に来てもらおうよ。ね、レイ」
あたしは怖い顔のまま表情を固定したレイの背中を、バンバン叩いた。
「ね、キメラって分かってもこんなによくしてくれる人、他にないよ。それにほら、おあしも先行き不安だし」
レイは目を細めてあたしを見た。不満そうだったけど、金銭の利便性には勝てなかったようだ。最後はオーケーしてくれた。
男はピューマと名乗った。
「ピューマさんね。あたしはエン」
「……」
「この子はレイ」
よろしくね、とあたしは笑う。レイがあたしの腕をぎゅっと握った。うーん、和やかになれるのは当分無理そう。
「でねー、あたしたちがキメラってバレたら、速攻で追い出されちゃったんですよ。一ヶ月もそこにいたのにですよ。ひどくないですか」
新しくピューマという人を仲間に加えての旅路。あたしの舌が回る回る。珍しそうに話を聞いてくれる人がいると、喋ることが次から次から湧いてきて喉が疲れるほどだとは、知らなかった。
あたしの話が途切れると、次はピューマさんが話しはじめる。ピューマさんは見聞を広めるという目的で、ようはブラブラと気ままな旅をしているらしい。時折、小遣い稼ぎの仕事をして、旅費を稼ぐ。
「いいですね。あたしたちキメラだから、そんな仕事できませんよ」
「いいことばかりとも限らないよ。受けてみたら危険な仕事、ということもあるしね。その分、割はいいけど」
いくらか歩いて、早めの野宿の準備をする間にも、他愛のない話は続いた。
あたしとレイは、もう長いこと旅をしていること。
あたしたちはキメラの失敗作で、だから、ポケモンの技を使うと反動が出てしまうこと。
その反動を打ち消す為に、一緒にいなければならないこと。
「あたしたちと同じ時期に作られたキメラって、大体それが原因で死んじゃったんです。で、あたしたちはラッキーだなーって」
「失礼だけど、君たちって何のキメラなんだい?」
あたしが着火した焚き火を熾しながら、ピューマさんが聞いた。あたしは隣に座っているレイの顔を見た。焚き火に照らされるレイの横顔は、いつも通りクールで無表情で、何を考えているのか分からない。
レイが賛成してるとも思わなかったけど、あたしはピューマさんの質問に答えることにした。互いのことを知って仲良くなれる、というのもあるかもしれないから。
「あたしはブースターで、レイはグレイシアです」
レイの視線がチクっとした気がした。
「あたしたちと同じ時期に作られたキメラで、多分、エーフィとブラッキーのキメラは生き残ってるはずなんです。あたしたち、彼女たちを探しているんです」
レイの冷たい眼差しに負けじ、と背を伸ばす。焚き火の向こうで、ピューマさんは目尻を下げた。「それは、大変だったというか何というか」言い淀んで、俯く。無精髭を撫でながら、「あのさ」と口を開いた。
「前に訪れたことのある町で、ちょっと変わったキメラの噂を聞いた気がするんだ。エーフィとブラッキーかは定かじゃないけど。君たち、手がかりもなしに旅してるんだろ? どうだろう。ダメ元でも、行ってみるか?」
「はい!」
思いがけない提案に、あたしは間髪入れず返事していた。
元々、当てのない旅だった。いつ終わるかも分からない。終わりがあるのかも分からない。そんな中、少しでも光があるなら、飛びつきたかった。
ピューマさんは「じゃあ、明日からのルートを考えよう」と言って地図を広げた。あたしもそれを覗きこむ。レイだけが、そこから一歩引いた位置で、冷めた目であたしたちを見ていた。
明日からのルートを決めた後は、ご飯を食べて、さっさと寝るに限る。ご飯は、ほとんどピューマさんが用意してくれた。
「かたじけないなあ、おいしいなあ、ごちになります」
「遠慮なく食べればいいよ」
あたしは言葉を額面通り受け取って、ばかすか食べた。レイは案の定、ほとんど食べていなかった。
そして寝る時になって、まあ予想通り、ピューマさんにびっくりされた。
「君たち、一緒に寝るの?」
レイの小さな鞄に詰めた大型の寝袋に入りながら、あたしは大口を開けて笑った。
「体温調節がヘタなものでして」
「うん、まあ、人それぞれ事情はあるよね」
ピューマさんはあたしたちから離れた場所に小さなテントを張りはじめた。
夜が更ける。
明日の朝が来れば、あたしたちは数少ない手がかりを追って、野を越え山を越える。その先で、あたしたちは笑えるだろうか、それともまたがっかりするだろうか。
「ね、レイ」
「何か用?」
相変わらず、レイはつれない。
「もしもあのキメラさんたちが見つかったら、あたしたちはどうしようね?」
そして、よく黙る。
あたしはレイに腕を回して、空を見上げた。星空はキレイだけど、毎晩見てたら、飽きるよ。
人の欲望は限りない。
余るほど発達した科学の力と、偏向して貯まったお金の力を合わせて、局地的な嗜好を持つ人たちはこの世に極めて必要のないものをいくつも生み出した。ケモミミ少女とか。
ピカチュウ耳とかイーブイ耳とか、妄想の世界で済ませておけばいいのに。いざ生み出してどうしようと思ったのかなんて、想像するのが憚られる。まあとりあえず、あたしたち第一弾のケモミミ少女、またの名を初期キメラに関して言えば、悠長にモザイクのかかる想像なんて、してる場合ではなかった。
半分人で半分ポケモンのあたしたちは、歪だった。ポケモンなみの馬力と、それに耐えられない人体がセットだった。大抵の場合すぐに“ダメ”になって、そうでない子も、あんまり持ちそうになかった。
唯一、いや、唯二つの例外が、あのエーフィとブラッキーのキメラだった。あたしたちを解放したのも、彼女たち。でも、会ってどうしようとか、どうなるだろうとか、考えてるわけじゃない。
「彼女たちに会ったら、何かいいことあるかな」
「……」
「まあ、他にやること、ないもんね」
「……」
「レイ?」
もう寝たのかと思うくらい、静かだった。けれど、レイは起きていた。起きて、はっきりとこちらを見ていた。
「眠れんの?」
あたしは寝返りを打って、彼女を腕の中に抱き入れた。彼女の顔が目近になる。このくらいの距離感。レイが色の悪い唇を動かした。
「エン」
「なに?」
「私が冷湿布でないと、困る?」
「なんだそりゃー。意味分かんないよ」
あたしはカラカラ笑う。しかし、レイの冷たい目と目が合って、思わず笑いを引っ込めた。
「一緒に、いなければならない」
レイが口を開く。
「ただしそれは、私が冷湿布であること前提で」
レイはあたしの胸を押すと、寝袋から這い出ていってしまった。
「ちょっと、レイ?」
あたしはその小さい背を追いかけた。
「顔洗う。ついてこないで」
途中でレイにそう言われたけど、ついていった。
レイは宣言通り、近くの小川で顔を洗っていた。あたしは体質上、ぬれタオルで顔を拭くくらいしかできない。レイがぷは、と息を吐いた。
「ねえ、どうしたの、レイ」
「……」
「なんかおかしいよ」
レイはもう一度小川に顔を突っ込んで洗った。
「おいおい、顔の皮が流されちゃうぞ」
「……」
「レイ?」
あたしはレイの顔を覗き込む。レイは相変わらずの無表情だった。と思いきや、その口元がへの字に曲がる。
「エンは……ううん、私がおかしい」
「うん、ほんとにおかしいよ。どうしたの?」
「なんでもない」
レイはそう言って、再びキャンプの場所へ戻ろうとする。
「ちょっと、レイ。ほんとにどうしたの? なにか気になるんなら、話してよ」
「それは、運命共同体だから?」
「そうだよ」
「それは、私が」
言葉は最後まで聞き取れなかった。レイが横から飛んできた水流で、吹き飛ばされたから。
「レイ!」
慌てて、駆け寄る。
「平気」
レイは顔を振って水滴を飛ばして、小川の方を睨んだ。星明かりで、小川の中に潜んでいる大きな影が、はっきり見えた。
「アズマオウかね」
レイが頷く。この辺にアズマオウはいない。オチが見えた。
「人間なんて、信じるから」
レイがあたしを睨む。
「たまには当たるかなって期待するの。しゃーなしでしょ」
あたしは笑う。
レイが手をかざして、凍える風を生み出した。体温が下がるレイに、あたしはぴったりくっつく。そうしないと、レイはあっという間に凍傷で壊れてしまうのだ。
と、急にあたしの体から力が抜けた。
「あ、れ……」
「夕飯に仕込んだクスリが効いてきたようだな」
ピューマさんの声がした。あーあやっぱり、という納得と、一々出てこなくてもいいのにという呆れが、胸の中に立ち上った。ふえ、とレイが焦った声を出した。彼女が焦るなんて珍しい。
「そのクスリは、一時的にキメラの能力を封じるものでね。異常な体温も一時的に正常になるから、そっちのグレイシアも氷技は使えないぞ」
勝ち誇った笑いを織り交ぜながら、言う。力が抜けて倒れたあたしを抱き寄せて、レイがピューマを睨んだ。
「最初から、捕まえる気で近付いた?」
「ああ。ちょっと仕事で頼まれてさ」
やっぱり、とレイは唇を噛んだ。あたしを抱き寄せる手に、ますます力が入る。
「初期に作られた君らは、好事家の間じゃプレミア価格でね。だからこんなクスリも開発されたわけだけど。まあ、悪いもんでもないかもしれないぜ」
ピューマが言った。
「不本意かもしれないけど、金持ちに飼われるってことは、生活の心配は当分しなくていい、ってことでもある。このクスリも、考えようによっちゃ、君らの体温が平熱なみになる良薬だろ。ま、君らには奉仕の義務が課されるだろうけど、それさえ我慢すれば」
「ダメよ!」
レイが、びっくりするほど大声を出した。何がびっくりするって、あたしの垂れ耳がキーンとなるほどの大声だったのだ。これにはピューマもびっくりだった。
「ダメよ」
さっきよりトーンを落として、レイが言った。
「奉仕なんて絶対」
「キメラがそれ以外、何するの?」
ピューマの嘲りに、レイは嫌悪を露わにした。
「とにかくそんなの絶対ダメ」
「とはいえ、こっちは仕事でねえ。アズマオウ!」
小川から身を乗り出した大金魚が、水流を放った。レイが体の位置を変え、あたしを庇う。レイの口元が、真一文字に結ばれた。
「さて、いつまで耐え切れるかな?」
アズマオウの放つ水流に対抗するように、レイが手をかざした。あたしの制止も聞かず、レイは凍える風を発動する。元々白かった手が、みるみるうちに気味の悪い青へと変わっていく。手を伸ばして触れたら、氷のように冷たかった。
「ちょっとレイ、ダメだよ。今あたし、レイを温められないのに」
「あんまり傷が付くと困るんだがなあ」
ピューマは眉をひそめながらも、アズマオウに攻撃をやめろとは言わない。レイの手が、青から紫に変わっていく。
「もうやめて!」
あたしは力を振り絞って、レイを押し倒した。途端、頭から水を被る。ふわっと意識が浮いて、あたしはレイの上に落下した。レイがあたしの肩に触れる。その手をどかして、あたしは体を両手で支え直して、組み敷いたレイを睨んだ。レイもあたしを睨み返した。
「どういうつもりなの。レイ、手足がもげちゃったらどうするの」
レイは答えない。レイの変色した手を、あたしは胸に抱きかかえた。心臓が止まりそうなほど冷たかったけど、そこは根性で耐えた。
「レイがこんなになるんなら、あたし、金持ちとやらに奉仕した方がマシだよ。あたし、こんなこと望んでない」
「それは」
レイの、すっかり紫になった唇が動く。
「どうして?」
「どうして、って……」
「私が運命共同体だから?」
「そうだよ」
レイの手が、ゆっくり肌色を取り戻しはじめる
「私の体温が低いから、エンの体温を下げるのに、いないと困る?」
「そうだよ」
そう答えると、レイはなぜだか泣きそうな顔になった。
「もう話は済んだかな?」
ピューマが呆れた調子で口にする。手錠らしき音が、カチャリと鳴った。
「済んだなら、大人しく捕まって俺と一緒に来てもらいたいなあ」
言いながら背後に近付いたピューマを、あたしは思い切り蹴り飛ばした。
「クスリの効果時間、短いよっ」
立ち上がって改めて見てみると、どうやら急所にクリティカルヒットしていたらしい。ピューマを悶絶させた後は、アズマオウに照準を絞る。慌ててアズマオウが身を翻し、逃げようとする。が、遅い。
あたしの体が熱を持つ。自分の体を融解させそうな熱量はそのまま、川から半分以上体を出したアズマオウに、加減なしでぶつかっていく。
人生通算何万回目かのニトロチャージ。アズマオウは呆気なく川岸に打ち上げられて動かなくなった。あたしは勢いで飛び越えた川をまた戻って、レイを抱きしめた。
「ちょっと、エン」
「冷湿布ー」
「ちょっと」
レイがあたしを引き剥がして、泣きそうな顔のまま、睨みつける。ああそうか、とあたしは合点した。
「そうだね。忘れちゃダメだね」
あたしは気絶しているピューマのところへ行って、金目の物がないか調べた。それで合っているはずなのに、何故だろう、背中にレイの視線がぶっ刺さっていた。
振り返れば、昨晩のキャンプ地も既に遠かった。
「エン」
レイに急かされ、あたしは「はーい」と返事をする。
あたしたちは、ピューマが提案したルートとは、全く別の道を歩んでいた。あたしたちの目的のキメラたちからは遠くなってるのかもしれないけど、レーティングが上がるルートを突き進むわけにもいかない。何より、レイが怒るからねえ。
「ね、ほんとにレイ、どうしたの?」
レイは、今までとは違う感じで無口になった。昨晩手に入れた大きなリュックサックを背負い直して、「別に」と言う。
「別に、じゃないよー。なんか昨日すごく怒ってたし、今も機嫌悪そうだし。あたしが悪いならさ、直すからさ」
返事がゼロのまま、しばらく歩いて、レイは口を開く。
「別に」
「別に、じゃなくてさあ」
「ところで」
レイがあたしをまじまじと見る。あたしも思わず、レイをまじまじと見つめ返した。その手には、茶色い薬瓶が握られていた。
「このクスリ。飲めば常人並の体温になるらしいけど、どうする?」
「どうする、って?」
ここでレイは、思いもかけないことを口にした。
「これを飲めば、一時的に、私との運命共同体、解消できる。する?」
「えっ、そんな。しないよ。考えもしなかったよ」
反射的に、あたしは否定した。その答えに、レイは満足そうな笑みを浮かべた。
「それになんというか、そんな、一時的にしたって意味ないし」
昨晩の効果時間を思い出しながら、あたしはそう答えた。すると、レイはまた不機嫌そうな顔になった。
薬瓶を道端に放ると、レイはあたしに背を向けた。
「エンは女心が分かってない」
「あたし、女だよ?」
レイの前に回りこんで、覗きこむ。レイは横を向いて、口をとがらせた。と思ったら、急に話題を変えてきた。
「ちょっと、寒いかも」
「はいはい」
あたしに体を寄せてきた。昨日、無茶したから体温が戻りきってないのかな、と思ってあたしはレイの肩に腕を回す。
「もし」
レイは色の薄い目であたしを見上げる。
「私の体温が上がって、エンを冷やせなくなったら、どうする?」
「あれ、ひょっとしてクスリ飲んだの? うーん、とりあえず困るなー」
レイがそそくさとあたしから離れた。と思いきや、「やっぱり寒い」と言って近付いてくる。
冷たいレイと熱いあたしの運命共同体は、今日も当てのない旅路を行く。