まだ人々とポケモンの距離が大きく開いていたころ。
夜の闇がまだ色濃かったころのお話。
その日、少女は隣町に嫁いだ姉の家に遊びに行っていた。
赤ん坊の可愛さに頬を弛めていると、いつのまにか日が落ち辺りは暗くなっていた。
慌てて、姉に帰ると伝えると姉は笑ってからかう。
この辺は治安も良いけれど、やっぱり少女にとって夜の闇は怖いのだ。
旦那さんは姉をたしなめつつ町まで送ると言う。
少女は少し迷いながらも丁寧に断ると、せめてと灯りを貸してくれた。
まあるい、月のような提灯。
白い和紙越しの火が綺麗でその場でははしゃぎ、お土産を持つと元気一杯に姉の家を飛び出した。
ところが、今夜は月明かりも乏しい三日月の晩。
いざ、一人で薄暗い街道を歩いていると、蝋燭の明かりは酷く心もとなかった。
かといって、あそこまで大見得きって飛び出した手前姉の家に戻るのは出来ない。
しかたなく、土が踏み固められた道を少女は歩く。
ざっざっと土と草履が擦れる音が闇夜に響く。
怯えながらも慎重に歩いていた少女は丁度道中の真ん中で、ふと違和感を感じて歩きながら耳をすます。
ざっざっ
これは、少女が歩く音。
カチッカチッ
では、微かに後ろから聞こえるこの鍔鳴りのような音は?
思わず少女は叫び走り出しそうになるものの、そんなことをして転んだら目も当てられない。
気づいていない振りで歩調を変えないように歩いていく。
ざっざっ
カチッカチッ
二つの音はまるで並んで歩いているように、同時に少女の耳に届く。
少女が一歩を踏み出せば
唾鳴りの主もまた、一歩
ざっざっ
カチッカチッ
緊張のまま歩き続けていると、いつの間にか町の灯りが近くなっていた。
その明かりに安堵のため息をつく。
後ろの誰かの狙いは分からないけれどここまで近くなれば、襲われることは無いだろう。
おもえば、その気の緩みが悪かったのかもしれない。
少女は街道脇の田んぼの水路から黒く細長い影が伸びるのに気が付かなかった。
最初の一撃を避けられたのは偶然だった。
唾鳴りの音が彼女の足音よりも遅く、近く聞こえたのだ。
不審に思った少女が立ち止まるとその一歩先に、ポイズンテールが打ち込まれ道が穿たれる。
少女が悲鳴をあげるよりも早く動いたのは、少女のすぐ背後まで迫っていた唾鳴りの主だった。
その手となっている刃に月光にも似た白銀を宿し尻尾を地面に埋め込んだ毒黒蛇に襲いかかったのだ。
もっとも、毒黒蛇ーーハブネークーーの方も黙ってやられはしない。
その一撃を頭突きで迎撃し、結果両者は撥ね飛ばされハブネークは少女と距離を取ることとなった。
唾鳴りの主は、空中で一回転し体制を建て直すと少女とハブネークとの間に着地する。
少女は灯りの中に浮かび上がったその唾鳴りの主の姿に悲鳴あげかける。
コマタナ。
集団で行動する大変危険なポケモン。
だけれども、彼は一人で。
なぜか自分を守っている。
少女の混乱を他所に
ハブネークとコマタナの無言のにらみ合いが続く。
諦めたのは、ハブネークだった。
その姿が提灯の灯りの届かぬ場所へ去っていくとコマタナも少女に目もくれず去ろうとする。
少女は、慌てて手にしたお土産を紐解く。
中に入っていたのは柔らかいお饅頭。
コマタナに差し出すも警戒して受け取らない。
仕方なく、木の葉に乗せ少し距離をとるとコマタナが恐る恐る近づいた。
ところが、コマタナの手はよく切れる刃だ。
柔らかいお饅頭は、突き刺してもすぐに落ちるしその上皮が破れていく。
コマタナ自身が不器用なのか刃の腹に乗せることも出来ない。
三分もたたずに、葉っぱの上にはあんこをぶちまけた惨殺死体の様な元お饅頭が残る。
徐々に涙目になっていく、コマタナをハラハラしながら見守っていた少女が思わず声をかけるとコマタナは泣きながら去っていった。
「その後、無事に家に帰った少女がコマタナでも食べられるように皮を固く焼いてみたのがこの堅焼き饅頭の原型って言われてるね。」
「だから、コマタナ印なのか。
……で、続きは?」
「堅焼き饅頭は、無事にコマタナの口に入り少女とコマタナは仲良く暮らしましたとさってね。
実際、この辺のコマタナ達は夜に一人で歩いてるとよく着いてくるよ。
転んだり隙を見せると勝負を挑まれるけど、そうじゃなきゃ他の野生のポケモンにガンつけて追い払ってくれる。
だから、この町の連中はコマタナやキリキザンが大好きなのさ。」
「名物にするくらい?」
「それは、ただの町起こしさね。」
甘いもの好きのコマタナってモモン食べれるのかな………。
涙目のコマタナが書きたかっただけだったりします。