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  [No.3227] 文化の差 投稿者:フミん   投稿日:2014/02/19(Wed) 00:40:00   124clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

この地方には、昔からミミロルを食す文化がある。
 
近くの山には野生のミミロルが特に多い。故に、ここに住む人間は、よく野生のミミロルを狩り、様々な方法で調理することが多い。
青年は、物心ついた時からこの地方で暮らしている。食卓にミミロルの料理が並ぶのは日常茶飯事であったし、夕飯でミミロルを使用したご飯が出ると知った時は小躍りする程喜んだ。ミミロルの料理は、青年の大好物だったのである。
青年が成長し、都心部へ単身で移り住んだ後も、時々実家へ帰る機会があれば必ずミミロルの料理を求めた。その度に幸せを噛み締め、自分は今最高に幸せなのだと心満たされる程だった。もちろん、都心部でもミミロルの肉を使用した料理を提供する店があるので、彼はよくそこへ通った。しかし、やはり地元で捕れた新鮮な肉を使用した料理の方が味は良い。都会の色に染まり切った青年が故郷との繋がりを維持するもの、それがミミロルの料理だった。

青年が引っ越して数年経った頃、彼に恋人ができた。会社の先輩だった。
一緒に仕事をする内に恋愛感情を抱いてしまい、複数回二人で遊びに出かけた後、青年から想いを伝えたところ、相手も好意を持っていたという流れである。彼らは勤め先には上手く隠しつつ、互いの時間を共有する日が増えていく。同じ職場の先輩という壁を青年はあっさりと乗り越え、大切な相手がいる日々を堪能していた。
 
この恋は上手くいった。数年後、青年は相手に家族になって欲しいと伝え、相手もそれに承諾した。
青年は、会社の先輩である女を自分の故郷へと連れて行く。青年の転機に彼の両親は喜び、女を温かく迎え入れた。
母は青年が大好きなミミロルの料理を振る舞った。もちろん青年は喜び、久々の故郷の味を堪能した。
一方の女は、最初美味しそうにミミロルの料理を口にしていたが、何の肉を使用しているのかを知ると、途端に箸を置いた。それからは、なるべく肉以外の野菜や穀物で食べ腹を満たしていた。

 

青年の実家を出て都心部へと帰宅すると、女は青年にこう宣言する。

「私、あなたと結婚するのは嬉しい。あなたと出会って良かったと思っている。でも、一緒に暮らすようになってからは、ミミロルを料理するのは嫌なの」
 
青年は、予想外の発言にもちろん驚いた。

「どうして? 別に君が肉を解体する訳じゃないだろう?」

「それでも嫌、私、ミミロルを調理すること自体嫌なの」

「母の料理が口に合わなかったのかい?」
 
とっさに思いつく質問をする。しかし、女はそれをあっさり否定する。

「私、ミミロルを食べるってことは、とても残酷なことだと思うの」
 
青年は首を捻る。女は、真顔のまま言う。


「聞いたけど、あなたの実家の周辺では、よく野生のミミロルを捕まえて食べるんですって? 私達の生活の中でポケモンを食べることはよくあることだけど、わざわざあんなに可愛いポケモンを食用にすることは、私には考えられないの」

「でも、君はあの料理を美味しそうに食べていたじゃないか」

「確かに美味しかったわ。でも、それとこれとは話が別よ」
 
女の声が大きくなる。

「ミミロルと言えば、男女共に手持ちのポケモンとして人気のポケモンじゃない。あなた、ピカチュウやマリルを食べるなんて想像できる?」

「それは想像しづらいな」

「そうでしょう? あなたがミミロルを食べているのは、ピカチュウを食べるのと同じことなのよ。聞いただけであまり気分が良くないでしょう?」
 
確かに、ミミロルは美味しいだがピカチュウが美味しそうに見えるかと聞かれればそうではない。当たり前だが食欲もわいてこない。

「できれば今後あなたにミミロルを食べないで欲しいけど、そこまでは求めないわ。でも、家庭の料理には持ち込まないで欲しい」
 
青年は理不尽と思いながらも考える。
誰にでも好みというものはある。例えばの話、世間にはどうしてもトマトを食べられない人もいれば、この世で一番好きな食べ物は何かと聞かれればトマトと即答する者もいるのだ。食べ物の好き嫌いを無理に変えることは、とても難しいことである。
女の言っていることは不条理だった。しかし、これ程否定してくるということは、彼女は本当にミミロルを食べたくはないのだろう。今後一切、自分にミミロルを食べるなと圧迫してこない辺り、かなり妥協したのかもしれない。青年はそう結論づけた。
何よりも青年は、一生を添い遂げようと決めた相手と、こんな些細なことで喧嘩をしたくはなかった。元々自分でミミロルの料理を作ることはほぼなかったので、自宅であの味を堪能できないことは些細な問題ではなかった。


「分かった。少なくとも、君にミミロルを調理させることはないよ」

「ありがとう。後、我が儘を言ってごめんね」

「そんなことないさ。知らないうちに君に不快な思いをさせないで良かったよ」
 
二人は、ぶつかった壁をあっさりと乗り越えることに成功した。

 




後日青年は、女の実家へと訪れていた。
女の両親に挨拶を済ませ、仲睦まじく会話を重ね、青年はまた一つのハードルを乗り越えたところだった。
その日の夕方、青年は夕飯をご馳走されることになった。


「君は、貝は好きかね?」
 
脂肪を蓄えた体の大きな女の父親は、青年にそう質問する。

「はい」
 
青年は、さわやかな笑顔で返答した。

「それは良かった。今日は君が来るということだから、地元で有名な食材を用意しておいたんだよ」

「そうなのですか。わざわざありがとうございます」
 
しわを作り笑う女の父に、青年は軽く頭を下げる。青年の隣に座る女は、上機嫌な様子で囁く。

「私が頼んでおいたの。お母さんが作る貝の料理、本当に美味しいのよ。きっと気に入るわ」
 
彼は、将来の妻の気遣いに感激しつつ、振る舞われる料理を想像する。
青年は普段動物の肉を好んで食べる。女はもちろんそのことを知っている。それを分かっていて、あえて魚介類を勧めてきたのだ。地元でしか食べられないのもあるだろうが、女の台詞からも、青年が満足するだろうという自信がうかがえた。
期待に胸を膨らませて待っていると、ついにその料理が目の前の机に並んでいく。
大きな皿が複数並べられる。貝の揚げ物、貝の刺身、貝の煮つけ。どれも貝を中心にした一品ばかりである。


「さあ、召し上がれ」
 
これらを用意した女の母は、青年に笑顔を向ける。彼は、まるで料亭に並んでいるように綺麗に盛り付けられたおかずに箸を伸ばしていく。
口に入れ、ゆっくりと味わってみれば、確かに女の言う通りどれも美味しいものばかりだった。ついつい、料理を口に運んでしまう。女の父の遠慮はするなという気遣いに甘え、青年は口数が少ないまま腹を満たしていく。

「とても美味しいのですね。これは何の貝なのでしょうか?」
 
お腹がいっぱいになりかけた頃、青年は、何気なく女の家族にそう尋ねた。

「シェルダーだよ。意外に美味しいだろう?」
 
ここで漸く、青年の手が止まる。

「シェルダーですか?」
 
シェルダー。2枚がいポケモン。そう、れっきとしたポケモンである。
彼は戸惑いを隠せなかった。というのも、彼女は、青年がミミロルを食べることを酷く嫌悪していたからである。故に彼は、女は一切食用のポケモンを食べない主義と勘違いしていたのだった。
青年は目を見開いて女を見る。そんな将来の夫を、女は笑顔で見返した。

「美味しいでしょう?」
 
純粋な笑顔だった。

「とても美味しいよ。驚いた」
 
自らの意思とは、真逆の言葉がこぼれてくる。

「君は、昔からシェルダーを食べているのかい?」

「そうよ。私の地元では有名な名産だもの。自然と好きになったわ」

「私の知り合いに漁業関係者がいてね。毎年時期になると、シェルダーを譲って貰うのよ」
 
女の母が横から呟く。青年はそれを殆ど聞き流していた。
彼が戸惑っていると、突然部屋の襖が開く。部屋中の人間の目がそちらに向く。
入ってきたのは、うざきポケモンのミミロル。

「ミミちゃん。久しぶりね」
 
女が手招きをすると、そのミミロルはすぐさま女の膝に飛び込んだ。嬉しそうに目を細め、喉を鳴らしている。

「そのポケモンは?」
 
青年が質問する。

「ミミロルのミミちゃんよ。昔、家に迷い込んで来て、そのまま居ついちゃったの。今では大切な家族よ」

「確かもう、十年以上前になるな」
 
女の父が懐かしそうに呟いた。
青年は思い出す。随分前に実家の方へ残してきたポケモンがいると女が話していたことを。その時に彼女は、進化前のポケモンが好きだからと、かわらずのいしを持たせていると語っていたのだった。
ミミちゃんと呼ばれるミミロルが、青年を認識し凝視する。青年は、野生ではなく、人間に飼われているミミロルを観察する。ミミちゃんは、女の膝から離れると、青年の膝の上に乗り寛ぎ始めた。

「珍しいわね。ミミちゃんが家族以外に近づくなんてあまりないことだけど」
 
女は驚き、そして嬉しそうに言う。

「流石は娘が認めた男だな」

「本当ね」
 
女の両親も、同様に微笑んでいる。
青年は、自分に擦り寄るミミロルを、食用ではないミミロルを撫でながら、目の前に出されたシェルダーを口にしていた。複雑な心境だったが、それでも彼は、とても満足しながら料理を堪能していた。



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うさぎを食べた経験がないので、いつか食べてみたいと思う時はあります。