あの頃は、何の意味も無い単純な作業が楽しかった。全クリされたポケモンの赤をまだ遊んでいた。何をしていたかというと、自転車と波乗りと使ってぐるぐるとカントー地方を周っていただけだ。何が楽しかったのか、今考えると全く理解できない。
小学校一年生の頃なんて、所詮そんなものである。傍から見て訳が分からないし、自分でも訳が分かってないのだ。
それから一年くらいして、赤のセーブデーターを消した。元々ポケモンはおじから貰ったもので、データーもおじのものだった。一度消して自分で一からやり直したい。そろそろ自分もそう思いはじめたのである。同じ所をぐるぐる周るのは飽きたのだ。
しかし、そうしてみたはいいものの、自分はポケモンを育成するなんてしたことがなく、要領をつかめずにいた。最初の三匹から選んだヒトカゲは、レベル8まで育てることができたのだが、掴まえたコラッタが全然育たない。最初だけ戦闘に登場させ、後は強いポケモンに交代して倒すことで、経験値を半分入れて育てていくなんて方法は知る由もないし、思いつくわけがない。ポケモンが育たないことには、バッチを得ることができず、次の町に進めない。結局自分は同じ所をぐるぐるとしていた。
さて、本筋に入る。m君という子がいた。少し太っていて、けれどもガキ大将とかそういうタイプではなく、まあ少し声の大きい子だった。m君と自分はそれなりに仲が良かった。家が離れていたので、そう何回も遊んだわけではないが、たまに自分の部屋で一緒にゲームをやったりしていた。
そんな彼は自分の家から帰る間際、こう言ったのである。ポケモンを貸してと。
代わりに育ててやる、ということらしい。その言葉に自分の心が動いた。とりあえず、野生のポケモンは倒せる位に強くしてくれれば、後は育てるのは難しくない。そう思ったから、つい頷いてしまったのである。彼はそのままカセットを握りしめ、またねと挨拶して帰っていった。
それから三週間が経過した。
普通ゲームを貸すと言ったら、ニ週間くらいが限度だろう。まだ返ってこないだけでなく、そろそろ返すよ、という話すら無いのは異常である。
二時間目と三時間目の間の業間休みに、m君に聞いた。もっと早くに聞けばいいのに、今更である。
「僕が貸したポケモンどうなった?」
すると彼は、思いっきりわざとらしくぽかんとした顔をした。
「え、俺借りてないよ」
白を切られてしまったわけである。僕は追求した。いや、確かに自分は貸したと。三週間前に。それでも彼は絶対に認めなかった。何度言ってもである。
二十分の業間休みをフルに使って水掛け論をした。彼は己の間違いを最後まで認めなかった。
そんなにNOと言われると、本当に貸したかなと自らを疑い、部屋を確認してしまう自分は阿呆である。どこを探してもポケモンは見つからない。やっぱり貸したのだ。間違いない。
いったい彼は何故返さないのか。まだ遊びたいのか。だったら自分で買えばいいのに。
一ヶ月して、もう一度言った。
三ヶ月して、もう一度言った。
一年して、もう一度言った。
自分はもう諦めていた。いくら返せと繰り返しても、借りてないの一点張り。m君の部屋を確認することを求めても、それは駄目だと厳しく怒る。
いったい自分が何をしたのか。貸したのが間違いなのか。甘い誘いに乗ったのがいけなかったのか。
ゲームには育て屋と言って、ポケモンを預けると育ててくれる施設がある。しかし、そこはポケモンの成長に応じて、お金を払わなくてはいけない。ならば僕も対価を払う必要があるのか。
試しに、千円やるから返してくれと頼んだ。千円なんて持ってない。ただ相手の反応を見てみるだけだ。m君は、そもそも借りてないからお金を出されても困ると言った。やっぱり認めないのか。
そのうちに、周りは金銀を遊ぶようになった。つられて自分も金を始める。徐々に赤のことなんて忘れていった。もう自分はポケモンの育成方法を分かっていた。自分はそれなりに成長していて、だからちゃんと進められた。しかし、氷の抜け道を通過できず、クリアすると関東地方に行けることを知らないままゲームを終えた。
さて、そんなこんなで月日は過ぎる。中学生になった頃、m君は引っ越すことになった。正直クラスも変っていて話してもいなかったし、全然交流がなかったのでふーんで終わった。
しかし引っ越す三日前くらいに、彼が言ってきた。借りていたポケモンを返したいと言ってきた。
もう何年前のことであろう。今更何を言っているのだ、と思った。もうポケモンなんてやっていない。
しかし、自分の手の中にリザードンが描かれたカセットが握られたとき、少しだけ僕の心にノスタルジーに流れ込んだ。
家に帰って、割とドキドキしていた。さっきまでもういい今更かと思っていたが、考えてみるとこれだけ長い時間借りていたのだ。きっと強いポケモンが育っているに違いない。図鑑も完成しているかもしれない。そういえば、図鑑が完成したときの、オーキドの評価の言葉は何になるんだろう。
様々な期待があった。ロード中は少々いらいらした。続きから始めるを押すと、冒険がどこまで進んだのか色々記録が出るのだが、aボタンを連打していたから見れなかった。
そして、ついに主人公が画面に現れた。懐かしい音楽が流れた。しかし、その音楽はトキワの森であった。主人公がいる場所もトキワの森であった。
嫌な予感がした。
selectボタンを押し、手持ちのポケモンを確認してみると……
ヒトカゲ レベル9
コラッタ レベル3
ほとんど変っていなかった。