最初に言います。
ほもです
ほもです。
大事なことなので二回いいました。
ほもです。
電話を取り次ぎ、名乗りもする前に用件を早口でまくしたてられた。事前にサイユウリーグの四天王カゲツだと解っていたけど、その状態で言っている意味が飲み込めなかった。私は何度か聞き返した。カゲツの方もだんだん焦り過ぎていることが解ってきたようで、冷静になってきたところでようやく言葉が耳に入った。しかしそれは私が理解できたことと同じではない。
「ダイゴがいなくなった。連絡取れないんだ。来てないか?」
いなくなった。その男は私が最も親しくしている友人だ。最低限の連絡しか取らず、あちこちを放浪しているような節はあるものの、全ての連絡を断つことなどなかった。何か変わったことはなかったかと通話状態のまま考えるが、いつもと変わらない様子のダイゴしか浮かばない。
嗚呼、あるといえば普段は弱音など吐かないダイゴが珍しく心情を吐露したことだろうか。今日は用事がなければ泊まりたいと突然申し立て、特に予定がなかったので遅くまで酒を空けつつくだらない話をした。そのときにいつもなら言わないようなことを言い出した。負けるかもしれない。もう居場所がない。私も酒が入っていたため、ではうちに来たらいいとか戯言を発してたような気がする。
「負けたんだ。それから連絡が」
それを聞いて、ああやはりとしか思わなかった。私のポケナビを見ても、着信履歴はジムやポケモン協会関係、それとメールマガジンくらいしか入っていない。ダイゴの最後の着信はあの日。泊まりたいと言って来た日。あの時から予感はしていたのだろう。けれど私が知る限り、負けたくらいで失踪するほどダイゴは弱くない。むしろチャンピオンに上り詰めるまでに黒星だってなかったわけじゃない。チャンピオンを奪われたら居場所がないと嘆くほど天涯孤独の身でもない。
カゲツからの電話を置いて、ダイゴへのメッセージを打つ。みんな心配している、と。
受付から来客を告げられたのは送信完了と同時だった。応接室のドアを開けて入って来た。私の顔を見ると、赤いバンダナを巻いた頭を深々と下げた。記憶が正しければ半年くらい前に挑戦してきた子だ。挑戦者は多く、そこまで前だとあまり顔を覚えていないのだが、この女の子のことはよく覚えている。ルネの誰もが恐れて近づかなかった目覚めの祠に入って災いの原因を叩き付けた子だった。私でさえも信じていた神様が牙を向く現実など見たくもなかった、あの時の。
それにダイゴからかなり将来が楽しみなトレーナーに会ったと聞いていた。強いトレーナーに会うといつもダイゴは楽しそうに話してくるから、何となく記憶に残っている。そして実際戦って強さを目の当たりにして、ダイゴの観察眼の正確さに驚かされる。あの時から少し大きくなった子に、ハルカちゃん久しぶりと軽く声をかけた。
「お久しぶりです。あの時はお世話になりました」
革張りのゆったりとした席を勧める。まだカゲツから言われたことの衝撃が抜けきっておらず、知り合いのために使う青いグラスに麦茶を注ぎながらポケナビを見た。新着はなく、静かなものだった。落ち着かない様子でハルカちゃんは私を見たり、部屋にあるものを見ている。まさかみんなで総力をあげてダイゴを探すために訪ねてきたのだろうか。そういえば昔からダイゴの居場所を聞かれて来た。あの男は私に連絡しただけで全員に連絡したつもりになってることが多々ある。まさかと思いつつ、ありえるかもしれないと麦茶を差し出す。
「あの、ダイゴさんがどこに行ったか知りませんか……?」
想像していた通りだった。私をまっすぐみて、知っている以外の解答を許さないかのようだった。しかし今回は知らない。着信は未だにない。まだ幼いながらも感じた強さを再び目の前にした。
「残念ながら、私にも連絡がないんだ」
表情が固まっていた。不安と緊張の糸が限界まで張りつめていた。ここに来るまでに方々たずねて歩いたのだろう。そして私なら絶対に知っていると誰かに聞いて最後の望みをかけてやってきた。次第に目に涙が溢れ、声を出して泣く。希望を断たれて。
そっと彼女の隣に座り、肩を優しく叩く。心の中が落ち着くように、今は黙っていた。こんな子供でもダイゴのことを探している。それなのにダイゴからは何の返事もない。ため息をついた。こんなに心配させることを解っていての行動なのか。一言行き先だけ告げていたメールすら届かないとは。負けたことや居場所を奪われた。そんな単純な話ではないような予感がしていた。
涙と共に気持ちを吐き出して落ち着いたようだ。いれてもらった麦茶を飲み干し、ハルカちゃんは一言すみませんでしたと口にした。それ以上は何も言おうとはしなかったが、何となく察しがついていた。この子はダイゴが好きだ。私からみてもダイゴは優しい男だし、まして相手が子供となればなおさらだ。チャンピオンという立場にふんぞり返ったりしないし、強さを鼻にかけることもしない。ただ一人のトレーナーとして存在し、ポケモンにだって労りを忘れない。そんな男に心を奪われても何の不思議でもない。トレーナーの先輩という面だけでなく、異性としても。
扉が軽くノックされる。挑戦者の来訪を知らせに来たようだ。タイミングが悪く、泣いてるハルカちゃんと私を見てはいけなかったという顔をした。言い訳すると余計なドツボにハマってしまうので何も言わずに立ち上がる。ハルカちゃんも立ち上がった。
「まだいてもいいよ」
それだけ伝えて私は挑戦者の待つフィールドに向かう。ルネジムは氷のフィールドだ。夏はともかく、冬は厳しい。それなのにジムの中で働くトレーナー希望者が耐えないのは、私の魅力に引きつけられているとダイゴが以前言っていた。好きではない人にモテたって仕方ないけどねと返したら苦笑いをされた。ダイゴもそんなにモテない部類ではないので、それは解るはずだ。そして、それでも来てくれる人たちは本当にありがたい。迷惑だとは思ったことがない。
トレーナーは直接戦うことをせず、ポケモンを戦わせる。だから知識と知恵でどれだけ傷つかないか、間違った選択をした時に機転が効くか。そこがトレーナーの強さに繁栄される。仕掛けを解かないとたどり着けないルネのジムも知恵を試すような作りになっている。今回の挑戦者は四苦八苦しているようで中々たどり着かない。持っているポケナビを何度も見ては、通常画面であることを知らされた。
トドグラーが鼻を高く持ち上げて胸を張った。人間の言葉に直せば余裕のサインだ。耐久に優れたポケモンへの対策を怠った挑戦者の負けだ。ごり押しで勝ち続けることは難しいから、今度はそんなポケモンの対策もねとアドバイスをして挑戦者を帰す。最後まで全然技が読めない、何考えてるか解らないと呟いていた。ダイゴも昔同じような事を言っていた。歌ってるみたいで、感情が読めないと。歌ってるつもりはないし、フィールド全体の流れを把握しようとしているだけなのだが、どうやら何か違うらしい。
見送ったところでジムのトレーナーが近づいて来た。ハルカちゃんの手をつないで、これからミナモシティに行くから、と。私には話しにくいことも、同性には話しやすかったのかもしれない。あれから相談に乗っていたとしたら、私の口の出すことではない。それにダイゴのことも気になる。戦いの最中に気が散るのもポケモンたちに申し訳ない。今日はもう終わりにしてしまおう。
いつもより早い終了に、ポケモンたちも気のせいかのびのびとしているように見えた。トドグラーの背中を軽く叩き、誰もいないジムの扉を閉めた。ふと体にもぞもぞとしたものが張り付いているように感じた。それがポケナビの新着を知らせるものだと知り、急いで確認する。
「ダイゴ!? どうしたんだ、どこにいるんだ?」
「思うところがあって。今からそっちいってもいい?」
返事を待たず、通話は切れた。どのくらいの時間で来るかも解らず、ジムの扉の前で待っていた。
日差しが眩しい。ルネシティから見える空はどこまでも青く、美しい。たまにダイゴに誘われてカナズミシティに行くけれど、同じ空かと思うほど色が違う。海の色だって、透き通った青をしていない。ルネの海はどこまでも深くて青くて。海には神様がいるから怖がることはないけれど、水の恐ろしさは知っておきなさいと師匠には叩き込まれた。足のつかない海で泳ぐことが怖いとは思わない。ルネの海にとけ込んで、そのまま海になれそうな気がする。今は目の前の青に飛び込む気もなく、ボールを放ってポケモンたちを出した。
待つとなると時間の流れが物凄く遅くなる。来ないという心配はしていなかった。ダイゴは行くといったら必ず来るし、変更になったら連絡が来る。そのはずだ。けど普段ならしてくる連絡もしていないのだから、今度も同じとは限らない。ミロカロスが心配そうに覗き込んで来る。頭を撫でてやっても、離れようとしなかった。
「ミクリ!」
エアームドの翼が光った。太陽の眩しい光を反射し、円を描くように鋼の翼が舞い降りた。翼をたたんだエアームドにおつかれさまと言ってダイゴはボールに戻した。いつも見ているダイゴのはずなのに、捕まえないといけない予感がした。ダイゴの肩を掴んだ。
「ダイゴなのか? どうして消えたんだ? みんな心配してる」
「ごめんね。ミクリのメールみてみんなに連絡したよ」
表情も話し方も、いつものダイゴと変わらない。肩から手を離した。私自身もカゲツの電話を受けた時から今までの様々な不安や興奮もあって冷静になれていないことを自覚している。連絡がなくてどうなっていたのか凄い不安だった上に、連絡がなかったことへの怒りは、目の前の人間がにこにこしているのを見るとばからしくなってしまう。怒っても仕方ない。それにここはルネシティのど真ん中だ。家に行こうと誘った。ここから時間はかからない。お互いに無言で足音だけが会話していた。
まわりより少し大きな家。ルネシティの伝統の白い外壁の家には現代の家電一式が入っている。誰かと結婚する予定なのかと聞かれることが多いが、単にポケモンが動き回れるように広い家を用意したのだ。手入れが大変だと言われるが、ポケモンたちの場所を用意するのだからそんなに大変ではない。このくらいの手間をかけずにポケモンたちを労ることはほとんどない。
ポケモンたちがいるから二人きり密室というわけにはいかないが、お互いに遠慮する仲でもなく私の部屋に腰を下ろした。大きな本棚など水に濡れて困るものはポケモンたちの手の届かないところにあるから、圧迫感はないが生活に必要な最低限のものが最高の美しさで揃えてある。
「……チャンピオンでいることに疲れただけなんだ」
出されたオレンティーを目の前にダイゴは言った。私は黙って聞いていた。ダイゴは私をじっと見ていた。初めて見た。ルネシティの透き通った深い海より深い虚構を感じた。一つのところに縛られることなく自由に各地を飛び回りながらポケモンを可愛がっている、私には憧れにも思えた人間が。各地に行っては子供みたいに目を輝かせて思い出を語るダイゴと目の前の人間が同じだとは思えなかった。
「今の僕でいることも、なんだか違う人に見える」
「どうして? 少なくともみんなダイゴがいなくなって心配していた。違う人だなんて思ってない。あの子だってこっちに来ていた」
「あの子?」
「私の記憶ではかなりおまえを慕っていたようだが」
「ああ……」
目をそらした。嘲笑うかのようだった。けどそれは自身に向いているような気がした。
「ハルカちゃんね。あの子は僕のこと好きだろうね。言われたことはないけど、僕に好意をぶつけてきた人たちに似ている」
「わかってるならなぜ消えた?」
「僕はあの子の好意にこたえられない。好きじゃない人に好きになれないってわざわざ伝えるの?」
実に彼らしい答えだった。素直に伝えれば傷つくことが解りきってる。それを知ってて実行できるほど冷たくできないのだ。その優しいところがダイゴの長所で、短所だ。
「それが好意に対する誠実な答えだとわたしは思うけどね」
ダイゴだってこれが初めてではないだろう。こんな拒絶するかのように否定してきたのだろうか。あまり他人に興味がなさそうなダイゴだが、心まで傷付けるような行動はしてこなかった。
「誠実? 好意を受け付けないのが誠実?」
覗き込むようにダイゴが見て来た。その目はどこか批判的で、わたしを責めているようだった。言えるほど相手を考えて断っているのか、と。断るだけでも相手を傷付けるだろう。だからわたしは出来る限り相手を労った言葉をかけることを心がけている。けれどそれが完全だとは思わない。今のダイゴのように中々断る言葉が浮かばない時もあり、それで責められたこともある。
「そうじゃない。こたえられないけどありがとうくらい言えるだろう」
しばらくどちらも言葉を発せなかった。ダイゴは私から目をそらしてどこか遠くを見ているようだった。
「……心を受け入れられない傷は早い方が治りがいい。ちょうどいい機会があっただけ……それに心を受け入れない相手が側にずっといたら辛いだけだろう」
またダイゴは責めるような目で私を見た。なぜだろうか、わたしは特に何も変なことを言ってるとは思えない。氷に触れたかのように心がひんやりとする。
「……そんなことないんじゃないか」
戦っているときのような、相手の次の手を見抜こうとするダイゴの気迫に押されて、ようやく声が出た。この目と戦った時、全ての手の内は見抜かれていると思っていい。それでもわたしは見抜きにくいとダイゴは言っていた。けれどもう疑う余地もないだろう。
「わたしもずっと好きな人がいる」
もう解っているのだろうダイゴ。わたしがお前に隠していること。どんなに女性に囲まれようと一人として深い関係を築かなかった理由。
「立場とか地位とかの関係でね、永遠に言い出せそうにない相手だが、それでも一緒にいてくれるだけでわたしはありがたいと思っている」
「ミクリに好きな人いたんだ」
「いるよ。知られたくないし、受け入れてくれるとは思えない。だからいてくれるだけでわたしは満足だよ」
不規則で全く行動が予想できなくて、それでも会いに来てくれる。海を渡る風のように吹く方向も勢いもバラバラ。ルネに留まるわたしにいつも新しい風を持ち込んできた。そしてすぐに通り抜けて新しい世界に行ってしまう。ずっとその風が留まっていればいいのにと何度願ったことだろうか。いつかここに来なくなることがあるのではないかと不安で仕方なかった。それが今、現実になろうとしている。引き止めているのはあの子の為ではない。わたしの心のためだ。けれどそれを口に出した瞬間、わたしの元を去るだろう。
しかしそんな心もすでに見抜かれているようだ。そうやって昔からわたしの心を読もうとする目が怖かった。それを読まれないように、元から読みにくいわたしの心を隠すのは簡単だった。けれど今、わたしは口を開こうとしている。言ってはいけないことを言おうとしている。
「でも僕はできない」
わたしから目をそらした。なぜだか解放された気がした。
「好意を知ってて知らぬフリは出来ない。気付かなければよかったのかもしれない。だからもう僕は少しの間いなくなるね」
ダイゴは誰のことを言っているのだろうか。あの子なのか、わたしなのか。もしわたしならば、わたしは自分で手放したくないものを手放してしまう。そんなのは嫌だ。けれどダイゴは一度決めたら変えることはない。今さら説得できるとは思えない。
「ダイゴがそう決めたならわたしは何も言わない。けど必ず帰ってきて欲しい」
一番の友達であれば言うであろう言葉を選んだ。わたしの声は震えていたかもしれない。
「それは約束する」
そういうダイゴの顔はいつも見せる顔だった。穏やかで気遣いを忘れない男の顔。わたしが責められていないことに安心した。
「あの子には会っていかないのか?」
「せっかく失恋より楽しいことを知っていくんだ、いま会うべきじゃない。それに僕がここに来たことは言わないでほしい」
「わかった。ただコトの始末をわたしに丸投げしないでくれ。朝からダイゴがどこにいったか知らないかという連絡がいくつ来たことか」
「ああ、そうだね。いつもミクリに頼ってばかりだったから」
「せめてリーグには自分でケリをつけてくれ。そして……絶対に帰ってこい」
ダイゴは大丈夫だよと立ち上がった。
もう夕暮れだ。あの男から別れてからかなり長い時間が経ったようだ。ルネの湖に金色の光が反射して輝いて見えた。なぜ外に出たのか解らない。ダイゴの後ろ姿を見送って、家の中に閉じこもっている気にはなれなかった。
砂浜に打ち寄せる波は少し遠い。干潮の時間のようだ。そこに一つの石像が少し遠い波打ち際を見ていた。あの道祖神だ。
「道祖神様、わたしは」
貴方の道に反しました。友人との境界を越え、まるで異性を想うかのような気持ちを抱きました。子孫を残すことも、男女の仲になることもないでしょう。これだけ道祖神様の教える道に反したわたしでも、せめて親友の旅路の無事を祈ることは許してもらえないでしょうか。また彼がここに戻ってきて、いつものように話すことは許してもらえないでしょうか。彼がわたしを見放すことなく、いつまでも友人であり続ける道を許してもらえないでしょうか。
涙の感触を久しぶりに感じた。何も言わない道祖神様の像は怒っているようにも、許してくれているようにも思えた。誰よりもルネの教えを守らなければいけない立場であるのに、誰よりも教えの道から逸れてしまったわたしは許してもらえないかもしれない。あの時だって立ち向かえなかったわたしを許してくれていないのかもしれない。それなのにこんなことをお願いしては、呆れられても仕方がない。
わたしはベリブの実を供えた。潮が満ちて、やがてルネの湖に沈んでいくだろう。わたしの頬にルネの潮風が吹き抜けた。
ーーーーーーーーーーーー
去年9月、素敵なミクダイ小説に出会い、物凄く萌えて私もこんなのかきたい!って出来たのはこんなのだった。
前半は凄くクオリティ高いのに、後半の低さはなんとかなりませんか