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  [No.3278] 逆スロット 投稿者:逆行   投稿日:2014/05/23(Fri) 19:35:59   80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ここは酷く煩かった。そして、かなり不穏だった。
 酷く煩いこの音は、ここにある機械が放っている。一つではない。たくさんの機械が音を出す。指揮者なんていないから、それぞれ思い思いのままに、ひたすら大声で歌っている。
 機械の前には椅子がある。必ず丸い椅子がある。人間達はそれに座る。彼らの目線は機械だけ。この機械はスロットと呼ばれる。スロットにはリールがある。三つのリールはぐるぐる回り、ボタンを押すとぴたっと止まる。
 ここに通う人達は、誰に話す訳でもなく、個々の作業に熱中する。ごく平凡な言い回しだが、何かに取り憑かれるように。彼らはここに来るときに、いくらかのお金を持ってくる。たくさん持ってくる者もいる。オニスズメの涙ほどしか持ってこない者もいる。彼らは端にあるカウンターに行き、予め所持金をコインに替える。
 人間はコインを何枚か、投入口に入れていく。投入口は小さくて、一枚ずつしか入れられない。入れたコインを"BET"すると、リールを回すことができる。一枚ずつBETするのではなく、三枚同時にBETする人の方が、遥かに多いと思われる。人々は、ハイリスク・ハイリターンを求めている。
 ここには集まる人々は、だいたい常連客が多い。一度ここへ来た人は、やがて顔をまた見せにくる。十代半ばの男の子が多い。いや、比率で言ったら中年の男性が一番多いが、こんな不穏な場所にしては、若い人が多いという感じだ。そして、今のような平日の昼間に至っては、圧倒的に少年の方が比率が高い。
 現在この席に座っているのも、まだ将来長そうな若い人間であった。腰には赤色のボール四つ、青色のボール二つがある。スーパーボールを持っていた。平均よりは上のトレーナーであると推測できる。
 ここに来るような人々は、大抵顔がやつれている。彼はそうでもない。少々疲れている感じはするが。どうやら、スロットは初心者のようだ。コインを一枚ずつBETしている。
 スロットに装着されている、黄色いスタートレバーを下げた。するとぐるぐるとリールが回る。リールには、数個の絵柄が描かれてある。(通常これは"目"と呼ばれる)これが横、あるいは斜めに揃うと、コインが貰える。貰える数は、揃った目によって異なる。
 彼は左から順番に、三つの赤いボタンを押していく。
 
 いよいよ、"僕達の"賭けが始まる。

 彼は特定の目を狙わない。適当に素早く押すだけだ。初心者ならば仕方がない。全てのボタンを押し終えたとき、絵柄が整列していることはなかった。
 何も呟かない。黙って、次のコインを投入。先ほどと全く同じ。適当にボタンを押していく。そしてやっぱり揃わない。
 五十回は繰り返した。手持ちのコインが減ってきた。果たして何回か目は揃った。しかしチェリーやルリリのような、あまりコインが貰えないものばかり揃った。徐々に彼の顔に、苛立ちが見えてきた。
 彼はまたコインを投入。リールを回す。
 揃わない。
 そのときであった。彼は小さい声で、一独り言を言った。


「はあ」


 更に何回かリールを回す。しかし揃わない揃わない。チェリーすらも揃わない。あるとき、彼は再度独り言を放つ。


「ああ」


 更にリールを回す回す。コインは残り一枚となった。名残惜しそうにBETする。彼は今までと異なった。ゆっくりとボタンを押している。しかし、初心者はリールの回転についていけない。結果は同じであった。


「なんだもう」


 最後の独り言。彼は椅子から立ち上がる。そして建物から出て行ってしまった。トレーナーであるならば、帰る場所などどこにもない。椅子から立ち上がる瞬間、彼は実に悔しそうな顔をしていた。こぶしを固く握っていた。この様子だと、またここにくる。悔しさは人を、再びこの場所に引き寄せる。



「また僕の負けですね」
 僕は、思わず苦笑いを浮かべた。
「惜しかったね。でも大丈夫、次があるよ」
 セブンさんは僕を励ました。数字の"7"である体を、ピンと張ってみせた。心なしか、その赤い体は、日に日に輝きを増しているような気がする。
「僕も、まだまだなんですかね」
「確かに、そうかもしれない。でもね、君は才能がある。何度も言っているだろ。ハスボーは目の輝きが他とは違うって」
 ネガティブな発言をする度に、セブンさんはこのように、暖かみのある言葉で励ましてくれる。才能があると。そのうち報われると。そんな言葉で撫でられると、少し照れてしまうと共に、天にも昇る気持ちになる。だから、また頑張ろうと思える
 一ヶ月前に僕は、スロットの絵柄になった。そして僕はこのように、セブンさんと毎日賭け事を行っている。賭け事のルールはとても単純。このスロットの席に座った人間の、独り言の種類で勝ち負けが決まる。まず、複数ある独り言が書かれたカードの中から、好きなものを選ぶ。カードに書かれたものと、同じ独り言を人間が放てば、得点が入る。「はあ」、「ああ」、「ふう」。独り言が、この三つの内のどれかであると、セブンさんに一点入る。「しゃらっつふうううう」、「せっらにっわあ」、「ラペス」、「さふぁいん」、「のだっすう」。この五つの内のどれかであると、僕に一点入る。一点入ると、相手から百円貰えることになる。例えば今の場合だと、「はあ」と「ああ」が当たったから、僕はセブンさんに、二百円を支払わなくてはいけない。僕の方がカードの数が多いのは、いわゆるハンデである。ハンデを与えてくれる、セブンさんは親切だ。けれども、僕に得点が入ったことは、一度もない。 
 それでも。
「最初のうちはね、みんな全然駄目だったんだよ。だけどあるとき突然、ぐいーんと伸びる時期があってね。そこからはもう私はお手上げだ。負けっぱなしだよ」
 そう。僕はまだ一ヶ月目。未だピカピカのルーキーだ。僕意外にも、この賭け事をセブンさんと行っていた者は、結構いるらしい。そしてみんな、途中から勝ち続けていったみたいだ。だから僕だっていつか、きっとそうなる。
 それに僕は、一生懸命賭けで勝とうと、頑張っている。努力は必ず報われると、僕の主人も繰り返し言っていた。
「どうする? 今日はもう終わりにする?」
 この賭けは結構疲れる。"スロットの目"として、ぐるぐる回っているだけでも、疲労が溜まっていく。そこに更に、人間が何を発するかに神経を注ぐという作業を付加させるのは、肉体的も精神的にも体力を消耗する。にもかかわらず、僕はまたやりたいと思ってしまう。次こそは当たるのではないか、そんな期待があるのだ。
「後もう一回だけ、付き合って貰ってもよろしいでしょうか」
 すると突然、セブンさんが高らかに笑った。その笑いに、嫌味は感じない。むしろさわやかである。
「もしかして駄目ってことですか……?」
「違うよ。ハズボーもいよいよ、根性がついてきたなあって」
「根性、ですか」
「君は私が思っている以上に、大きく成長していた。陽の目を見るのも、近々かもしれないね」
 こんなに嬉しい気分になったのは、初めてだ。陽の目を見るのも近い。いよいよ僕が、報われるときが来るのか。
「それじゃあ次のお客がくるまで、カードをどれに入れ替えるのか、決めようか」
 そうだ。言い忘れていた。挑戦者である僕は、ゲームとゲームの合間に、手持ちのカードを、自由に替えることができる。
「これを選びます」
 僕は「せっらにっわあ」のカードを捨てた。代わりに「ノベスノベスノベス」を選んだ。「せっらにっわあ」は、人間が無意識に発する言葉としては、少し言い辛い気がするから、今後も当たらない気がする。一方で、「ノベスノベスノベス」は言いやすい。加えて、"ノベス"を三回繰り返すことにより、力強い雰囲気を感じさせる。これから僕は陽の目を見る。そのためのラストスパートで、この力強さというものは最も重要であるだろう。そんな思いから、僕はこれを選んだ。
「おい何してるんだ! 早くこっちへ来いや!」
 突然、セブンさんが怒鳴り声をあげた。反射的に、僕はびくってしてしまった。セブンさんが体を向けた先には、果実が二つくっついた一つのチェリーがいた。チェリーは何やら、体を少々傾けながら、一方の果実を地面から浮かせ、こっちへ向かって走ってくる。
「すいません。床を舐めながら歩くのが、難しくて」
「もたもたすんなよ! だいたい、床だってちゃんと舐めてねえだろ! 分かるんだぞ舐めた跡で。ほら見ろ! あのへんで一旦サボっただろ」
「すいません」
「すいませんじゃねえよ! 許してください言うこと聞きますからって、お前がそう言ったんじゃねえか!」
「だってこれ以上舐めて走ると果肉が」
「言い訳をするな!」
「……はい」
「もういい。肩揉んででもらおうかと思ったけど、今それやられても困るから帰れ。今ね、新人君と賭けやってるの。邪魔だから。ちゃんと床舐めながら帰れよ」
 言われた通りチェリーは、先ほどと同じように体を傾けて行ってしまった。
「ごめんね、何回も怖がらせちゃって」
 セブンさんは、再びこっちを向いた。優しい声に戻って、僕は心底ほっとした。セブンさんはなぜか、チェリーにはやたらと厳しく当たる。
「おっと次のお客が来たようだ。よっし、所定の位置に戻ろう」
 僕達スロットの目は、自由にスロットの内部をうろつける。もちろん、目の前に人間が座っていない間だけだが。こんなふうに、セブンさんと賭けもできる。次のお客が来る前に速やかに、所定の位置に戻るのは少々大変。ちなみに、別のリールに移動はできない。"7"の目は三人いる訳だけれど、そのうちの一人としか、僕は合ったことがない。



 次のお客が椅子に座る。また若い男性だ。しかし、さきほどの人間とは違い、明らかに顔がやつれている。しかもこの顔には見覚えがある。この人は、何回かこの席に座っている。
 彼はコインを投入。BETを始める。やはり、この人は初心者ではない。三枚同時にBETした。しかし、彼はスロットの目をよく見てボタンを押す、などと言うことはしなかった。まだそこまでの、段階ではないのか。
 そして、やっぱり揃わない。もう一度、彼はコインを投入する。それでも駄目。あっと、早くも彼の口が、開こうとしていた。流石、やつれている人は違う。
 
 
「ああ」


 その後も、何回もリールを回す。二十回目くらいだろうか、彼は大当たりを引いた。"7"を揃えたのだ。"7"には、セブンさんのように赤いものと、青いものがある。赤色、もしくは青色のみで三つ揃えると、コインを三百枚貰える。赤青混合で揃えると、九十枚貰える。彼は、青一色を斜めに揃えたから、三百枚のコインを手に入れられた。彼の表情はご満悦である。
 しかし、その後は全く調子が悪い。せっかく三百枚当てたのに、その分は全て消えてしまった。彼の顔に、徐々に苛立ちが舞い戻ってきた。そして、このように呟いた。


「ああ」


 更に数回リールを回す。今度は、赤青混合で横に揃えた。しかし、九十枚のコインでは、大当たりとは言えないだろう。そこからはさっぱりだ。彼はもう一度呟いた。


「ああ」


 どんどん不調になっていく。もはやチェリーすら当たらない。幸運の女神はどこへやら。彼は再び独り言。


「はあ」


 もう、リールから手を離した。投入したコインを戻すボタンを押した。彼は椅子から立ち上がった。僕達の賭けはここで終了だ。


 
 今回も、駄目だった。いや、今回は輪をかけて酷い。四回とも、セブンさんが当てた。こんなのは初めてだ。一方で、当然僕は一つも当たらない。
 もう、駄目なのかもしれない。
 不思議なものだ。さっきまであんなにやる気だった。一回でも、えげつないほど打ちのめされる。それだけで、僕はこんなに落ち込むのか。心変わりしてしまうのか。 
「どうした? 元気ないな。一回負けただけじゃないか」
「すいません、もう、いいです」
「え」
「もうやめます」
「これ以上続けても、意味がないと思います」
「そっか。じゃあ止めよっか」
「……」
 心のどこかで、止めてくれることを期待していた。セブンさんに、前のように暖かく励ましてくれることを、待ち望んでいた。けれど、セブンさんの口から出たのは、そんな都合の良い言葉じゃなかった。
「薄々気がついていたよ。もうハスボーはいくらやっても伸びないって」
「でも、さっきは才能があるって」
「ハスボーのやる気を引き出すために、今までおだてていただけだ。そんなことにも気がつかないなんで、お前は愚かだねえ」
 おだてていた。そうだったのか。なんとなく、そんな気もしていたのだ。僕は褒められると伸びるタイプだと、自分で評価している。だからセブンさんは、思ってもないようなお世辞を、僕に繰り返し唱えていたのだ。
「もう止めだ止め、止めよう。やる気ないんだったら帰れ」
 ぴしゃり、という音がした。セブンさんに表情などない。けれど、口調と体の傾け具合で、本気で怒っていると分かった。
 もう駄目だろうか。せっかくここまでやってきたのに。こうやって全てを、無駄にしてしまう。なんと愚かなことか。そうだ、セブンさんの言う通り、僕は愚かだ。
「残念だったな。主人を救ってやるというお前の夢も、どうやら敵わなかったようだ」
 セブンさんが、こっちに背を向けながら、小さく呟いた。それを聞いて僕は、何故こんな賭けをやっているのか、その理由を思い出した。
 僕は、堕ちた主人を救うために、賭け事をやっていたのだ。



 主人は、トレーナーとして旅をしていた。キンセツシティから旅立った。
 しかし主人は、全然バトルで勝つことができなかった。バトルは負けると、相手にお金を払わなくてはいけない。所持金の半分も。お金がないと、ポケモンを捕まえるための道具が買えない他、食料だって買い揃えられない。所詮この世は、お金が全てである。お金がないと、生きていけない。弱肉強食の世界であり、勝ち続ける人しか生き残れない世界。負けた人は、後悔の渦に飲み込まれ、やがてどこかへ去っていく。
 主人が勝てない理由は、至極単純なことだった。
 ポケモンジムは本来、トレーナーにとって鬼門になるはずである。しかし主人にとって、そこは難しくなかった。むしろ、一般トレーナーや野生のポケモンの方が、遥かに苦戦した。
 ジムリーダは、挑戦者のレベルに、自分のポケモンのレベルを合わせてくれる。バッジ一つしか持ってないなら、弱いポケモン。全て持っているなら、一番強いポケモン。使い分けてくれる。それは、そういう決まりだからである。どの町から旅立った人にも、平等になるように、決して高すぎる壁にならないように、そう決められている。
 しかしながら、野生のポケモンは別だ。トレーナーのレベルに合わせたポケモンのみが、草むらから飛び出してくるなんて、そんなご都合主義なことはない。
 基本的に、一つの草むらに、同じ程度の強さのポケモンが集まる。その草むらの中に、強さの格差があるならば、強いポケモンが弱いポケモンを、追い出してしまうからである。
 主人が旅立つ、スタート地点であったキンセツの周りには、初心者トレーナーでは勝つことが難しいレベルの、野生のポケモンがわんさか生息していた。ヒワマキシティ周辺等と比べれば、たいしたことはないらしいが、それでも、かなり厳しい。そもそも、ヒワマキシティの人間は、この理由でトレーナーになる人が少ない。キンセツシティあたりは、中途半端にトレーナーになる数が多く、そして厳しい状況に迫られている。
 更に、強いポケモンがいる草むらには、当然、腕の立つトレーナーが集まる。これではいくらなんでも、乗り越えるのが難しすぎる。一応、乗り越えられる人も、少しはいるらしいが。
 弱いポケモンはどうやら、ミシロシティ付近等の草むらに、生息しているらしい。その町からスタートした人が、圧倒的に有利なのは、言うまでもないだろう。おまけに、ミシロ出身のトレーナーは、何やらポケモンのことを精密に調べられる機械を貰えるらしく、更にはそこの人達は、何やら才能を持っている人が多いらしく、どうしてもそれ意外のトレーナーは、彼らに勝利することができない。もはや勝てる人は、すでに決まっているも同然だった。
 更に悪いことに、バトルで得た賞金の十パーセントを、税金として持っていかれる制度が、主人が旅だった前の年から開始された。塵も積もれば山となる。たった十パーセントでも、積み重ねれば膨大な金額になる。しかもこの制度は途中で、取られる金額が十五パーセントに上がった。来年には、更に二十パーセントに上がるらしい。
 主人は勝てない日が続きお金を取られ、たまに勝利して得た賞金も幾分か減らされ、直ぐにお金に困る生活を強いられることとなった。もちろん勝つために一生懸命努力した。しかし、ポケモンを育てられる日は限られていた。たまに町に弱いトレーナーがいて、その人とバトルしていくしかなかった。
 そんな主人が拠り所にしたのが、この"ゲームコーナー"だった。
 主人は、大金を集めようと、意気込んでいた。ゲームコーナーでは、集めたコインを景品に交換できる。景品は、別の店でお金と交換できる。すなわち、コインはお金と交換できる。
 主人は、口癖のように日々自分に言い聞かせてきた。努力は報われる。やってきた分だけ返ってくる。だから、このスロットに情熱を注げば、注いだ分必ず返ってくる。それも、トレーナーをやって報われなかった分も、同時に返ってくる。コインの量として。お金として。
 けれども、全然コインは溜まらない。所持金は更に減っていき、財布の中は惨めな状態になっていった。
 主人の目は、もはや怖くてちゃんと見ていられなかった。ギャラドスのような、赤い目をしていたのだけは覚えている。主人は、最後の一枚で、リールを回した。結果は、あえなく敗北。主人はがっくりとうなだれた。所持金も後僅かだ。
 しかしそのとき、非現実的な事態が発生した。スロットが突然光り始めた。その光は、僕が入ったボールへ向けられた。あっと思った次の瞬間、ハスボーである僕は、スロットの絵柄になっていた。このときの衝撃は、今も忘れることはない。最初は夢だと疑った。頬を一生懸命抓った。痛みを感じた。これは現実だと知った。どういうことだ。スロットの絵柄になったのか。けれども、自分はこうして動いている。パニックになって、それからは覚えていない。いつの間にか気絶していた。セブンさんに起こされた。これが、セブンさんとの出会いだ。
 そしていつしか、セブンさんとこのような賭け事を、するようになっていた。
 スロットの中から脱出する。それは、実は難しくない。けれども、僕はまだまだそれはしない。今出てしまうと、膨大な借金を抱えてしまう。その借金は、主人の所へ流れてしまう。これから借金を0にして、いくらかお金を得られなければ。
 そうすれば、主人はまた立ち上がれる。お金さえあれば、なんでもできる。傷薬を買いまくって使いまくれば、強いポケモンも大概倒せる。ボールだっていくつでも買え、手当たり次第に捕まえられる。


  
 思い出した。僕がやるべきこと。やらなくてはいけないこと。それを自覚した。
 今、終わらせてはいけない。膨大な量の借金が、主人の元へ課せられてしまう。それだけは、絶対に合ってはならない。
「すいません、まだ止めません」
 聞こえているのか否か。どちらにせよ、セブンさんは、振り向きもしてくれない。
「まだ止めません!」
 大声を出しても反応がない。つまり、わざと聞こえないふりをしている。
 諦めては駄目だ!
 僕は走って駆け寄った。セブンさんの元へ駆け寄った。必死になって叫んだ。
「お願いします!僕と賭けを やって下さい! 主人をなんとしてでも救いたいんです! 今の状態ではいけないんです。僕がお金を手に入れて、主人をまた立ち上がらせる。主人は本当は、堕ちてはいけない人間だった。頑張っている人間が堕ちるなんて、不条理にも程がある。そんな不条理、僕が壊してやる! 僕が主人を、不条理から助けてやるんだ!」
 感情を吐き出した僕に対して、セブンさんはようやく振り向いてくれた。表情なんてないけれど、ニッコリと笑っているような気がする。
「合格だよ」
「ごう、かく?」
 僕は思わず、怪訝な表情を浮かべる。
「試したんだよお前のこと。よく折れなかった。えらい!」
「じゃあ、僕が本気がどうか調べるために、わざと冷たい態度を……」
「そうだ。途中ちょっと笑いそうになったけどな。名演技だっただろ」
「そうだったんですか……。びっくりした」
 僕の顔から、今後は自然と笑みがこぼれる。真実を知った僕の胸には、絶望という名の二文字はなかった。セブンさんは、見捨ててなどいなかった。良かった。これで僕は。
「お前はやっぱり本物だ。この私が保証する。きっといつか、当てられるときがくる。借金返済なんてあっと言う間だ。お前の目の輝きは、まだちっとも死んじゃいない。前とおんなじだ。だから、大丈夫だ」
「はい!」
「じゃあやるか、もう一戦!」
「次こそは必ず当ててみせます!」
 報われる。



 次のお客がやってきた。この人間はもはや、生気を失っていた。顔面蒼白。この四字熟語がピタリと当てはまる。しかし、顔面蒼白とは、何かショックなことが起こったときになるもの。まだこれから、ショックを受ける恐れがあるのに。腰にいつくかのボールがある。彼はトレーナーだろう。髪の毛はほとんど白髪で、四十歳以上にも思えた。しかし服装を見る限り、若者である可能性もある。
 もう何回も、ここに通っているのだろう。非常に慣れた手つきで、コインを投入していく。しかし、途中激しく咳き込む。体をふらっとさせる。口を押さえた右手は、真っ赤に染まっていた。彼は大丈夫か。
 とにかく僕は、この一回に全てを賭ける。今度こそ、絶対に当たってほしい。いや、絶対に当たれ。主人が頑張っても報われなかった。これは不条理なことだった。ここで僕がお金を得られれば、その不条理が消えてなくなる。普通の状態となる。
 三つのリールが、回転を始める。
 この人は、なかなかボタンを押さない。目に火花を散らして、絶対に絵柄を揃えようとしている。ようやく三つ押し終えた。だが、揃わない。そして彼は、呟かない。これは長期戦になりそうだ。
 二百回は繰り返しただろうか。大当たりを二回も引いたのは、流石ベテランだ。しかしだんだん、調子が悪くなってきた。そして彼はいよいよ、独り言を放つ。


「ああ」


 その後も、全く当たらない。前の人よりも、調子が悪くなってきた。さきほどの大当たり二回が、実力なのか運なのか、もう分からなくなってきた。彼の口からまた独り言。


「×××××」


 と、思ったら違った。彼は思いっきり、真っ赤なものを吐き散らした。正直、こんなになるまでスロットに熱中するなんて、どうかしていると思う。