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  [No.3319] 眠れる星 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2014/07/07(Mon) 20:47:50   100clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 七夕なので、映画『七夜の願い星 ジラーチ』で二本立てです。



 へとへとになってやっと辿り着いた町では、七夕祭りがやっていた。来る前は町についたらポケモンセンター
で休もう、と四人(と一匹)で満場一致だったのが、祭りがやってると知るや、全員で元気を取り戻し、会場を
見て回ることになった。

 大きな網ですくうトサキント掬いに悪戦苦闘しているカップルや、かわいいピカチュウやピチューのお面を眺
めているうちに、マサトとハルカはサトシたちとはぐれてしまった。おねえさーんと目をハートにして走って行
くタケシをピカチュウとサトシが追いかけていって、戻ってこないのだ。

 この人混みのせいで、いつもタケシの耳を引っ張ってたしなめているマサトも、うまくタケシを止めることが
出来なかったのである。最初は二人で探していたのだが、何しろこの人混みでは行きたい場所に移動するのも一
苦労、すぐに諦めて祭りを楽しむのに専念することにした。

 ポケモンセンターの位置は事前に調べて全員把握していたし、適当にまわったところで戻ればまた落ち合える
だろうという判断である。

「マサト、はぐれないように手を繋いでなさい」
「やめてよ、もう子どもじゃないんだから」
「あんた小さいんだから、この人混みじゃ危ないわよ」
「だいじょうぶだよ」

 子ども扱いされたのが気に入らないのか、マサトはプイッと頬を膨らませて、先に行ってしまう。勝手な弟の
行動に、ハルカはため息をつく。そういうところが子どもっぽいというのを、果たして弟は理解しているのだろ
うか。

「もー、手は繋がなくてもいいけど、勝手に歩いてっちゃダメよー」

 仕方なく人混みをかきわけながら、マサトの後を追う。
 幸いマサトは少し離れたところで立ち止まっていたので、苦労はしなかった。

「見ておねえちゃん、すごくおっきい」
「ホントだ」

 マサトと同じようにハルカが空を見上げると、笹というよりは竹のような大きさの笹の枝がいっぱいに広がっ
ていた。

 笹は、折り紙で作ったわっかや、よくわからないヒラヒラした飾り、スイカ、折り紙の織姫彦星さまをいっぱ
いにくっつけて、サラサラ揺れている。織姫と彦星をイメージしているのだろうか。飾りの中に紛れた短冊は、
ピンクと水色で統一されている。

 笹は商店街の軒先に括りつけられていて、店の主人らしい男性がやってきて、ハルカ達に短冊を差し出した。

「お嬢ちゃんとボウズも、一枚どうだい? 今年の七夕はいい天気だから、織姫と彦星も願いごとを叶えてくれ
るかもよ」
「ありがとう、おじさん。マサトもやったら?」
「うん」

 用意されている台の上に短冊を置いて、ハルカは何を書こうかと悩んだ。

 後数キロ痩せたい?
 今日のご飯はシチューがいい?

 疲れているせいだろうか、なんだか直接的な願いばかりが浮かんでしまい、首を振る。マサトの方を見ると、
もう書き終わったらしく、既に短冊を飾りにくくりつけていた。

「マサトは何てお願いしたの──」

 何気なく弟の手元を覗きこんで、ハルカは周囲の音が一瞬、全て消え去ったような錯覚にとらわれた。もちろ
んそれは気のせいで、すぐに祭りの騒がしい喧騒が、焼きトウモロコシやあまい綿菓子の匂いとともに運ばれて
くる。

「……マサト」
「うん、わかってるよ、おねえちゃん」

 なんと言ったらわからないハルカにマサトは振り返って、笑ってみせた。
 涙のひと粒もなかった。
 代わりに、まだまだ子どもの手が、ハルカの手に重ねられた。

「おねえちゃんが短冊書きおわったら、戻ろっか。ボクもうお腹すいちゃったよ」
「……そうね、じゃあ戻ろっか」
「短冊はいいの?」
「わたしは、別にいいかも。すぐに叶えたいってお願いもないし」

 短冊とペンを規定の場所に戻して、ハルカは弟の手を握る。さっきみたいな抵抗はなかった。

 自分のポケモンコーディネーターになりたいという願いは、これから努力すればいつかは叶うものだ。

 だけどマサトの願いは。

「サトシ達もまだ戻ってるとは限らないし、ちょっと屋台でなにか食べていこっか」
「ええーっ、もう夕飯の時間だよ、いいの?」
「たまには、ね。一個だけならだいじょうぶよ」
「やったあ! 何にしよっかな」

 ハルカに言ったように、マサトにもわかっていた。久しぶりに会えた想い人に夢中な織姫と彦星は、地上の人
間の願いなんて知ったことじゃない。

 願いを叶える星はマサトの思い出の中だけで微笑んで、遠い自然がいっぱいの土地で眠っている。



 かなわないちっぽけな願いを乗せた水色の短冊が、大きな笹の枝の隅で、ヒラヒラとそよいでいた。



 ──ぼくを見守りながら眠っている友達に、もう一度逢えますように。  


  [No.3320] おどろかす 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2014/07/07(Mon) 20:51:53   122clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ファウンスは様々なポケモンと植物が共存している豊かな土地である。だが夜も更けたこの時間帯では、ほ
とんどのポケモンは眠りについて、風さえもないせいか本当に草木さえも眠っているようだった。

 ポケモンも草木さえも眠っているであろうこの時間に、ダイアンは目が冴えてしまいしまいこっそり抜けだし
て夜の散歩に勤しんでいた。

 なぜ目が冴えてしまったのかといえば、グラードンの形をした怪物(あれをポケモンとは呼びたくない)をバ
トラーが呼び起こして以来、ファウンスの一部の土地は土地が枯れてしまっていたのだが、この前研究の成果が
出て、僅かながら小さな草の芽が顔を出したのである。

 水ポケモンと草ポケモンから採取した細胞で作った装置での試みが上手く行ったのだ。枯れ果てた土地に再び
根付き始めた植物付近では、ニョロモやナゾノクサなどのポケモンの姿も見られた。

 特に喜ぶ様子を見せるでもなく、まるで自分たちの子どもを見守るように、そっと草の芽を見ている様子は、
草の芽が本能的に自分たちだったものによって作り上げられたものだということを察しているようである。

 ポケモン達に害を成したり環境に影響を与えるわけにもいかないので、歩みの遅いケンタロスのような進みに
なるだろうが、少しずつまた美しい自然が戻ればいい。

 そう、自分とバトラーの関係のように。そう考えたところで、近くの草むらが騒がしい音をたてた。あまりこ
の辺りには夜にも活動するポケモンはいないはずだが、全くいないというわけでもない。気にせずに散歩を続け
ようと歩みを進めたところで、草むらから影が飛び出した。

「グオオオオオッ!!!」
「キャ──ッ!!!!」



「ダイアン!?」

 悲鳴を聞きつけたバトラーは寝床から起き上がり、近くで眠っていたはずのダイアンの姿がないことを知ると
、キャンピングカーから飛び出し、悲鳴のした方向へ駆けだした。

 つい数秒ほど前まで眠りの淵にいた意識はとっくに覚醒して、焦りばかりが体を支配する。今は悔い改めて環
境を元に戻そうと精を出しているとはいえ、今一部の環境を壊してしまったのは自分が招いたことである。

 ポケモンたちは基本的に言葉を話すことは出来ないが、決してかつての自分のように馬鹿ではない。本能的に
自分がやったことを知っていて、恨んでいてもおかしくはない。

 だが、ダイアンは。ダイアンは何も関係ないし、悪くない。ただ自分のことをそばで支えていてくれただけだ


 制裁を加えるのならば、この場所の環境を戻した時に自分に向かっていくらでも加えればいい。
 だからダイアンだけは。

「ダイアン!? どこだ、ダイアン──ッ!!!」

 叫ぶ。何も反応は帰ってこない。

「ダイアン!!!」
「いや、ちょっと、やめ──っ」
「ダイアーン!!」

 微かに聞こえた声を頼りに、再び駆ける。
 無事でいてくれ──。
 やがて遠くに、よく見知った美しい金髪が見えてくる。
 どうやらポケモン──暗くてよく見えないが、おそらくゴースト──に襲われているようだ。

「ダイアン! 今助けるぞ!! ダイア……」

 モンスターボールを投げようとして、ようやく様子がおかしいことに気がついた。

 笑っているのである。

 しかも最近また見せてくれるようになった、子どものころ自分がマジックを披露して喜んでいた時と、同じ顔
だった。

「ちょっと、やめてってば、もう」
「グオー」

 ゴーストは消えたかと思えばダイアンのすぐ目の前に現れたり、意味もなく周囲をぐるぐる回ったりしている
が、特に敵意はないようだった。

 その様子を見て、バトラーはようやく警戒を解く。

「あらバトラー。どうかしたの?」
「いや、君の悲鳴が聞こえてきたから、どうしたのかと──」
「眠れなくて散歩してたの。起こしてしまってごめんなさい。でもだいじょうぶ。ちょっとこの子に驚かされた
だけだから」

 ダイアンはまた笑って、さっきから自分の周囲を回っているゴーストの頭を撫でてやった。かまってもらった
のがうれしかったのか、ゴーストはまた素早い動きでダイアンの周囲をぐるぐる浮遊している。

「ファウンスにゴーストとはめずらしいな」
「そうね。多分遊びにでも来たんじゃないかしら? 昔よく言われたじゃない? 夜中に遊んでる悪い子は、ゴ
ーストがやって来てさらっていっちゃうわよーって」

 ダイアンが本気で言っていないように、ゴーストに特に邪気はない。驚かしたのも、自分以外に夜活動してい
る生き物を見つけて、遊んで欲しくなっただけのようだ。

 人間にも夜型生活の者がいるように、ポケモンでも夜生活する種族や個体は珍しくもないが、あまりこの辺り
では夜に活動しているポケモンはいない。

 ダイアンの言うとおり、他の土地から遊びに来たのだとすれば、せっかく来たのに遊んでくれるポケモンがい
なくて寂しかったのだろう。

「ずいぶんダイアンに懐いているな」
「元々人懐っこい子なのかしらね。それとも私がゴーストに好意的だからかしら?」
「好意的、」
「あら、妬いてくれてるの?」

 ゴーストを撫でながら問う彼女の笑みは、なんだかゴーストでなく女幽霊のような、妖しい雰囲気をまとった
気がする。なにかあったのかと思って走ってきたのに、こうしてのんきにゴーストと戯れていたのが面白くない
のは事実なので、反論できない。

「すごい剣幕で私のことを呼びながら走ってきてくれたものね。嬉しかったわ」
「うう……」

 心配してくれたのが嬉しかったのは心からの言葉だろうが、こうして蒸し返されると恥ずかしい。言葉もない
状態だった。

 黙りこむバトラーに、ちょっといじめすぎたかしら、ごめんなさい、とダイアンは軽く頭を下げた。

「でもこのゴーストがかわいい、って思うのは本当なの。なんだか昔のあなたに似ているんだもの」
「似ている?」
「ええ。人をおどろかすのがそっくりだったあなたにそっくり」

 ずいぶんあなたには驚かされたっけね、とダイアンはゴーストの頭を撫でながら、懐かしそうに語った。

 誕生日にもらった花束から何匹ものキレイハナが出てきたことや、急に目の前で消えたと思ったら木の上でラ
ルトスと一緒に手を降っていたこと。

 どんな時もずっと一緒にいてくれた彼女の口から語られる言葉には、果てがないようにさえ思える。空に輝く
無数の星の数ほどある想い出を一通り語って、ダイアンはまるでイタズラをするゴーストみたいに笑った。

「これだけあなたに驚かされたのだから、今日の一回くらい私がバトラーを驚かせてもいいと思わない?」
「私はもうずっと、君に驚かされているよ」

 バトラーはダイアンの自分よりも小さな手を取って、耳元に顔を近づけ囁いた。

「こんな私のそばに、君がずっといてくれること。この驚きに比べたら、私のマジックなんてまだまださ」

 二人の周囲を、ゴキゲンなゴーストがくるりと一周する。
 夜空には千年彗星のような、美しい流れ星が駆けていた。