──基本的にポケモンは草むら、洞窟、湿地、廃屋など、とにかくあまり人の手の入っていないところ、もし
くは入らなくなったところに生息する。
と、どこぞの偉い博士は言っていた。
なーんて偉い人の言葉をあざ笑うように、今日もガーディの散歩をさせるどっかのお父さん、チョロネコを連
れた着飾った貴婦人、コラッタにナッツをあげる男の子なんかがいっぱい外をうろついているわけだけど。
まあその言い方はオレの揚げ足取りで、偉い博士が指しているポケモンというのは野生のポケモンであって、
人と一緒にいるポケモンは例から漏れる。というオレのフォローをもコケにするように、オレの座っている広場
のベンチ前には、オレが投げたパンクズをつつくマメパトたちがいるのだった。
マメパトは人になれやすい種族とされている。そのせいか、いろんな人が集まってくる広場に、おれたちも混
ぜてくれよう、と言う感じにパタパタ羽を羽ばたかせてよくやってくる。珍しい光景でもない。ここでも偉い博
士は笑われる。まあ、「基本的に」だからこれもオレの難癖でしかないんだけどね。
このパンクズはただのパンクズじゃない。さっきベーカリーのおばさんから買った焼きたてホヤホヤふわふわ
のおいしいパンの破片なのだ。だからマメパトの食いつきも最高である。これはオレなりのポケモン愛である。
あんまり広場にいるマメパトにエサをやると居着いてしまってよくない、と異議を唱える人も多いけど、そこは
まあ、間違った方向に行く人もいるものの、ポケモンには基本的に甘いこの世の中、あんまり大きな問題にはな
らない。
「おっと、品切れだ」
考え事をしながらもずっとまいていた、マメパトたちが食いやすいように小さくちぎったパンクズも底を尽き
た。もうないよ、と空っぽの紙袋の中身をマメパトたちに見せてやると、理解したのかマメパトたちは空へと去
っていってしまった。このあたりのドライさも、マメパトにエサをやることがあまり問題にならない理由の一つ
だろう。
基本的に、マメパトたちは広場や公園に遊びに来るだけで、そこに移住することはないのだ。
ドライと言ったけど、マメパトのフレンドリーさを配慮すると、友達と遊んでも夜になったらじゃあまたねで
お別れするのが近いかもしれない。理由はともかく、とにかく定住することがないから、街で野生のマメパトと
バトルするという例もあまりない。
ところがどっこい、とっくに全員飛び去ったと思っていたはずのマメパトが、たった一匹一羽だけ、まだ広場
に残っていた。どうもくいしんぼうらしくて、パンの残りをくちばしでつっついては食べつっついては食べにい
そがしい。
一段落して、羽づくろいをしてから、マメパトは自分をじっと見ているオレに気がついたようだった。なーに
? って感じで首をかしげてから、マメパトはオレのところへ飛んできた。
そいつはオレの肩を止まり木みたいにして、そのままひとやすみするようにじっと動かなくなった。しかたな
いからしばらく待ってみたけれど、飛び立つ気配もない。
いい加減にじっとしているのも飽きて、ベンチから立ち上がると、ようやくマメパトは目をさました。だけど
家へと戻るオレの後ろにパタパタと翼をはためかせて、当然のようについてくる。
「・・・・・・」
そのマメパトを追い払うでもなく、オレは家に帰る道すがら、また偉い博士が本の中で言っていた言葉を思い
出していた。
──基本的にポケモンは、バトルをしかけて弱らせて、それからモンスターボールを投げて捕まえる。
バトルもモンスターボールもなしにマメパトを連れて帰った日の翌日は、偶然にもオレの十歳の誕生日だった
。
──基本的に、トレーナーになりたての子どもたちは、近くの研究所やブリーダーの施設で、地方ごとのポピ
ュラーな初心者用ポケモンをもらう。
オレのすぐ近くを飛ぶマメパトと一緒に、街の外を歩きながら、オレは偉い博士の言った言葉をまたまた思い
出していた。
エサをやったらなついてしまった、桃太郎について行ったガーディやケンホロウやヤナップたちもびっくりな
マメパトをゲットしたオレは、結局ポケモンをもらうのを断った。
たしかにツタージャとかミジュマルとかボカブとか、うらやましいといえばうらやましかったし、元々仲のよ
かったポケモンとは別に、十歳を機に新しくポケモンをもらうトレーナーもいる。でもまあ、それはそれとして
、今は別にいいかな、と思ったのだ。
ツタージャたちみたいないわゆる御三家はその辺で捕まえられるポケモンでもないけど、交換でも入手困難な
ほどレアというわけじゃない。だから欲しくなった時に誰かから交換してもらえばいいかな、という気持ちが、
なんとなくあった。強さがステイタスのひとつであるトレーナーという人種にしては、のんびりしすぎかもしれ
ない。
だけど、一番最初になついたのが、草むらではなく広場で会ったマメパトであるオレには、そんなちょっぴり
変わったスタートが似合っている気がしたのだ。
マメパト自体はめずらしいポケモンじゃないけれど、バトルもボールもなくパンクズひとつでなついたオレの
マメパトは、たったひとつの、めずらしいポケモンだと言えないだろうか。
微妙に型破りなマメパトには、微妙にズレたオレみたいなトレーナーが、案外ベストパートナーなんじゃない
かな。強く育つかとか、そういう問題とは別の意味でね。
──ここまで「基本的に」と頭につけたのは、ポケモンというのが、いつ、どこで、我々のはめた型を破り、
別の行動を取るのかが全くわからない、未知の生き物だからである。また、そのような生き物に対するポケモン
と行動を共にする、ポケモントレーナーたち、いや、人間そのものもまた、型を破る未知の生き物と言えるかも
しれない。
オーキド・ユキナリ著『よくわかる世界の仕組み』ポケモン研究出版 より抜粋