初めてのポケモンをねだったのは、ほかの子供たちよりも少し遅かった。たしか、小学校六年生の九月だったと思う。その年の自由研究に選んだのは、「ポケモンの寿命の違い」というもの。来年には中学生になるのだから少し難しいことを調べなさい、と母に言われて悩んだ結果、その内容に決めたのだ。
進化前のポケモンは短命なものが多い。
進化させることで寿命が延びるポケモンがいる。
もともと長生きなポケモンは何百年も生きる。
トレーナーよりも先に死んでしまうポケモンもいる。
調べることで、色々な寿命があることを知った。家には父親のポケモンのオオスバメがいたから、彼にもいつか寿命が来るということは分かっていた。平均的なオオスバメの寿命は25年ほど。父は大学の頃に出会ったといっていたから、彼はもうそろそろ……。
それまでポケモンの死というものに直接立ち会ったことの無かった自分に、この自由研究は「死」について考えさせてくれた。そして、自分がもし、ポケモンを持ったのなら、自分はパートナーの死ぬところは見たくないと思った。
自由研究の内容は先生にとても褒められた記憶があるが、実際になんと書いたのかはほとんど覚えていない。ただ、その自由研究がきっかけでポケモンが欲しいと思ったのは確かだ。自分よりも長生きなポケモンを。
両親にねだったのは、キュウコンだった。
ロコンは野生のものを捕まえた。炎の石は、タマムシシティに父が出張があるときに買ってきてもらうことにして、要求はすんなりと通った。
その年の冬、キュウコンのボールを両親から手渡された。
美しい金の毛並、気高いその姿。
彼女を見た時、あぁ、出会えてよかったと、そう思った。
中学生になってバトルの訓練をした。
高校生になって夏休みに短い旅をした。
大学生になって自分の夢をたくさん話した。
社会人になって辛い時に涙を拭いてもらった。
結婚をして新しい家に一緒に住んだ。
子供が出来て子守を手伝ってもらった。
彼女はずっとそばにいた。
自分の周りの人が一人、また一人といなくなっていっても、彼女は私のそばに居続けた。
だが、その自分にもそろそろ迎えが来ていると感じ取っていた。
悩むのはただ一つ、キュウコンのことだ。最後の時まで彼女と共にいたいと思うが、そのまま彼女がボールに閉じ込められてしまうのはいただけない。
それならば、と私は彼女を逃がすことを決めた。
自分の体調が少しいい日、私は近くの森に頑張って歩いていった。苦しそうに歩いていると、彼女は心配そうに見ていた。その度に、「大丈夫」と声を掛ける。そして、ようやく着いた時、彼女を一度ボールに戻す。そして、彼女に語り掛ける。
「ありがとう、一緒に生きてくれて。そして、さようなら」
ボールの中で激しく彼女は動いている。それを見ないことにして、モンスターボールを投げ、彼女を逃がした。青い光の中から現れた彼女を目に焼き付ける前に、後ろを向き家に向かって歩き出した。
ずっとそうしようと思っていて出来なかったことが、ようやくすることが出来た。これで自分の役目は本当に終わったのだ。彼女は野生に戻って、きっと幸せに暮らしてくれる。ずっと一緒に暮らして、最後の瞬間に彼女と居られないのは寂しい。だが、自分手で彼女を逃がすことを決めたのはまぎれもない自分なのだ。
それから体調はみるみる悪化していった。もうベットから起き上がることもできなくなっていた。
――あぁ、もうそろそろなのだ。
そうわかった途端、自分の中にさまざまな感情が渦巻いた。
本当は誰かにそばにいてもらいたい。
一人は寂しい。
彼女に会いたい。
自分の頬に一筋の涙が落ちるのが分かった。
さようなら、などといって彼女と別れても、本当はそばにいて欲しかったのだ。なんて、自分は身勝手な人間なのだろう。自分のために、彼女を選んで、そして勝手に逃がして、それでまだそばにいて欲しいなんて願うなんて。
次々に涙が溢れてきた時、その涙がなめとられるのを感じた。
驚いて目を開けると、そこには逃がしたはずの彼女の姿があった。
「どうして……」
彼女は優しく、驚く私を見ていた。
そして、寄り添ってくれる。顔を私に擦り付けて。
それが本当に嬉しくて、嬉しくて。
「ごめんね、ありがとう。大好き、よ」
最後にそういい、キュウコンを撫でていた老婆の手はベットのシーツの上に落ちた。
一匹残されたキュウコンは、老婆の手をそっとなめていた。