「おかしいと思わない?」
彼女は言った。手には空のモンスターボールを持っている。
ここは僕達が通う大学……のとある研究室。主にポケモンの生態系を研究していて、色んな場所から捕獲してきたポケモンが生活している。
いるポケモンは様々だ。昼間は中庭で日光浴をさせたりして、ストレスが溜まらないようにする。でも夜は危険だからボールに戻して、研究室に保管する。
「何が?」
磨いていたボールを棚に戻すと、僕は彼女に視線を向けた。
ここの棚は終わった。著名なトレーナーから預かっているポケモン達だ。他地方へ行く時に、別のポケモンで挑戦したいからと置いて行ったのだ。
「どうしてポケモンを、ボールで捕獲できるのかしら」
「ゲットっていうことかい」
「一体何をどうしたら、”ゲット”になるのかしら」
彼女がボールを開けた。中は空だ。精密機械が埋め込まれた半球。
「ゲットしやすくなる方法――。体力を減らす、状態異常にする。たとえば毒、麻痺、火傷とか」
「そうだね」
「ボールの種類も違うわ。グレードも」
初心者用のモンスターボールから始まり、スーパー、ハイパー、マスター。各タイプ限定のボールもある。
ネットボールにダイブボール。前者は水・虫。ダイブは海底用。
ジョウト地方にはぼんぐりと呼ばれる木の実から作れるボールがある。色毎に作れるボールが違い、素早いポケモンが捕まえやすかったり、性別が違うポケモンが捕まえやすかったり。
ぼんぐりは主にジョウトにしか生息していない固有種のため、ジョウト以外での販売は禁止されている。
「ゲットしやすくなるって、どういうことかしら」
「捕獲しやすくなる、それだけじゃないのか」
「その原理は? どうしてボールに入れると、捕獲可能なの?」
「……どういうことだ?」
「私、こう考えたわ。捕まえようとしたポケモンを、その気にさせる。野生としての本能を失くし、人間に懐かせようとする。
強引な言い方をすれば、”洗脳”ね」
僕は唖然とした。
「それ、本当なのか」
「考えられなくはないでしょ。暴れていたポケモンが、ボールに入れただけで大人しくなるの。投げた相手がどんな奴でも懐くの」
彼女がつらつらと並べ立てて行く。
ボールによってグレードが違うのは、洗脳の度合いが違うから。安いほど軽く、高いほど重い。レベルの低いポケモンはハイパーボールで簡単に捕まえられる。体力が満タンでも。
逆にレベルの高いポケモンを、モンスターボールで捕まえるのは至難の業だ。体力を減らしていても、状態異常になっていても。
マスターボールが量産されないのは、危険すぎるから。以前開発元のシルフカンパニーを、ロケット団が襲った。彼らはマスターボールを占領しようとしていたけど、理由はそれだけじゃない。
その原理を解明できれば、ボールなどなくても、広範囲のポケモンを絶対服従させられる装置を造ることができるかもしれない。
「状態異常になると捕まえ安くなるのは、多分洗脳に抵抗する力が弱っているからよ。眠っている時が一番捕まえ安いのもね。寝てたら、抵抗できないでしょ」
「いつ君は、その理論を?」
「証拠はないから、理論って物にはならないわね。でも、捕獲用のボールがきちんと開発されて一体何年になるかしら? 既にこの話を考えた人は、数えきれないほどいるはずよ。
だって、昔は捕まえるなんておこがましいと言われていた伝説のポケモンが、今ではボールさえあれば捕まえられるんだもの。遭遇できればの話だけどね」
研究室は静まり返っていた。
僕はボールを棚に戻すと、きちんと彼女に向き合った。
「それで……君はどうするんだい」
「何もしないわ。だって意味がないもの」
「え?」
「既にモンスターボールという道具は、生活の一部になっている。それがなければ、ポケモンを捕獲するなんてできない。今さら廃止にしようにも、無理だから」