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  [No.3410] 姫様は多忙 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2014/09/25(Thu) 20:51:53   199clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 甘いピンクのフワフワドレスは、お供のバニプッチと相まって、ストロベリーアイスのようだと思う。ドレス
は置いといても、このバニプッチは舐めたい。ポケモンをいじめちゃいけないとかそういう理性の外で、ヒモが
天井からぶら下がってたら引っ張りたいという本能にも似た衝動の勢いで舐めたい。

 どうみてもコイツは、ヒウンアイスの幽霊だ。

『お姫様は今日もおおいそがし。何故なら姫は、優しいから。民のため国のため、今日も今日とて世のため明日
のため、お供のポケモンと一緒に、走り回るのです』

 手書きの台本を読みあげながら、ヒュウはなんだか胸の奥が、むずっかゆくくすぐったくなったような気がし
た。

 トレーナーズスクールの民話の授業で、『ケロマツの王子様』とか『七匹の子メークル』を情感たっぷりに読
ませられた時のような気分。

 それでも幼なじみのため、興が冷めないよう感情を込めて読んでいる自分は、お姫様とやらより健気のような
気がする。
 
 ことの起こりは、ポケウッドでの撮影がうまくいかないことに対する、メイの焦りだった。わざわざ衣装と、
撮影用のポケモンまで借りて、ついでにナレーション・他の役柄のセリフ要員として近所のお兄さんまで借りて
、こうして森の中、練習をしているのである。

 何故わざわざ森の中にしたのかは、誰も来ない人の目を気にしないでいられる場所だからだろうが、森の中に
ドレス姿でいるメイは、七匹の小パチュルに護られる白雪姫のようだ。

 ドロとか土で衣装汚さなきゃいいけどなッ! と内心思いつつ、台本を読み進める。

『あらあらあんなところでご婦人が困っております。いったいどうしたことでしょう』

 ワガママ姫が奮闘する映画の撮影が上手くいかない、とヒュウの家に押しかけてきた時、メイは自分で書いた
らしい台本を手に持っていた。ワガママ姫がワガママだから上手くいかない! と血迷った結果の執筆らしい。

 ヒュウはそんなところで撮影をしたことがないからよく知らないのだが、なんでもそこでの撮影での役者のセ
リフは、ある程度役者本人に任されるらしい。

 そうしたほうが面白いものが作れるから、という監督の方針なのだそうだが、いくらなんでもこんなに作り変
えてしまっては、怒られるか一蹴されるかのどちらかなのではないのだろうか。

 と思うのだが、何しろヒュウには借りがある。妹のチョロネコを取り返すのに協力してもらったという、大き
な借りが。

 お人好しのメイ本人が、それを盾に脅してくるわけではないのだが。ヒュウもヒュウでこっ恥ずかしいものの
、旅も一段落したし、こいつの楽しみに付き合ってやってもいいだろうとは思っている。

「あらご婦人、どうかして?」
『いつも優しくしてくれるあの人に、感謝とこの想いを伝えたいの。だけどあの人を目の前にすると、何も言葉
が出てこなくなるの』
「それならば問題ありません。語らずとも想いを伝える手段はあります」 
 
 婦人に、実際には何もない空間に向かって、優しい姫君になっているメイは優しく語りかける。ポケモンに声
をかける時と一緒の顔をしている。

 あまりドラマや映画を熱心に見る方ではないが、少なくともメイの演技は、上手いかは置いておいて、おふざ
けでやっているわけではないというのはわかる。

 撮影がうまくいかない、というのは演技力そのものの問題ではないのかもしれない。特性がたんじゅん、性格
はうっかりやのメイと、ワガママ姫の役柄のギャップがうまく噛み合わず、その噛み合わせの悪さが不協和音を
奏でて失敗しまくっているのではないだろうか。

 遠くのカロス地方では、どんな役柄でも素晴らしい演技を見せてくれる大女優がいるそうだが、流石に役者と
しては駆け出しのメイにそこまで求めるのは酷というものだろう。

 ワガママ姫よりは噛み合いそうな、お人好しのお姫様なら、ワガママ姫よりは噛みあうし、現場で一蹴されて
も、役に自分を溶けこませる練習にはなるだろう。結論づけると、さっきよりは台本を読みあげることに照れが
なくなってきた。

「この時期に迷いの森の奥の奥で咲くグラシデアの花には、感謝の心を伝える力があるのです。わたしと一緒に
取りに行きましょう」
『わたくしにそんな勇気はありません。姫様のような、勇気は』
「いいえ、だいじょうぶ。男の人だけでない、女の人にでも、いいえ、人にもポケモンにも、生き物全てに勇気
というものは存在するのです」

 そうして姫は、女の人の手を取る。なんだか姫というよりは勇敢な騎士のようだ。その姫で騎士の女の子によ
って、女性はほんの少しの勇気を持つ。

 怪物渦巻く森の中へ、姫と一緒に歩いて行く。

『ゆく道中には、人の勇気を試す怪物たちたちがウジャウジャ湧いて、姫と女の人の勇気をへし折らんと襲いか
かってきます』
「そうは行かないわ。勇気を持って前を見て進む限り、勇気は決して折れはしない」

 メイの言葉どおり、姫と女の人は、それぞれのお供のポケモンに助けられながら、どんどん森の奥へと進んで
いく。彼女たちの勇気に、森の怪物たちはずこずこ引き下がって行ったが、あと少しで花畑のある場所へ着くと
いうところで、通常では考えられないくらい大きなゴーストが、二人の前に立ちふさがる。

「出たわね!! 森のボス……ブラックフォッグ!!」

 メイの指さした先には何もないけれど、実際に立っている場所も森の中であるせいか、でっかいゴーストが見
えたような気がした。

 自分も少し物語の中に入りきっているのかもしれない。

「人の夢を食おうとしたって、そうはいかないわ!! 勇気はいつでも、無限大に湧いてくるものなのだから!


 慣れてきたと思っていたのに、オレは今から恥ずかしがるぜ!! と宣言したくなるくらい恥ずかしいセリフ
が飛んできた。笑いはしないものの、内心で自分が読むパートじゃなくてよかったと安堵する。
 
「夢を食わせはしない! バニプッチ、こごえるかぜ!」

 律儀にバニプッチが、何もない空間に向かって冷たい冷気を放つ。しかしブラックフォッグは、冷気にびくと
もせず、どこ吹く風のまま。

『冷気が跳ね返され、女の人に襲いかかります。危ない! しかし、姫の助けは間に合いませんッ!!』

 急展開だった。事前に台本に目を通していなかったから、普通に続きが気になって、今さっき恥ずかしがった
のも忘れて熱く読みあげてしまう。

「ご婦人!!」
『冷気が女の人の肌を刺します。女の人はグラシデアの花を前に氷漬け──』

 いったいどうなる。ページをめくり、続きを読み上げた。

『となるかと思われたその時、彼女の相棒のケーシィが割って入り、テレポートッ!! 危機一髪のところで、
女の人はブラックフォッグの魔の手から逃れられたのです!』

 読みながら、思わずホッとしてしまった。何読みふけってんだ。そう頭の中でツッコミを入れるのだが、一度
熱くなると止まらない、自分の性格が良くも悪くもブーストをかけて止まってくれない。

「ご無事でなによりですご婦人」
『「ええ、ありがとう、ケーシィ」……お礼を言った女の人の前で、ケーシィの体がまばゆい光に包まれます。
進化が始まったのです』

 後の展開は、悪く言ってしまえば予定調和。ユンゲラーに進化したケーシィが、ねんりきをつかってブラック
フォッグをぶっ飛ばし、見事女の人は、グラシデアの花を手に入れることが出来たのだった。
 
「さあご婦人、あの人に想いを伝えに行く時間ですよ」
『だめです、勇気が出ないのです』
「言ったでしょう、勇気は人にもポケモンにも、いいえ、生き物全てにあるのです。それはご婦人、あなたもで
す」

 尚も勇気の出ない女の人に、姫はバニプッチにおどろかすを使わせて、女の人を無理やり押し出す。

 よたよた、っと、出て行った女の人の先には、想い人の男の人がいて──。

『「やあご婦人、どうしたのですか」「あの、これを、あなたに──この花は、人への感謝を伝えるのに贈る花
だと聞いたので、摘んできたのです」』
 
 いつも優しいあなたに、わたしは心より感謝しています──。

 グラシデアの花を贈りながらも、女の人は自分の言葉で、男の人に感謝の気持ちを伝え、物語は幕を閉じる。

 顔を上げた。大したラブロマンスだ。こっ恥ずかしいほどに。だけど嫌いか好きかで言えば、ヒュウはこの話
を嫌いとは思わなかった。

 幼なじみが書いたから、という身内贔屓抜きでも、めでたしめでたしで終わるこの話は、悪くないと思ったの
である。さすがに自分の妹と一緒に「ウソハチキングとマネネクイーン」などの恋愛劇をテレビにかじりついて
見ていただけはある。

「恥ずかしいし、これが通るかどうかはしらないけどッ! 結構面白かったぜ!」
「えっへへー、そうかなあ」
「でもさ」

 このお姫様は、この後どうなるんだろうな。

 思ったことをなんとなく口に出しただけなのだが、メイは顔を真っ赤にして俯いてしまった。さっきまで死ぬ
ほど恥ずかしいセリフを虚空に向かって投げかけていたというのに、これ以上何を恥ずかしがることがあるのだ
ろうか──。

「実はね、続きはもう考えてあるの」
「へー、どんなだよ?」
「お姫様を幸せにしてくれる王子様が出てくるの。髪がトゲトゲしてて、赤と白の上着を着てて、青いズボン履
いた、王子様」
「それって……」

 ──これは恥ずかしい。さっきまでのどんなセリフよりもだ。

 王子様(ヒュウ)とお姫様(メイ)の間に漂っているバニプッチは、練習が終わってしまって退屈しているの
か、持っていた毛糸玉を短い手に持って遊んでいる。

 それは恋した相手も引きずり込んで、メロメロ状態にしてしまう──あかいいとだった。




 小ネタ入れるの好きなので調子乗って小ネタだらけ。ブラックフォッグは電撃ピカチュウから。元ネタはもっ
とケタ違いに強くてたち悪いやつだけどね。単純に好きなのはこの漫画の後に出たセレビィ映画の核心的ネタバ
レを、数年も前に食らう原因になった(笑)おつきみやまのピッピ回だったりします。「だが彼らは旅立ってい
く。なぜだと思う、サトシくん?(ちょいうろ覚え)」

 グラシデアの花きれいで好きなんですけど、何か元ネタあるんでしょうか。