注・直接的なシーンはありませんが一応BL注意。
スーパーに買い物に行けば、カボチャが安くて、店内の装飾もどこかオレンジっぽかった。ズバットやゴルバットの不気味かわいい飾りが壁に縫い付けられていて、オカルトマニアのねーちゃんの連れたゴーストはどこか誇らしげ。
ゴーストタイプのポケモンが専門のオカルトマニアのねーちゃんはともかく、園児が手に掴んだフワンテも楽しそうにフヨフヨしていたのは、まさかそのまま連れ去られたりはしないだろうな、と見ていて少しヒヤッとした。
そうなのだ。今日はハロウィンである。
カントー地方のお盆、イッシュのハロウィンには、ゴーストタイプのポケモンが活性化するという共通点がある。バトルで急に強くなるというわけではなく、陽気になるという程度の差異だけなのだそうだが。
先祖が帰ってくるという時期に活き活きとしているなんて、まったく不謹慎なやつだと思う者もいるかもしれない。だがそんなことを言ったって彼らだってお化けなのだから、そういう時分に元気になってしまうのは致し方がないことだ。
トウヤはあまり祭り事に強くこだわらない方だ。もちろんお祭りがやっていれば屋台に飛びつきたくなるし、遊びに行く時は心からはしゃぐ。
ただまあ、ホームパーティを開いてみんなを呼ぶとか、そこまで気合の入った人間というわけでもない。
それでも買い物カゴにハロウィン限定セールのおかしを何個か詰め込んでしまったのは、大人になりきれない子供の性だろうか。だけど夜中にお菓子の袋を開けるのも悪くはない。
きっと同居人である彼も、甘いお菓子を前に子どもみたいに笑ってくれることだろう。
☆
家路につくころには、きれいな星空が頭上に広がっていた。すっかり遅くなってしまったと思いながら、家のドアを開ける。
「?」
家の中は真っ暗だった。明かり一つついていない。
同居人は留守にしているのだろうか。いや、彼はちょっと眠いからと買い物に行くのを断って留守番を引き受けたはずだ。
寝てるのか、もしくは気まぐれを起こしてどこかに出かけているのなら別にいい。だがそれにしては家の中の様子が変だ。ポケモントレーナーとしてのカン、というやつだろうか。
この家には何かが潜んでいる、と、トウヤの頭は告げている。ビニール袋を持ったまま、警戒は怠らずに中に入った。
手探りで電気のスイッチを押そうとして、なにか滑らかな布に触れる。もちろん電気のスイッチの前にこんなものを掛けた記憶なんてない。
警戒していたにも関わらず、得体のしれない何かがあるということに驚いたトウヤは、暗闇に足をもつれさせ、尻もちをついた。
クケケケケケケケケケケケケケ……ケケケ……。
突如聞こえてきた笑い声に、頭から水をかぶったみたいに体が冷えた。
とはいえ流石元チャンピオン、電気をつけるのは諦めて、決して怯むことなく立ち上がり、進んでいく。
「ねえ、どうしたの、寝てるの?」
なんとなく返事は返ってこないだろうという確信を持ちながら、暗闇の中、同居人に向かって声をかける。なんとかリビングまで着いたが、そこでも同居人の姿は見当たらなかった。
だが、いる。間違いなくそこに、誰かが、何かが。手探りで電灯のヒモを探した。引っ張っていないのに、というかヒモすら掴んでいないのに、ボウッと明かりがついて、トウヤを見下ろした。
そう、その明かりはトウヤを見下ろしていたのだ。二つの黄色い目で持って。
「!? ……しゃ、シャンデラ!?」
もちろんトウヤはシャンデラなんて手持ちに入れていない。シャンデラ自体もそんなに簡単にお目にかかれるような平凡なポケモンではない。
正体はわかっていても、朝起きて部屋に見慣れないものがあったら不気味に思うのと同じで、持ってもいないそこそこレアなポケモンが電灯のように光ってこっちを見ていることに、トウヤは驚く。
残念なことに、この時点で警戒心とか元チャンピオンであるという威厳みたいなものは、みいんな吹き飛んでしまった。
ポケモンだけでなく人間も、こんらんするとトンチキなことをしでかすものである。
この時のトウヤもそうだった。ポケモントレーナーならボールからポケモンを出して応戦するとか、シャンデラと意思疎通を試みるとかすればいいのに、何故か彼が次に取った行動は、買った食材を冷蔵庫に入れに行くという、後で思い返したら自分で何やってんだお前と思うようなアホな行動であった。
シャンデラから背を向けて、ビニール袋をかかえてキッチンに向かう。キッチンは狭いので、冷蔵庫まで辿り着くのは暗闇の中でも簡単だ。手探りで冷蔵庫の取っ手を探す。
……冷蔵庫のドアはやけにツルツルしていた。暗闇に慣れた目が、冷蔵庫の光沢を捉える。はて、冷蔵庫はこんなにもピカピカ光っていらっしゃっただろうか。
答えは否である、と冷蔵庫の真っ赤な目が言っていた。真っ赤な目をした冷蔵庫から、四つの手が蔦のように飛び出す。
デスカーンだった。
もちろんデスカーンなんか手持ちにいないし、人の街に野生のデスカーンがいらっしゃるわけもない。どこからか美しく、あの世へ導かれそうな歌声が聞こえてきた。これはムウマのほろびのうたであろうか。
トウヤはキーのみとヒウンアイスとなんでもなおしを同時に口の中にねじ込まれても治りそうにない、こんらんした頭で思った。
うちはいつポケモンタワーだか森の洋館、もしくはロストタワーだかタワーオブヘブンに変貌したんだ!!
「──ちょっと、いるんだろ、N!! いったいこの家の状態はなんなのさ!!!」
とうとう耐え切れなくなって、近所迷惑も考えずにトウヤは叫んだ。
ドアが開く音がして、シャンデラが照らす暗がりの中に、若草の髪の青年が姿を現す。
「おかえり、トウヤ。驚いたかい?」
「驚くに決まってるだろ! 一体全体、この洞窟みたいな暗がりはどういうことなの!」
「──すまない、ちょっと冗談が過ぎたようだね。シャンデラ、もう少し明かりを強く出来るかい?」
青年の願いに、宙に浮いたシャンデラが体の光を強くして、部屋の中を照らす。
暗闇から急に明かりの中に引きずり出され、目を灼いたトウヤが視覚を取り戻した時に見た光景は──なんのことはない、黒い布に囲まれた室内と、たくさんのゴーストポケモンだった。
「聞けば今日はハロウィンだそうじゃないか。だからね、こうしてゴーストタイプのトモダチを呼んで、トウヤに内緒で家の中をお化け屋敷みたいにして、驚かそうと思ったのさ」
「はあ……」
お化け屋敷とハロウィンは違うよというツッコミを入れる気力すらない。頭の回転は早いのにズレているのがNという人間なのである。
「とりあえず、Nに何かあったとかじゃなくてよかった。でも」
自分より年上のくせに、怒られる直前の子どものような顔をしているNに、トウヤは苦笑する。
「お客さんが来るなら、先に言っておかないとダメだろ? Nはトモダチを呼び出しておいて、お茶菓子の一つも出さないで帰すつもり?」
手に持ったビニールの袋がガサガサと音を立てる。この数じゃ、買ってきたお菓子だけでは到底足りなさそうだ。