人参のグラッセと茹でたじゃがいも、ハンバーグが並んだ皿に、上からソースをかけた。美味しそうな香りとともに夕食が始まる。
「美味しいね」
味もそうだが、恋人と二人で作ったのだ。楽しいし美味しくないわけがない。調理の肯定全てが共同作業で、たくさん話したのにまだ話し足りない。会っていない期間のことはたくさん話したい。
この家の主、ダイゴがチャンピオンをやめてから今まで、順調とは無縁だった。けれどいつもダイゴの味方でいてくれたハルカと恋人として付き合うようになるのはそう遅くはなかった。
今もダイゴが何処か泊りがけで行く時もついて行く時もあればとどまる時もある。そしてさみしいと一日一回以上は必ず連絡する。
この話だけでも外から見たら愛しあってる恋人にしか見えない。けれど二人をつなぐのはそんな表面的なことだけでない。
ダイゴの最大の味方で、ハルカの憧れで敬意に溢れる先輩。何より信頼している人だ。地道に小さな信頼を重ねてきた。お互いに離す理由がない。
ちょっと人参が硬めだったね、こっちはちょうどいいね、ムラがあるのはなんでだろう。そんなたわいもない会話でも二人はとても幸せそうにしていた。
夕食が終われば食器を洗って、テーブルを片付けて。ふかふかのベッドに座ってテレビを見ながら交代で風呂へ。湯上りのダイゴの髪はストレートでその時はすごく綺麗だなと思っていた。でも少し目を離すとすぐにいつも見てる髪型になる理由は長く一緒にいても分からない。
夜も更け、ベッドライトの明かりを頼りに布団に入る。ダイゴの匂いがするとハルカはいつも嬉しそうだ。
「あ、そういえばハルカちゃん」
「なんですか?」
「あのね、来週にデボンの調査でシンオウの洞窟に行くんだ」
「気をつけていってきてくださいね」
「うん。何でも地質が特殊で鍾乳洞があるかもしれないって。地底湖の調査もあってね」
「私はダイゴさんが無事に帰ってくればそれでいいですよ」
ベッドライトを消した。真っ暗な部屋で、波の音だけが聞こえる。静かな空間に、もう少しだけ近づきたくて、存在を確かめたくて抱きしめた。
「離れないでね。ハルカちゃん」
手を握る。ハルカはダイゴの大きな手を握り返した。
ダイゴがいない間、家が荒れても困ると、ハルカは掃除に来る。とはいっても荷物なんてほとんどなく、すぐに終わる。
掃除を終えて玄関に鍵をかけた。今頃、家主は山のどのあたりまでいけたのだろうか。下山すると言われてる日までが待ち遠しい。洞窟になれば通信も出来ない。遠く、ダイゴがいるであろう土地の天気を眺めて、いい陽気であることに何と無く安心する。この晴天が続いてるんだと。
電話が鳴る。珍しく、現チャンピオンのミクリからだ。用事があるときはいつもダイゴから経由するので、久しく話していない。電波が通じなくてかけてきたのだろう。ハルカは電話に出た。
「ハルカちゃん? 久しぶり」
「お久しぶりです」
「落ち着いてきいてほしい。ダイゴが山で事故にあって地元の病院に搬送された。意識がなくて、できる限りの知り合いに連絡してるんだ」
そこまでしか聞こえなかった。ハルカはすでにボールを投げていた。ボーマンダが呼んだか?という感じで出てきた。何も言わずハルカはシンオウの方へ向けた。
長い距離を飛んで、ボーマンダはバテバテだ。言われたところに向かう。けが人はたくさんいるらしく、廊下は混んでいた。ダイゴの居場所を聞いて、エレベーターに乗った。
何もないように。何もありませんように。いつものようにまた……
「しばらくは無茶できないな。これを期に休養したらどう?」
「あぁ、ミクリの言うとおり……うん……ちょっと無理かな……身体中が痛いよ。」
救助された時は全く意識がなかった。病院で治療を受け、しばらくした後にダイゴは全身の痛みで気づいた。そこで入ってきたのは心配そうに覗く親友の顔。
今では少しくらいなら笑えるが、ミクリに日時や名前を尋ねられた時はなんでそんなことをと思った。それほどひどかったのだと、ミクリから聞かせられる。
「僕が一番ひどいけがってのは……ある意味心配ないね」
「まずは自分の心配をするべきだ。ダイゴのお父さんには連絡したからそのうち来ると思う」
「なんでオヤジよりミクリの方に先に連絡いくんだろう」
「持ち物の緊急連絡先にわたしの名前と番号がかいてあったそうだ」
「そういえば、ミクリの番号かいてた気がする」
「わたしはダイゴの保護者ではないはずだが……」
入り口の方に気配がした。小さな声で失礼しますとハルカが入ってきた。
「やぁ、ハルカちゃん」
「ミクリさ……ダイゴさん!!」
ダイゴをみて不安が吹き飛んだようだった。ところどころ怪我をしていて痛々しい様子だが、意識がないと聞かされていたから、安心に変わった。
「ミクリ……」
「ダイゴさん心配したんですよぉ! 生きててよかった……」
泣きそうなハルカをダイゴはじっと見ていた。ミクリは席を外すかと腰を浮かした。
「ミクリ……この子、誰?」
空気が固まる。ミクリもハルカも言葉が出てこない。
「ダイゴ、ふざけるのも大概にしてくれ。不謹慎だ」
「なんで怒ってるの?」
ダイゴは不思議そうにミクリを見た。
「……本当にわからないのか? ダイゴの恋人のハルカちゃん」
「恋人……? 僕に恋人なんていないよ?」
日付も分かる。フルネームも言える。住所だって電話番号だって年齢だって言える。野菜の名前は10個以上言える。引き算だって速い。
「なにいってるのさ。僕はわかるよ」
ベッドに臥せったままダイゴはミクリに抗議した。その目は完全にミクリしか認識していない。ミクリの後ろにいるハルカを全くの他人のように扱っていた。
ミクリはそのまま次の質問に入る。行きつけの飲み屋、ダイゴの仕事、ミクリの仕事のこと。ダイゴはこたえた。
「僕は今、デボンの研究室で地質調査の仕事していて、ミクリはチャンピオンやってるよね?」
「そうか、そこまで覚えてるならもうわかるな? ダイゴ、おまえはどうやってチャンピオンやめた?」
「えっ、誰かに負けて、それから色々知らないことたくさんあるって……」
「その誰かがハルカちゃん。おまえとハルカちゃんはポケモンリーグで戦ったよ」
驚いた顔をしてハルカをみた。戦ったことは覚えてるのに、そういえばその相手の名前も顔も思い出せない。
「……では、ダイゴのポケモンの名前は?」
ポケモンのことはさらさらと言えた。今回の事故でポケモンたちがいなければもっと惨事になったことや、ポケモンたちも無事に回復してボールに戻っていること。
「家にアーケオスをおいてきたけど、無事なのかなぁ」
「そのアーケオスの世話もハルカちゃんがやってくれてたんだ」
ダイゴの話はハルカのことだけ、全く存在してなかったかのようにいなかった。
「ハルカちゃん……だっけ? ごめん君のことは何も分からない。アーケオスの世話をありがとう……それと君はいつか……」
いたたまれなくてハルカは部屋を出た。そこにいるのは紛れもなくダイゴなのに、可愛がってくれたダイゴではなかった。
それにハルカを見て怯えたような目をしていた。後でミクリからあの子の目が怖い、あの子に負ける気がすると言ったと聞かされた。
「ダイゴさんが私に負けたのはもうずっと前のことじゃないですか」
自動販売機でサイコソーダのボタンを押した。コロコロと出てきたサイコソーダは、初めて二人でデートという名目で出かけた時に、ミナモのベンチで座りながら飲んだ。
栓を開けたら、機械の中で揺られたのか炭酸が溢れ出てきた。ハルカの手を濡らし、床にぼたぼたと炭酸まじりのソーダが落ちた。あの時も、ハルカのだけサイコソーダが溢れてて、それを笑いながらダイゴがハンカチを渡してくれた。
掃除の人が大丈夫かと声をかけてくれた。すみません、とハルカはその場から離れ、ベンチに座った。
そんなこともダイゴは覚えていてくれない。ハルカの存在も、思い出も全て消してしまった。認めたくなかったけれど、これが現実だった。認めることなんてできない。涙も声も止めることなく、サイコソーダを口に入れた。
ハルカが出ていってから、ミクリも少しして職員から追い出されてしまった。どこに行ったかわからないし、この崩落事故でマスコミが病院に押しかけてないとは限らない。
ダイゴと一緒だった人たちは軽傷だった。あの規模の崩落でよくも生きていたものだ。初めてのところではなかったのと、通報が速かったのが原因だろうか。
ロビーのテレビで事故のニュースをやっている。いまはどこもこのニュースばかりだろう。ダイゴの親とすれ違いにならないように、帰るのはもう少し後にしようとミクリは雑誌を手に取った。シンオウの旅行雑誌に今回の山と地底湖があるということも写真に載っていた。なるほどこれだけの美しい水を湛えた地底湖は観光も人気がありそうだ。奥まで見れないが、手前だけでも見る価値はある。
「ミクリ君」
声をかけられてミクリは雑誌を置いた。ダイゴの父親だ。ダイゴ自身は無事だと伝えると、ほっとしたような顔になった。
「ただ……本人は元気ですけど……」
「というと?」
「いえ、ダイゴの病室はこちらです」
これは二人の問題だ。ミクリは口を閉じた。処置が終わっていたらしく、病室にはダイゴしかいなかった。そして父親を見るなり、ダイゴの顔つきが変わる。
「オヤジ!?」
「元気そうじゃないか」
「僕は元気だよ。それよりみんなの保証とか」
「それは手配する」
こんな時でも自分の心配より一緒にいた人の心配をしていた。今度のことはデボン社指導だったこともあり、見舞金は出すことを聞かされてダイゴは安心したようだった。
家族も来たことだ、もう居座る必要はないだろう。ミクリは席を立つ。父親に礼を言われ、また後日に礼をするとダイゴも床から声をかける。
「ところで、いつもならすぐ飛んできそうな彼女はどうした」
ミクリが出て行くと同時に話しかけられ、ダイゴは咄嗟に反応できなかった。
「えっ」
「散々ごねたあの彼女だよ。どうした。心配かけたくなくて連絡してないのか」
「ミクリと同じことを言ってる……」
恋人がいる。けれどそれが誰だか分からない。名前も顔も、どんな人だったさえ思い出せない。なのにまわりの人は皆知っている。その感覚が気持ち悪い。
シンオウからホウエンへ戻ったのはあれから少し経った後だった。まだ軽く痛みがあるが、事故当日よりはマシだ。
「あの子が……そうなのか……?」
自分のポケナビの記録を見て、確かにハルカと待ち合わせたり、遊んだりしているような連絡をとっている。これは恋人と言った関係でもおかしくない。なのにその始まりはいつだったか、誰に聞いても思い当たる節はない。
しばらく静養する。ダイゴはトクサネの自宅に戻った。見慣れないものが置いてある。これがもしかして彼女のもので、遊びにくるからとっておいたのかもしれない。
それぞれをじっと見るが、なにも浮かぶことはない。他にも探してみようと部屋を探ると、自分だったら来客が来て困らないようにとっておくだろうなという品があちこちにある。
「僕に、本当に恋人がいたのか……」
現実に証拠を突きつけられて、納得するしかなかった。記憶は全くないのに。
ハルカから遊びに行きたいと連絡があったのは数日も空かなかった。用事もないし、ダイゴは迎えることにした。
扉を開けてハルカを迎えた時、その幼さに驚いた。もしこの子が恋人だとして、こんな年下の子が?と自分が信じられない。
「……ハルカちゃんは……何才なのかな?」
「17ですけど……本当に、わかりませんか?」
同じダイゴのはずなのに、全く知らない人に話しかけてる気分だ。ダイゴはハルカから目をそらしてごめんね、と言うだけだった。
「ミクリもオヤジも同じことを言ってた。すると僕が君を忘れてしまったことになるね」
「……あの、これ少し前のメールとかです」
二人でやりとりしていたものを見せる。ダイゴはハルカから端末を受け取ると、不思議そうに見ていた。自分のポケナビと文面が同じだったからだ。
「そう、なんだ……」
「ダイゴさんは……あさりの味噌汁好きでしたよね……」
「あっ、うん……そうだよ」
沈黙が通り過ぎた。好きなものも変わらないのに。
物を投げつけてなぜ覚えていないんだと叫びたかった。でもダイゴがハルカを見る目がいつも悲しそうで、ダイゴも辛いのだとわかった。頭でわかってても感情はついてこない。裏切られたようだった。
「ダイゴさん、今度遊びに行きたいです」
「いいよ。どこに行きたいの?」
「一番最初に行った遊園地」
「ごめん。そこはどこ?いつ頃行ったのかな?」
なにも自分が一番傷つく方法を取ることはないのに。過去のことは覚えてないのだから。それを確かめなくたって、事実なのに。
少しでも思い出してくれないかなと期待したのはハルカの勝手だ。その話をしたらそれをきっかけに話せると思ったのもハルカの勝手だ。
ダイゴだって困っている。苦しんでいる。でも苦しくて困っているのはハルカも同じだ。
「……ダイゴさん、お化け屋敷はなにも怖くないって言って何も動じませんでしたよね。それなのにジェットコースターですごい震えてましたよね。ポップコーンだって野生のキャモメに取られたし、ボールホルダーが切れちゃって代わりの買ってくれたじゃないですか!」
最後は言葉にならず、涙と絶叫でほとんど聞き取れなかった。ハルカの背中を優しくさすり、ダイゴはごめんね言った。
「ダイゴさんのバカ!」
ダイゴの手を振り払った。過ごした日のことは、ダイゴの中にない。いっそ全て忘れていたならまだよかったのに。どうして自分だけがこんな目に合うのか。いままでこんなことをされる仕打ちをした覚えはない。
ダイゴは困っていた。もし逆の立場であったら絶望しかしない。けれどハルカのことは、本当に何も覚えていない。遊園地に遊びに行ったことなんてないはずだし、こんな年下の子と遊びにいくことが信じられなかった。
大丈夫かい?
そんなメッセージがハルカに届いた。ミクリからだった。ダイゴと会ってから元気でなくて食事もあまり進まなかった。それをセンリから聞いたようだった。返信するのも億劫だったが、一言大丈夫ですと返した。するとすぐにルネに来ないかという誘いが来た。ルネシティでの祭りがあるのだそうだ。人のいるところは気が進まない。どうしようか考えていると、ダイゴは来ないよとメッセージが入った。
気を使われている。ミクリは昔から気を使ってくれた。ダイゴと付き合うことを言った時、本当に親しい人にしか言わなかったのに皆嫌そうな顔をした。何を考えているんだとか、財産狙いとか、心ない言葉もたくさん言われた。でもミクリはダイゴに一番近かったのに、よかったじゃないかと言っただけだった。そしてダイゴが人に興味持つのはすごく珍しいからね、大切にしてもらいなよと。今ならその意味も分かる。それとどれだけミクリに心配されていたのか。
行きますと打って、ハルカは体を起こした。ルネシティに行こう。ルネシティにいるミクリに会いに。
今日はチャンピオンは休業、とばかりに帰ってきたミクリはすでに人に囲まれていた。老若男女問わずモテる。ダイゴとはまた違うモテ方ではあるけど、ミクリの恋人は大変そうだ。
ハルカを親友の恋人なんだとみんなに紹介し、ルネの美味しいもの食べさせてあげてと人の輪の中に入れてくれた。ルネの人たちは本物だとか本当に付き合ってるんだとか、テレビの向こうの人と話すように接してきた。おかげでルネの美味しい魚や貝をたくさん食べることができた。
ダイゴにルネでお祭りがあるよと誘われ、ミクリにも挨拶程度に遊びまわったことがあった。その時と同じ味がした。
少しだけ元気になれたが、ダイゴに会う勇気はなかった。ダイゴは今、何をしているのかさっぱりわからない。ハルカがいなくても成り立つ生活なのだから。
ポケナビが鳴る。ダイゴからだった。着信が続く。とっていいものかと震える手で通話を押した。
「ハルカちゃん?」
「えと、はい」
「あー、よかった! 今度の休みでミナモデパートに買い物行くんだけど、ハルカちゃん一緒に来てくれないかな?」
いきなりどうしたのだろう。ハルカはしばらく考えて行くと答えた。
当日になって約束のところに行くと、ダイゴはすでに待っていた。待ちきれないといった様子で、ハルカをみて大きく手を振った。
「じゃあ行こう」
ダイゴはそっとハルカの手を握った。それはとてもぎこちなく、ダイゴなりに申し訳ないと思っているみたいだった。でもそんな無理をしてほしいわけではない。
「ダイゴさん、無理しなくていいんですよ」
ダイゴにはいろんなものを見せた。もらったもの、あげたもの。どれもハルカに結びつくことはない。その努力は実らぬまま、時間だけが過ぎた。
もう無理なのかもしれない。ダイゴは変わらないけれど、ダイゴではないのだから。その笑顔も、いままでのダイゴと同じではないのだ。
事故のことは関わった人以外、ほとんど忘れ去られていた。
「何か知らないか?」
ミクリは唐突にダイゴから聞かれた。話があると呼び出され、着席した瞬間に。
「あの子の何か、僕にとってハルカちゃんは本当に恋人だったのか。他の人はみんな知ってるのに、僕だけがわからない、気持ち悪い」
ダイゴは焦っているようだった。視線が落ち着かず、ミクリに助けを求めていた。そこまでずっと一緒にいたわけじゃないから、ミクリも返答に困る。
「早くしないと、ハルカちゃんに見放される。怖い。ハルカちゃんが僕を見放す時が怖いんだ」
「……ダイゴ、自分で相談に答えているぞ。結局、ハルカちゃんのこと全て忘れてしまったとしても、お前はハルカちゃんのことが好きなのは変わりないじゃないか」
ダイゴは意外そうな顔をした。こんな焦りが答えだと言うのか。
どうして焦っているのか、その答えを知りたかった。全く記憶にない相手に見捨てられる不安はどこから来るのかわからない。なぜ来るのか。記憶がないなら、存在しないと同じなのに。存在しない相手に見捨てられても気にならないはずだ。
必死でポケナビの記録を見て、アルバムを見て、通信記録を眺めて。分かったことを書き留めて、事実をながめては記憶と一致しないことにため息ついて。なぜ彼女のためにそこまで焦っているのか。
この記憶が戻らないのならば、彼女を自分に縛り付けておく方が不幸になるだけなのではないのか。
その二つが矛盾している。どうしたいのだ。でも誰も答えてくれない。それもそのはず、ダイゴは自分で方向を決めていた。
付き合い始めは反対された。年齢が理由だったり、立場が理由だったり、それぞれの思いだったり。元チャンピオンの二人は目立ちすぎた。いつの間にか世間に知られ、二人の悪評はさらに加速した。
それでもダイゴはハルカを選んだ。ハルカはダイゴの味方で有り続けた。付き合い始めに恋愛感情があったかどうか分からない。でも関係を続けてきて、大切な人になったのだ。その人が突然、忘れてしまうなど受け入れられることではない。
ダイゴが思い出せなくても、ダイゴは生きていける。これ以上、一緒にいて傷つく必要はない。ダイゴとの思い出は思い出なのだ。
ミナモシティに誘われた。その連絡が来た時、ハルカはダイゴに言うことを決めていた。
遅く待ち合わせして、ダイゴはデパートへ行こうと言った。そこからミナモシティの夜景が綺麗に見える。ダイゴは覚えてないかもしれないが、初めて2人で来た時にハルカがその夜景に感動してはしゃいでいた。ここが終わりの場所になる。
歩いてる間、ダイゴは黙っていた。その沈黙を埋めようともせず、ハルカも黙っていた。
夜景の見えるレストランの席につき、簡単に注文する。いざダイゴに切り出そうにも言いづらい。
「ハルカちゃん、すごく聞いてほしい」
先に言われてしまった。ハルカは言葉を飲み込み、ダイゴを見た。
「この半年、僕なりに努力してきたけれど、やはり君のことはわからない。どこで出会ったのかも、どうやって過ごしてきたのか思い出せない。だから以前のようには付き合えないけど、ハルカちゃんは怪我した僕を支えてくれた人で……これは僕のわがままだ。僕の恋人になってほしい」
「ダイゴさん……本当、何一つ変わってないんですね。覚えてないって本当なんですか? 以前、付き合い始めた時と同じこと言ってますよ」
言いたかったことは全て吹き飛んでしまった。同じ人から同じ言葉で口説かれ、それが今のダイゴが切り出す確率から考えて嬉しくないわけがない。
「あの時だって、ダイゴさんは……」
僕たち、恋人にならない?
なんでって、その方が楽しいし、それにハルカちゃんを他の人に取られたくないなぁって。
もちろん、ハルカちゃんがよければだけど。
ハルカちゃんと一緒にいて、とても心強い味方だって感じたんだよ。
うん、そう。ハルカちゃんがいてくれたら僕が嬉しい。友達より、恋人でいてほしいんだ。
「そうか。僕はその時もハルカちゃんを泣かしてたのかな。進歩がないね」
「ダイゴさんが、そんなこと言ってくれると思ってなくて、もうだめかもって、もう別れようって思ってて……」
え?なんで?
ダイゴさんってそんな態度一ミリもしなかったのに。
でも突然どうしたんですか?
私もダイゴさんが一緒にいてくれると心強いです。でもなんていうか、私でいいんですか?
「以前のように付き合えないと思う。僕が知ってるハルカちゃんは怪我で動けなくて、僕が覚えてなくても一生懸命ささえてくれたハルカちゃんしかいない。このまま一生思い出さないかもしれない。それでも僕はハルカちゃんといるとすごく心強いんだ」
好き、かなぁ?
恋人になってって言っといて失礼だけと好きとは違うな。
頑張ってるハルカちゃんと一緒にいれたらなぁって。
あっ、これが好きっていうのかな?
ごめんね、よくわからないや
「私もダイゴさんと離れたくないです。何でもできて優しくて、前に恋人にってって言われて嬉しくないなんて思えない。昔のことなんて覚えてなくてもいい!私と一緒にいてください!私の恋人でいてください!」
私はダイゴさんのこと好きです。でもダイゴさんは好きじゃないんですか?
でもそれが好きってことじゃないんですか?そうじゃなかったら、私はダイゴさんのことなんて思えばいいんでしょう?
尊敬、ですかね?
「うん。もう一回、付き合ってください。僕はハルカちゃんが大切です」
記憶に拘っていたのはどちらもそうだった。過去が作り上げた関係を忘れてしまったことで、そうさせてしまった。
泣きながらもう一度ダイゴの告白を受けてから半年。あの事故から一年経つ。
それでもダイゴはハルカと初めて会ったのは病室であるし、チャンピオンルームで戦ったことを思い出せない。2人の記憶は食い違っているけれど、半年に築いた関係の方が大切だ。
今も夕食を一緒に作って一緒のテーブルについて一緒に片付ける。全く何も変わらない。ハルカが可愛らしく甘えてきて、ダイゴが頭を撫でて。気が済むまでダイゴに抱きつき、彼の持つ匂いを感じた。
そのままでもよかったが、ニュースの時間だ。ダイゴはテレビをつけた。音声に反応してハルカもそっちを見た。
「あっ、ここ……」
事故があってから一年。テレビでも特集を組んでいた。映像は事故当時のものもあったが、今の映像は元通りだった。地底湖の形が変わってしまったことくらいで、今でも透き通った水が深い湖底まで見せていた。
「この地底湖には、神様が住んでいて、炭鉱が主流だったシンオウの人たちが崩落事故に会わないようにって願ってたんだって」
「そんなところで崩落事故ってのも皮肉ですね」
「まぁ、山だからね。どこも絶対安全なんかじゃない。でも人の入れない奥にはまだ鍾乳洞とかまだ知らないことばかりで本当に神様がいてもおかしくないよ」
こういうときのダイゴは生き生きとしている。本当に変わらない。何も変わらないんだとハルカはダイゴの目を見た。
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フォロワーさんから、記憶喪失ダイゴさん(カプは自由)いいよねって話から生まれました。
ハルカちゃんなら、ダイゴさんが覚えてなくても、ダイゴさんを振り向かせた努力する子だから頑張れると思います。