(この小説には残酷な表現が含まれます)
この国の男子は成人すると帯剣を許された。己の信念のもと力をふるい正義をなしたとか。今は昔のことだ。 一人の男が公園へやってくる。腰にモンスターカプセルをぶらさげている。なかに一頭の怪獣(モンスター)を飼っていて、これは男によくなついている。男は怪獣バトル――すなわち互いに飼っている怪獣を決闘させる遊び――をするためにこの公園へ足を運んだのである。こうした遊びをする連中というのはたいていいつも決まっているものだったが、このとき男は見慣れない女をみつけた。幼顔のくせに化粧をしてミニスカートなぞはいている。年は小学校を卒業――すなわち成人――したてたくらいか。怪獣バトルにふける男たちをただニコニコとしてながめている。 ――それにしても頭の足りなさそうなツラだ。うまくすれば食いものにできるかも知れないな、と男が思う。根拠はない。 そこで、「どうだい」と話しかける、「きみも遊びにきたのだろう。ぼくに勝てたらこづかいをたっぷりやろうぢゃないか」 「アラ」突然のさそいにもかかわらず女はほほえんで、「それでしたら貴方(あなた)が勝ったら妾(あたし)どうなってしまうのかしら」 「サアどうしてくれようか」男が仲間をチラとみて、「しかしね、ここの連中は賭けごとなしでやるのが好きだから、ぼくらはあっちの方へ移ることにしよう」 「よろしくてよ、フフフ」 といって二人はひと気のない林の中にやってきた。 男がそれとなく女を木陰に追いつめる。「つかまえたぞ。いいかい、ぼくは怪獣バトルがうんと強いんだ。ナニ、もう逃がしはすまいさ。きみはぼくのものになるほかないのだよ」 「それなら」女が上目づかいで、「妾(あたし)に負けたらきっとおこづかいをちょうだいあそばせ。ちかごろてんでままならないんですもの。ですからネエ、怪獣バトル、いたしましょう」 男は調子をくるわされる。「なんだ、いやにその気ぢゃないか。まさかはじめからこうしたかったのではあるまいな」 「いいぢゃありませんか。妾(あたし)、お兄さんのモンスターをみせていただきたいんですの。勝てたらロハ(ただ)でよろしくてよ。ネエ、いたしましょう」云々といいつつ女の手がうねって男の腰のあたりにすべる。 それを男がつきとばして、怪獣バトルのはじまりを合図した。が、はたしてよい勝負だったとはいいがたい。女のくりだした怪獣はまるでやる気に欠けていて、男の怪獣が一方的に押し負かした。ところが女はそれを問題にもせず男の怪獣ばかりをほめたたえる、「へえ、お強いんですのね、よく見せてくださいませんこと。ワアなんて力量(レベル)が高いのかしら。個体値(そしつ)も素晴らしいわ……いくらか厳選なさったのでしょう。素敵な怪獣ですのねえ」 ――いやにほめるな。 男がいぶかしんだころ、 「それぢゃこの怪獣、妾(あたし)がいただいていきますわね」と女があっけらかんといいはなつ。「強奪(スナッチ)!」 「なんだと? ……アッ!」とたん、背後から黒ずくめのなにものか二人組みがあらわれて、男は地面に組み伏せられてしまう。 この隙に女が男の怪獣に向けてモンスターカプセルを投げつける。カプセルというものはもとから捕獲用具を兼ねるので、怪獣は女の虜となってしまう。うまくいったとみえて、「オホホホホホ」女の高笑い。 「そんなことをしたって無駄だぞ、ひとの怪獣がそう簡単にいうことをきくものか」 「マア貴方はモンスターというものが主人(おや)を裏切らないと信じていらっしゃるのね、ホホ。それならひとつためしてみましょうか」と女がカプセルから怪獣を解き放つ。 男のものであった怪獣はなるほど今にも女に歯向かおうという姿勢だ。 「ごらんあそばせ」女がふところからなにやら機械をとりだす、「これはなんでしょうネエ」 「学習装置……」 「アラ惜しいところでしてよ。博識でいらっしゃいますのね。学習装置とは怪獣の神経に呼びかけて戦闘技量(レベル)を上げるしかけですけれど、その開発過程で生まれた失敗作……これを使いますとネエ、怪獣は主人(おや)のことをすっかり忘れてしまいますの。いわば健忘装置なんですのよ」 男の顔面は蒼白である。それもそのはず、健忘装置なる機械にかけられた怪獣が痙攣発作をおこしつおぞましい悲鳴をあげているではないか。 「ビガヂギギィッ! ヒギイィッ! ヂガヂィッ!」 「オホホホホホホ!」 なにがおかしいか知れないが、鈴の音のような女の笑い声。 「ビビビガガッガガアアアアァァ――ッ!!」 比ゆなしに怪獣の脳天からけむりが上がっている。目玉はとうにひっくり返って、背筋は弓なり。 やはりおもしろいらしく、「オーッホホホホホ――ッ!」 「もうやめてくれ!」また男の声だってなかなかに悲痛だ、「どうしてそんなことをする必要があろうか。金ならくれてやる、なんだってする。だからこれ以上ぼくのモンスターをいじめないでやってくれ」 「フフフ、たかだかおもちゃを一匹とりあげられたくらいでそんな音をあげるなんてかわいらしいんですのネ。……アッもういいみたいだわ」 健忘装置をはずされた怪獣はまるでぽかんとして視点もさだまらないといった様子だ。 「アラアラなんてかわいらしいのかしら。ほうら、妾(あたし)があたしいご主人さまでしてよ」 と女にほっぺたをつねられるのさえよろこばしいのか、怪獣が女のひざにだらしなくすりよってくる。 「オホホ、みなさんどうかみてくださいまし。これ、このお顔の不細工ったらありませんわ。もっとつねっちゃおうかしら。それともしっぽを持って逆さにつり上げてみようかしら」 ――馬鹿にしやがって、クソタレめ。 男が屈辱にふるえ、我をわすれる。「いいかげんにしやがれ、このアマ!」とすごんで、めちゃめちゃに暴れながら、「いまにみていろ、怪獣泥棒はジュンサーにつきだしてやるぞ」ジュンサー――巡査、この時代では公務を女性が担うのが常であるからとどのつまりは婦警の俗称となる。 「ホホホ、警察にたよろうとおっしゃるのね。それなら妾(あたし)は貴方に冒されたとでももうしあげましょうかしら。そうしたら毎日遊びほうけていらっしゃるような男のもうし開きをジュンサーさんがきちんと聞いてくださいますかしらね」 去勢不安のために男が息を呑む。それをみて女がにんまりとする。そのどきりとするほどのあでやかさよ。 「なんなんだ。おまえたちは一体なにものなんだ……怪獣をおもちゃにするのを軽蔑する連中か、それともヒステリックに環境保護をうったえている一味か。ええい、ぼくの怪獣をどうしようっていうんだ」 「ナンノカノとおっしゃられては答えてさしあげなくてはなりませんわね。妾(あたし)たちは怪獣のためだとか、自然のためだとかそんな甘ったるいうつつを抜かしているんぢゃありませんことよ。この怪獣はこれからその手のマニヤに高く売り飛ばしますの」女が一息ついて、きりとした目でにらみつける。「どうぞお控えあそばせ。ただ悪徳のため、我が世のために悪事をはたらくR団とは妾(あたし)たちのことでしてよ。オーホホホホ……」
追伸。 このほどよりハンドルを改めますが、かわらぬご愛顧おねがいもうしあげます。 しばらくは以前のものと併記します。
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