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  [No.3578] 【腐向け】ピカ姫様(完結) 投稿者:焼き肉   投稿日:2015/01/21(Wed) 10:35:56   83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:サトピカ】 【腐向け

 出来たので出掛け先から投稿させて頂きます。長い&一応腐向けなので注意してください。



 金色の体毛はパチュルとも違った味わいの美しい色をしてあり、雷をあしらったようなしっぽからボルトロスと関係性のある神と呼ばれる。つぶらな黒目は黒真珠のように美しいもので、その目で微笑まれれば誰もが骨抜きにされ大犯罪者さえも精神が浄化されるという。

 かの地イッシュにおいて、ピカチュウという生き物は冒頭で語った通りの伝承が伝えられ、それはそれは大事に崇められていたという。もとより生息地が極端に少ない種族ゆえ大事にされていたものが、より希少価値のあるイッシュでは強い神秘性を持ち、神として崇められていたのだ。

 そのような経緯から、この寝る場所も召使いも食事も広すぎて多すぎる巨大な城の中に、ピカチュウはピカ姫様と(オスなのに)呼ばれ軟禁状態で寵愛されていた。もちろん服装も特注の姫様ドレスである。フリッフリピンクである。

 そんな豪華な城の中でどれくらい寵愛されていたのかというと、かわいい右前足をあげれば芳醇な香りの甘い果物が召使いによって届けられ、左前足をあげればミルタンクの搾りたて新鮮な乳が届けられるといった具合で、くしゃみでもした日には大騒ぎである。たちまち王専属の医者が天変地異でも起きたかのような形相でピカチュウの元へと走り、万が一苦みや渋みなどにピカ姫様がお気を悪くしてはいけないと、あらゆる木の実をすりつぶして調合したものにはミツハニーのあまいみつがくわえられ、ようやくピカ姫様のかわいいお口に入るのである。

 このようにして籠の中の鳥ならぬネズミ(なんだかネズミ取りにつかまったネズミのような響きである)として寵愛されつづけたピカ姫様は、ちょっぴりおデブであった。具体的に言うと赤・緑時代とかアニメ無印時代初期みたいな感じで。いいえこっちの話です。

 ついでに言うと、甘やかされまくっていたものだから性格もちょいいい感じに仕上がっていた。こんなもん食えるかー、とばかりに召使いの持ってきた食べ物を後ろ足でシッシとやって下げさせたり。気に入らないことがあるとすぐに電撃を発したり。まさに手のつけられないワガママ姫状態であった。

 だがあのプリティーなお顔が「チュウ?」と鳴きながら傾げられ、笑顔の形に緩むと、ワガママに手を焼いていた召使いも王様も、誰も彼もが「ハアアアン!!!」と悶絶し、その場にバッタバッタと倒れるのであった。ピカ姫様はそんな愚民どもに見向きもせず、茶色いしましまの背中とかみなりしっぽを向けて(フリフリドレスはうっとおしいから脱いだようだ)、さっさと天蓋つきの、ふかふかプリンセスベッドに入ってしまった。



 ピカ姫様の在住するプリンセスルームにも、もちろん窓はある。窓の外の空は、チルットの体のような青い全身に、ふわふわの羽のような雲もおくっつけていて、空全体が大きなチルットのようだ。おじさんのような神様の下半身が空一面にギッシリ詰まっているような灰色の雲はどこにも見あたらない。絶好のお散歩日和といえる。ピカ姫様はおてんば姫だから、お散歩に行きたくて長いきれいなお耳とピカピカかみなりしっぽがピクピクしていた。だけどピカ姫様はピカ姫様だから、おさんぽになんて行けないのだ。外には危険なものがいっぱいで危ない、外に出てはいけない、とお城の人間はノメルのみでもかじったのかお前らは、って感じに口を酸っぱくして言うのだ。

 もちろんピカ姫様はその過保護にうんざりしている。ピカ姫様とて立派な男の子、外で冒険の九つや八つくらいはしてみたいのだ。フリフリのドレスをうっとおしく思いながら、ピカ姫様は広いお部屋を見回してみた。

 うるさい召使いも今は部屋にいない。部屋のドアを押してそっとのぞいてみれば、見張りの兵士もうららかな昼間の日差しに、廊下に座り込んで大爆睡中である。しめた、と思ったピカ姫様は、どっから出したんでしょうねえ、自分の等身大四十センチぬいぐるみを取り出し、天蓋つきのプリンセスベッドの中に寝かせておきました。

 等身大と言ったって、今時のピカチュウぬいぐるみじゃありませんよ。CMでお姉さんが「ピカチュウ四十センチ! 大きくなったわねえ」とかちょい棒読みで言ってたあの初期ピカチュウぬいぐるみです。なにしろピカ姫様は溺愛されてちょいぽっちゃりしてますからねえ。あの時代のピカチュウぬいぐるみじゃないとバレてしまうのですよ。

 とにかくこれで、パッと見ではピカ姫様が部屋を抜け出したことに誰も気がつかないはず。ピカ姫様、気合いを入れて脱走! おお、まるでゲージから逃げたハムスターのようです。ネズミですしね。チュウチュウ。
その四つ足で走る動きやでんこうせっか! 今にもボルテッカーを編み出しそうな動きです。

 フリフリのお姫様ドレスを揺らしながら走る動きは優雅の一言! こいつは今年のポケモン映画(2014年現在)の姫様も顔負けです。何しろピカ姫様ですから。語り手が映画館でディアンシーの甘いとろけた声と仕草にメロメロにされまくっていようと、ポケモンとして新人であるメレシー族のお姫様はまだまだ遠く及ばないのです。

 数々の兵士の包囲網(ほとんどが船漕いでる、大丈夫かこの城)をくぐり抜け、ピカ姫様は久しぶりにお城の外に飛び出しました。きれいな青空をピカ姫様が見上げると、大きなチルットのようなお空もこんにちは、ピカ姫様、と微笑んだように見えます。

 ピカ姫様は気分を良くして、四つ足で駆けていきました。ピカ姫様が四つ足で走っていると、動物らしさが強く現れていてかわいらしいですね。かわいいドレスが汚れるのも構わず、ピカ姫様が四つ足で走っていった先には、きれいな草原がありました。おいしそうなラズベリーやいちごやきのこ、かわいいヒマワリやテッポウユリなんかがたくさんあります。ひときわ大きな草は、ナゾノクサでしょうか。

 ラズベリーやいちごも捨てがたいですが、まず最初にピカ姫様はナゾノクサに話しかけました。

「ピーカー」
「ナゾ、ナゾナーゾー」

 ピカ姫様のうるわしゅうあいさつに、ナゾノクサは地面からボコッと飛び出して返事をしました。こんにちは、いい天気だね。そんな感じのことを言ってるみたいです。ピカ姫様があいさつをすると、ナゾノクサの体が光って、一回りほど大きくなりました。流石はピカ姫様、あいさつ一つで下々のナゾノクサをせいちょうさせることも可能らしいです。

 気分の良くなったピカ姫様は、さっそく草原にいっぱい生えているラズベリーやいちごをムッシャムッシャと食べ始めました。それにしてもここの草原のイチゴは大きいですね。ピカ姫様のお顔くらいはありそうです。ですがピカ姫様は「ガウウウルルッシャール」とか字にしづらい鳴き声をあげてムッシャムッシャ食べてます。「ピカ〜♪」なんてご満悦な声まであげてやがります。かわいいです! 語り手を64のコントローラー片手に悶絶・EDで号泣させたあのかわいい画面が、今ここに再現されているのです!

 かわいいお姫様ドレスが汚れるのもなんのそのでイチゴとかラズベリーを食べていたピカ様に、忍び寄る不吉な影が三つ。ポケモン一匹に人間二人。ポケモン一匹と人間の片割れは男のようです。

 男二人に女一人のコンビと言えば・・・・・・。ドロ●ジョ様一味ですね!

「ちがうわよ!」
「失礼なやつだニャー」
「まあ元ネタはそうらしいけどな」

 さりげなくフォローを入れてくれる青年は、三人の中でも特に人がよさそうです。こいつら転職すればいいのに。

 語り手の感想はともかく、この三人はロケット団!(アニメの方の)

 狙いは麗しのピカ姫様のようです! なのにピカ姫様ったら、イチゴやラズベリー果汁のついたかわいいおててを舐めてきれいにするのにいそがしい! ああかわいい! すっかりキャラクターとしてカスタマイズされてもまだまだ動物っぽさが伺えますね!

「なんでこんなとこにいるのかはしんないけれど」
「イッシュのピカ姫様とくれば」
「サカキ様も大喜びだニャー」

 この後サカキ様がよろこぶ様子を三人仲良く想像しているようですが以下省略。とにかくうららかな草原のピカ姫様の憩いは、悪者三人の手によって終わりを告げました。延びてきたアーム(古いロボットのおててみたいなやつ)によって体を掴まれ、マメパトが入っていそうな持ち運び式の小さな檻の中に放り込まれてしまいました。

 当然おてんばピカ姫様のこと、電撃で檻をぶち破ろうとしましたが、不思議なことに檻はびくともしません。

「ニャッハッハッハッハ、この檻の対電気用対策は万全なのニャ」
「くやしかったらなんとか言ってみろー」
「んじゃとっととずらかるとするわよ」

 ああピカ姫様絶体絶命! このまま誘拐されて、ここには書けないようなあんなことやこんなこと(どんなことでしょうね、多分なつかしのスーファミでもサカキ様とやらされるのでしょう、)をされてしまうのか!

「まてー!」

 魔王あるところに勇者あり、悪栄えんとするとこに正義あり。

「お前ら、そのピカチュウをどうする気だ!」

 黄色いネズミいるところに少年あり。サートシくん(どっかのライバル風)です! ピカ姫様を助けんと、華麗にやって来たのでございます!

 ・・・・・・実際は草原のナゾノクサと遊ぶためにやってきたところを、見たことない変な奴がいたから走ってきたようですが、とにかく我らがサートシくんがやってまいりました!

「どうするって・・・・・・」
「サカキ様に献上して幹部昇進支部長就任いい感じー、なのニャ」
「そのためにもこのピカチュウが必要なのだ」
「そいつは嫌がってるじゃないか! ・・・・・・みんな、力を貸してくれ!」

 我らがサートシくん、曲がったことは許せない。それはいつどこにいても変わりはしないようでした。草原におおきなカブよろしく埋まっているナゾノクサさん達がボコリと顔を出し、つぶらなおめめを三角にしてロケット団達をにらみつけております。

 サトシと遊ぶのを邪魔されたことも、自分たちの縄張りでいかがわしいことをしているのも許せない・・・・・・そんな空気が漂っております。

「ナゾー!」
「ナゾナゾ!」
「ナーゾー!!!」

 ロケット団の周囲を囲ったナゾノクサたちが、いっせいに体からこなを飛ばしました。それぞれ別の方向から飛んできた粉は全て、しびれ、どく、ねむり、全く違う種類の有毒を含んでおります。これがゲームなら「意味ねーじゃん、二ターン無駄にしてやんのwww」と笑い飛ばされて終了ですが、現実はそうそう甘くはありません。どくを食らっても眠くなるし痺れも来るのです。

「しびれる〜」
「毒でやられるニャー」
「しかも、眠く・・・・・・」

 ふらふら状態になったロケット団が、手に持っていたピカ姫様の檻を手放しました。哀れピカ姫様入りの檻は勢いづいて、坂道を転がっていく五ローンのように、段差の多い草原を転がっていきました。

「ピイカアアアアッ!!」

 こりゃ大変、たまったものではありません! グルングルンと体と一緒に視界もまわって、ピカ姫様は果てのない奈落へと落ちていきます。絶体絶命かと思いきや、その後を転げるように走ってくる人影がありました。

「ピカチュウウウウウ!!!」

 サトシです。服が草と土まみれになるのも構わず、時々見事にずっこけるのもかまわず、ぶつけた拍子に鼻血さえ出しながら、少年はピカ姫様の元に走っていきます。だいぶ追いついたところで、彼はまるでギャロップが飛び跳ねるかのように見事に跳躍し、転がり続ける檻に飛びついて、見事ピカ姫様入りの檻の自立走行を止めました。

「大丈夫だったか、ピカチュウ?」
「ピカチュ・・・・・・」

 大丈夫? と言いたいのはこっちの方です。髪も服も顔も擦り傷と土でボロボロ。鼻の下は鼻血で酷いことになっています。なのにサトシは、顔も拭わずその辺にあった石を手に持って、檻にピカ姫様を閉じこめている丈夫そうな錠前を殴りつけ始めました。

 最初はすぐ近くで響く大きな音に、ピカ姫様もびっくりしていましたが、錠前を壊そうとするサトシの顔があまりに真剣なので、何かを言うこともできませんでした。

「まってろよ、ピカチュウ。すぐに出してやるからな・・・・・・」

 ガアン、ガアン。
 石と鉄のぶつかり合う大きな音の合間に、少年の声が聞こえます。
 彼のピカ姫様への呼び方は、ポケモンを大きくカテゴライズするための、ただの種族名です。

 そう、ただの。彼にとっては、ピカ姫様とて一介の、ただのポケモン一匹に過ぎないのです。なのに彼は、必死になってただのポケモン一匹を助けてくれる。その事実が、たった一匹のピカチュウの胸の奥に落ちていって、歓喜の気持ちと驚嘆の気持ちとーー何故か悲嘆の気持ちまで広げていって、複雑な気持ちにさせました。

 一際大きな音がして、錠前が砕け散ります。ピカ姫様はサトシの力強くも優しい手によって、救出されました。その優しい少年の手! ピカ姫様は、王子様というよりは波動の勇者って感じの少年に何もかもをゆだねてしまいたくなりました。

「・・・・・・ピカッ!」

 ですがそこはピカ姫様、照れちゃったというのもあるのか、すぐにサトシの手から逃れ、飛びずさってしまわれました。サトシ君はサトシ君で、ポリポリN線ほっぺを人差し指で掻きながら、「まあ無事ならいいけどさ」なんて心広すぎだろお前みたいなことを言ってます。

「ヂュー・・・・・・」

 ピカ姫様唸ります、唸ります。何こいつ冷たくしたのにヘラヘラしちゃってんだてめーバーロー(どっかの名探偵みたいッスね)とか思ってるみたいです。・・・・・・そんでもって、必死で自分を助けようとするところは、ちょっとカッコよかったな、だなんて思ったりなんかしちゃったりして。
姫様は心の中でも素直じゃないようです。

「キェー!!! クエー!!!」

 そーんなベタベタラブコメディやらかしてるところに、KYなきとうし的鳴き声を上げながら、何かキレてるオニスズメの群れが突っ込んで来ました。なんでオニスズメがキレてこっち来てるんですかねえ。何せポケモンアニメの記念すべき第一話が放送されたのは十年以上前。語り手当時まだ子ども。麗しき思ひ出記憶の彼方。二人の絆が芽生えた瞬間に涙した記憶はあれど、どうしてオニスズメが怒ったのかなんて細部までは覚えちゃあいません。文句は無印アニメを一向にDVD化する気配のない公式に言ってください。みんながみんなアニ●ックスとか見れるわけじゃないんですよ!!

 とにかくオニスズメです。サトシとピカチュウって来たらタケシとか歴代ヒロインの前にオニスズメなんです。そのオニスズメがピカ姫様とサトシに迫ります。鋭いくちばしをきらめかせ、彼らを傷つけようと襲って来ます。

「チャー!!!」
「っ、ピカチュウ! イテ、いててててて!!」

 酷いです、酷いですオニスズメ! ピカ姫様のお姫様ドレスも、ふかふかの黄色い毛並みも、何もかもがその獰猛なくちばしに傷ついて行きます。サトシもこれにはたまったものではありません。

「お前ら、やめろ! あだ、あだだだだだっ!!」

 サトシくん、何とかその辺にあった棒で応戦しようとしますが、焼けイシツブテにみずでっぽう。コラッタ二〇一五匹にニャース一匹の、多勢に無勢。ならばせめて、と同じようにつつかれてボロボロの、ピカ姫様に覆い被さりました。

「チュウ!?」
「大丈夫だ、ピカチュウ。お前だけは、絶対に守ってやる・・・・・・」

 サトシにとって、ピカ姫様がただのピカチュウで、たくさんいるポケモン達のうちの一匹であろうとも、適当に扱っていいという答えには結びつかないのです。たくさんいる友達の中の、かけがえのない、換えのきかない存在。そんな気持ちが、この捨て身の行動に繋がっていました。

「ピッ・・・・・・」

 どうしてそこまで。そのピカ姫様の問いかけに、答えなんてありません。それはサトシがサトシだから、という他に言いようのないことです。しかし──だからこそ。その行動は、ワガママ姫様の心に届きました。

「ピカチュウ・・・・・・?」
「ピー・・・・・・ガアアァ!!!」

 守ってくれていた少年の体の下から抜け出たピカ姫様の体から、閃光のような雷撃が飛び出しました。その勢いで二人をつっついていたオニスズメの何匹かが戦闘不能に陥ります。

 効果は、抜群。

 元々ボロボロだったドレスは、ピカ姫様の発した雷撃によって更にズタボロになりました。もはやボロ布。しかしそんなことはどうだっていいのです。誰かを守りたいと思ったポケモンに、きらびやかなドレスも、かわいいリボンも必要ありません。

 心に闘志があればいい。フリルのついた服よりも、血と泥にまみれた毛皮が似合えばいい。安全な、角の研がれた積み木のオモチャはいらない。相手を傷つける牙と爪があればいい。

 でんこうせっかの黄色い弾丸と化したピカ姫様の体から、ボロ布と化したドレスが消失。一匹の弾丸はやがて怒りの電気玉と変化し、最終兵器ボルテッカーを、親玉らしい偉そうなオニスズメにお見舞いした。

 途端に無力化して慌てふためきだしたオニスズメたちに、片っ端から電撃電撃電撃電撃電撃電撃電撃電撃電撃電撃。ええい、まだるっこしい──!!! 百万ボルト、ほうでん級の十万ボルトが辺りに散らばった。

 黄色い電気に舐められた緑の草原が燃え上がり、赤い炎を誕生させる。この時点で全てのオニスズメは地に伏すか、空に逃げるかのニ択に追いつめられていた。

「ピ・・・・・・」

 突っ伏して倒れていたサトシの頬を、ピカチュウがいたわるように舐めた。閉じられていた少年の目が開いて、同じくらいボロボロのピカチュウの背中をそっと撫でた。

「なんだ、お前強いじゃないか。オレが守らなくても大丈夫だったな」
「ピー・・・・・・」
「オレの方が助けられちゃったな・・・・・・オレ、サトシ。お前は・・・・・・知ってる。この辺じゃすげー珍しいけど、『ピカチュウ』だよな」

 様も姫もない、ただの種族名。それは不思議な、特別な響きを持っていました。だからピカチュウは、気取った仕草も気高いプライドもなく、

「ピ・・・・・・」

 ただ、頷いて、

「ピカ、ピカチュウ!」

 ボク、ピカチュウ──そうサトシの言葉を肯定したのでした。

「そっか、やっぱりピカチュウで合ってたか。勝手に呼んでたけど、間違ってなくてよかった」

 ポツ、ポツポツ。イッシュの神様が通りかかったのでしょうか。怒れるピカチュウの生み出した炎を宥めるように、晴れ空だったはずの空が曇り始め、雨が降り始めました。だけれども、サトシの笑顔は、まるで雲の後ろに隠れてしまった太陽がピカチュウの前に姿を現したかのようです。

 そのお日様みたいな彼の腕に抱き上げられたい──。そう、ピカチュウが素直に、心から思った時。

「いたぞ! ピカ姫様だ! 直ちに保護しろ!」
 
 タイムリミットの鐘が鳴り響きました。ぼんくらな名も無き家来達は、当人の気持ちも言葉も聞かず、その小さな体を抱き上げて、あれよあれよという間に馬車に乗せてしまいます。

「ピカピ!」
「ピカチュウ!」

 言葉は虚しく、伸ばす手は届かず。

 二人はこうして、互いを抱きしめあうことも叶わないまま──引き裂かれてしまいました。  
 


「ピー・・・・・・」

 あれからというものの。ピカ姫様は、すっかりわがままを言わなくなり、食欲すらも衰えて、すっかりやせ細ってしまいました。具体的に言うと現行アニメシリーズ(2015年現在・XY編)くらいに。

「ピカピ・・・・・・」

 クッションに顔を埋めて、考えるのはあの少年のこと。高級素材のクッションは柔らかく気持ちのいいものでしたが、あの時抱きしめられたいと思った少年の腕に勝るものではないのでしょう。だいぶ不機嫌フェイスです。

「ピー」

 会いたい。会いたい。逢いたい。しかし傷だらけで発見されたあの日から監視が非常に厳しくなってしまい、流石のピカ姫様でも到底抜け出せるような警備態勢ではなくなってしまいました。

 どこかの王女と新聞記者みたいに、短い間の思い出として、悲しくても割り切れればよかったのでしょうが、たった一つだけ残ったワガママ心は、思い出を思い出にしてしまうことを拒んでいました。

 これには家来もてんてこまい。宥めすかして元気を出してもらおうと思っても、なんのワガママも言いやしないので、余計に困ってしまう始末。これなら前のワガママ放題の方がマシだと嘆く者も出る始末。

 どんな薬もお医者さんも、お菓子もオモチャも絵本も劇も、少年に会いたいという気持ち──ある種の病気に、効き目などありませんでした。

 なのでピカ姫様は今日もふて寝。やせ細った体で、ベッドに潜りこんで、誰の声にも長ーいお耳を貸しはしません。

 ユサユサユサ。

 揺すられたってふて寝。

 ユサユサユサユサユサ。

 うーん、うっとおしい。

 ユッサユサユサ。

 しつこい!!

 電撃でもお見舞いしてやろうと布団から顔を出した瞬間──。

 姫様はもう一度布団の中に潜り込む羽目になりました。

「なんだよ、せっかく会いに来たのにさ・・・・・・具合でも悪いのか? 何か前見たときより小さくなってる気がするし」
「ピー・・・・・・」

 ずっと会いたい逢いたいと思っていた少年、サトシその人がいたからです。変な話で、いざ本人を目にすると顔が見られないのです。

「ひょっとして怒ってるのか? ゴメンな、お前ここのお姫様なんだって? だから、なかなかオレみたいな庶民だと会いに来れなくてさ・・・・・・草原にいたナゾノクサ達、覚えてるか? あいつらがオレがピカチュウ助けたんだって、身振り手振りで掛け合ってくれて、それでようやく会いにこれたんだ」
「ピカチュー・・・・・・」

 事情はよくわかりました。別に怒ってもいません。ただ顔が見られないだけのことなのです。

「なあ、機嫌直してくれよ」

 なのにこの朴念仁の鈍ちんと来たら、姫様がご機嫌ナナメと勘違い。怒ってなかったのに、だんだんピカ姫様もおかんむりになってきました。ムカムカムカ。

「ピー・・・・・・ッ! ピカチューッ!!」

 なのででんこうせっかの勢いでもって、サトシの胸にたいあたり。サトシは床にしりもちをつきながらも、あの時ピカ姫様が願った通り、腕の中に、一匹の電気ねずみを受け入れました。

 その腕の、なんと居心地のよいことでしょう! ああ、あの時素直になって、彼の胸に体を預けてさえいれば、こんなにも、こんなにも──切なくて、悲しくて、悲嘆に暮れることもなかったでしょうに。

「なんだよ、お前結構甘えん坊なんだな」
「チュー・・・・・・」

 いいのです、いいのです。甘えん坊さんでも何でも。もう一生離れたくはない──ピカ姫様は心底思いました。



 果たして。ピカ姫様の願いは叶いました。この恩人であるらしい少年とピカ姫様を離すと、イッシュの国宝である姫様のご機嫌が悪くなり、体調にも影響するということで、家来の者達がそれゆけやれいけもっといけ、と、婚礼の儀の準備を始めてしまったのです。

 これにはさすがの鈍ちんサトシくんも驚いたものの、「ピカチュウならまあいいか」と納得してしまいました。

 そして今日、民衆の環視の中、二人の結婚式が執り行われます。ピカ姫様はめかしこみ、サトシくんも身の丈にぴったりのタキシードなんか着ちゃってます。

 まだまだ子どものサトシくんの格好は、当人達の結婚式というよりは、結婚式に参加する子どものようでありましたが。身の丈四十センチの一匹のピカチュウにとって、十歳の少年は大きな大きな巨人のよう。

「ピーッ、カー!!!」

 そんな新郎の肩に乗り、ピカ姫様が吼えました。

 ──ボクは今、幸せです!!



 おしまい



一応の言い訳↓
※ネタにしたキャラその他作品をバカにする意図は一切ありません。本人は真剣に書きましたが、その点で不快になったら本当に申し訳ありません。