最近、隣にいる冷蔵庫があーだこーだうるさい。しかも言っている内容が意味不明だ。
冷蔵庫は、自分は生物なんだと言い張っていた。
この家には、ポリゴンがいた。ポリゴンは、この家の家族に飼われていた。父親が、ゲームコーナーの景品で取ってきたとか言っていた気がする。
ポリゴンというポケモンは、人工的に作られたポケモンだ。すなわち、自然に発生したポケモンではないということだ。だからポリゴンは本来生き物でないという方が正しい。けれども、この家の人たちは皆、ポリゴンを生き物として扱った。ポリゴンはちゃんと生きているような振る舞いをする。だから生き物なのだと言っていた。
このポリゴンが家に来てから、冷蔵庫が変なことを言い始めた。
「ポリゴンさんが生物であるなら、この俺も生物だろ」
僕にはさっぱり意味が分からない。
僕は炊飯器だ。一般家庭用の、五合まで炊ける普通の炊飯器だ。
炊飯器は、米を炊き上げるまでに少々時間がかかる。しかしこの家には食べ盛りの子供がいて、その子たちが「ごはんまだ炊けないの」としきりに聞いてくるものだから、母親は、炊き上がるまで後五分なのに蓋を開けてしまう。一年前は、後一分で開けていた。それからちょっとずつ、開けるタイミングが早くなっていった。
だんだん許容範囲が、広くなっていったのだろう。炊き上げるまで後一分だけどもういいや、と一回思ってしまって、そこからずるずると許容範囲が広がって、後五分でもいいやと今ではなってしまった。
許すか許さないかの境界線。それは、必ず太いものでなくてはいけない。後一分までなら構わないというあまりにも細い境界線では、境界線の意味をもはやなさない。炊き上がるまで、という太い境界線をなくすと破綻してしまうのだ。
このように、勝手に許容範囲を広げる人がいる。そして、この冷蔵庫もまた、
「なんでお前は俺を生物と認めないんだ」
自分で勝手に、生物だと定義できる許容範囲を広げていた。
「だからお前は違うじゃん。電化製品じゃんただの」
「ポリゴンさんだって電化製品みたいなものだろ」
「全然違うだろ。あんなに動きまわる電化製品見たことあるか」
「電化製品じゃないにしても、人工的に作られたものじゃん。俺と一緒じゃん。だから俺も生物」
「その理屈はおかしい」
「なんでだよ」
「ポリゴンさんは、お前にできないことできるからね。生物じゃないとできない様々なことが、ポリゴンさんはできる」
「俺ができないことって例えばなんだよ。具体例を言えよ具体例を。お前の話は具体的じゃないんだよ」
「例えば、この間父親が昔を思い出したいって言ったとき、ポリゴンさんは父親のアルバムを押し入れから取り出してきた。父親はそのアルバムを見て『懐かしい』って喜んでいた。ポリゴンさんはこうやって、人の気持ちを読んだ行動ができる」
「俺だって、俺の体の奥の方に腐ったものを眠らしておいたんだ。母親がそれを取り出したとき、『懐かしい』って笑ってたぞ」
「お前は何もしていないじゃないか。それは使い手のうっかりが転じた結果だろ」
「他には?」
「他には、母親と子が喧嘩して気不味い雰囲気になったとき、その雰囲気を察して母親の背中をとんとん叩いて和ませたり」
「俺だって気不味くなった雰囲気を察して、『ブブブ』って音鳴らして場を盛り上げられるぞ」
「それは気不味くなったときだけじゃないだろ。しかもあのむしろ気不味くなるし」
「もういいよ具体例は。例えばの話をしてもしょうがない」
「お前が具体例だせって言ったんだろう」
「とにかく、俺はポリゴンと一緒で生物なの」
「うわついに呼び捨てになった」
「同じ地位だからね」
もう自分は面倒臭くなった。
「分かったよ。認めればいいんだろ認めれば。人間達がどう思うかはともかくとして、俺個人としては、お前のこと生物だと思っているよ」
「『個人としては』とかそういうの止めてくれない。そうやって反論を未然に防ごうとするのは卑怯だよ」
「えーじゃあ。俺はお前のこと生物だと思う」
「『思う』とか言うのも好きじゃないなあ。ちゃんと言い切らないと。自分の意見を言うときに逃げ場を作るのはダメ。ちゃんと言い切って、反論も受け止めて。じゃないと成長しないから」
本当に面倒臭いなこいつは。こいつが頼んできたのに、なんでこんなに偉そうなんだ。
「お前は生物だ。これでいいか」
「うーん。いいでっ、しょ」
「……」
翌日。
「聞いてくれよ。昨日の夜中大変だったんだ」
冷蔵庫が、疲れた声で話しかけてきた。
「何があったし」
「俺の中にいる食品たちに、俺は生物なんだって自慢したの。そしたら、食品たちが口々に、じゃあ自分も生物なんだって騒ぎ始めたの。しまいには、野菜室のキャベツとにんじんが喧嘩して。『俺は生物だけど、お前は違う』なんてことを言い合ってて。最後にはお互いの特徴を罵倒し合ってた。うるさくて眠れやしなかった」
「それは、お前の自業自得だよ」
僕は、呆れて溜息を付きたかった。溜息の変わりに蒸気を出した。もうすぐ米は炊き上がる。