私はスリである。名前はまだない。
いつから生きているのか、何処で生まれたのか、皆目見当がつかぬ。
ただ、物心ついた頃からこのメトロで、他人の物を盗んで生計を立てていることは分かっている。
このメトロは、とある街の中心を走っている。しかし中心にあるのに、A線とB線の二本しか走っていない。
何故なら、地下に遺跡が大量に埋まっているからである。
しかし利用客は減るどころか、年々増えている。
その遺跡を見に来る観光客が後を絶たないからだ。そして収入もそれなりにある。
私の相棒は、『どろぼう』と『ほしがる』を使えるポケモンだ。
どちらも小さくてすばしっこい。
力づくで奪おうとする同業者も中にはいるようだが、私から言わせればナンセンスだ。
相手が自分より強ければ、逃げ場のないメトロの中、反撃されれば終わってしまう。
なるだけ穏便に、俊敏に仕事を終わらせて、何事もなかったかのようにその場を去る。
財布は中身だけ取って捨てる。
一応手袋もしておく。一目のつかない所で中身を見ると、30ほど入っていた。
顔立ちから国外の人間だとすぐに分かった。あれは観光客だ。服も良かったし。
しかし、どうやら外れを引いてしまったらしい。これはおそらく、予備財布だろう。
一人の美女が、これまた美しいミミロップとサーナイトを連れて側を通って行った。
彼女もまた、このメトロの常連だ。
色仕掛けで相手を惑わし、財布を盗る。
美女の誘惑に慣れてない向こうの男は、意外と騙される。
ちなみに、ポケモンだけで動くスリ集団もいる。
主にエスパータイプが多い。
自分の持っている道具と、相手の財布をそのまま『トリック』で取り換えるのだ。
持っている道具は碌な物じゃないが、流石に”くろいヘドロ”は匂いで分かるので、やらないらしい。
列車が滑り込んで来た。見慣れた車体は、落書きだらけ。
隣から楽しそうな話し声が聞こえて来る。女性の集団だ。何を言っているのかは分からない。
丁度いい。夕食代を払って貰おう。
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イタリアに行って来ました。
私は大丈夫でしたが、同じ班の子が予備財布を盗られたそうです。
他の班は集団スリの美女三人に遭遇したそうです。
フィレンツェでカードごと財布を失くした人もいたようです。
怖いですね。
そこから思いついた話です。