皆様お久しぶりでございます。(初めましての方は初めまして)
多分数年ぶりの投稿かと思います(記憶違いでなければ)。
この作品には一応「序」と付けておりますし、中途半端な終わり方をしておりますが、今の所続けるかどうかは半々と言ったところです。
(というか、僕の作品はだいたい途中まで書いて放り投げているパターンばっかりなので、ここをどうにかしないとなあ……)
あと、<>は本来別の字を使っていたのですが、機種依存文字だとされて投稿できませんでしたので、やむなくこちらの字を使うことにしました。ご了解くださいませ。
それでは本文へどうぞ。
-----
朝日の光が部屋の窓から差し込んでくるのを、私は寝ぼけ眼で眺めていた。
新しい一日の到来。昨日という日は既に過ぎ去り、また新たな生活が始まろうとしている。私はこの日を何とか紡ぎ、明日という未来へと橋渡しすべく、精一杯生きていかなければならない。
眼が覚めてからおよそ十分、寝床からようやく出た私は、小さな机の上に置かれてあるモンスターボールに目を移す。ずいぶん年季の入った手垢まみれのボールには、私の大切な相棒、リザードンが収まっている。
机に近づき、ボールを手に持った私は、じっとそのボールを見つめた。ボールの中にいる相棒と過ごした日々のことが次から次へと思い浮かんでくる。その一つ一つが、私にとって大切な思い出であり、恐らくは、この相棒にとっても大切なものであろう。
私はこれまでポケモントレーナーとして生きてきた。暇さえあれば、ポケモンバトルに精を出したり、自分の持っているポケモンと一緒に修行に励んだりしてきたものだ。
そんなことだから、リザードンと過ごす時間は必然的に多くなってきている。そもそも、このリザードンは、ヒトカゲだった頃に、私が生まれて初めて手にしたポケモンであった。それも十余年前に遡る話だ。それから一度も僕のもとを離れることなく付き合い続けている。このリザードンを、相棒と言わずして何と呼ぶべきだろうか。
ヒトカゲを手に入れることは、私の大きな憧れであった。私が子供の頃からずっと、ヒトカゲ、リザード、リザードンと一緒に旅をすることが、私の夢だった。だから、私がポケモントレーナーになるに当たって、ヒトカゲがポケモンセンターから支給されたときには、ついに私のものとなったと実感し、たいそう喜んだのである。
それからは、私はトレーナーとして旅をする中で、実に数多くの仲間と出会い、心身ともに成長してゆくことができたと思っている。色々な経験を積んでいったことで、私自身、人間として大きく変わっていたことは、間違いあるまい。ただ、それでも、一番の相棒がリザードンという、動かしがたい真実だけは、ずっと変わりはしなかった。
そして、唐突な話になるが、今日この日をもって、私はポケモントレーナーを<卒業>しようと思う。十数年間続けてきたものを、この一日をもって、きっぱりと止めてしまうのだ。
誰が何と言おうが、この意志だけは、もう誰にも曲げられはしない。私と最愛の相棒が決めたことなのだから。
ところで、<卒業>はずっと前から、今日この日にすると決めていた。それを実現するに当たって、様々な準備が必要となっていた。ポケモンを他人に譲るのはもちろんのこと、今まで私と関わってくれていたトレーナーたちにもお礼の意を伝えてきたし、今後の人生についても考えなければならなかった。私の意志で止めるのだから、それくらいはやって当然というところであろう。
その際、私は色々な人から聞かれたものである。どうして止めてしまうのですか、まだ諦めずに続けたら良いのに、などと。
これに対する答えは、決まってこうである。
「もはやポケモンバトルに対する情熱が保てなくなったし、自分にこれ以上の可能性を見出せなくなってしまったからね。私は、自分のためを思って<卒業>するんだよ」
この回答に嘘や偽りはない。自分の本心のあるがままを述べているだけだ。
私は自分の能力というものに限界を感じてきている。これ以上ポケモントレーナーを続けたところで自分の才能が開花するとは到底思えないし、恐らくはバトルの勝ち星にもそれほど恵まれることはないだろう。
もっとも、もしトレーナーを続けていれば、連勝を続けてトップクラスの仲間入りを果たすことになる可能性もないことはない。だが、そんな可能性など、ノーマルタイプの攻撃が普通に当たるゴーストを求めるようなものに等しい。ほんの僅かな可能性に賭けるくらいなら、もっと他の、私にとって安全なものに縋った方が遥かにマシというものだ。
それでは、<卒業>の日をわざわざ今日にしたのは何故かというと、十数年前のこの日にポケモントレーナーを始めたからだ。つまり、トレーナー生活の一つの節目を迎えるのを機に、自ら身を引くことにしたわけである。
今後についても述べておくが、私はポケモントレーナーを再開するつもりはない。再開しようと思えば、また一からポケモンを集め直さないといけないのだ。というのも、既に私は、自分が持っていたポケモンのほぼ全てを、他のトレーナーに譲ってしまっていたのである。今はリザードン一匹しか、手元には残っていない。
特に後悔は無かった、と言えば嘘になる。せっかく手塩にかけて育ててきたポケモンたちを手放すのだから、名残惜しいどころの話ではない。とは言え、私にはそうするしかなかった。トレーナーを止めた後に心残りが生じては困るし、第一、リザードン以外のポケモンを飼える余裕など、ありはしなかったのだ。
本当のところを言うと、ポケモントレーナーを続けるにあたっては、かなり多くのコストが掛かったものである。特に、手持ちのポケモンの餌代、あるいは健康維持のための費用を確保するのには、かなり手こずった。それに、トレーナーを止める手続きを行った後はポケモン預かりシステムを利用できる権限を失い、そこに預けられたポケモンは全て自分のもとに返却されてしまう。はっきり言って、引退後の私に、預けた分だけのポケモンを養える余裕など、無いも同然であった。
こういう金銭的な事情も、私の決意の一因になったことは間違いない。もちろん、それ以上に<卒業>の大きな要因があったのだが、それは先ほど述べたとおりである。
*
ポケモントレーナーを名乗っている人が数千人とも数万人とも言われているというだけあって、この世界での競争というのは実に苛烈で、頂点に上り詰めるには並々ならぬ実力が必要だ。恐らく、努力の積み重ねだけでは叶わない部分まで恵まれていなければ、不可能な所業である。
その中で私は、いわゆる「エリートトレーナー」と呼ばれる地位にまで何とか上がれたから、周りから見れば相当に恵まれている方なのだとは思う。少なくとも、世間一般には、エリートになれないで引退してしまったり、地位の向上を目指さずに単なる趣味としてトレーナーをやったりする人が数多くいる。それに、普通はトレーナーに専念できるほどの状況ではないはずだ。逆に言えば、私はプロのポケモントレーナーとして何とか活動に集中できていたのである。
「プロ」という言葉が出たが、子供の頃からの夢というのが、まさにプロのトレーナーになることであった。幾多ものポケモンバトルを経ると共に、勝利を重ねてゆくことで、一世を風靡する存在となりたい、というのが動機だ。結果として私はエリートになったのだから、ある程度は夢を実現できたと言っていいだろう。ある程度までは、だが。
私にはもう一つ夢があった。それは、最愛の相棒であるリザードンと一緒に戦って、どこかのポケモンリーグでチャンピオンになること。こちらの方は、一度も叶いはしなかった。決勝リーグに何度か上がれたことはあるものの、ベスト16やベスト8に入ることが精一杯で、表彰台にはただの一度も上がれたことはない。憧れの存在たるトップクラスのトレーナーとリーグ中に何度か手合わせをしたこともあったのだけれども、全然歯が立たなかったのだ。そういうわけで私は、どちらかと言うと、熱心なファンやリーグ関係者、あるいはポケモンバトルのマニアのみに存在を認知される、<知る人ぞ知るトレーナー>という地位にあったと思っている。安定した戦績を残すが頂点には辿り着けない、善戦止まりの戦いばかり続けているから、このような扱いをされても仕方あるまい。
結局、私は一度も一世を風靡する存在にはなれなかった。台風の目になることもなければ、大金星をあげて番狂わせを演じることもほとんど無かったのだ。こういうことがごくまれに起こっても、レース界でいう「フロック」、すなわち偶然の勝利として見なされるに過ぎなかった。事実、肝心要の大一番では、私は決まって敗退している。
もっとも、負けが込んでいる時、ファンから投げかけられてくる暖かい言葉が、活動を続ける上での原動力の一つとなったことは事実だ。「諦めてはいけない、次があるんだから」という使い古された文句に、私は何度突き動かされたことか。
だが、私は次第に疑問に思うようになってくる。いくら頑張っても、ポケモンリーグで頂点に立つことなんて、私にはできないのではないか、と。私は様々な地方に遠征して、色々なリーグに挑戦したものの、決勝リーグに進むのがやっとで、場合によっては予選落ちになることもあった。要するに、表彰台の一番高いところに上がれないどころではないパターンの繰り返しである。このまま続けても、私の番がやってくることは永遠にないのではないか、と考えたのだ。
私はトレーナーを何とか続けながらも、このまま続けるべきか否かで非常に迷った。この表現が適切でないなら、自分がポケモントレーナーとして相応しいかどうかで迷いを重ねた、と言い表したい。そんな中で、私は本当はポケモントレーナーに向いていないのではないか、と思うようにもなっていったのである。
象徴的な出来事も起こった。それは一体何なのかと言うと、私より遥かに年下のトレーナーに何度も負けてしまったこと。明らかに判断の巧妙さの点で力負けしてしまったことも、決して少なくはない。これにより私は、「エリートトレーナー」という地位に固執するよりも、自分より若くて才能のあるトレーナーに道を譲るべきではないか、と考えるようになった。
そんなことだから、私はトレーナーを止めることにしたのである。今までに私の仲間になってくれたポケモンたちには申し訳ないけれども、私の決意に、もはや揺るぎはない。
それでは、トレーナーを<卒業>した後はどうするのか、という疑問も当然ながら湧いてこよう。それについての答えはもう出ているのだが、特にここで触れるようなことではない。というより、トレーナーから退いた後の私は単なる一般人になるので、特にこれといったことをこの場で言うつもりはない。要するに、私のことを深く追おうとはするな、というわけである。
私はリザードンと共に、ポケモントレーナー時代に培った経験を活かしながら、また新しい人生のスタートを切りたい。それだけなのだ。
それでも、「エリートトレーナー」だった頃の自分がいったいどういうものだったか、あるいは如何にして私が「エリート」にまで上り詰めたか、その経緯についての話なら、私はいくらでもしようと思う。いや、今からでもさせてもらいたいところだ。この際、トレーナー時代の未練を断ち切りたいと思っているから、私の気が済むまで存分に話しておくことにしたい。
(続く……?)