ミナモシティから船で半日ほど東へいったところに、トクサネという小さな島がある。
標高が最大でも280メートルしかないこの島は、今ではこの国唯一の宇宙センターがあることで有名だが、かつては椰子の林とさとうきびや芋の畑があるだけの小島であった。
島の人々は、畑で採れる作物と海の恵みを糧とし、島の周辺に生息するパールルの真珠やそれを使った工芸品でホウエンの人々と交易を行いながら慎ましやかに暮らしていた。しかし、小さく平らな島であるので、一度嵐に襲われれば、僅かな耕地はみんなだめになってしまう。しかも丁度潮の流れのぶつかるところにあるこの島にはそういうことが頻繁にあったので、島民の暮らしはいつも苦しかった。
ホウエンには星や隕石に纏わる伝承が多いが、宇宙センターを有するトクサネも例外ではない。科学の進んだ今では廃れてしまった話だが、この島の人々にはオホシサマという存在に島の暮らしが良くなることを願う風習があった。オホシサマは色の白い人間の子供のようなすがたをした神様で、島の人々が苦しんでいると涙を流し、その涙が海に落ちると漁場を豊かにし、畑に落ちると実りを多くするのだという。
旧暦の7月7日にある星祭りの日の夜に、オホシサマは家を一軒一軒まわって、その家に苦しいことや悲しいことがあるだけ涙を流す。なので人々はこの日は仕事を早くに終えて、家の中で静かにしているのであった。騒がしい家にはオホシサマが近寄らず、恵みを受けることができないからである。
今はもう無くなってしまったが、昔は島の北側の林に小さな祠があり、オホシサマを祀る白い岩が置かれていた。星祭りの日にはこの島の巫女が青い涙の色の短冊をこの白い岩に貼り、島の人々が豊かに暮らせるよう願ったのだという。
このようにトクサネの人々は島の全ての良いことはオホシサマがもたらしてくれると信じていたのだが、時には恐ろしい願いをオホシサマに祈ることがあった。
先に記したようにトクサネの人々の暮らしは決して楽なものではなかった。高い山もない小さな島は数日雨が降らなかっただけで草木も人も干からびてしまう。台風が来れば畑は荒れ、時化が続けば頼みの海にも出られない。人々がいよいよ飢えと乾きに苦しんだ時には、島の巫女は祠の白い岩に赤い短冊を貼ったのだという。これは何を願ったものかというと、島の近くを通る交易船が遭難するようにということなのだった。人々は遭難した人々をよく助け、その礼として生活に必要な色々のものをもらうわけだが、良くない心の持ち主や真に困窮した者は難破した船から盗みもしたという。言い伝えによるとこの赤い短冊を貼られるとオホシサマは赤い涙を流すということだが、船が遭難するようにという願い事をすることは、まさに人の血が流れる恐ろしい祈りであった。
トクサネのすぐ北東には洞穴の開いた小さな島があるが、あの辺りは潮の流れの関係で、船がよく座礁するところであった。そしてそこを通る船はホウエンに行く船ではなかったので、島民の気が咎めることもまだ少なかったのだ。あるいは祠がその小島を見通せる北東に建てられた理由もその辺りにあったのかもしれない。
難破船のもたらすものは、食料や交易品はもちろん、破損した材木さえも家具材として人々の生活の大きな糧となった。例え島から離れて沈んでしまっても、それを糧として多くのポケモン達が集まり漁場が豊かになり、島の暮らしを支えてくれた。決して心地良い話ではないため、島の人々はあまり口に出してはこういうことを言わないが、当時の人々がどのような気持ちで最後の願いを赤い短冊に託したかを思うと、簡単に責められる話ではない。
今では宇宙センターとロケットの発射台ができたためにオホシサマの祠は椰子の林ごとなくなってしまい、白い岩だけがロケット発射実験の成功を願うものとして島の中央に置かれるようになった。