何度目かの失恋、何度目かの失敗、何度目かの家庭崩壊。
人生の不幸詰め合わせセットでも贈られたのかと思うほど、ここ三か月ばかりで色々なことが起きた。もういい、もうめんどくさい、もう生きていたくない。
ある日の仕事帰り、町から町を渡す人通りの少ない橋を一人とぼとぼ渡っていると、ふと思いついた。ここを流れている川へ飛び込んで、こんな人生終わらせてしまおうと。下を覗きこむと、夜の闇を映した流れは黒く、電灯の当たる部分だけがぼんやり白く光っている。いつもは気にも留めなかったせせらぎが、こっちへおいでと誘う歌のように聞こえる。
本当に衝動的だった。橋の上によじ登って、バッグを投げ出して、そのまま身を投げるのに、そう時間はかからなかったと思う。夏も近いというのに無慈悲にも冷たい川の水へ、受け止めてもらえるだけでもありがたい。これで何も考えずに済むのだと、濁りゆく視界の中で安堵感を得ていた。
どれくらい経っただろう。眩しさに目を開けると、仰向けに太陽の光を浴びていた。浮いているような気がして下を触ってみると、ゴツゴツした手触りがする。岩場にでも打ち上げられたのかと思ったが、微妙に上下する視界を確認する限りそうではないらしい。なら一体何が……
「きゅうん」
急に聞こえた鳴き声に驚いて水に落ちると、先ほどまで乗っかっていた岩が沈んできた。いや、正確にはそれは体の一部だったようだ。青い体に黒いくりくりした瞳の生き物が、こっちをじっと見ている……ラプラスだ! 生息数が少なく、水ポケモン研究に携わっている自分でも本の挿絵や写真でしか見たことがない。そのヒレにタグがついているところを見るに、どこかの施設から逃げ出してきた個体なのだろうと推測できる。
ラプラスは拾い上げるようにまた自分をその体に乗せ、優しく清らかな声で楽しそうに歌い始めた。ここは天国かと思いたかったが、濡れて冷たくなった身体が否定する。どうやら生きているらしい。皮肉なものだ、水ポケモンの研究が嫌になって逃げだした自分が、水ポケモンに助けられるなんて。
そうだ仕事……は、もういいんだった。家にも、帰りたくない。このままラプラスに乗ってどこか遠く、誰も自分を知らない場所へ行こう。一度死んだと思って、またやり直そう。
ラプラスのヒレについていたタグを引きちぎって、中に入っている耐水性チップをへし折って投げる。これで追ってくるものはいない。
「行こうラプラス、どこか遠くへ連れてってくれ」
ラプラスは「きゅーうーん」と一声あげると、また川を下り始めた。