うーん、と考え事をしているような唸り声が聞こえてくるのは、授業中のトレーナーズスクールでもなければ、家計簿片手にお母さんが唸っている民家でもなく、街中の定食屋だった。
グルメ情報誌に載るような小洒落た店じゃないけれど、長年の経験で研ぎすまされた親方さんの味は地元の人の胃袋をつかんでいる、そんな感じのお店。
昼間の定食屋は焼き肉定食をかっこむ休憩中のお父さん、オムライスと餃子定食を食べながら談笑するどこかのお母さんたちで賑わっている。
そんなお店に、サトシたちもいた。
うーんと唸り声が聞こえてくるのは、サトシたちが座っている席である。
「食わないの?」
「だって嫌いなのよ」
唸っているのはカスミだった。コロッケ定食大盛りを平らげているサトシ、野菜炒め定食を食べているタケシ、ポケモンフーズと冷えたオレンジジュースでご満悦のピカチュウの視線を一気に受けて、カスミは肩をすくめる。
カスミの前に置かれた、半分くらい食べられたハンバーグの乗ったお皿には、ニンジンとピーマンの付け合わせがきれいなまま残っている。
「オレのシチューは、ニンジン入ってても喜んで食べてるじゃないか」
「タケシのはなんていうか、おいしいのよ。食べやすいっていうか、嫌いなものだ! って意識しなくてすむっていうか……そりゃここのお店もおいしいけど」
タケシに説明をするカスミの声は、ごにょごにょしててちょっと聞き取りにくい。常識はずれの姉たちに振り回されてばかりで苦労人の彼女は、気は強いけれどそれなりに礼儀もわきまえている。
お店でこういうことで騒ぐのは失礼だということくらいは理解していた。
「好き嫌いしちゃいけないって、ママに教わらなかったのか?」
ちょっとバカにしたように言うサトシにムカッと来たものの、ここで騒いだら恥をかくのはこっちの方だ。
何よりこの点に限っては、カスミよりサトシの方が大人といえる。
サトシは大好物のコロッケだけでなく、つけあわせのニンジンもブロッコリーも、実においしそうに平らげているのだ。
いつもカスミが何かにつけてガミガミ言っているせいなのか、こういう時のサトシはちょっぴり大人げない。
「まあ、ムリに食べることもないさ。ムリに口に入れて気分が悪くなったりしたら、そっちの方がお店の人に失礼だぞ」
「うん……」
「なんだ、食わないのか。じゃ、オレがもーらい!」
「あっ!!」
止める暇もなく、サトシは持っていたハシで、手付かずのままだったカスミの皿のニンジンとピーマンを全部つかみとって、そのまま口に入れてしまった。
カスミの唖然とした顔をよそに、なんだ、うまいじゃん、と言うサトシに、タケシが眉を吊り上げる。
細目だから、眉毛の位置と雰囲気からしか、怒っているのが読み取れない。
「こら、サトシ、行儀が悪いぞ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
タケシのズレた指摘とカスミのツッコミも知らん顔で、サトシは横からかっさらって食べてしまったニンジンとピーマンを飲み込む。
食べている時のサトシはずいぶんと楽しそうに見える。お腹をすかせたカビゴンもビックリだ。
「だってさ、カスミが食べないなら、このピーマンとニンジンって、捨てられちゃうんだろ。それならオレが食べたほうがいいじゃん」
「まあそこは一理あるな」
「納得しないでよ!」
もう、と頬をふくらませれば、食べないならハンバーグも食っちゃうぞ、とサトシから脅しがきたので、そうはさせるかとフォークでハンバーグを食べる。
なーんだ、と興味をなくしたようにコロッケ定食に取りかかるサトシは、自分のやったことなんて知らん顔で食べるのに夢中だ。
食べながら、どうしてもサトシがかっさらっていったニンジンとピーマンがあった場所に目線が行ってしまう。
成り行きで一緒に旅をすることになったけれど、サトシのことはなんだかんだと言いながら好きだ。
だけど、こういうことをこっちの気持ちも知らずにやってしまうサトシは、ニンジンやピーマンよりも嫌い。
カスミがトキワの森で「ニンジン、ピーマン、そして虫!」って嫌いなものを挙げてたのを思い出したら描きたくなった。
タケシのご飯にはケチつけてなかった(というかこの設定が出たのもこれっきり)ような気もするけど、さすがに昔過ぎて思い出せない。