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  [No.3875] 音速伝説 エメラルド 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/09(Sat) 13:23:15   85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「やめろ……なんで僕達がこんな目に……」

ここはホウエン地方のサイクリングロード。自転車に乗るものだけが通れる場所。そのキンセツシティ側で一人の少年とキルリアが6人の暴走族達に絡まれていた。瀕死になったキルリアが、暴走族の一人に頭を踏まれている。

「だ〜からポケモンバトルで負けたんだからさっさと有り金全部よこせつってんだろ?でねえとてめえの大事なキルリアちゃんがどうなっても知らねえぜ…」
「い、一対五で無理やり仕掛けておいて卑怯だぞ……!」
「うるせえ!負けるほうが悪いんだよ。やれ、怒我愛棲!スモッグだ!」
「ドッー!」

 暴走族の男は手持ちのドガースに毒ガスを撒かせる。まともに浴びたキルリアの表情から血の気が失せていく。

「や、やめてくれ!わかった、お金なら全部払うから……」
「へっ……最初からそうしてりゃいいんだよ」

 少年は泣く泣くお金の入った財布を出す。中身を出そうとすると、暴走族の一人が近づいてきて財布ごと奪い取った。

「ちっ、こんなもんかよ。これじゃまだまだ足りねえな……おい、その自転車ももらおうか!襤褸だが、少しは金になるだろうからよ!」
「そ、そんな……!お願いします、これだけは勘弁してください!」

 少年にとってこの自転車は両親が必死に働いたお金で買ってくれたぼろぼろの宝物だ。必死に頭を下げるが、暴走族は舌打ちする。

「そうかよ、じゃあてめえのキルリアはどうなってもいいってことだな!息が出来なくなって死ぬのは苦しいだろうに、薄情なトレーナーを持ったこと後悔しなぁ!」
「やめてくれぇぇぇぇ!!」

 だが暴走族は平然とドガースにより強く毒ガスを吐き出させる。紫色の気体がキルリアの体をうずまき、その白い肢体を汚く染め上げていく。悲痛な声をあげることしか出来ない少年。

(自転車を取られたなんて父さんと母さんが知ったらどれだけ悲しむか……でも、このままじゃキルリアが!)

 彼が自転車を諦めかけたその時。キルリアの周りの紫色の気体が吹き飛び、その体が宙に浮く。そしてそのまま高速で動き、少年の元へと突っ込んだ。慌てて受け止める少年。

「え……」
「なんだぁ!?まだ念力を使う余裕がありやがったのか!?」

 そうだ、今の体を見えない糸で無理やり動かすようなそれは念力によるものに違いない。だが少年のキルリアは明らかに瀕死の状態だ。毒ガスから解放されてなお、荒く息をついている。

 では誰が……?暴走族と少年が周りを見回した時、彼らは見た。

 真っ赤な髪に緑色の目をした少年がマッハ自転車に乗って猛スピードでこちらに走ってくるのを。その傍らには鉄爪ポケモンのメタングがいる。

 まるでヒーローのように颯爽と現れた彼は、少年と暴走族に向かってこう言い放った。


「てめえら邪魔だ!出口でぼさっと突っ立ってねえでさっさとそこからどきやがれ!!」


 彼の瞳は少年のことなど全く見ていない。むしろ出口を塞ぐ暴走族達に対して好戦的ですらある笑みを浮かべている。

「え……ええええっ!?」
「このクソガキ……調子こいてんじゃねえぞ!やれ、てめえら!」

 その態度を舐められたと感じた暴走族の一人、恐らくはボス格が命じると、他の五人が全員ドガースを出す。キルリアはこの5人に同時に襲い掛かられて負けたのだ。

「危ないです!いったん止まって……」

 被害者の少年は止めようとするが、緑眼の彼は全くスピードを落とさなかった。全力疾走のままモンスターボールを手に持ち、僕を呼び出す。彼の乗る自転車にはめられたメガストーンが光り輝いた。

「出てこい、メガシンカの力で大河を巻き上げ大地を抉れ!波乗りだ!」

 出てきたラグラージは早速作り出した大波に乗り、道の端を走る緑眼の少年に並走する。サイクリングロードの道幅ほぼ全てを飲み込む怒涛に、暴走族達、被害者の少年が慌てふためく。

「な、なんだこりゃあああああああ!!」
「ま、巻き込まれる……わわっ!!!?」

 すると被害者の少年とキルリアの体が念力で無理やり動かされ、波乗りのわずかな死角――すなわち緑眼の少年の後ろまで強制的に移動させられる。襟を引っ掴まれたような優しさのかけらもない移動には少し文句も言いたくなったが、巻き込まないつもりはあるのだろう。

「邪魔するんなら……くたばりやがれええええええええ!!」

 問答無用で怒涛は暴走族とドガースを飲み込みながら、緑眼の少年は一切スピードを落とすことなくサイクリングロードを駆け抜けた――




「ふぅん……そりゃ災難だったな」
「何も知らずにあんな無茶なことしたんですね……」

 サイクリングロードを出て、キンセツシティのポケモンセンターで被害者の少年からどういう状況だったのか聞いた彼は、どうでもよさそうに頷いた。曰くあのような行動をした理由は、本気で道を塞ぐ彼らが邪魔だったからだけらしい。自分を助けたのはそのついでとのことだった。その破天荒さに少年は呆れる。

「……でも、ありがとうございました。僕のキルリアと自転車を助けてくれて」
「別についでだ。しかしみみっちい奴らだよなあ。こんな自転車、買い手を探す方が手間取りそうだってのによ」
「ははは……」

 被害者の少年の自転車を顎で示してそう言う彼には、何の悪意もない。怒る気にもならなかった。

「そういえばあなた……名前は?僕はアサヒと言います」
「俺の名前はエメラルドだ。よく覚えときな」

 エメラルドと名乗った彼は自慢げに言った。被害者の少年、アサヒは彼のポケモンについて聞く。

「それにしても凄かったですねあなたのポケモン……メタングとラグラージでしたっけ。僕、メガシンカを直接見たのは初めてです」
「当然だろ、俺様に仕えるポケモンたちだぜ?」

 エメラルドという少年は、とても傍若無人で尊大不遜のようだった。エメラルドは13歳で140cmほど、アサヒは15歳で背丈も彼より高いのだが、そんなことは気に止めた様子もない。

「あの……今まで見たことなかったと思うんですけど、サイクリングロードに来るのは初めてでしたか?」

 アサヒはよくサイクリングロードを走っていて、そこを走る人間やポケモンのことを観察していたりもするのだが、彼を見たことはなかった。

「ああ。思いっきり飛ばせる場所だって聞いたから何分で走り抜けられるか挑戦してみたんだが、あいつらが邪魔してやがるからさ。ったく、俺様の道塞いでんじゃねーっつの」
「何分って……普通どんなに急いでも三時間はかかりますよ!?」
「まあ、思ったより時間はかかったな。……95分くらいか?」
「もしかして……カイナシティからずっと全力疾走で?」

 おう、と頷くエメラルド。彼は確かに汗こそかいているが、消耗しきっているようには見えなかった。慣れていない道を走るのなら普通神経も使うだろうに無茶苦茶な体力と根性してるな、とアサヒは思った。思って――ふとあることを思いつく。

「そうだ、エメラルドさん。明日からこのサイクリングロードで大会があるんですけど、良かったら出てみませんか?エメラルドさんなら、きっと結果が残せると思うんです」

 アサヒはバッグから一枚のチラシを取り出す。それを見たエメラルドはあまり興味なさそうに読み上げた。

「……サイクリングバトル?」
「ええ、最近このサイクリングロードで始まった新しいバトルのスタイルです。僕は怖いんでやったことないんですけど、見ているととってもドキドキハラハラして……なんて言うんでしょう。新しいポケモンバトルの可能性を感じるんです」
「へえ……つっても旅もあるしなあ」

 目を輝かせながら言うアサヒに対してやはりあまり気乗りしない様子のエメラルドだったが、チラシを眺める緑色の瞳がある一点で止まる。そこには、優勝賞品について書かれていた。

「メガストーンか」
「そうなんです!メガシンカを使えるエメラルドさんなら興味あるかなと思って……出てみませんか?」

 エメラルドは考える。今この地方では、メガストーンを集めるティヴィル団という連中が暗躍している。彼らがこの大会に目をつける可能性を考えれば、出る価値はあるだろう。

「よし、わかった!俺様が優勝をかっさらってやるぜ!!」
「ほんとですか!?」
「おう、参加費は……なんだ、たったの5万円ぽっちか。これならパパに頼むまでもなく楽勝だぜ」
「そう言うと思いましたよ」

 彼がかなりのお金持ちなのはこれまでの言動で察しがついていたため苦笑するアサヒ。なんというか、本当に自分とは違う世界に生きている人だとアサヒは思う。

「それじゃ、さっそく登録をしましょう!確か、ポケモンセンターでも出来たはずですから」
「そうだな、ちゃちゃっと済ませちまうか」
「ええ!そのあとでサイクリングバトルについて詳しくお話ししますね!」

 ポケモンセンターの受付に向かい、カードでお金を払って登録を済ませる。そのあと、エメラルドはアサヒからサイクリングバトルについての詳細を聞き始めた。





「――まったく、危ない子だ」

 緑眼の少年が怒涛の波乗りで暴走族を飲み込んだのを遠くで見ていたレネ・クラインは再び手持ちのサンダース日々のトレーニングに戻る。

 彼はアスリートだ。日々愛用のマッハ自転車を駆り、己とポケモンを鍛えている。そして今は、大会の直前だ。あの被害者の少年にはかわいそうだが、余計な手を出して傷を負うリスクは避けなければならなかった。

(サイクリングバトル。それはスピードの中で進化したポケモンバトル)

 明日の大会について、彼は走りながら考える。半年ほど前から行われるようになったそれは、もともとは暴走族のチキンレースのようなものだった。お互いにポケモンで自転車を走る相手を攻撃して、最後まで走り続けられた方が勝ち。

 勿論、これから行われる大会はそんな野蛮な火遊びとは違う。ポケモンの力にリミッターをつけ、走る人間に生命の危険がないようにすることで、心置きなく技を打ちあい、設けられたゴール地点まで自転車を走りながらバトル出来るようにされたそれは、スピーディーかつスリリング、そして健全なスポーツとしての地位を少しずつ確立させつつある。レネもそんなサイクリングバトルに魅了され、また見る人々を魅了する一人となっていた。

(バトルの勝敗を決める要素は二つ。一つは普通のバトルと同じく相手のポケモンを全て戦闘不能にすれば勝ち)

 これに関しては特別な説明は必要ないだろう。ただし、自転車を決して遅くないスピードで走りながらのバトルなので普通のポケモンバトルとは大いに勝手が異なるが。例えば、出場できるポケモンにもある程度制限がつくといえる。ナマケロやカラサリスのような遅い、動けないポケモンではバトルにならない。

(もう一つ。それは相手よりも早くゴール地点にたどり着くこと。この二つのうちどちらかを満たした方の勝ちとなる)

 ここがポイントだ。サイクリングバトルにおいては何も相手のポケモンを倒す必要はない。相手の攻撃を躱し、防ぎながら迅速にゴールを目指すこともまた戦略となる。

(逆もまた然り。相手の走行をいかに妨害するかも重要な点。……すなわちこれはポケモン同士だけではなく、トレーナーもバトルに参加しているようなものだ)

 そのため、前述の通りサイクリングバトルの際にはポケモンの能力にリミッターがつけられる。今回の場合はレベル5以上の力が出ないように調整されるらしい。とはいえそれでも攻撃を受け過ぎれば怪我もするし、自転車が壊れることもあり得る。全く危険がないというわけではないのだ。

(そして、サイクリングバトルとスポーツとして成立させるためのルール。トレーナーとその手持ちは、半径5メートル以上離れてはいけない)

 この制限がないと、いかにトレーナーの両者の距離が離れていてもポケモンが好き勝手に攻撃出来てしまい、何のためにレースの形式をとっているかわからない。バトルを成立させるために必要なルールだ。

(そしてもう一つ。主にエスパータイプの技を使う場合に言えることだが、ポケモンの技で直接人間や自転車を操ってはならない)

 これもまた同様、例えば念力で相手を浮かせてしまって自転車を動かせなくなってしまうとレースとしての意味がなくなってしまう。

(だが逆に言えば、それ以外の制限はない。そう――どんな技であれ、人間に使うことが出来る。このように)

「サンダース、電磁波」

 傍らを走るサンダースに電磁波を撃たせる。対象は――レネ自身だ。レネの足に電磁波が走り、一瞬ピリッとした痛みが走り、その端正な顔を歪める。

 だがそれは自らに痛みを課すトレーニングの類ではない。適度な電磁波がレネの筋肉を刺激し、より速いスピードでレネは自転車を駆る。

(このように、ポケモンの技を自分に使って速度を上げることも出来る。ポケモンの技で攻撃、防御、そしてトレーナーの補助……これらをいかに行っていくかが勝利の鍵を握る。だが――)

 そして何より、重要な点がある。

(一番重要なのは、トレーナーの走り。走る意思の弱いトレーナーにはいかなるチャンスも与えられない)

 いかにポケモンが強かろうと、どんなテクニックを有していようと、トレーナーにバトルをしながら走る技術、体力、精神力がなければこのバトルでは勝てない。

(そんな大会で、私は勝つ。そしてもっとこのバトルを世に広めてみせる)

 冷静な思考の中に熱い情熱を燃やし、レネは自転車をさらに速く漕ぐのだった。





「なるほどねぇ……ポケモンの力にセーブがかかるってのはネックだな」

 説明を聞き終えたエメラルドは、少し難しい顔をしていた。彼のバトルスタイルは先ほどのように、圧倒的な攻撃力とその攻撃範囲で押し切ることだ。だが技の威力に制限がかかる以上、それは難しいだろう

「ええ、ですけど……エメラルドさんなら、きっといいところまで行けると思いますよ」
「はっ、いいところつったら優勝しかねえよ。……んじゃちょっくら走ってくるか」
「もう行くんですか?」
「ああ、大会で走るとなりゃもうちょいルートを把握する必要があんだろ。――一緒に来るか?」
「はい、喜んで!」

 アサヒはこの短い間にすっかりエメラルドの畏敬の念のようなものを覚えていた。恩人であるということもあったし、傍若無人な中に人を惹き込むカリスマのようなものを感じるのだ。

 二人は大会のためにサイクリングロードへ再び向かう。一方そのころ、メガストーンを狙う組織の魔の手も忍び寄っていった――実に堂々と。

「ふふーん、ここがホウエンのサイクリングロードですか!シンオウのに比べてばなんと不格好なことでしょう!こんな暑苦しい場所で暑苦しいレースだなんてまったくホウエンの人間の考えはわかりませんね!パ……博士の命令なんでやりますけど!」

 そうサイクリングロードの中央で騒々しく走っているのは、ホウエンとは違う地方――シンオウの四天王の一人、ネビリムという少女だった。薄紫の長髪をストレートにしているけど少し前髪が動物の耳のようにぴょこんとはみ出ていて、スポーティーな半袖シャツに小豆色のロングパンツを履いている。ちなみに、愚痴を言っているかのような口ぶりだが自転車を漕ぐその姿は楽しそうだ。

「ぶっちゃけ大会とか出ずに直接奪えと言われるかもしれませんが、そうは問屋が下ろしません!大会に勝てば手に入るのなら、優勝して堂々と手に入れればいいのです!その方が我々ティヴィル団の存在が目立ちますしね!」

 悪の組織が目立つのはどうなのか、という意見はあるかもしれないが、彼女たちには彼女の理由があるのだった。その理由とは――

「――それが、四天王でありアイドルであり宇宙一強くて可愛くてお料理お裁縫もすごく上手い私の美学!こそ泥じみた行為なんて私には似合わないんですよ!」

 ……というわけだった。そんな風に一人で勝手に盛り上がる彼女を、サイクリングロードに戻ってきたエメラルドは白い目で見る。

「……誰だっけ、あのバカ女?」
「あれってもしかして……ネビリムさんじゃ?」

 そうアサヒとエメラルドが自転車を漕ぎながら話すと、自分の名前を呼ばれたことに気付いたのかネビリムは猛スピードでこちらに走ってきた。

「私の名前を呼びましたね!盗撮はNGですが、言ってくれればサインくらいしてあげますよ!」
「うわっ、こっち来やがった!」
「あわわ……その、ネビリムさんもこの大会に出るんですか?」

 有名人に話しかけられて慌てながらもアサヒが聞くと、ネビリムは胸を張って応える。

「その通りです!も、ということはあなたかそちらの失礼な男の子も参加するようですが、優勝は私が頂きますからね!そしてメガストーンは私の物です」
「はっ、あり得ねえな。優勝するのは俺様だって俺が大会に出るって決めた時点で決まってんだよ」
「……言いますね、その小さな背の割には大きなな台詞、言わなきゃ良かったと後悔させてあげます」
「てめえこそ、その小さい胸の割にはでかい口を叩いたこと悔いるんじゃねえぞ」
「ふふーん、それで挑発のつもりですか?クールな大人の女である私には痛くもかゆくもありませんね!」
「こんな公衆の面前で大口叩くクールな女がいるかっつの!」

 お互いににらみ合うエメラルドとネビリム。なんだか似た者同士だなあとアサヒは思った。

「おっと、それでは私はトレーニングに戻りますので。それでは二人ともお元気で!決勝で待ってますよ、これたらの話ですけどね!」
「おもしれえ。その台詞、そっくりそのままリボンでもつけて返してやるぜ!」

 そう言い残し、ネビリムは自転車を飛ばして向こうへ行ってしまった。恐らくはカイナシティに戻るのだろう。

「ったく……んじゃ俺たちも戻るぞ」
「そうですね……もうだいぶ時間もたってますし」

 気が付けば、街は夕暮れに染まり夜が訪れようとしていた。二人はキンセツシティに戻り、明日の大会に備えて早めに休むことにした。


 それぞれの思惑を胸に、大会の日を迎える――



翌日、サイクリングロードに向かってみると既に参加者たちはそろっていた。大半がアスリートもしくは暴走族といった感じで、エメラルドとネビリムがかなり浮いている。サイクリングロードの受付に、巨大な抽選の機械が置いてあった。

「それではこれから、大会の組み合わせを決める抽選を行います!」

 福引のような安っぽい音を立てて、抽選の機械が回り始める。

「んだよ。しけてんな。金それなりに取ってんだからもうちょい余興とかねえのかよ」
「まあまあ……」

 不満そうなエメラルドをアサヒが宥める。ボールが機械の中から二つ転がり落ちて。司会者がそのボールを二つ示す。

「第一試合は、エントリーナンバー15番、エメラルド・シュルテン!エントリーナンバー16番、ホンダ・カワサキ!この二人に決定されました!」

 どうやら早速試合のようだった。ついてない、とアサヒは思う。

「エメラルドさんはサイクリングバトル初めてですから、他の方の試合を見てからがよかったんですけどね……」
「関係ねえよ、それに試合なら昨日お前にDVDで見せてもらってる」

 自信満々に、不遜に言うエメラルド。その姿勢には一切の緊張がない。

 そして対戦相手の方は――いかにも暴走族してますという感じの、茶髪のモヒカンヘッドの男だった。というか、アサヒはその人物のことを知っている。

「あ、あいつは……!」
「なんだ、知ってんのか?」
「知ってんのか?じゃないですよ!昨日の暴走族のボスですよあいつ……!」

 きっ、と相手を睨むアサヒ。エメラルドはふーん、とどうでもよさそうにしている。

 向こうは向こうでエメラルドのことに気付いたらしく、いきなり大股でどんどんと詰め寄ってきた。180cmはあろうかという巨体で、エメラルドのことを見下ろす。

「おいクソガキ、昨日はよくも舐めた真似してくれやがったな?今すぐここでぶちのめしてえところだが、こうなった以上大会で昨日のケジメはきっちりつけさせてもらうぜ!」

 メンチを切る暴走族のボスに対して、エメラルドは右手をひらひらと振った。

「あ?うるせえなあ。俺はお前のことなんて知らねーよ、通行人A」
「てめっ……ぶっ潰してやる!」
「はいそこ、喧嘩は後にしてくださいねー」

 司会者に止められ、渋々と引き下がるボス――ホンダ。腸は煮えくり返っているが、そのうっぷんを大会で晴らすつもりなのだろう。

「それでは一回戦ですしパパッと進めてしまいましょう!一回戦のルールは1対1、走行距離は3km!二人は速やかにスタート地点についてください!」

(……一回戦、ねえ)

 何か引っかかるものを感じるが、今はどうでもいい。目の前のバトルに集中するだけだ。

「じゃ、行ってくるぜ」
「はい!頑張ってください、エメラルドさん!」

 アサヒに軽く手を振り、エメラルドは自転車を押してスタート地点まで向かう。ホンダもエメラルドを睨みながら同じ場所に向かった。

 スタート地点につき、愛用のマッハ自転車に跨る。その機体は使いこまれていながらもピカピカだ。対するホンダの自転車は、紫色の煤のようなもので汚れている。ドガースの毒ガスが染みついているのだろう。

「潰す……てめえのせいで俺たち死亜悶怒ダイアモンドは一人しかこの大会に出れなくなっちまったんだぞコラ!」
「なんだよその名前、俺が知るかっつの。てかどうせ巻き上げた金だろそれ」
「その舐めた口、二度と聞けなくしてやるぜ……」

 はっきり言ってエメラルドにとってホンダは眼中にない。その為適当にあしらっている。

「さあ、それでは張り切っていってみましょう。3・2・1……」

 どうやらこのサイクリングバトル、開始の際にはトレーナーはある言葉を言って始めるのが暗黙の了解らしい。それをエメラルドとホンダは大きく叫んだ。


「「サイクリングバトル、アクセル・スタート!!」」



「出てこい、メタング!」
「来いや、股怒我巣!」
 
 自転車で走り出すと同時に二人はポケモンをだす。メタングとマタドガス、二匹の相性ははっきりしている。
 
「へっ、やっぱりマタドガスだったか」
「ああ?」
 
 訝しむホンダに対し、エメラルドは得意げに言う。
 
「連れに言われて思い出したんだがな。てめえの手下は全員ドガース連れてたろ」
「はっ、それで俺の手持ちはその進化系だと思ったってか?見た通りのガキだな」 
「いーや、それだけじゃねえ。もうひとつはてめえのチャリだ」
「・・・」
 
 ホンダの自転車は紫色に煤けている。それがエメラルドの推理の決め手になっていた。
 
「その汚れ、いくらドガースが取り巻きに居るったってそれだけじゃそうはならねえ。ならてめえも毒タイプ、それも煙をだすようなやつを連れてるってことさ」 

 手持ちポケモンをズバリ読まれ、タイプの相性で鋼・エスパーという圧倒的に不利な相手を出されたホンダはーーにやりと、凶暴に笑った。
 
「へっ、小賢しいな・・・だがサイクリングバトルでそんな相性なんざ・・・知ったことか!やれ、股怒我巣!」
「怒っー!」
 
 マタドガスがホンダの後ろにつき、毒ガスをマフラーを外したバイクのような轟音を立てて噴出する。ホンダがその勢いに押され更なるスピードで直進し始めた。そしてーー

「うえっ・・・デカイ屁こいてくれんじゃねえか」
 
 その煙はエメラルドの視界を塞ぎ、その息を苦しくした。本来なら呼吸困難に陥ってもおかしくないほどの毒だが、そこはポケモンのレベルを押さえる装置で抑えられている。

「メタング、メタルクロー!!」
 
 エメラルドも離されないように懸命に自転車を漕ぎながら技を命じる。メタングが少し離れて技をあてにいこうとするがーー
 
「無駄だなぁ!股怒我巣、煙幕!」
 
 今度は黒い煙幕を放ち、その姿を隠す。メタングの爪が空を切った。エメラルドにその様は見えないが、音がしないことからそれがわかる。
 
「ちっ・・・気分悪ぃな」
「そろそろ毒が回ってきたか?なにしろてめえは俺を追い抜くためにいっぱい運動していっぱい息を吸わなきゃ行けねぇもんなあ!たっぷり毒を吸ってふらふらになって俺に負けな!そしてそのあとで・・・地獄を見せてやる」
 
 ホンダはこのバトルだけでエメラルドに対する仕返しをやめるつもりはない。バトルで毒によるダメージを与えた後、直接痛め付けるつもりだ。
 
「どうだ・・・これがサイクリングバトルの恐ろしさだ!てめえのメタングがいくら無事でも、走るトレーナーがボロボロになっちゃ意味ねえんだよ!」
「・・・」
 
 返事もできないエメラルドに勝ち誇るホンダ。勝負は一キロ、もう半分は走っただろう。エメラルドに打開手段がなければ負けだ。そしてメタングには念力が使えるが、直接トレーナーを操る行為は禁止されている。
 
 
「・・・ああ、そうだな」
 
 
 かなり疲労した声でエメラルドがようやく返事をした。昨日はサイクリングロードすべてを走りきっても平気だったのに。毒ガスが効いているのだろう。
 
「へっ、ようやく認めやがったか。だがもうおせえぜ。俺たちを怒らせたこと後悔しな・・・!?」

 息を荒くしながら勝ち誇るホンダだったが、その声がひきつる。
 
(なぜ、やつの声が横から聞こえる?)
 
 そう、もう半分は走っただろう。すでに相当な距離がついているはずだ。なのに・・・
 
「よう・・・また会ったな」
「な・・・!?」
 
 エメラルドは汗をながしながらも、確かにホンダに追い付いていた。その方法とは・・・
 
「て・・・てめえ、まさか煙に隠れて念力で移動しやがったのか!?」
「へっ、俺様がそんなセコい真似するかよ・・・俺はただ、全力でかっ飛ばしたんだよ!」
「な・・・なんだと!?」
 
 馬鹿げてる、とホンダは思った。それでマタドガスで加速する自分に追い付けるはずかない、と。
 
「なあ・・・てめえ、息があがってるぜ?」
「・・・!!」
 
 エメラルドの指摘に、今更ながらホンダは自分の状態に気づく。まだ一キロも走っていないのに彼はバテはじめている。
 
「そう・・・毒ガスを吸ってたのは俺だけじゃねえ。お前もなんだ。俺よりもずっと長い間な」
 
 謂わばホンダは、長い間きつい煙草を吸い続けたようなものだ。彼の肺はすっかり毒ガスに侵されている。
 
「つまりてめえの走る速度は、てめえの思うよりずっと遅かったってことだ!さあ、このまま追い抜くぜ!」
「させるかよ・・・ならてめえのメタングを沈めれば俺の勝ちだ!股怒我巣、火炎放射!」
「てめえはこうも言ったぜ。相性なんざ知ったことかってな!メタング、念力!」
 
 メタングの念力で火炎放射を跳ね返す。マタドガスの体が逆に燃えた。
 
「怒っー!」
「股怒我巣!!」
「よっしゃあああー!!」
 
 二人の距離が、どんどん離れていく。そして一人が、ゴールを切ったーーエメラルドの勝利だ。 
 

一回戦を勝利したエメラルドは、サイクリングロードを戻りアサヒのもとへ戻る。アサヒはエメラルドにタオルを差し出して出迎えた。

「やりましたね、エメラルドさん!」
「へっ、俺様にかかりゃあんなやつ屁でもねえよ」
 
 エメラルドに言わせれば、ホンダはそもそもこのバトルに出てくるような敵ではなかったのだ。要は彼は自分の技で自分の肺を傷めて自滅しただけなのだから。
 
 そう話すと、アサヒは感服したように頷いた。
 
「・・・そうだったんですか。でもあの毒ガスの中を全速力で走るなんて・・・やっぱりすごいです」
「そんなことより、他のやつらはどんな感じだ?」
 
 汗を拭いながら、受付の上にいくつか設置されたちゃちなモニターを見る。そこでは他の面子の試合が小さく写っていた。既に終わったものもあるようだ。
 
「やっぱり凄いのはプロアスリートのレネさんと・・・あと、昨日のあの人です」
「あいつは・・・」
 
 二人はモニターの一つを見る。そこに映ってのはーー
 

「ミミロップ、メガトンキックです!」
 
 
 絶対的な自信を湛えた笑顔で、自らのポケモンに命じるのは、シンオウ四天王の一人、ネビリムだった。彼女は相手の横につき、ハガネールに休み暇なく攻撃を続けさせている。それは美女の艶やかなダンスのように、見るものを惚れさせるものだ。
 
 だが相手も圧倒的な防御力を誇るハガネールの使い手。自転車の回りをとぐろをまく蛇のように、鋼の山のように覆いながらも、走るトレーナーの邪魔をしない動きはよく訓練されたものに間違いない。相手のがっしりした、応援団長のような格好をした男がハガネールの守りごしに叫ぶ。
 
「いくら攻撃を仕掛けようとも無駄だ、貴様では我が風林火山の走りを止めることは出来ん」
「いままで攻撃のひとつも仕掛けて来なかったくせに風林火山とは片腹痛いですね!」
「相手が女とあっては忍びないがそういうのならば見せてやろう。疾きこと風の如し、静かなること林の如し・・・」
 
 するとどうしたことだ、ネビリムの相手の自転車の速度が音もなくスピードアップしはじめたではないか。予想外の動きに、ネビリムは少し距離を離される。
 
「真の走りに音は必要ない。それはエネルギーの無駄を生む」
「今までは手加減してたんですか?この私を相手に」
「そうだ、そして侵略する事火の如しーーハガネール、高速スピンだ」
 
 命じられるまま、ハガネールがその巨体を音もなく回転させ始めるーーレベルの制限がかかっているため滅茶苦茶な速度ではないが、大きさが大きさだけにそれは立派な脅威だ。
 
 そして相手は自らの車体をネビリムに近づけ始める。回転する巨体がネビリムに迫る。
 
「くっ・・・一旦下がりますよ、ミミロップ!」
 
 たまらずネビリムが減速し、相手から距離を取る。あんなものが直撃すればさすがにただでは済まない。
 
「どうだ、これが我が風林火山の走りよ。俺自身が風の如く、林の如く走り。ハガネールが火の如く攻め、山の如く守る。我らに一分の隙もありはせん」
 
女相手に本気を出すのが不本意なのか、憮然と言う相手。それに対しネビリムはやはり笑顔を崩さなかった。
 
「あと300m」
「なに?」
「あと300m で、あなたを追い抜きます」
「馬鹿なことを」
 
 相手は取り合わず、音無き走りを続ける。ネビリムも追走するが、ハガネールの守りと攻めを一体化した動きを攻略しなければ勝機はない。
 
「まさか一回戦からこれを使うとは思いませんでしたーーいきますよ、ミミロップ!」
 
 ネビリムの髪留めと、ミミロップの体が光り輝く。それを見た相手の自転車からわずかだか一瞬音がした。
 
「なぬ?それはまさか」
「ええ、メガシンカです。その強さは巨人を倒し、その可愛さは天使に勝る!今このステージに降臨しなさい、メガミミロップ!」
 
 ミミロップを覆う光が消え、体を一回り大きくしより鍛えられた体になったメガミミロップがネビリムの隣を並走する。
 
「さあ行きますよメガミミロップ!飛びひざげり!」
「受け止めろ、ハガネール」
 
 助走をつけてメガミミロップが回転するハガネールに突っ込んでいく。鋼としやなかな筋肉の激突ーー結果は。
 
「ふん、やはり無駄だったようだな」
 
 ハガネールの体は、崩れない。むしろ鋼鉄のボディに思い切り膝をぶつけたメガミミロップが膝を傷めている。そうしている間にも、100m が過ぎていく。
 
「見たところ、貴様のミミロップも雌であろう。女の体は傷つけたくない。これ以上の攻撃はやめるのだな」
「・・・安い台詞ですね」
 
 ネビリムがメガミミロップをちらりと見る。メガミミロップは膝を気にすることなく頷いた。
 
「メガミミロップ、もう片方の膝で飛びひざげり!」
「なんという愚かな・・・」

 もう一度、同じ攻撃が繰り返される。そして結果も一緒だった。メガミミロップが両膝を痛めて、流石に走りにくそうにする。200mが過ぎていく。
 
「・・・これ以上やれば、貴様のポケモンの無事は保障せんぞ」
「あなたに保障される謂れはありません。メガミミロップーー今度は両膝で飛びひざげり!」
 
 三度、飛びひざげりが放たれる。バキン、と何かの砕ける鈍い音がした。恐らくはメガミミロップの膝の骨が砕ける音だろう。相手は残念だと思いながら、後ろのネビリムを睨む。
 
「自らのポケモンへの配慮を忘れた愚かなトレーナーよ。せめて同じ道をたどり、悔やむがいい。アイアンテールだ」
 
 一度痛い目を見なければこの女は暴挙をやめるまい。そう判断した相手はもはや容赦なく、ハガネールに鋼の尾を振るわせ叩きつけようとする、がーーその鋼の巨体が動かない。回転が止まり、自転車に覆い被さる。
 
「ぬおおおお!」

 そうなってはもう走りようがない。その横を、ネビリムが追い抜くーー
 
「300m、追い抜かせてもらいましたよ!」

 膝を引きずるようにしつつも懸命に走るメガミミロップとともに、ネビリムがゴールを潜り抜ける。戦闘不能になったハガネールから、相手の自転車が出てくることはなかった。
 
 
 
 
 モニターから目を離したエメラルドは、ふーんと退屈を装って言う。
「・・・はっ、どんなもんかと思ったら相性とパワーの力押しじゃねえか」
「エメラルドさんが言うことではないような・・・」
「なんか言ったか?」
「なんでもありません。・・・でもハガネールの防御力ってすごいんですよね。どうして倒せたんでしょう?」
 
 疑問を呈するアサヒに、エメラルドが答える。
 
「さっきも言ったろ、相性だ。・・・ミミロップはメガシンカすると格闘タイプがつくんだよ。タイプ一致、高威力、効果も抜群とくりゃ流石にきつい、それに」
「それに?」
「・・・あとは、レベル制限のせいだな。いくらハガネールの防御力が高くても、それは抑え
られちまってる。ミミロップのも同様だか、逆に言えばそれだけ技自体の威力が大きなアドバンテージになるってことだ」
「なるほど・・・どうですかエメラルドさん、彼女と戦って勝てそうですか?」
「当然だろ」
 
 自信満々の風で言うエメラルド。だがその後ろから、若い男の声が聞こえた。


「いいえ、君では難しいでしょうねーー」 


「なんだ?お前」

突然声をかけてきた男に、エメラルドは眉を潜める。アサヒはこの男を知っているらしく、彼を指差した。

「あ!ほら、さっき言った人ですよ。この人がプロアスリートのレネさんです」
「こいつが?んで、そのプロ様が何の用だよ」

エメラルドの横柄とも言える態度におろおろするアサヒ。一方男ーーレネはドライアイスのような冷たい目で。

「がっかりですね」
「は?」
「一回戦の様子は録画したものも合わせてすべて見させて頂きました。それを見る限り、今回の優勝は私か今試合を終えた彼女、そして君だと思っていたのですがーー」
「おう」

 見る目あるじゃねーかと思いつつ頷いたのだが、その評価はすぐに取り消されることになる。
 
「どうやら決勝は私と彼女の一騎打ちのようです」
「・・・ほー。言うじゃねえか。根拠はあるのかよ?」

 てっきり怒るかと思ったアサヒだったが、この時エメラルドは意外にすんなり話を聞いた。
 
「君が彼女のことを、パワーと相性だけで押しきったと評したからですよ」
「・・・」
 
 黙るエメラルド。レネはため息をついて続けた。
 
「分かりませんか。彼女はあの飛び膝蹴りを・・・いえ、そもそも最初の攻撃からですね。闇雲に放っていたわけではありません。彼女は相手が防御力に秀でたハガネールと見たときから、攻撃する場所を一点に絞っていたのです。
 
そうして彼女らは少しずつ攻撃を積み重ね、最後に強烈な一撃で止めをさした。彼女のなかでは全て計算済みだったことでしょう」
 
 レネが説明を終える。エメラルドは目を伏せて話を聞いていた。
 
「それを見抜けなかった君は恐らく同じ場面にたったら闇雲に攻撃し負けていたーーこれが君が優勝できないと判断した理由です。何か反論がありますか?」
「・・・あるに決まってんだろ」
「聞きましょう」
 
 エメラルドが顔をあげる。そしてレネを指差して宣言した。
 
「お前、アスリートなんだろ!だったら口先でごちゃごちゃ言ってねえで俺と、バトルだ!」
「・・・なるほど、そうきましたか」

言葉とは裏腹に、全く驚いていないようすのレネ。むしろ予想通りと言いたげですらあった。
 
「ではさっそく始めましょうか。ルールは一回戦のそれと同じで良いですね?」
 
 そして、非公式のサイクリングバトルが始まりーー
 
 
 
「やっとつきましたか」
「ちっ・・・」
 
 決着はあっけなくレネの勝ちで終わった。短距離走であることも影響していたが、走りの技術力も技の使い方も圧倒的だった。涼しい顔をしてゴール地点にいるレネに対し、ようやく追い付くエメラルド。

「これでわかりましたか。君のバトルはただの力ずくです。サイクリングバトルでは、通用しません。では、失礼します」
 
 言いたいことを言って、レネは走り去る。一人残されるエメラルド。
 だがその表情は、屈辱にも絶望にも染まっていなかった。

 午後からの第二回戦も平然と勝ち抜き、彼は準決勝へと望むーー
 
 
 
「なんだあ、こりゃ?」
 
 翌日、サイクリングロードにやって来たエメラルド達が見たのは、昨日のちゃちなモニターとはうってかわった高画質の巨大テレビと、それを見る沢山の人々だった。どうやら今日からは客を集めているらしい。
 
「おっと・・・さあ、これで選手も全員揃いました!それではさっそく抽選の時間です!・・・はい、決まりました!一回戦は『痺れる針山地獄』レネ選手と!『音速伝説』エメラルド選手です!ルールは10km, 使用できるポケモンは2体まで!さあ、盛り上げてくださいよー!」
 
 対戦相手があのレネと聞いて、エメラルドは笑みを浮かべる。アサヒは逆に不安そうだ。

「あの・・・彼に勝つための作戦が思い付いたんですか」
「いや?俺は俺らしくやるだけさ」
 
 自信満々のエメラルドを見て、これは自分一人で不安がっていても仕方ないなと思うアサヒ。せめて笑顔で送り出すことにする。
 
「わかりました・・・じゃあ、頑張ってください!」
「おう、行ってくる」 
 
 そうしてエメラルドはスタートラインに向かう。そこには既にレネがいた。

「逃げずに来ましたか。感心ですね」
「はっ、俺様を誰だと思ってやがる?」
「私のなかでは『元』優勝候補ですね」
「相変わらずいけすかない野郎だな」
「昨日から何か変わったのか何も変わっていないのか・・・見せてもらいますよ」
 
「はいはーい、おしゃべりはそこまでよ!」
 
 すると、実況の声が聞こえてきた。二人は自転車に跨がり、スタートの態勢をとる。
 
「それじゃあ3・2・1・・・」
 
 
「「サイクリングバトル、アクセル・オン!!」」
 
 
 二人が自転車を漕ぎ出し、ポケモンを繰り出す。
 
「出てこい、ジュカイン!」
「出番です、サンダース」
 
 お互いいきなり技は繰り出さない。先を行ったのはやはりレネだ。第一コーナーを角を垂直ギリギリで曲がり、更にリードを広げようとする。
 
「っと・・・へへ、真似してみりゃ軽いもんだな!」
 
 だが、エメラルドもそう簡単には引き剥がされなかった。エメラルドはレネの後ろにぴったりつき、その自転車さばきを真似るーーそうすることで、自転車のテクニックに関する差を縮めようという魂胆だ。尤も、誰にでも真似できる芸当ではないが。
 
「なるほど、ですがそんな付け焼き刃のテクニックでは追い付くことは出来ても一生追い抜けませんよ」
「わかってら!」
 
 そう、彼の走りを真似ているだけでは決して彼の前に出ることは出来ない。ここから先を決めるのは、やはりーーポケモンの技だ。
 
「ジュカイン、リーフブレード!」
「サンダース、電磁波」

レネの後ろから斬り込もうとするジュカイン
対し、サンダースが電磁波を放ちその体を痺れさせて止める。草タイプには電気タイプの技は通じにくいとはいえ、状態異常は別だ。

「ちっ・・・」
「それで終わりですか?サンダース、ミサイル針!」
「さっそく使ってきやがったか!」
 
 サンダースの体毛が一斉に逆立ち、強力な電磁波を帯びた針が水平な雨の如く撃たれる。それはジュカインだけでなくエメラルドの体さえもチクリとさし、僅かに痺れさせて減速させた。
 
「もう一度です、サンダース」
「リーフブレードで受け止めろ!」
 
 エメラルドはジュカインの刃で防ごうとするが、降り注ぐ雨を刀で受け止められる道理はない。再び体が痺れ、更に自転車の速度が落ちる。
 
「やはり、一日での成長は無理ですか・・・」
「そいつはどうかな!ジュカイン、ぶっぱなせ!」
「!」
 
 しかしエメラルドもただでは起きなかった。リーフブレードで受けることを試みる間にもソーラービームをチャージさせ、溜めた太陽熱を一気に放つ。それはサンダースの体を直撃したかに見えたがーー

「フッ・・・」
「なにぃ!」
 
 その体を、ソーラービームがすり抜けた。
 
「残念ですが、『高速移動』を使わせてもらいました。・・・そんな単純な攻撃が通用すると思いましたか?」
「言ってろ!」
 
 エメラルドは、なおも急いで自転車を漕ぎ、遅れを取り戻す。幸いにしてレベル制限のお陰で痺れはそう長くは続かない。とはいえ。
 
「サンダース、ミサイル針」
「タネマシンガンだ!」
 
 無数の針に対して、こちらも今度は小さな種子の弾丸で応戦する。だがそれでもなお、ミサイル針はそれを踏み越えてくる。
 
「へっ・・・」
「?」
「どうやら見えて来たぜ、お前の弱点がな」「ほう」
 
 レネは特に動揺しなかった、それはそうだろう。今だ彼は堅実にリードを守り続けているのだから。 
 
「お前の技は確かに隙がなくて走りもすげえけどよーーちょっとばかり威力が足らねえな!!ジュカイン、ソーラービーム!」
「今度は私を直接狙ってきますか・・・なら、十万ボルト!」
 
 サンダースの電撃と、ジュカインの太陽光がぶつかり合う。打ち勝ったのはーーエメラルドだ。太陽の光に一瞬目がくらみ、スピードを落とすレネ。
 
 そしてその隙に、エメラルドが彼の横に並びーー
 
「おらあああ!どきやがれ!」
「なっ・・・!」
 
 レネの車体ギリギリ。壁にぶつかるギリギリを通り抜けてついにレネの前に出る。走る間に彼の技術を盗み、彼の垂直に曲がるようなコーナーリングをしたのだ。
 
(とはいえ、私にはまだ劣る・・・それでもあの子が私を抜けたのはーー)
 
「教えてやるよ、プロ様。バトルってのはなあ、こいつは絶対に自分の道退かないバカだってビビらせたほうが勝つんだぜ!」
 
 そう、あのときレネが少しでも自分の道を譲らなければ二人の車体は衝突し事故を起こしていただろう。エメラルドはただの無謀ではなくそのリスクを承知で突っ込んできた。
 
 それは、レネの好むサイクリングバトルとは逆の形。昔の暴走族のチキンレースのようだったが。
 
「・・・面白いですね」
「へっ、ようやくそのいけすかない仮面を取りやがったか」
 
 エメラルドの走りは、そういった野蛮なモノとはどこか別のように思える。見てて笑みがこぼれてくるものなのだ。だからレネは自然に微笑むことができた。
 
「では私も、本気で行きましょうーー戻れサンダース、そして出番ですスピアー!」
 
 羽の音を馴らして黄木な蜂そのものの姿をしたポケモン、スピアーが現れる。鋭い二つの針がキラリと光っていた。

「さすがにジュカインじゃ相性が悪いな・・・戻れジュカイン、そして出てこいワカシャモ!」
「おや、メタングでなくてよいのですか?」
「ああ、これでいい!」
 
 どうせ周到な相手の事だ。一回戦で出しているメタングに対してなにも出来ないようなポケモンを出してくるとは思えない。それよりここはーーワカシャモの可能性に賭ける。

「いくぜワカシャモ、大文字だ!」
「スピアー、ダブルニードル」

ワカシャモが大きな火の輪を放つと、スピアーはその輪を潜らせるように針を撃ってきた。二本の針が僅かに燃えながらエメラルドとワカシャモを刺す!

「いってえ・・・!!」
 
 鋭い痛みは、ミサイル針の痺れとは比べ物にならないほどだった。気の弱い者なら自転車から転げ落ちてしまうだろう。
 
 そしてその間にレネは大文字をかわし、エメラルドを抜いて前に出る。エメラルド、猛追ーー

「さすがに大文字じゃ当てれねえか・・・なら、火炎放射だ!」
「スピアー、毒づき!」
 
 ワカシャモの炎の柱に、なんとスピアーは鋭い針を槍のようにして突っ込んできた。虫ポケモンが炎タイプの技に飛び込むなど、まさに飛んで火にいる夏の虫だーーだが相手はそれだけで終わらない確信がエメラルドにはあった。
 
「ワカシャモ、二度蹴りで受け止めろ!」
 
 スピアーは炎を貫き、ワカシャモを突き刺そうとする。それを蹴りを見舞いながらなんとかかわすワカシャモ。
 
「やりますね、ですがダブルニードルは受けきれないでしょうーー攻撃です!」
「いいや、防げるさ。あんたのお陰でいい経験が出来たからな」
 
 その時、ワカシャモの体が光輝いた。これは・・・
 
「ここで進化・・・まさか君は!?」
「そう・・・昨日あんたにバトルを仕掛けたのはなにも勝つためだけじゃねえ!ここ一番でワカシャモの経験値を貯めて進化を狙ってたのさ!
 
 そして更なる進化を遂げろ、メガシンカの力で炎を巻き上げ天へと登れ!」
「メガシンカまでも・・・」
「いけ!ダブルニードルを焼き尽くせ!ブレイズキックだ!」
 
 メガバシャーモが、炎を纏った蹴りで二つの針をまとめて蹴り飛ばす!そしてそのままの勢いでスピアーに向かった。
 
「スピアー、守る!」
 
 スピアーが腕の針をクロスさせて守るが、それでもメガバシャーモの蹴りの前に吹き飛ばされ、レネにぶつかった。またエメラルドが追い抜く。

「・・・まさかここまでやるとは思いませんでしたよ」
「どうだ?俺様に塩を送ったことを後悔したか?」
「まだ勝負はついていませんよ。スピアー!メガシンカです!」
「何!?お前もメガストーンを持ってたのか!」
「めったに使わないのですがね。いでよ、全ての無駄を削ぎ落とした究極至高のメガシンカ!」

光をまとい、現れたのはよりその体を細く鋭くしたメガスピアーだった。
 
 
「スピアー、ダブルニードル!」
「ブレイズキックだ、バシャーモ!」
 
 そこから先は、お互いにとってとられての繰り返しだった。そして、最後のコーナーリングにさしかかる。
 
(ここを先に曲がりきれば、それで勝ち)
(勝負を制するのはーー)
 
「俺だ!」
「私だ!」
 
 二人はやはり、壁に、お互いにぶつかるギリギリで曲がりきろうとする。ここは、完全なトレーナーどうしの意地の勝負。自分の道を譲らなければ勝ちだ。
 
 観客の誰もが、お互いにぶつかり合って事故を起こすのではないかと思い、しかし目を背けなかったその角を先に曲がりきったのはーー
 
 
「うおおおお!!」
「くっ・・・!!」
 
 
どんなときでも自分の信じる攻撃スタイルを貫く。エメラルドだったーー。
 
 
 
 バトルを終えたレネは、エメラルドに歩み寄る。そして、素直に手を差し出した。エメラルドも、それに応える。
 
「おめでとう、まさか負けるとは思いませんでしたよ」
「けっ、よく言うぜ」
「おや、なにか思うところでも?」
「俺様をバカにすんなっての。別に優勝候補から外れたってだけならお前はほっといてここで俺に勝ちゃよかったんだーーあんな風に声かけて来た時点で、俺を強くするつもりだったんだろ。自分に勝てるかはさておいてな」
「おや、ばれていましたか。・・・では決勝戦、必ず勝ってくださいね。・・・悪の組織に荷担する彼女に優勝されてはサイクリングバトルの今後に響きます」
「それが目的かよ。・・・ま、俺様に任せとけって」
 
 そう言って、エメラルドは走り去る。さあ、次はいよいよ決勝戦だ。

準決勝を勝利し、エメラルドが受付に戻る。アサヒより先に何故かネビリムが出迎えてきた。
 
「……何の用だよ、紫アイドル」
 
 名前を忘れたので適当な印象で呼ぶエメラルド。彼女は特に怒ることもなく、いつものどや顔で話しかけてきた。
 
「お疲れ様でした、エメラルド君。男の子らしい、傲慢ないい走りでしたよ。プロのアスリートを退けるとはやりますね」
「何の用だっつってんだよ。気色悪いな」
 
 この手の態度ははっきり言って嫌いだった。自分が金持ちだと知ったとたんに媚びを売ってくる女とイメージがかぶるからだ。
 そして案の定、ネビリムには何か企むところがあったようだ。にやりとほくそ笑んで。
 
「ふふん、私の魅力に簡単に靡かないところもいいですね。あなた、ティヴィル団に入りませんか?」
「はあ?」
 
 だがその提案はさすがに予想外というか、斜め上である。眉を顰めるエメラルドに、ネビリムがさも素晴らしいことを語るような口調で話す。
 
「いいですか、あなたは傲慢で、欲しいものは何が何でも自分のものにしたがって、そしてそれを貫く強さを持っている。私達ティヴィル団の求める存在なんですよ。それにあなたがティヴィル団に入ってさらにメガストーンを集めれば、あのシリアを倒すことも容易に叶うでしょう――どうです?あなたの求める、全てを攻撃で押し通す最強の力が我々に加担すれば手に入るんですよ?」
「……ほー、よくわかってるじゃねえか」

 真顔になるエメラルド。それは傲慢だ、と言われたからではない。そんなことは自覚しているし悪いとも思っていない。

「んじゃ、一つ聞いていいか?」
「いいですよ?」


「お前――アサヒをどこにやった?」


「……勘がいいですね」

 ネビリムが黒猫のような笑みを浮かべる。さっきから彼の姿が見えないのが、偶然とは思えなかった。何故なら――

「お前は俺が自分の道を曲げないことを知ってる。だったらそう簡単にはいそうですかと頷く俺様じゃないのもわかってるよなあ?それであいつを人質にとったってわけだ。ったく、世話の焼ける奴だぜ」
「そこまでわかっているのなら話が速い。……彼はサイクリングロードを出てすぐのところにいますよ。一緒に行きますか?」
「どうせついてくるんだろうが」
「まあそうですね。彼らだけでは不安ですし」

 その彼ら、の正体もエメラルドには見当がついていた。二人はサイクリングロードの外へ出ると、やはりそこにいたのは――ホンダら暴走族と、彼らに囚われたアサヒだった。

「はーはっはっは!さあどうです、私たちの仲間になる気になりましたか?と言うか頷かないとお友達がどうなっても知りませんよ?」
「え、エメラルドさん……」
 
 情けない顔でエメラルドを見るアサヒ。それを見てエメラルドはため息をついた。
 
「いや、俺だって知らねえし。つか友達じゃねえからそいつ」
「「「え……」」」
 
 暴走族、アサヒ、ネビリムの全員が口をそろえた。エメラルドは気にせず腕を組んで。
 
「だから、好きにしたらいいじゃねえか。別に俺はそいつのこと助ける義理なんかねーし?」
「い……いやいやいやあるでしょう!というか一度助けたんじゃなかったんですか?話が違いますよ、あなたたち!」
 
 ネビリムが暴走族を睨む。暴走族にしてみれば確かに一度自分たちをブッ飛ばして彼を助けたはずなので、彼らも困惑する。
 
「あの時はたまたま通るのに邪魔だったってだけだっての。妙な勘違いされてアサヒも可哀想なこったぜ」
 
 あまりにもあっけらかんとエメラルドが言うので、ネビリムはやけになったように顔を真っ赤にしてエメラルドを指さした。
 
「その極悪非道な姿勢……ますます気に入りましたよ!こうなれば実力行使です。かかりなさい!」

 暴走族達がドガースとマタドガスを繰り出す。だがそんなものはエメラルドにとっては物の数ではない。さっそくメガストーンを光らせる。

「ラグラージ、ビッグウェーブを巻き起こせ!」

 メガラグラージが津波のごとく巨大な波を生み出す。ここではレベルの制限はかかっていないため、久々の本気の一撃だった。

「ちょ……サーナイト!」

 ネビリムは自分をサイコキネシスで波を避けて守るが、暴走族達には防ぐ術などあろうはずがない。アサヒもろとも水で飲み込み、吹き飛ばしてしまう。
 
「さあ片付いたぜ?次はどうすんだ、紫アイドル」
「ネビリムです!こうなったら……明日のバトルで決着をつけましょう!私が勝ったらティヴィル団に入ってもらいますからね!」
「ほう、いいのかそんなんで」
「私にそんな口が叩けるのも明日までです!では失礼!」
 
 そう言うとネビリムは自転車に乗って走り去って言ってしまった。エメラルドが悪ガキの顔をする。
 

「それだけのことを俺様に要求するってことは、当然向こうが負けた時は相応の対価を払ってくれるってことだよな……さて、どうするかね」
 
 
 ずぶぬれになって気絶しているアサヒをメタングの念力で運びながら、エメラルドは考える。そして運命の決勝戦へ――



「ふふん、逃げずにやって来るとはいい度胸ですね」
「あんな約束勝手にされて逃げるわけねぇだろ、ところでこっちの条件がまだだったよな」
「こっちの条件?」

どうやら本気で何も考えていなかったらしいネビリムに、エメラルドはびしりと指差して、悪い顔で宣言する。
 
「そうだ、こっちが負けたらそっちに入る以上、そっちが負けたらこっちに入ってもらわねえとフェアじゃねえーーだからお前には、負けたら家の女になってもらうことに決めた!!」
「な!なに言い出すんですかこのお子ちゃまは!10年速いですよ!」
「うるせえ!もう決めたからな、ほら始まるぜ!」
「え!ち、ちょっと・・・」
 
 鳩が豆鉄砲を食ったように慌てるネビリム。そうしている間にも、実況者のカウントは進む。
 
「「サイクリングバトル、アクセル・オン!!」」

「・・・んでもって先手はもらった、いくぜラグラージ!」
「っ、謀りましたね!出てきなさいエテボース」

実況者の説明によれば決勝戦のルールは3対3、コースの距離は40km の長期戦だ。とはいえ心理的にも物理的にも先手を取っておくことは重要だとエメラルドは判断していた。スタート直前に話を持ちかけたのもそのためだ。

「いくぜラグラージ、俺様の後ろで波乗りだ!」
「ラー!」

ラグラージが自ら産み出した波に乗る。エメラルドはその波に飲まれぬようにスピードをあげた。エメラルドの前から見れば自分のだした技から逃げる少々間抜けな格好だが、後ろのネビリムからすれば、波を突破しない限りエメラルドを抜けない。

「いきなり仕掛けてきましたね・・・ならばエテボース、ジャンプしてダブルアタック!」
「その程度の技がラグラージに通用するかよ!」

エテボースが跳躍し、波の上のラグラージに向かう。波乗りに集中しているラグラージには隙があるが、彼の耐久力は高い。簡単には止められない。だが。
 
「甘いですよ、私のエテボースは特性『テクニシャン』を持ちます!さあやりなさい!」
「ボー!」
「ラッ!」
「ラグラージ!」
 
 ラグラージが波の上から弾き飛ばされ、波が崩れる。そしてネビリムがエメラルドの横にならぶ。
 
「ちっ、やるじゃねえか。だが次のカーブで目にもの見せてやるぜ!」
「お好きにどうぞ?」
 
 曲がり角でレネから学んだ直角に近い移動で無駄なく曲がりきる。対してネビリムは道の中央を悠々とカーブした。再びエメラルドが前に出る。
 
「いいのか?このままじゃカーブの度に差がついちまうぜ」
「これはあくまでポケモンバトル。その分はポケモンの技の技術で追い抜かせてもらいますよ。ところでさっきの話ですが」
「ラグラージ、グロウパンチだ!」
「聞きなさい!エテボース、ダブルアタックです!」
 
 ラグラージの拳をエテボースの尻尾の片方が受け止める。そしてもう片方の尻尾が伸びて、エメラルドを狙う!
 
「うおっ!」
 
 バランスを崩すエメラルド。そしてついにネビリムがエメラルドを抜いた。
 
「にゃろう・・・」
「まだ終わりませんよ、今度はアクロバットです!そしてエテボースに持たせた飛行のジュエルの効果発動、飛行タイプの技の威力を増加させます。美しい宝石の輝きを見なさい!」
「泥爆弾だ!」
 
 ラグラージの攻撃を正にアクロバティックな動きでかわし、攻撃を叩き込むエテボース。特性、そして道具で強化された攻撃は本家飛行タイプのそれよりも強力でーーラグラージを戦闘不能にするのに十分な一撃だった。
 
 ルールによってトレーナーとポケモンは離れすぎてはいけないため、一旦止まってボールに戻すエメラルド。

「やりやがったな・・・いくぞ、ジュカイン!」
 
 ネビリムとの距離が大分離れてしまったので、急いで追いかけるエメラルド。幸い曲がり角ではこちらのほうが速い。時間はかかったが、追い付くことは出来た。そして。
 
「お返ししてやるぜ・・・ジュカイン、マックスパワーでソーラービームだ!」
 
 追い付くまでの時間で太陽光を溜めに溜めたジュカインがエテボースに、いやほぼコース全体にソーラービームを放つ。
 
「相変わらず規格外な子ですねっ・・・!」
 
 自転車から落ちないようにするので精一杯なネビリムをエメラルドが追い抜く。エテボースは一発で戦闘不能になった。
 
「出てきなさい、花嫁の如く美しきその姿!サーナイト!」
「やってやれジュカイン、もう一度溜めろ!」
「こっちもフルチャージです!」
 
 お互いにエネルギーを溜めながら自転車で爆走する。ジュカインが溜めるのは太陽、そしてサーナイトが溜めるのはーー
 
「さあいきますよ、ムーンフォース!」
「ぶちかませ、ソーラービーム!」
 
 月の光、太陽の光がお互いのポケモンを直撃する。トレーナー狙いではないため、全力の攻撃だった。結果は。
 
「戻れ、ジュカイン」
「・・・お疲れさまでした、サーナイト」
 
 全力をぶつけ合い、倒れる2匹。残りはお互いに1体だ。
 
「さあ、ケリをつけるぜバシャーモ!」
「頼みましたよ、ミミロップ!」
 
 ここからはほぼ一直線だ。自転車の速度は同じ。ならば。
 
「どうだ?ここまできたんだ、こっからはガチのポケモンバトルといこうぜ!」
「・・・仕方ありませんね!」
 
 自転車で走るのはやめない。だがお互いの妨害は考えず、純粋なポケモンバトルで決着をつけようと話す。
 
「いくぜ!メガシンカの力で炎を巻き上げ天へと登れ!」
「現れなさい、その強さは巨人を倒し、その可愛さは天使に勝る!」
「メガバシャーモ、ブレイズキック!」
「メガミミロップ、メガトンキック!」
 
 2体の蹴りが空中で交差する。そこからはお互いの全てをかけた戦いだった。どちらがどちらのものになるかをかけた、全力勝負!
 

「これで最後だ、飛び膝蹴り!」
「止めですよ、飛び膝蹴りです!」
 
 
 お互いポケモンもトレーナーも体力のギリギリ、最後の最後で同じ技を選択した二人。何度めかの蹴りが交差しーー
 
「頑張れ、バシャーモ!」
「ファイトです、ミミロップ・・・!」
 
 立ち上がったのは、バシャーモだった。そしてエメラルドがゴールを切るーー
 
 
 
 
「負けた・・・四天王のこの私が・・・」
 
 敗北し、女の子座りでへたりこむネビリムに、エメラルドは容赦なく近付く。相手がショックを受けているからといって、遠慮するエメラルドではない。
 
「よう。約束、忘れたとは言わせねえぜ?」
「うう、あんな態度をとっておきながら俺の女になれだなんて、あなたツンデレなんですか、実は僕にメロメロだったりするんですか!せめて責任とってくださいね!」
「誰がツンデレだよ。それに何か勘違いしてねえか?」
「え・・・?」
 
 涙目で首を傾げるネビリム、エメラルドはとても意地の悪い笑みを浮かべて。
 
「お前、アイドルなんだろ。だからうちのーーパパの会社と契約して、そっちで働いてもらうってんだよ。一応言っとくけど、俺はお前みたいな媚び売った女は嫌いなんだ」
「え・・・ええええっ!ても今はティヴィル団として活動してるからアイドルはおやすみ中で・・・」
「だったら、そのティヴィル団は俺がぶっ潰してやるよ。それからでいい」
「な・・・」
 
 間髪入れず、当たり前のようにエメラルドが言ったのでネビリムは言葉につまりーーそして、笑った。この男の言うことはあまりにもむちゃくちゃだ。でもそれを、彼は現実にするのだろう。
 
「わかりました、今回のメガストーンはあなたに預けておきますが、ティヴィル団としての活動が終わったらあなたの会社で働かせてもらいます。パパも許してくれるでしょう」
「おう、ようやくわかったか」
「それと・・・ちゃんと責任はとって下さいね」
「心配すんなよ、パパの経営手腕なら大儲け間違いなしだぜ」
「ふふ、そういうことではなくあなたに・・・ですよ、いずれね」
 
 ネビリムの顔は、激しい運動をした後のそれとは別の意味で赤かった。
 
「は?」
「ではごきげんよう!次会うときは、ティヴィル団としてあなたをぎたんきだんにしてませますからね!」
「おう、次もぶっとばしてやるから覚悟しろ!」
 
 そうして、ネビリムと別れを告げる。彼女とはまた会うことだろうそしてティヴィル団がなくなるそのときまでは、お互いに凌ぎを削りあうのだ。
 
 
 そしてエメラルドは大会で優勝し、メガストーンをもらった。大会のすべてが終わり、アサヒが話しかけてくる。
 
「エメラルドさん、優勝おめでとうございます!まさか本当に優勝しちゃうなんて・・・」
「はっ、当たり前よ」
「でも四天王に勝つなんて・・・僕、最後の最後まではらはらしっぱなしでした」
「ああ、あれはな」
 
 エメラルドには、最後の一対一、相手がミミロップを出した時点で勝利が見えていた。何故なら。
 
「あいつのミミロップ、まだ膝を痛めてたんだよ。あの一回戦の時からな。もちろん四天王のエースだけあってなかなか強敵だったが・・・ま、エースと言えども過信は禁物ってこったな」
「なるほど・・・」
「じゃあ今まで世話になったな。お前も達者でな」
「いえ、こちらこそ。あ・・・最後にひとつだけいいですか?」
「なんだ、言ってみろ」
 
 エメラルドが促すと、アサヒは意を決したように聞いた。
 
「エメラルドさんはどうして、変化技や防御技を全く使わないんですか?」
「決まってんだろ」
 
 その言葉は、エメラルドのバトルを見た誰もが感じる疑問だ。それに対するエメラルドの答えは、そう決まっている。最後の言葉を残し、エメラルドはサイクリングロードを後にする。
 

「俺が攻撃をやめたら、今までの攻撃がすべて無駄になる」