タワーオブヘブン
正しき 魂 ここに眠る
これはフキヨセシティとセッカシティの間にある、雲よりも高く高くそびえる鎮魂の塔――『タワーオブヘブン』の入口の看板に刻まれた言葉。
僕は、この言葉が嫌いだった。
おそらくこの言葉の意味する通りだと、正しき存在ではない僕はここに眠る事が出来ないだろうから。
あのお気に入りの鐘の音を二度と聞けなくなるかもしれない。
それだけは嫌だった。
だから、恐れた。
今更恐れた所で、何かが変わるわけでもないけれども。
もしもし、そこにいるかもしれない誰かさん。
どうかわずかな時間でもいいから、僕の過去話を……いいや、懺悔を聞いてもらえないだろうか?
まあ無理にとは言わない。
愚か者の独り言だと思って聞き流してくれるだけでも、ありがたい。
さて、どこから話そうか……おっと、失礼。名乗りがまだだったね。
僕はヒトモシ。
ただの燃え尽きる運命にある、ろうそくポケモンだ。
† † †
白いキャンドルのような身体に金色のつぶらな瞳を持ち、頭のてっぺんには静かな蒼白い炎を携えている。それが僕達“ヒトモシ”という種族の外見だ。
僕達ヒトモシは、人間やポケモンの生命力や魂を火種としてすいとる事で頭の炎を燃やし続けている。
他人の命を燃し続ける事で、生きていた。
幸いと言うか皮肉と言うべきか、ここタワーオブヘブンを訪れるトレーナーやポケモン達は何故か皆一様に生命力に満ち溢れていて、僕達は灯火の燃料には困らなかった。
この環境を、仲間達は何も疑問を持たずに生きる為に当前の事として受け入れている。
だが、僕は違った。
この環境をのうのうと受け入れる事を僕自身の心が拒み続けていた。
……タワーオブヘブンは墓場だ。
塔の形をして、てっぺんに鐘が付いていて洒落ていても、単なる墓場には変わらない。
なのに彼らは「ここにいると、生きたいって気持ちでいっぱいになる。」という意味合いの言葉を口々にする。
おかしいとは思わないかい? 生気に満ちた墓場だなんて。
それに、ヘブン(天国)と名付けられているこの塔だが、魂が安らかに眠れずに僕達に喰われて燃やされてしまうような場所なんて、むしろ地獄ではないかとさえ僕は考えていた。
そんな事を思う日々を過ごしていた僕はある日、一人の女性と出会う事になる。
その桃色のレインコートと長靴を身に付けて、ボブカットの黒髪を持つ彼女は、僕が今までに見てきたトレーナー達とはどこか違う、言葉には表せない雰囲気を纏っていた。
彼女は自分のパートナーのポケモンを一匹も連れていなかった。
野生のポケモンが飛び出してくるこの塔に身一つで登ろうだなんて、無謀な奴だと思った事は今でも覚えている。
そんな彼女の無茶な行動に呆れたのか、彼女の雰囲気に引かれたのかは定かではないが、
僕は彼女の案内役をかってでる事にした。
案内役、といってもそれはあくまで表向きの話。
実際は道案内をしながら、僕が生きるために必要な生命力を少しばかり分けてもらうのが本当の目的だ。
だが不思議と目当てのモノよりも、僕は彼女の方に興味をそそられていたのも事実ではあった。
警戒されないように、顔に特徴的な作り笑いを貼りつけて僕は彼女の目の前に姿を現す。
「………………。」
見事なまでのノーリアクション。彼女は僕を見ても微動だにしない。
しばしの間、二人の間に沈黙が流れた。
(ま、まずい。無反応とは。何かアクション起こさないとスルーされ……うわっ?!)
思考を巡らしていたら、無反応だった彼女にいきなり抱きかかえられた。
まるで隙を狙っていたかの如く、彼女は僕を強く抱きしめた。それも思い切り。
「…………可愛い。むぎゅー。」
(いっ?! い、いい痛い痛い痛い痛いギブギブギブギブ――!!)
ぱたぱたと暴れる僕をよそに、彼女は僕を抱えながらも器用にかばんの中から薄くて小さい機械を取りだし、それを眺めていた。
その間になんとか彼女の抱擁を振りほどく事に成功した僕は、螺旋階段の二段目まで移動し、彼女の方へと振り向いて手招きをした。
「あ……案内してくれるの?」
その言葉を待っていたとばかりに激しく首を縦に振る。
僕の首肯を見て、彼女は表情を明るくする。なんとか意志の疎通は取れたようで、僕は安堵した。
「それじゃあ、案内お願いします。ヒトモシくん。」
そう言って彼女は礼儀正しくお辞儀をした後、僕の後ろの螺旋階段をトンッと音を立てて一段登った。
彼女はタワー内の墓やトレーナーには一切目を向けず、ただただ僕だけを俯くように見ながら歩き続けていた。
二階、三階四階と一通り回ってみても彼女の様子は全く変わらない。
もしかしたら彼女のポケモンの墓を通り過ぎてしまったのではないかと不安になって振り向くと、彼女は「大丈夫。そのまま上に行って。」と小声で呟いた。
何が大丈夫なのだろうかと疑問に思いつつも、僕は彼女に促されるまま階段を上る。
この先にはもう、墓は存在しない。
螺旋階段を上りきると、突然背後から彼女の歓喜に満ちた声が聞こえた。
「……きれい。」
爛々と光る彼女の両の目には、太陽の光を受けてきらきらと輝く雲海が広がっていた。
そう、この雲の上にあるこの場所こそがタワーオブヘブンの頂上。
おそらくは、彼女の目的地。
よっぽどこの景色が気に入ったのか、流れる雲を遠目に見ながら、彼女は最後の階段を上っていく。
僕もこの場所の変化し続ける景色が好きだったから、少し嬉しかった。
階段を上りきると、今度は目を細くした彼女がいた。
その見つめる先にあるのは、一つの鐘。
タワーオブヘブンの名物でもあるこの鐘の音色は、死者の魂をよろこばせるといわれている。
多分彼女も、ここに訪れた多くの者達と同様の理由で鳴らしに来たのだろう。
――彼女が目の前にある鐘に手を触れ、鳴らす。
僕は黙祷して、それを聞く。
彼女が鳴らした鐘の音は、透き通っていて、それでいて力強い音色となって果てのない空と僕の心身へ響いていった。
響きわたる鐘の音が鳴り止んだ後、しばらく黙っていた彼女は鐘を見つめたまま、唐突に僕に語りかけた。
「……ヒトモシくん。ヒトモシくんには私が誰の為に鐘を鳴らしにここへ来たのか、まだ話してなかったよね?」
「私のパートナーの……ううん、パートナーだった“ ”に鳴らしに来たんだ。」
「ヒトモシくん。ヒトモシくんは“シャンデラ”ってポケモンを知ってる?」
「“ ”、シャンデラの《れんごく》の炎から私を庇って……死んじゃったんだ。」
「跡形も、残らなかった。だからお墓を作っても、空のボールしか埋めてあげられなかった。」
「それに……シャンデラの炎で死んじゃった人やポケモンは、その魂まで燃やされちゃうんだって。」
「だから、本当の意味で“ ”のお墓の中には誰もいない。その事実が、私は悔しかった。」
彼女は拳を握り、続ける。
「私のせいで死んでしまった“ ”に対して、何か出来ないかずっと考えてた。」
「そして、タワーオブヘブンの事を知ったんだ。」
「ここの鐘の音は、魂をよろこばせてあげられるって。」
「……無意味なのかもしれないって事は分かっているよ。」
「それでも私は……」
「それでも私は、まだこの世界に残っているかもしれないあの子の魂を、癒してあげたかった。」
……そうする事で、私自身を慰めたいだけだったのかもしれないけどね。
そう締めくくって語り終えた後、彼女は振り返って僕を見下ろした。
その彼女の顔がとても高く高く、僕には一生届かないくらい高い位置にある様に思えた。
「ヒトモシ君、今日はありがとう。」
「今度会ったらその時はまた、道案内お願いね。」
この時の彼女は、まるで僕の様に――笑っていた。
† † †
(……結局、どうして貴方は燃え尽きようとしているの?)
(貴方は何を懺悔したかったの?)
ああ……失礼。話が大分それてしまっていたね。
結局僕は、ヒトモシとして生きてきた事で犠牲にした者達に謝りたかったんだ。
「僕みたいな奴がヒトモシに生まれてごめんなさい。」
「今まで貴方達の眠りを、安息を踏み潰して生きていてごめんなさい。」
そして、「貴方達の大切なご主人様達を悲しませてごめんなさい。」って。
彼女という現実を目の当たりにして、耐えられなかった。
あんな、誰かを不幸にしないといけない生き方なんて、申し訳なさすぎて耐えられなかったんだ。
こうして誰の生命も魂も奪わずにじっとしていれば、この命は勝手に燃え尽きてくれる。
その点についてだけは、ヒトモシに生まれた事に感謝しているさ。
(……違うわね。)
違う?
(ええ、違う。間違っている。)
(たかがそんな思いこみで貴方が自らの生命を捨てるなんて、大間違いよ。)
……じゃあ何が正しいのさ。
僕は、僕はヒトモシなんだぞ……!
彼女にあんな、泣きそうな作り笑いをさせる原因を作ったシャンデラの進化前なんだぞ!?
彼女は僕が進化前だと気づいていたかどうかなんて、そんな事はどうでもいい。
このまま僕が生き続けていたら、僕もいずれ進化して、彼女みたいな人間をつくってしまうかもしれない。
彼女みたいな人間をつくってしまう事を、良しとしてしまうかもしれない。
当たり前にしてしまうかもしれない。
そんなのはダメだ。
それだけは阻止しなくちゃいけないんだ。
たとえ、こんな形になったとしても。
(……大馬鹿者。)
……それ、たった一人の友人のリグレーにも同じ事言われたさ。
だが、これで良い。
こうしてれば僕はもう、誰も犠牲にしないで済む。
だから、これで、良いんだ。
(ふざけるな。)
(何が、「これで良い。」だ。)
(お前の逃げ口上のアホらしい行動を、私のご主人のせいにするなあっ!!)
わた、しのご主人……?
――まさか
(お前がお前の種族として生き方を嫌というほど呪っているのは分かった。気持ち悪いくらいにな。)
(だがな、お前は嫌だ嫌だと口では言いながら、実際はそれに対して何も行動していないだろう?)
あ…………
(本当に嫌だと思う事なら、それを阻止したいのなら、)
(ありのままの現実から目をそらさずに……受け入れてみなさい。)
(そして)
(しっかり見据えて――立ち向かってみて。)
(貴方には、そのチャンスがたくさん残っているじゃない。)
(私と違って、貴方はまだ生きているんだから。)
……キミは、もしかして彼女の――
(……ボロが出ちゃったか。)
(そうよ、私は“ ”。あの子のパートナーのポケモンだったわ。今は魂だけの存在だけどね。)
でも君は、シャンデラに燃やされたはずじゃ?
(命からがら、この場合は魂からがらか。魂だけは、奇跡的に炎から逃げ出せていたのよ。)
(まあ、結局死んでしまっている事にはかわりはないんだけれどね。)
(……私寂しがりやだからさ、成仏とか消滅とかしてあの子の傍を離れるなんて、絶対にしたくなかったんだ。)
(いつでもどこでも、あの子の周りにいた。それを伝えることは出来なかったけれどね。)
? でも僕が彼女と出会った時に、君は居なかった。
(貴方の種族にわざわざ魂を食べられに行く度胸は、流石の私でも持ち合わせてはいないよ……。)
…………失礼。
(そんな、気にしなくてもいいよ。別にもう、食べられても良いって思ってるし。)
どうしてだい? そんなに彼女に執着していたのに、何故無下にしても良いと思うんだい?
(聞こえたから。あの子が私の為に鳴らしてくれた、鐘の音。)
(貴方の話のおかげで、あの音に込められた思いを受け取れたから。)
そっか。じゃあもう君は未練が無いんだね。
(いいえ。後一つ、心残りはあるわ。)
(貴方に生きてもらうっていう大きな大きな心残りがね。)
……拒否権がなさそうだから聞いておくけれども、
僕は君の魂を食べるつもりは無い。やはりこのまま燃え尽きるのが正しいと今でも思うし、そうするつもりだって言ったらどうするんだい?
(させないよ。それこそ、無理矢理でも貴方の炎の糧になってやるんだから。)
ずいぶんと強引なんだね。
(ええ。だって貴方に死なれたら、きっとあの子が悲しむもの。)
……?
(これ以上言うと嫉妬になっちゃうから、言わない。)
(……ねえ、どうせ捨てるつもりだったのならその命、あの子の為に使ってみてくれないかしら?)
……………………。
(どう?)
――やっぱり、考えを変える事は出来ない。
でも、そういうのも悪くないとは思う。
だから、僕が僕自身の生き方について考え直す為に、君の時間を分けてくれ。
(…素直じゃないのねえ。)
む、僕の意に反した無茶な頼みを聞いているんだ。ひねくれて当然さ。
それに、さっきまで偉そうに語っていた考えをひっくり返すんだ。
これぐらいは格好つけさせてくれないと……情けない。
(ふふふふふふふふ……)
わ、笑うな!
(ごめんなさい。そして、ありがとうヒトモシくん。)
……どういたしまして。
そしてこちらこそ、ありがとう。
† † †
気がつくと、僕は見慣れない場所に居た。
周りの様子を確認しようとした時、右側から何かが僕を包み込んだ。
その何かは暖かく、そして、痛かった。
この痛みは覚えのある痛さだった。
「良かった……目を覚ましてくれて、無事でホントに良かったよぉ……!」
泣きじゃくる彼女が僕をぎゅっと強く抱きしめてくれていた。
僕の頭の炎は、僕の感情を表すように大きく揺れていた。
ジョーイ、と名乗る人物から聞いた話だと、タワーオブヘブンの隅っこに隠れ、燃え尽きようとして弱り切っていた僕を彼女が見つけ出して、ここフキヨセシティのポケモンセンターに連れて来たのだという。
僕の消耗は思ったよりも激しくて、本来だったら助からなかったらしい。
僕の生命が吹き返したのは、奇跡だと言っていた。
それから落ちた体力もすっかり元通りに回復し、僕は元気になった。
彼女は退院した僕をタワーオブヘブンまで送ると言ってくれた。
その時の彼女の心遣いに対して僕がどう返答したかは、あえて伏せさせてもらう。
ただ、アイツとの約束を守るというだけで行動したわけではないとは言っておく。
――行方をくらました僕を、心配して、探し続けて、見つけ出してくれた。そんな相手だ。
幽霊になっても思い続けたアイツにはとてもじゃないが敵わないだろうけれど、
僕だって彼女と……古今東西いつでもどこでも、一緒に居たいと思ったんだ。
一緒に生きてみたいと、思えたんだ。
† † †
タワーオブヘブン
正しき 魂 ここに眠る
僕はこの言葉が嫌いだった。
今は、そうでもない。
彼女と生きたいと思う今の僕には、眠る暇も必要も、いらないから。
あのお気に入りの鐘の音は、またここに戻って来た時の楽しみとして取っておこう。
あとがき
初めまして、空色代吉と申します。以前から気になっていたのですが、とうとうマサポケに一歩歩み出ました。これからよろしくお願いします。
読んでくれた皆様、ありがとうございます。
作中の意見とは正反対になりますが、ヒトモシとリグレーが好きな私にとってタワーオブヘブンは天国のような場所です。
そんなタワーオブヘブンを舞台に短編を書いてみたいと思って五年前作ったのが、この短編でした。つ、拙い。
タイトルは古今東西の当て字です。意味としては、
“故”(こ)故人、亡くなっている者の“魂”(こん)魂に対しての、“灯”(とう)ヒトモシが抱く、“罪”(ざい)罪の意識。となっています。
“ ”の名前のポケモンについては、最初は種族名を固定していたのですが、途中から変更してあえて空白にしました。
理由はただ単に空白の方が既に存在していない雰囲気を出せるかなと思っただけです。
なので、あなたがイメージしたポケモンの名前を思い浮かべて読んでみてください。
それでは。